親鸞会との関係が問題になったしばた未来(柴田未来)さん、再び選挙へ。

去年、このブログでも、参院選で出馬した柴田さんと親鸞会との関係を問題にしました。

しばた未来(柴田未来)さんと親鸞会の問題について

私自身も柴田さんの説明会に行って本人に聞いてみましたけど、その時は「親鸞会は脱会した」と明言されていて、なのに「親鸞会の偽装勧誘には問題はない」と強弁されていたのを覚えています。問題がないのにどうして脱会したと明言しなければならないのか謎すぎましたけど、こういうことについて嘘をついたりごまかしたりすることに抵抗のない方なのだろうなと感じました。

その後、柴田さんを支援されている市民活動家の方とお話しましたが、柴田さんには確かに親鸞会との問題はあるけど、彼女は必ず気づいて親鸞会と離れる、自分は柴田さんの護憲と安保法案反対の信念は本物だと思うので信じる、と言われていました。この方は筋金入りのリベラルという感じで、私は好感をもったものでした。

柴田さんは選挙に出る前から、護憲と安保法案反対を講演などで主張していた方です。

当時大谷派の僧侶で、政治理念は共感できるが親鸞会との関係上応援したらいいか迷う、という相談が私の元へ多数寄せられました。私は親鸞会という団体で柴田さんがやってきたことを説明し慎重に考えるべきだといいつつも、柴田さんが親鸞会と離れたら、自分も応援したいなと思ったものです。

その後、宗教問題15号に親鸞会の高森会長がインタビューが載り、柴田未来さんが親鸞会の信者であること、親鸞会が柴田さんを支援していたことがはっきりと語られていました。つまり脱会したというのはどうやらウソのようでした。

さて、今回の衆院選では柴田未来さんは石川2区で希望の党から出馬されることになったようです。希望の党といったら改憲や安保法案を支持する政党です。柴田さんは自分の信念を曲げて当選できそうな政党に擦り寄ったのでしょうか。となると、あの頃「政治理念としては改憲や安保法案反対の柴田さんを支持するしか無いが、親鸞会との関係が気になる」として真面目に真剣に迷った多くの人達の悩みはなんだったのでしょうか。

親鸞会は自公の候補者を応援することは決してありません。それは自民は靖国問題、公明は創価学会というその点で、親鸞会のもつ教義と明確に反するからです。

つまり、親鸞会としては柴田さんを支援して政治的なプレゼンスを得たいだけなら、出馬するのは自公以外の政党なら何でも良かったのかもしれません。

今回も柴田さんの動向については日刊ゲンダイやや日刊カルト新聞が報じてますので、知りたい方はそれらを見て下さい。

私自身は呆れてしまって、もう一切関わり合いになりたくない気持ちです。

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シネマ学院だって。

今年の9月末に、同朋の里に「シネマ学院」なるものができるそうです。学院と言っても何かの教育機関というわけではなく、席数175のミニ映画館という箱物ができるというだけのこと。

いまいち意味の分からない施設です。普段の本部の行事のときに上映するには席数が足りなさすぎるし、公開上映という形で勧誘に使うには場所が辺鄙すぎます。

まあこれって、会員(学徒)が死ぬまで映画「なぜ生きる」を見るための施設なんだろうと思います。現代の臨終行儀とでも言えば良いのでしょうか。親鸞会はすっかり映画を見るための教団になってしまいました。延々と何百回も高森顕徹さんが作った映画を見続ける教団です。少なくとも、彼が死ぬまでは。

恐るべきことに、この映画は公開後一年以上経つのに未だに全国で上映会が続けられていて、現地の会員がせっせせっせと通って映画を見ています。私はあの映画が決して不出来なものだとは思いませんが、どう考えても数回見れば十分です。親鸞会の人は本当に根気強いと思います。こんな感じで教行信証読めばいいと思うのですけど、そうは考えないのかな。

まともに教学ができなくなった教団が、最後にしがみついていくのがあの映画って、なんか物寂しいものを感じます。

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学徒タブレット、なるもの。

話題に「学徒タブレット」の実機を初めてみました。
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こんな感じでメニュー画面からカスタマイズされており、一般のタブレットの使い方はできません。
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内容。基礎版と完全版がある。
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ベースになるタブレットはLenovoのYogaTab3。
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お値段10万円也。

ざっと見た感じでは、アニメとアニメを元とした法話の動画が入っていて、それしか見れないタブレットです。そんなんならDVDなりブルーレイなり配布すればいいじゃないかという気もしますが、タブレットなら相手が再生機を持っているかいないかを考えなくていいので、便利は便利かもしれないですね。

タブレット本体は2万円ちょっとくらいで売っているようです。つまりソフトの値段が8万円弱くらいという事でしょう。

メニュー画面(Androidで言うところの、ランチャー)まで開発して配布するというのは、なかなか気合入っているなとは思います。ネットで親鸞会のネガティブな情報を検索されたら困るからか、一切つながらないようになっていました。ソフトの更新は本部に持っていってするようです。

というわけで、「学徒タブレット」の紹介でした。

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真生会富山病院の宗教勧誘

真生会富山病院という病院が、富山県射水市にあります。この病院は浄土真宗親鸞会という、若年層への正体を隠した勧誘などで知られる新宗教教団の会長が事実上のオーナーとなっており、病院医師も大部分が親鸞会の会員で、「特專部」という教団幹部層を形成しています。

親鸞会の特專部は医師だけでなく、弁護士や一級建築士なども含まれるエリート集団ですが、これらの人たちが何かあった際、真生会富山病院に「自分の全財産を贈与する」という契約を結んでいる事は、かつて週刊ダイヤモンド誌にて報道されています。つまり、親鸞会という宗教団体が組織ぐるみで支えている病院ということです。

「子育てハッピーアドバイス」で知られる明橋大二医師もこの病院の勤務医であり、これらの医師たちは医学を通じて親鸞会の布教活動を行っていることが知られています。

さて、最近、以下の手紙を入手しました。これは、真生会富山病院に入院していた元患者の元に、病院医師から送られてきたものです。

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この病院院長からの親鸞会の法話勧誘の文章と、担当医からの丁寧な手紙、そして、病院しか知り得ない個人情報が含まれる案内があったということなので、病院ぐるみでこうした勧誘をしていることは間違いないでしょう。

私は、このことが、真生会富山病院が患者と交わしている個人情報取扱規約に抵触しているのかどうか、また、一般的に病院のモラルとして許されるのかどうか、わかりません。

ただ、確実に言えるのは、「真生会富山病院に入院した人は、病院から親鸞会の法話会の勧誘を受けることがあります」ということです。


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放置される親鸞会の会館

先日、親鸞会の十勝帯広会館という所に行ってきました。帯広駅からクルマで10分くらい、倉庫の立ち並ぶ一角にそれはありました。

平成24年落慶というこの会館、雪に埋もれかけた掲示板は使われている形跡もなく、玄関の周りにはゴミ袋が積み上げられ、中をのぞけばビニールシートが散らかり、昼間に行ったにも関わらず、人の気配は全くありませんでした。

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この会館についての情報を親鸞会のHPから調べようにしても、親鸞会北海道のページは見れなくなっており、落慶の時に弘宣局「もん太」氏がレポートした記事が出てくるくらいでした。

2010年あたりから、親鸞会はひたすら全国に会館を建てまくっています。私自身全国各地の親鸞会の会館を見たり近隣の人に様子をきいたりしていますが、落慶の一時期を除いて活気を維持しているところは数えるほどしかありません。月に数回くらいの行事すら維持できず、殆ど使われてないような会館も珍しくありません。

会員の減少傾向に歯止めのかからないなか、必要のないところにも無理に無理を重ねて会館を建立してきた親鸞会ですが、その維持管理は現地の会員任せで、すでに現場は限界に達しているのでしょう。

顕正新聞には未だに華やかな新規会館落慶の記事が掲載されていますが、すでに身の丈を越えており、どこかのタイミングで大規模な縮小と撤退が始まるかもしれません。

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親鸞会ゆく年くる年

私が講師部だったときは、年末年始(といっても2日から行事があるので年始は元日だけでしたが)は、殆ど唯一といっていい休日でした。年末には講師部の望年会があり、その年の「親鸞会10大ニュース」なるものを発表していました。高森会長が寒ブリを持ってきてみんなで食べるのですが、それについては必ず礼状を出すようにとお達しがあったような。

確かその年に講師部員になった人が高森会長と同じテーブルで会食するというのもあり(うろ覚えですが)、私も一度緊張でカチコチになりながら同席して食事しました。普段礼状を読んでいるからか高森会長は私のことをよく知っていて、色々家庭のことや活動のことなどを聞いてきたのをよく覚えています。普通にこれをやられたら感動するでしょう。古今変わらない人心掌握術なんでしょうね。

今年(2016年)は、後半に親鸞会を辞めた人からの相談がかなりありました。もっとも私に相談する人は退会した人のごく一部でしょうから、これをもって親鸞会から脱会者が増えているとは思いません。ただ、「本当の浄土真宗が聞きたくて親鸞会をやめました」という方が殆どになってきたと思います。そういう方が各地で法話すると控え室に来られたりしました。親鸞会を辞めた方が何人もお参りされることもありました。

私のときは親鸞会を辞めたあとというのは、本当に真っ暗闇でした。私が辞めてから11年経ち、多くの方が「親鸞会を辞めやすい」環境を作ってこられたと思います。私も微力ながらそこに尽くせた思いがあります。このことは素直に嬉しく思っています。

浄土真宗本願寺派の末寺が親鸞会に譲渡されるという問題もありました(各ログ参照)。これは親鸞会が伝統教団に食い込んできた事例として各メディアで紹介されましたが、実際は経済的に成り立たない寺院が伽藍の維持に行き詰まり、親鸞会に譲渡を持ちかけたという事例でした。親鸞会の問題というよりは伝統教団側に多くの課題を投げかけた事件でしたが、伝統教団はこれに対して殆ど何の対策も取れておらず、同様の事例は今後も出てくるでしょう。

また、真宗大谷派の末寺の住職が弁論大会で次賞を取るということもありました。もっともその後に出された顕正新聞ではその住職の名前は写真からも消され、「なかったこと」になっていました。こそこそするくらいなら最初から出るなという事です。ここでその名前と寺院名を書きたいくらいの気持ちでいます。他にも寺の本尊を名号本尊にしたということで、親鸞会の宣伝ビデオに登場していた僧侶もいました。将来への展望が見えにくい伝統教団にいると親鸞会が力強く見えるのかもしれませんから、こういう人はおそらく今後も出てくるでしょう。私から見たら、北朝鮮のマスゲームに感動する人と似たようなメンタリティですけど。

親鸞会特専部の柴田未来(しばた未来)氏が参院選石川選挙区から野党統一候補として出馬した事件もありました。本人は「親鸞会は辞めました」と言っていましたが、偽装脱会の疑いが強いものでした。詳細は明らかに出来ませんが、実際に後日柴田氏が未だに現役の会員であることを裏付ける証言も出てきています。柴田氏は弁護士なのに親鸞会の偽装勧誘を「合法である」とする発言もしています。選挙結果は自公候補に大差をつけられて落選でした。この人が議員にならなくて本当に良かったと思います。

他にも、福井に吉崎御坊なるものを建立したりとか、「宗教問題」に高森会長のインタビュー記事が掲載されて、会員向けに大量発注したけど直前で配布中止にしたりとか、映画「なぜ生きる」を全国で上映して会員を動員したとか、そんなところでしょうか。映画、中には百回見た人もいるとか。映画を見る回数で信仰心を計るようなやり方ってどうなんでしょうね。

これからの親鸞会はどうなるでしょう。

今後の親鸞会の最高のリスクは、みんなの最大の関心事なのに誰も口に出さない「高森会長がいつまで生きているか」という問題です。1929年生まれの高森会長は来年米寿を迎えます。後継者はどうなるのか、その後親鸞会はどう変わっていくのか。中にいる人はどう思っているのでしょうか。

また、親鸞会の成長を根底から支えてきた学友部での勧誘の不調が続いています。若い人材の供給が先細れば自ずと二世信者、三世信者の存在に頼らざるを得なくなり、親鸞会は自然に世俗化して勢いを失ってゆくでしょう。今は学友部の勧誘が最も盛んだった1980年代~90年代に入信して学生幹部として活動してきた人たちが会を支えていますが、これらの人が高齢化したときに親鸞会は本格的に力を失うでしょう。

私の知る親鸞会は、薄っぺらい教学と薄っぺらい「善知識」の権威のもとで、無理に無理を重ねて本願寺に対抗して半世紀以上突っ走ってきました。正直、ここまでようやったと思います。ここ十年くらいはすでに会員は増えなくなっているのに、箱物建設や活動は成長期そのままの戦略で増やしてきましたから、現場は疲弊し財政もギリギリのところで持ちこたえているように思います。

親鸞会は一刻も早く潰れてほしいというのが本音ですが、親鸞会を辞めた人たちが真摯に聞法に歩いている姿をずっと見続けてきて、あなた達はこんな人達を生み出したんだから、もう少しなんとかできるんじゃないかという思いもありますし。まあ、複雑ですね。もう辞めて11年も経つのに。

なんだか脈絡もなく書き連ねてしまいました。来年もよろしくお願いします。

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観勢寺落慶

元本願寺派の末寺で、親鸞会に譲渡された観勢寺の会館建築と本堂改装が完了したようです。11月21日に御名号御安置、23日拝観、そして、明日の30日落慶法要という事になります。

この問題については、
元本願寺派寺院が親鸞会に譲渡されつつある問題、いわゆる「観勢寺問題」についての文化時報の記事。
月刊住職2016年5月号「本願寺派寺院が異安心として否定する親鸞会に譲渡されそうな危機」

伝統仏教教団は何のために存在するのか

で取り上げています。

改装後の本堂の写真を見せてもらいました。

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元々あった内陣形式は取り払われ、やはり(というか親鸞会からしたら当然でしょうが)名号本尊が安置されています。それにしても何かしら取ってつけたような印象を受けます。左右余間(本尊の左右)にある書がそう思わせるのでしょう。見慣れればそうでもないのかもしれませんが、通常の内陣形式と道場形式の折衷のような変な感じです。改装をする人もおそらく悩んだのでしょう。

何はともあれ、観勢寺は「親鸞会の寺」になりました。どうしてこんなことになったのか、どうして止められなかったのか。当事者の本願寺派はもちろんのこと、大谷派も他の宗派もこの事例を十分に研究して今後に活かすべきだと思いますが、そんな気配もありません。私の知らないところでしているのかもしれませんけど。

すでに岐阜には、何時離脱して親鸞会の寺になってもおかしくないような寺が二カ寺あります。これからこういう寺が増えるような気がしています。それにしても東西合わせて二万カ寺の末寺があるなか、大勢に影響なしとして、たいして関心も持たれていないのかもしれません。

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名号本尊

一昨日と昨日、私が住職を務める寺で報恩講が勤まりました。

沢山の方にお参り頂いたのですが、元親鸞会の方も例年何人かお越しになります。その中で腐れ縁というか、長い付き合いの元会員さんから御本尊がほしいと言われていたので、本山で下附を頂いたものをお渡ししました。

その元会員さんは名号本尊がいいと言われていたのですが、実は私の所属する宗派である真宗大谷派(東本願寺)では六字名号(南無阿弥陀仏)の御本尊は下附されていないのです。なので、脇掛としてお掛けする十字名号(帰命尽十方無碍光如来)を本尊としてお渡ししました。

勿論名号本尊自体に六字も十字も価値の違いが有るはずがありませんし、十字名号は親鸞聖人がご本尊にされた名号です。ただ、私の宗派が六字名号を取り扱っていないということ、それ以前に名号本尊自体を門徒が頂くことをほとんど想定していないのは残念な気持ちがします。

ちなみに、本願寺派(西本願寺)は六字名号を下附して頂くことが出来ます。なので西本願寺で御本尊を頂くことを真剣に検討しましたが、やっぱり自分はお東ですから、お東のものをお勧めしたいと思って、十字にしたわけです。

親鸞会の脱会者の方も随分増えてきました。色んな所に法話に行くと、どうもお寺の門徒さんではなさそうな雰囲気の方が座っておられて、あとでお聞きすると脱会者の方だったという事が本当によくあります。

そんな方々とお話をしていると、どうも親鸞会の御本尊を返した後も、お仏壇にお掛けしているのは名号本尊が多かったりします。

親鸞会の脱会した人の大部分は一度は「親鸞会教義」というのを否定して乗り越えていくわけです。そして御存知の通り、親鸞会では名号本尊以外は真宗の本尊とは認めません。親鸞会を否定して脱会したのなら御絵像でも良さそうなものですけど、本尊だけは親鸞会の言うとおり「名号本尊」に帰る方が多いのです。

もちろん完全に同じではありませんよ。親鸞会の本尊はいわゆる「貼り合わせ本尊」といって、もともと無いものを作っているのでして、それは流石に使いません。それでもやはり御本尊をお迎えしようとすると、名号を選ばれる方が多いと思います。

つまり「名号でなければ本尊ではない」という親鸞会の教義はきちんと乗り越えて来られるので、木像や絵像が本尊ではないと思っているわけではないのですが、それでも名号を御本尊にするのです。親鸞会脱会者の多くはそれが理にかなっていると思われているのでしょうし、長年お育ていただいた名号本尊に対する懐かしさも有るのでしょうね。

ちなみに、龍谷大学の顕真館という講堂の御本尊は、親鸞会と同じ親鸞聖人の筆跡名号です。(もちろん、貼り合わせではないですが)

私はここに何度か行きましたけど、ここの御本尊を拝見するたびに、親鸞会のことは勿論全く好きではない私でも、何かどうしょうもなく懐かしい思いになるのです。

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宗教脱会者、宗教信者へのアンケート

私の知人の大学院生が「宗教団体脱会者の心理過程に関するアンケート調査」「宗教信者の心理的実態に関するアンケート」というのをやっています。宗教を脱会した人、宗教を信じる事になった人の心理的な内実についての調査研究です。真面目な研究ですので、脱会された方、今何らかの宗教を信仰している方は是非ご協力をお願いできませんでしょうか。20分くらいのアンケートです。無記名なのでプライバシーは守られます。

よろしければアンケート用紙をお送りしますのでよろしくお願いします。なお、回答はWordファイルに入力して頂くか、もしくはPDFで送らせていただいたものをFAXしてください。
応じていただける方はこちらまでメールをください。

sayonara1929@gmail.com

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親鸞会に利用される寺の住職

先日行われた親鸞会の報恩講で、真宗大谷派の現役の住職さんが弁論大会に出場したそうです。私の手元にそのパンフレットもあります。堂々と名前も顔写真も掲載しています。ただ、パンフレットの肩書は「教員」となっていますが。

この件については複数の人に状況を聞きましたが、人によって言うことが違うのでまだはっきりしたことはわかっていません。ただ明らかなのが、大谷派の寺院の住職という立場のまま、周囲の人たちを親鸞会に勧誘したり、自分の寺の行事という位置づけで親鸞会の行事を主催しているといったことです。

この日本ではどんな宗教を信じようと自由です。そして逃げも隠れもせずに本名をだして活動しているのですから、私からは何も言うことはありません。この点は、選挙に勝つために脱会宣言した柴田未来さんよりよほどまともだと思います。

しかし、寺の住職という立場で親鸞会の布教をすることは許されないでしょう。もし親鸞会の講師がその立場のままで他宗教の布教をしたら、除名どころではすみません。

大谷派という教団には私も様々な疑問を持っていますし、この教団には何万人という人が僧侶として所属しているのですから、その中の数人が親鸞会にシンパシーを感じて協力するのは不思議なことではないと思っています。逆に親鸞会に愛想を尽かして東西本願寺に来る人は、その数十倍はいるのですから。

ただ、大谷派という教団は少なくとも教団に対して意見の言えるところです。おかしいと思った所があれば言いたいことは言えるわけですし、批判も可能です。親鸞会で寺や本願寺教団の批判を一人前にしてきたのかもしれないが、そのことをほかならぬ本願寺教団に対して言ってきたのでしょうか。言わないのなら、単なる陰口でしょう。

彼の住職の言葉は現役の住職ということで、散々親鸞会のメディア戦略に使われてきました。

このブログで何度も報じたことですけど、会員を騙して高森会長の贅沢施設を次々と建設し、未だに自分たちの教団を隠さなければ布教一つできないようなところに、自分の立場が利用されていることに気づいて欲しいです。

住職という立場で人がついてくるのは、今まで大谷派という教団が、たとえ大きな問題を抱えているにせよ、曲がりなりにも門信徒と信頼関係を築いて、自浄作用を働かせてきたからです。あなたの手柄ではありません。親鸞会に勧誘する目的ならその看板は捨てるべきです。当然でしょう。

住職という立場で親鸞会が重用してくれるのは、その看板が親鸞会の宣伝にとって極めて都合がいいからです。あなた自身が求められている訳ではありません。

教員なのだから、そのくらいわかりませんか。どちらにも片足突っ込んだままでいいとこ取りをするような生き方が果たして教えに対して誠実な態度なのかどうか、少しは考えてみるべきです。自分のいる寺を守って育ててきた大谷派という教団に対して、きちんとけじめを付けてほしい。

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