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親鸞会ゆく年くる年

私が講師部だったときは、年末年始(といっても2日から行事があるので年始は元日だけでしたが)は、殆ど唯一といっていい休日でした。年末には講師部の望年会があり、その年の「親鸞会10大ニュース」なるものを発表していました。高森会長が寒ブリを持ってきてみんなで食べるのですが、それについては必ず礼状を出すようにとお達しがあったような。

確かその年に講師部員になった人が高森会長と同じテーブルで会食するというのもあり(うろ覚えですが)、私も一度緊張でカチコチになりながら同席して食事しました。普段礼状を読んでいるからか高森会長は私のことをよく知っていて、色々家庭のことや活動のことなどを聞いてきたのをよく覚えています。普通にこれをやられたら感動するでしょう。古今変わらない人心掌握術なんでしょうね。

今年(2016年)は、後半に親鸞会を辞めた人からの相談がかなりありました。もっとも私に相談する人は退会した人のごく一部でしょうから、これをもって親鸞会から脱会者が増えているとは思いません。ただ、「本当の浄土真宗が聞きたくて親鸞会をやめました」という方が殆どになってきたと思います。そういう方が各地で法話すると控え室に来られたりしました。親鸞会を辞めた方が何人もお参りされることもありました。

私のときは親鸞会を辞めたあとというのは、本当に真っ暗闇でした。私が辞めてから11年経ち、多くの方が「親鸞会を辞めやすい」環境を作ってこられたと思います。私も微力ながらそこに尽くせた思いがあります。このことは素直に嬉しく思っています。

浄土真宗本願寺派の末寺が親鸞会に譲渡されるという問題もありました(各ログ参照)。これは親鸞会が伝統教団に食い込んできた事例として各メディアで紹介されましたが、実際は経済的に成り立たない寺院が伽藍の維持に行き詰まり、親鸞会に譲渡を持ちかけたという事例でした。親鸞会の問題というよりは伝統教団側に多くの課題を投げかけた事件でしたが、伝統教団はこれに対して殆ど何の対策も取れておらず、同様の事例は今後も出てくるでしょう。

また、真宗大谷派の末寺の住職が弁論大会で次賞を取るということもありました。もっともその後に出された顕正新聞ではその住職の名前は写真からも消され、「なかったこと」になっていました。こそこそするくらいなら最初から出るなという事です。ここでその名前と寺院名を書きたいくらいの気持ちでいます。他にも寺の本尊を名号本尊にしたということで、親鸞会の宣伝ビデオに登場していた僧侶もいました。将来への展望が見えにくい伝統教団にいると親鸞会が力強く見えるのかもしれませんから、こういう人はおそらく今後も出てくるでしょう。私から見たら、北朝鮮のマスゲームに感動する人と似たようなメンタリティですけど。

親鸞会特専部の柴田未来(しばた未来)氏が参院選石川選挙区から野党統一候補として出馬した事件もありました。本人は「親鸞会は辞めました」と言っていましたが、偽装脱会の疑いが強いものでした。詳細は明らかに出来ませんが、実際に後日柴田氏が未だに現役の会員であることを裏付ける証言も出てきています。柴田氏は弁護士なのに親鸞会の偽装勧誘を「合法である」とする発言もしています。選挙結果は自公候補に大差をつけられて落選でした。この人が議員にならなくて本当に良かったと思います。

他にも、福井に吉崎御坊なるものを建立したりとか、「宗教問題」に高森会長のインタビュー記事が掲載されて、会員向けに大量発注したけど直前で配布中止にしたりとか、映画「なぜ生きる」を全国で上映して会員を動員したとか、そんなところでしょうか。映画、中には百回見た人もいるとか。映画を見る回数で信仰心を計るようなやり方ってどうなんでしょうね。

これからの親鸞会はどうなるでしょう。

今後の親鸞会の最高のリスクは、みんなの最大の関心事なのに誰も口に出さない「高森会長がいつまで生きているか」という問題です。1929年生まれの高森会長は来年米寿を迎えます。後継者はどうなるのか、その後親鸞会はどう変わっていくのか。中にいる人はどう思っているのでしょうか。

また、親鸞会の成長を根底から支えてきた学友部での勧誘の不調が続いています。若い人材の供給が先細れば自ずと二世信者、三世信者の存在に頼らざるを得なくなり、親鸞会は自然に世俗化して勢いを失ってゆくでしょう。今は学友部の勧誘が最も盛んだった1980年代~90年代に入信して学生幹部として活動してきた人たちが会を支えていますが、これらの人が高齢化したときに親鸞会は本格的に力を失うでしょう。

私の知る親鸞会は、薄っぺらい教学と薄っぺらい「善知識」の権威のもとで、無理に無理を重ねて本願寺に対抗して半世紀以上突っ走ってきました。正直、ここまでようやったと思います。ここ十年くらいはすでに会員は増えなくなっているのに、箱物建設や活動は成長期そのままの戦略で増やしてきましたから、現場は疲弊し財政もギリギリのところで持ちこたえているように思います。

親鸞会は一刻も早く潰れてほしいというのが本音ですが、親鸞会を辞めた人たちが真摯に聞法に歩いている姿をずっと見続けてきて、あなた達はこんな人達を生み出したんだから、もう少しなんとかできるんじゃないかという思いもありますし。まあ、複雑ですね。もう辞めて11年も経つのに。

なんだか脈絡もなく書き連ねてしまいました。来年もよろしくお願いします。

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