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月刊住職2016年5月号「本願寺派寺院が異安心として否定する親鸞会に譲渡されそうな危機」

タイトルの通りなのですが、月刊住職という最近注目されている雑誌が、その2016年5月号で、元本願寺派寺院が親鸞会に譲渡されようとしている問題、いわゆる「観勢寺問題」を取り上げました。

(この件について第一報はこちら文化寺報という業界紙が取り上げた記事についてはこちら。)

非常に丁寧な取材で、十分に紙面もとってしっかりと書かれている記事です。少し大きめの一般書店には置いている雑誌なのでぜひ皆さん一度買って読んでいただきたいです。私もちょっとだけ記事中にコメントをしています。

中でも、記事の最後のこの一文が私には突き刺さりました。親鸞会の「広報担当者」のコメントです。

S_img_20160501_175526
「(観勢寺の)譲渡が決まれば、リニューアルして使うつもりです。時代が変わろうと、場所が変わろうと古今東西、不変なものが仏法の教えです。それを説く場所がお寺であり、説く人が僧侶です。お経に書かれていることを、現代に分かりやすく説く人がいない。聖徳太子のいわれた篤く三宝を敬えというのは、僧侶が法を説くからですが、説かなければ僧侶は宝にならんね。自戒しなければいけないことで、教えがなければこの大きな(親鸞会の)建物もすぐに朽ちるでしょう。観勢寺さんは江戸時代に建てられたというけど、当初はそこで親鸞聖人の教えを聞かせてもらおうと思って建てられたのは間違いない。それを生かすのには、そこで教えを説くことです。こちらとしては教えを伝える場所を探しているのですからね」

まあ、親鸞会の布教方法は詐欺的とも言えるひどいものだし、そもそもお前らはきちんと聖教に向き合って教えを伝えてないだろう、という問題はあるのですが、それを除けばぐうの音も出ないほどの正論です。

私もこの一件には多少関わったし、周囲の伝統教団の人たちも真摯に向き合ってきたと思うのですが、あのお寺をなんとか「教えが伝わるお寺に戻したい」という思いを聞いたのは一人だけで、あとは親鸞会に渡さずどう廃寺にするかということばかりが議論されていたように思います。それは様々な事情の中で致し方ないことだとも思うのですが、寂しいことでした。

この記事を書かれた記者もそのことを感じているのか「どの宗派にも大事な「教線」が宗門や寺院の内部から侵食されていると見るべきだろう。」と最後に見解を述べています。

お寺というのはそもそも教えが伝わる場として建てられたのに、今はその「教えが伝わる場」としての役割を抜きにして、どう寺や教団を残すかという事ばかりに熱心になっているように思います。

この雑誌には他にも寺院活性化についての様々な記事が掲載されているのですが、ここに焦点を当てた記事は実際のところ見当たらないし、私がいる宗派(真宗大谷派)でも、イベントや社会貢献活動(もちろんこれも極めて大事ですが)ばかりに光が当てられる傾向があります。

でもですね、お寺って、

現実にここで私が仏法に出遇い続ける場所なのです。私を救う教えを聞く場所です。

この号の中に「人口減少社会における寺院」という記事があり、お寺に求められる役割として、「新しい葬送や終末期医療と連携した看取り、傾聴によるケアや地域見守りの機能」などがあげられています。それも大切でしょうが、そんなのみんな寺でなくたってできるものです。

お寺はこれから厳しい時代を迎えると思うのですが、この原点を確認してそこに戻れる機会になるのならそれもまたご縁でしょう。それができないのなら、無くなっても仕方がないかも知れません。

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コメント

お寺で親鸞聖人の教えが正確に説かれて、信心決定する人が沢山集まり、信心の沙汰をする場所として活気にあふれるのが理想だと思います。日本ほど平和な国はないので、親鸞会は異安心だとか、本願寺は教えを説かない葬式仏教だとか言い争ってる場合ではないと思います。
プライドや欲望を捨ててお互いに穏健に、どこがどう間違っているのか話し合いで真実を開顕する事がなぜ出来ないのだろうか。辞めた人もその事を望んでいると思います。親鸞会の説法が間違ってなければ本願寺も何も言わないと思います。一度、授業参観の様に本願寺のお偉い僧侶が全員で親鸞会のご法話に参詣し、親鸞会の大幹部が本願寺の説法に参詣する研究授業又はなるほど視察団みたいな事をやればいいと思います。

投稿: | 2016年5月 1日 (日) 20時45分

「お寺って、

現実にここで私が仏法に出遇い続ける場所なのです。私を救う教えを聞く場所です。」

そうなんですよね。

同名の記事があるようですが、『人口減少社会と寺院』という書籍は、全体として、単なるお寺の存続ではなく、教えが伝わる場としてのお寺の存続を考えている本のように思えて読んでいます。限界集落化する地域の中にある、自分の代で廃寺になるであろうお寺に、それでも帰ってきた後継者の話も出てきます。

教えを伝えること、教えが伝わっていくこと。その中にある自分、ということなのかな、と思っています。

投稿: ちしゅー | 2016年5月 1日 (日) 21時09分

親鸞会が良くて本願寺が悪い、とか、
本願寺が良くて親鸞会が悪い、では無く、
現在の浄土真宗全体がもうまずい状態なのでは無いかと。
本当に教えに向き合っている人もいると思うので、悲しいけれど。

投稿: | 2016年5月 1日 (日) 22時21分

一コメの方は名案だと思います。
また、750回忌の時は、本願寺、親鸞会、五木氏の小説「親鸞」などにより、それぞれの内容について賛否両論はあれ、全国的に親鸞聖人ブームが間違いなくありました。それが萎みつつあるのは、まったく寺が寺としての本来の機能を果たしていない。つまり浄土真宗の教えを性根を入れて説いていないことにあります。
親鸞聖人は、生死出ずる道を求め、その解決を果たされたという要を性根を入れて説いていない。だから、寺離れが止まらないのです。これは真宗徒として最も憂慮されるべき問題ではないでしょうか。

中身の無いブームだけに終わるので、石川県などは、羽咋の日蓮宗、妙成寺を国宝にしようと躍起になっているのです。観光客目的だけでたいへんに恥ずかしいことです。浄土真宗の教義が市民に伝わっていないということでしょう。

また、先日は私のところの〒ポストに「地獄で親鸞が待ってるぞ!」という見出しの、日蓮正宗のパンフが入っていました。知人のところにも来ていたようで、いろいろの地域に配布し、また直接に折伏をもしていると聞きます。
宗派を変えてしまったという人の話も今だに耳にします。創価の会館も乱立し、大川の霊言に心酔する、浄土真宗の門徒も増えている。こんな悔しいことはないではありませんか。

たしかに寺は寺でなくとも開催できるイベント(ライブ、落語、坊主バー、その他)ばかりが紙面を賑わす状況です。しかし、これだけでは浄土真宗の教えが一人一人に浸透せず、結局、寺を離れていってしまいます。
浄土真宗の寺は親鸞聖人の教えを説く場所であるという自覚が疎かになってしまっていることが、残念ながら現在の寺の大部分を占めているのが現状です。本当に真剣に中身から変わってゆかねばならないと痛感します。

投稿: | 2016年5月 1日 (日) 22時48分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 07時29分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  中村僚

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!  


投稿: | 2016年5月 2日 (月) 08時12分

坊主バーには亡きひろしさんもずいぶん望みをつないでいらしたように拝されました。これにならって蔵書をお客さんが自由に閲覧できる坊主喫茶をはじめたいとさえ語っていらっしゃいました。だからいい線いっていると信じたいのですが。落語やライブでは人と人との法縁を結ぶのはいかにも至難に近いでしょうが、お坊さんがマスターを勤めるバーや喫茶店はどうすればお客さんの仏縁をもっと深められるものでしょうか? 親鸞会にアイディアを真似されぬうちにぜひ皆さまでお考え頂きたく念じてやみません。

親鸞会が売りつける真宗の教えは、さしづめよく包装され、見た目の輝きも美しいイミテーションダイヤというところでしょうか。お寺にあるのはむろんほんものの真宗の教法ですが、いかんせん、長い間に埃にまみれてしまっている憾みがございます。本当になんとかならぬかと念じております。

なお、今回の映画は、脚本が高森氏自身の手になるとのことですが、すでに87歳を迎えた彼に、脚本を書き上げるだけのスタミナが残っているのでしょうか?むしろ脚本・高森光晴として、2代目就任への布石としたほうがよほど賢明なのにと思われます。タイ国ではいずれ即位する皇太子の評判がどうにも芳しくないので、父王といっしょに撮った写真が日増しにバンコクの街のあちこちに掲げられつつあると聞きます。光晴氏も父上亡きあともこれまでどおりの高月給を手にしたいのであれば、この南方の仏教国に叡智に学べばいいのにとひそかに思わずにおられません。

北条早雲は88歳で世を去る直前まで文字通りの陣頭指揮を執っていたと聞きます。高森氏も北条早雲に負けずに今度こそ本当の陣頭指揮をなさいますように。

投稿: 5月 1日 (日) 22時48分さまへ | 2016年5月 2日 (月) 10時36分

  以下に引用させていただくのは、とある女性向け風俗就職サイトの女性向け悩み相談掲示板で見かけた、まさに肺腑をつらぬく気概ある書き込みです。自殺を決意した現役の風俗女性を、いずれ死を迎えるであろう元風俗嬢が意を尽くして説得しようとされています。阿弥陀さまも親鸞聖人のお名前も拝されませんが、それでも阿弥陀さまのお働きが遺憾なく発揮されているように思われます。そして「なぜ生きる」への明確な答えも、今回公開されるアニメにではなく、このような「石つぶれかはらのごとくなる」名もない庶民女性の真実の言葉の内に横溢しているように拝されます。

  「HIVに罹患した元嬢です。私の場合、何年間か数ヶ月か分かりませんが死が確定してます。バレるとか悩みました。死んでも自殺の原因なんて解剖すれば分かるだろうし遺留品の薬とかそういうので分かるし、家族に黙ってれば?って言う人いましたが、実際、親の顔見たとき、確率なんてすごい低いけど親にも罹患したらとか考えてしまったり何より死に対する凄く深い恐怖に負けて母親に話してしまいました。お金の不安もありました。親が助けると話してくれましたが、こんな病気を背負った私は、親とは気が引け住めず、生活保護を今受けさせていただいてます。凄く後悔しました。貯金もしなく気付いたらHIVですから。人って泣きながら生まれますが、それって母親のお腹に居るときは母親に全てを守られて、苦労も悲しみもマイナス感情は感じなかったけど、産み落とされて泣くのは、辛さを悲しみを全部経験して死に向かうから泣いて生まれるのだと、私は感じてます。
  貴女がどのくらい辛いのかは私は、貴女を知らないし分かりませんが皆それぞれ辛いことはあります。大小関係なく死にたいと思います。でも、自らが死に手を伸ばさなくても、死は自らきてくれます。その間辛いかもしれないけど健康ならば毎日が当然来ますがその中で辛い事から抜け出せるかもしれないですよ。それは貴女が自ら今までの環境を変えて何かが変わるのか、それとも新しい出会いで変わるのかはわかりません。私は、死ねば本当に楽になるのか知りたいです。今が辛くて自ら命を絶って、今という現実から逃げた人間が、死んで楽になるのでしょうか?本当の楽になる方法は、今の辛さを命を絶たずに脱却しないと楽になんてならないと思います。別に死に急ぐ事しなくても人は必ず死にますよ。(スレ)主さん、貴方が辛いのは分かりますが死ぬ気なら、とりあえず死ぬ気で現実を冷たく見下ろしつつも今を楽しんだらどうですか?その中で何かが変わるかもしれないですよ。

  私は(業界を)上がってから、●●●●(掲示板の名)には来てませんでしたが一昨日あたりからフッと思い出して何となく此処に来て暇潰しと、お世話になったサイトを懐かしい気分で徘徊させて頂いてました。もちろん現役ではないので書き込みする気はなかったのですが死に対するスレが上がってるのをたまたま見て、あえて死に近いものとして書き込みしました。すみません。主さん、色んな悩みがありますよ。私も同じです。逃げても逃げられないのが辛いですが、逃げられないなら立ち向かうか無視するしかないと思い、私はこの病と共存することにしました。まだ発症してないので本当の辛さはこれからだと思いますが悩んでも解決出来ないことなので私の一部として受け入れました。似たように、生きてれば割りきれないことあります。割りきれないから悩むし明日が一年後の自分が笑ってるか泣いてるか分からないから苦しいんです。でも、今は今でしかなく今がずっと続くなんてないですよ。それが生きることかと思います。だからこそ時間が経てば、あのときは若かったー。とか、くだらない悩みだった。って笑えるんです。今がずっと続かないから逆にあの頃に戻りたいとも感じますよね。

  死ねないなら死ななくていいじゃないですか。私は、いずれ迎えに来る死なら迎えに来られる日まで淡々と出来れば楽しみながら普通に生きていたいです。今はお金がないかもしれないけど平和すぎる日本で生きてるのだから、お金がない=死に値する事ではないと思います。誰か相談できる方は居ないのですか? 」

  必要最小限の注釈と、やや不足気味だった読点とをいくつか加えさせて頂き間塩田。この女性も私も、すべての親鸞会被害者の皆様も、そして高森氏父子もすべて大悲光中にあることを改めて認識しつつ。

投稿: 1000円以上も出してアニメを見るよりも | 2016年5月 2日 (月) 10時47分

ご生誕750年のとき親鸞聖人ブームがあったのに、うまく乗れなかったね。あのときお寺をもっと開放して、仏教や親鸞聖人に慣れ親しんでもらうよう努力をすれば、カルトに譲渡するか廃寺にするか、みたいな暗い話は当分出てこなかったかも知れない。
チャンスってそうそう来ないもんだし、普段から意識していないとそれに乗れない。
親鸞会のようにまったくのウソを教えている教団は論外としても、親鸞会や本願寺に属さない第三者団体のようなものを新たに創設して、団体組織の利害やしがらみに縛られず、仏教の尊い教えを広めることだけを中心に活動する団体を有志で作ってみてはどうだろうか、と思う。

投稿: Kmountain | 2016年5月 2日 (月) 14時40分

親鸞会と本願寺が一つにならなければ何もかわらないでしょう。本願寺に信心獲得した善知識がいたならば親鸞会は解散して全てを喜捨する覚悟はあると思います。会長の言行一致が見たいです。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 16時37分

>>親鸞会と本願寺が一つにならなければ何もかわらないでしょう。

ケンテツがいる限り無理。
本願寺はケンテツの教えを絶対に浄土真宗とはみなさないから。
ケンテツの教えには、味わいとか解釈の幅とかいうレベルでは済ませられない根本的な間違いがあるから。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 17時10分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  M晴

第一高校卒業  不倫のやり方がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 17時42分

>>本願寺に信心獲得した善知識がいたならば親鸞会は解散して全てを喜捨する覚悟はあると思います。

親鸞会を出ないと分からないと思いますよ。
元ネタの方を見たときの衝撃といったら。
よくもまぁ。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 19時30分

幸福の科学の大川某は、熊本地震の原因について、宇宙最高神たる自己を日本国民がおろそかにした天罰だと言い切っております。この度し難いカルト教祖は、いくつかの映画(教義宣揚のための)を監督したと称し、自己を讃える聖なる楽曲を作ったとも称しております。今回高森氏がアニメ映画の脚本を作ったと称しているのは、ひょっとして大川某の向こうを張ったのでしょうか。いい年齢をしてどこまでも俗念の抜けない老人ですね。

熊本の地震では、工作員M野氏の高校時代の同級生の自宅もかなり被災なさったのではないかと案ぜられます。そして、M野氏が苦しむ故郷の人々を尻目に、

    「ほれ見たことか、相対の喜びを追ってるから苦しむんだぞ。俺を見ろ、俺を。襤褸は着てても心は錦。栄えある京大は中退しても、絶対の幸福をつかんでるだろ?」

などと暗い愉悦に浸っている姿までもが浮かんで参ります。

投稿: 幸福の科学の真似でしょうか? | 2016年5月 2日 (月) 20時19分

>>親鸞会や本願寺に属さない第三者団体のようなものを新たに創設して、団体組織の利害やしがらみに縛られず、仏教の尊い教えを広めることだけを中心に活動する団体を有志で作ってみてはどうだろうか、と思う。

それが、

「さよなら親鸞会」とか、

「さよなら本願寺」とか、

「真宗の維新の会」とか、

有志でつくっても、あなたが親鸞会を叩いているように、反対組織が生まれてくると思いますよ。
これではいけないと、またまた新しい真宗組織をつくっても、これまた、その反対組織から叩かれると思いますよ。
しかも、ある程度大きくならないと問題にすら挙がって来ないですよ。
完全無欠の組織を立ち上げたいお気持ちは分かりますが、この相対の世に在る以上、無理ですよ。
お釈迦様の教団や、覚如上人の本願寺創設や、蓮如上人の時代の本願寺教団ですら批難されていたのですから、なんの批難も起こらない団体を作るのは、無理ですよ。

どんな会社であれ、

どんな学校であれ、

どんな政党であれ、

どんな宗教法人であれ、

組織に完全無欠の理想郷を描いておられるなら、無理ですよ。

あなたの手で、1万人いたら1万人から認めれる、新団体を作ってみてください。

お待ちしております。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 20時46分

>>お釈迦様の教団や、覚如上人の本願寺創設や、蓮如上人の時代の本願寺教団ですら批難されていたのですから、なんの批難も起こらない団体を作るのは、無理ですよ。

まったく発言の趣旨を取り違えておられます。
流石は高森信徒ですね。
批判の起こらない団体などないことは、そのとおりですが「批判の起こらない団体を作りたい」などと誰が言ってるんですか?

あなたはまだまだ仏教を教学するのは早すぎます。先に日本語学校へ行くことをお勧めします。


投稿: | 2016年5月 2日 (月) 21時17分

>>批判の起こらない団体などないことは、そのとおりですが「批判の起こらない団体を作りたい」などと誰が言ってるんですか?

申し訳ありません。

>>仏教の尊い教えを広めることだけを中心に活動する団体を有志で作ってみてはどうだろうか、と思う。

と、批難の起こらない理想団体の創設を、思っているだけの方からのコメントでした。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 21時34分

>日本語学校へ行くことを

相手にするなよ!相手にするなよ!

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 21時48分

昔、親鸞会でよく聞いたフレーズ「求道は聴聞の一本道」。一方で「破邪顕正は、聴聞とは車の両輪の関係にある(両方実践しなければ信仰は進まない)」とも聞いた。この二つは両立しないことのように思うけど、整合できる理屈を知ってる人があれば教えてチョ。(ちなみに個人的には、前者の「求道は聴聞の一本道」には賛同しますが)

投稿: ここが変だよ親鸞会 | 2016年5月 2日 (月) 22時29分

拒否された

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 22時53分

人に話すのが破邪顕正の様に思ってるかもしれませんが、真実聞かない自分の本心に何で分からないのか聞かないのかと問いかけている様な気がします。相手がいなければ電柱にでも破邪顕正せよと言われた気がします。二心ってどういう意味でしたか教えて下さい。

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 22時59分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 2日 (月) 23時20分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード {中村僚}

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 07時00分

聞いた事を人に話してみて、頭では理解していても何も聞いてない自分がしらされます。また、本心では思ってもいないのに立派な言葉が次々と出てくる事もあります。これもまた不可思議の仏縁かと思います。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 09時06分

三願転入は超厳密にお聖教を解釈すると使い方が間違っていると指摘がありましたが、最近の高森先生のご法話ではどの様に言われていますか?あまり言われなくなった様に思いますが、よく聴聞に参詣している人がいましたらその点宜しくお願いします。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 09時46分

善を求めよ、財施しろ、勧誘しろ、逆らわずに言う事聞かないと救われないぞと教えていると勘違いしている人がいます。
阿弥陀仏との仏縁で宿善を厚くする為に善をすすめ、その善は一つもあて力になるのではなく、他力世界に導く為の方便だ聞いていますがどうですか?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 09時54分

>阿弥陀仏との仏縁で宿善を厚くする為に善をすすめ、その善は一つもあて力になるのではなく、他力世界に導く為の方便だ聞いていますがどうですか?

全くのデタラメです。
宿善とは、もともと天台大師が言いだした説で、宿善が厚くないと救われないと解釈したのです。それを善導大師が否定されて、法然上人も宿善の有る無し関係なく救われると教えられ、親鸞聖人もそのまま継承されたのです。
蓮如上人は宿善・無宿善とはいわれていますが、厚い薄いということは仰っていませんし、意味は親鸞聖人の教えを信じる人と信じない人の違いを宿善の機、無宿善の機と分類されただけです。

高森宿善説は、天台大師の説そのままで、善導大師、法然上人、親鸞聖人が完全否定されたものです。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時04分

御文章の至ところにタコが出来るくらいに宿善、宿善、宿善が大事、宿善まかせ、厚薄あり・・・・とあるけどあの御文章は嘘の本ですか?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時29分

2016年5月 2日 (月) 14時40分

ご生誕750年

750回忌

でした。失礼いたしました。

投稿: Kmountain | 2016年5月 3日 (火) 10時30分

>御文章の至ところにタコが出来るくらいに宿善、宿善、宿善が大事、宿善まかせ、

親鸞聖人の教えを聞く気が有るかないかが大事、聞く気まかせ


>厚薄あり

これは存在しない。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時33分

宿善の薄い人も救われますよ!って事を善導大師も法然上人も親鸞聖人も蓮如上人も言いたかった事だと思いますよ。その方法について詳しく教えられているではないか!厚い人は勿論のこと、無宿善の機に至るまで救われますよって事です。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時35分

<<親鸞聖人の教えを聞く気が有るかないかが大事、聞く気まかせ<<

これを善知識だのみと言います。阿弥陀仏の本願を二つの心で聞いて下さい。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時38分

>宿善の薄い人も救われますよ!って事を善導大師も法然上人も親鸞聖人も蓮如上人も言いたかった事だと思いますよ。その方法について詳しく教えられているではないか!厚い人は勿論のこと、無宿善の機に至るまで救われますよって事です。


違います。
宿善の薄い人は薄いままで救われますよ!って事を善導大師も法然上人も親鸞聖人も蓮如上人も教えられたのです。

宿善が厚くないと救われないというのは天台大師の説。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時38分

><<親鸞聖人の教えを聞く気が有るかないかが大事、聞く気まかせ<<

>これを善知識だのみと言います。阿弥陀仏の本願を二つの心で聞いて下さい。

善知識だのみの意味もしらないとは恥ずかしいですよ。

外道の人は親鸞聖人の教えを聞く気がない。
聖道門の人は親鸞聖人の教えを聞く気がない。
真宗の人で浄土往生したいと思っている人は親鸞聖人の教えを聞く気がある。


これが善知識だのみになるの?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時40分

親鸞聖人の説く阿弥陀仏の本願によって救われるのですよ。教えによってではないですよ。もちろん親鸞聖人の教えは阿弥陀仏の本願一つですがね。
高森先生の教えで助かるのではないですよ。高森先生が説く阿弥陀仏の本願が大事なんですよ。一番正確に説いているのが高森先生だと確信します。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時46分

>高森先生が説く阿弥陀仏の本願が大事なんですよ。一番正確に説いているのが高森先生だと確信します。

これを善知識だのみという。

高森会長が一番正確に説いているというその根拠はなんでしょうか?
「私は高森先生を最も信じている」という善知識だのみですよね。

「親鸞聖人の説く阿弥陀仏の本願」の内容を全く知らないのが高森会長。

「親鸞聖人の説く阿弥陀仏の本願」では行として誓われているのは念仏のみで、諸善はないから、本願に背く諸善を捨てよ、と親鸞聖人は教えられています。
ところが、「親鸞聖人の説く阿弥陀仏の本願」には念仏はあっても成就文に念仏がないから、念仏は救われるのには要らないけど諸善は必要だ、と訳の分からない無茶苦茶な理論で説明しているのが高森会長。

「親鸞聖人の説く阿弥陀仏の本願」を全く知らないのが高森会長だと知りましょうね。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 10時57分

いつぞやの高森氏の法話の際に、ひととおり話が終わってのち、たくさんの仔牛が、もとい、講師がもったいなくも先生と同じ壇上に登ってくることを許されたうえ、先生をぐるりと囲み奉ることをも許されたと聞きますがほんとにあったことですか? 一事が万事と申しますが、これなどは善知識だのみという言葉を具体的に表現した最たる例ではないでしょうか。光晴氏の場合は、女性講師のみが取り囲み奉るよう仰せになるのでしょうか?

投稿: いつぞやの法話の際に | 2016年5月 3日 (火) 11時15分

>高森先生の教えで助かるのではないですよ。高森先生が説く阿弥陀仏の本願が大事なんですよ。一番正確に説いているのが高森先生だと確信します。


高森会長の著書の【白道燃ゆ】を読むと、信心ひとつで救われるとの根拠に18願成就文を挙げているのですが、その特徴は、漢字40字と書かれ、詳しい説明は省略する、と明言されています。説教の時間がないのならまだしも、書き物で、18願成就文という真宗の要をキチンと説明する前に省略してしまいました。高森会長はそれほど、軽視している事実があります。またその冒頭には、間違った説明は許されない、と明言されていますので、その自らの信念に従い、省略されたのかもしれません。現役会員さんは、仏意はかりがたしと言われるのでしょうか。だまされたとわかった後はボロボロこんなことが出てきました。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 12時01分

成就文に念仏がないから、念仏は救われるのには要らないけど諸善は必要だ、

成就文は阿弥陀仏の本願をお釈迦さまが具体的に詳しく解説されたものだと聞いた事があります。内容は忘れたけど聞其名号じゃなかったかな。
高森先生の壇上に普通に講師は立ってますし話してました。一緒に会食会もしてました。そんなに偉そうな素振りは感じませんが。まあ、表と裏は違うという事だと思います。煩悩の塊は変わりませんから、先生といえども欲と怒りと愚痴の凡夫ですから。聖人とは違います。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 12時09分

成就文に念仏がないなんて嘘ですよ。

18願のことを親鸞聖人は様々な呼び名で仰っていますが、その1つに念仏往生の願があります。念仏往生の願の成就文に念仏がない訳ないでしょう。

「乃至一念」を親鸞聖人は信心と解釈されましたが、法然上人までは念仏で解釈されていました。親鸞聖人は法然上人までの解釈を否定されたのではなく、「乃至一念」には、信心の意味【も】あるとされたのです。

そんなことを知る由もない無知の高森会長でした。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 12時14分

其の名号を聞きて
名号は南無阿弥陀仏の事
南無阿弥陀仏は、念仏であり功徳利益の塊で最高の宝物
念仏にも二通りの念仏があるとか。 お礼の念仏と何だったっけ、
成就文に念仏はありますね。どちらの念仏なのか。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 13時22分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード
【豊田商事から献金を受けていた宗教法人】

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 14時05分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!  

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 14時38分

生徒は先生のいう事をよく聞きますが、中にはトンデモない不徳で嫌いな先生もいます。嫌いな先生の話は聞きたくないので当然成績も悪くなります。説く先生が尊敬できれば仏教の飲み込みも早いですが、嫌いだと全てがやだくなり、一番大切な阿弥陀仏の本願にも疑いを持ち、とても聞ける状態ではなくなってしまいます。それを分かってるから形だけでも先生を尊敬しているのだと思います。学校でも大嫌いな先生がいましたね。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 15時08分

不幸なことに先生が無知なことはありますよね。
知らないのに知ったかぶりで適当なことをいって、実は全く違うことだったり。
生徒も最初は無知なのでその先生のいうことを信用していますが、何かの縁で他の先生や本などで、真実を知った時のショックと怒りは相当なものです。

高森会長が無二の善知識だと信用していた熱心な会員が、なぜこうも大量に退会し、高森会長を非難するのかと言えば、高森会長が仏教にも真宗にも全くの無知で創作教義を吹聴していただけだと気が付いたからです。

肝心要の本願さえも正しく解釈ができず、本願に救われるのに本願にない諸善が必要だなどと、親鸞聖人の教えからは絶対にあり得ない邪義を平気で言いふらしているその心は、金集め人集めに教えを利用しているからですよ。

ですから今残っている会員なんて、Fランレベルの学力しかない人だけですわ。
学歴と今の学力は関係ないですからね。

悔しかったら、法論してみなさいよ、逃げ回ってないでさ。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 15時17分

学歴や学力は信心に関係ないと思いますが。
本願を一番分かり易く教えて頂き、その道のりも詳しく教えて頂き、その様に進ませて頂いています。
脱線した人が邪義を騒ぎ立て、あの先生は自分よりも劣ると罵り、勉強する気になっている人の足を引っ張り多大な迷惑をかけています。自分は正しいと思っているのが問題です。浄土真宗の教えを汚し、同族、僧侶に争いを呼んでいるからお寺も門徒も衰退してしまいます。正しく本願を説く人をもっと敬わなければなりませぬ。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時26分

今残っている会員といえども末恐ろしや・・・ flair   南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時32分

大学で勧誘されて、あの人が善知識高森先生だと紹介されて、疑いもなく言われるまま突き進み、ここにきて不祥事や不徳の至りが話題となり、もう辞めたという人がこのサイトを見ていると思います。
人生に悩み苦しみ色々な人に会い、生きる目的を必死に探し求めてやっと会えた善知識ではないと思います。自分の人生なので先生を選ぶのは本人次第です。色々な坊様の説法や宗教に迷って再び高森先生の説く本願が一番正しかったと納得いく事を念じています。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時36分

>Fランレベルの学力しかない人だけですわ。

親鸞会が「さよなら親鸞会」が嫌になるように
こんな文を書かせているとかではないのでしょうか?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時38分

>正しく本願を説く人をもっと敬わなければなりませぬ

そうですよね、間違って本願を説く高森会長を蔑むのは当然かと。

教行信証に引用された法然上人のお言葉

『選択本願念仏集』[源空集]にいはく、
「南無阿弥陀仏[往生の業は念仏を本とす]」と。
またいはく、「それすみやかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法のなかに、しばらく聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲はば、正・雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行を抛ちて、選んで正行に帰すべし。正行を修せんと欲はば、正・助二業のなかに、なほ助業を傍らにして、選んで正定をもつぱらにすべし。正定の業とはすなはちこれ仏の名を称するなり。称名はかならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑに」と。


往生の業は念仏を本とす
称名はかならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑに

本願とはこれだと親鸞聖人が仰ったことです。
善など無関係、19願も不要、往生するには「称名はかならず生ずることを得」が本願だと親鸞聖人が教えられた訳ですよ。
善については、「もろもろの雑行を抛ちて」と捨てよ。


釈尊が浄飯王に勧められたことは念仏だけだと親鸞聖人が仰っている。

高森会長の邪義など、中学生でも理解できるレベル。

中学生以下の学力では理解できないから、未だに騙されているんだろうけどね。

悔しかったらいつでも東大卒の中村某を連れてきて論破してみて、絶対にできないから。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時53分

>高森先生の説く本願

陰険陰湿なテクノロジーコントロールをし尽くした後の
ご本願のことでしょうか? japanesetea

(上記、誇大妄想の可能性があります。あしからずご了承ください。)

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 17時57分

>「称名はかならず生ずることを得」

化土に生ずることも含まれているのではないですか?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時07分

>>「称名はかならず生ずることを得」

>化土に生ずることも含まれているのではないですか?

愚問

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時11分

『選択本願念仏集』の中の「選んで」「選んで」の部分が気になります。選ぶのは行者が自分の頭で自力で選ぶという単純な意味ではないように思います。不可思議な力が隠れていると思います。単純に考えると、右か左か選んでとなりますが、そう単純な言葉ではないと思います。
東大卒の中村寮の話は小学生の頭でも理解できます。おぬしの話は東大生でも理解できません。難しい事ばかり考えてるんだね感心した。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時29分

>>東大卒の中村寮の話は小学生の頭でも理解できます。

小学生でも理解できても、間違っていたら何の意味もないよ。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時33分

聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ

聖道門を捨てて選んで浄土門に入るのは、自分の頭でですよね。
天台宗と浄土真宗のどちらを選ぶかは、自分の頭で単純に選ぶのですが。
こんな簡単な話を分からないように誤魔化そうと必死なのが痛い。

教行信証でこんなものも

また『無量寿経』にいふがごとし。〈もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称せん、下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ〉と。かの仏いま現にましまして成仏したまへり。まさに知るべし、本誓重願虚しからず、衆生称念すればかならず往生を得と。

善導大師のお言葉の引用。

本願の言い換えは

もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称せん、下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ


どうすれば往生できます?の疑問に対して

衆生称念すればかならず往生を得


この本願の常識的解釈を全く知らない高森顕徹なる人物とそれに騙される愉快な仲間達。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時43分

おまけでもう一つ教行信証から善導大師のお言葉の引用

もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名字を称すること下十声に至るまで、わが願力に乗じて、もし生れずは正覚を取らじ

本願の言い換えですよ。

高森会長がこんな説明をしたことがありますか?
有る訳ないですよね、知らないのですからね。
善知識方が仰ったことを全く知らないのですから、
本願の解釈など、高森会長のできるわけなでしょう。

早くさ、東大卒を連れてきてよ。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 18時52分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 19時41分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ! 

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 20時15分

色々な本願の解釈が出てきましたが、要約すると教科書にあるように、念仏唱えたら誰でも極楽に行けますよ!って事ですか。
蓮如上人は「この信心を獲得せずば無間地獄に堕在して・・」とか色々御文章にありますね。信行両座の淨論でも行の座の人が間違えてましたよね。
自分の意志で唱える念仏は自力の念仏であって、自力じゃ救われません。誰でも念仏は出来ますが、それでは往生できません。そなたの後生は大丈夫ですか?今ハッキリせぬば臨終に泣く事になるよ。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 20時24分

>自力の念仏であって、自力じゃ救われません。


貴方は命が終わろうとしているときにそんなのんきなことを言う人がいると思いますか。観念の遊戯でそんな苦しい場をくぐり抜けたことのない人のコメントです。自分は仏法がわかっていると思われているのでしょう。確かにその間は救われません。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 20時40分

親鸞会は過去二度、本願寺に座り込みをするという、実力行使を行いました。その後、三度目の決行をするかどうかを見極めるため、上からの指示により下見と称して本願寺に行きました。地元の学生を中心に約20人のメンバーが決まり、私はそのひとりでした。

本願寺のまわりを歩くだけで警備員が無線機を使い警戒している様子がわかり、自分は緊張しました。そして入ろうとする門で小競り合いが起きました。私服警官と思われる人から蹴られ、打撲傷を負った学生がいました。

自分は先輩から、本願寺が間違った教えを説いているのでこういう行動を起こすのだ、という説明を受けてそのとおり素直に信じていました。自分達の主張を通すためなら、真実のためなら仕方がないのだと。この時、もし小競り合いでなく、大きな衝突であったなら、私は不法侵入で逮捕されたかもしれません。そうなっていたら、その後の人生に大きな影響を与えていたでしょう。

親鸞会に不祥事は存在しないのでしょう。反省、自浄作用も不要です。上からのそのような声を自分は聴いたことがありませんでした。もしかしてこの件で間違っていたと反省した人がいたのでしょうか。真実のためなら犠牲は仕方がないのです。宿善のためなら仕方がないのです。その雰囲気しかありませんでした。本願寺の関係者の皆さまには大変なご迷惑を掛けてしまいました。

29年前の今日は朝日新聞の阪神支局が絶対に自分が正しいと主張する過激派に襲撃され、記者が命を落とした日です。場合によっては自分が信じる宗教、団体によって起こってはならない出来事に自分が巻き込まれるかもしれません。ひとりひとりが真剣に考えなければなりません。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 20時48分

待ってましたよ(笑)

念仏称えて往生する

これが本願です。なんせ、念仏往生の願ですから。

ではでは疑問点から。
蓮如上人が「この信心を獲得せずば無間地獄に堕在して・・」と仰っているのは、この信心とは違う異安心の人について仰ったことですけど、そんなことも知らないでしょ。

次に親鸞会でも有名な「されば世間に沙汰するところの念仏といふは、ただ口にだにも南無阿弥陀仏ととなふれば、たすかるやうにみな人のおもへり。それはおぼつかなきことなり。」ですが、これは「おぼつかなきことなり」で往生はできないとは仰っていないですね。不確実、ということは往生できる人もあるしそうでない人もあるの意味ですよね、古文が読めれば分かります。

つまりは念仏に信心が伴っていないと報土往生はできないという話で、これは親鸞聖人も全く同じこと。
だから教行信証には信巻がある訳ですよ。

ただし、念仏はおまけではなく、念仏が大前提でそこに信心ですね。

じゃあ信心とは何かですが、それは簡単に言うと、念仏を称えて助かると信じたことです。

ですから、念仏と信心といっても、それはそのままあてはめると

念仏と念仏を称えて助かると思った心

ですから、まとめていえば念仏を称えて助かるで間違いない訳ですね。

もう一つ信行両座の淨論ですが、これもよく読みましょうね。

行の座に自信一杯に入った人はいないのです。迷ったのですね。
信は念仏称えて助かる心、行は念仏
信と行のどちらで助かるかと言われて、どちらとも言い難い訳ですよ。
親鸞聖人の御心は、信心のない念仏もあることを訴えられるために信と行を敢えて分けられたのですが、そこは法然上人も明確に仰ったことがないので、どちらか迷った人ばかりであった、という話ですよ。

お聖教を読んだことのない高森会長の知らないことでしたね。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 20時54分

座り込み事件はテレビ、ニュースで見ました。その数日前に過激派が国鉄の通信ケーブルを切断する事件があったので、本願寺が過激派組織に占拠されたとしか見えませんでした。まさか一年後に親鸞会のバスに乗るとは想像もつきませんでした。過激派のイメージがあり恐ろしい会だと警戒していました。
聴聞する為に駅で野宿していたので、警察に何度も職務質問され怪しい人に思われていました。周囲からも危ない奴だと思われていました。親鸞聖人の時代の同行は命がけで本当に殺されてしまうのでその比ではないですが、真実求めるのにかなりの危険が伴います。楽して聞ける教えではなく、簡単に止められる教えでもありません。どうして聞き続けてこれたのか全く分かりません。蓮如上人の時代にはかなりの人数が一向宗だという理由で殺されてしまいました。殺されれば元も子もないと思うのですが。真実の為に殺されたり犯人にされるのは御免です。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時14分

蓮如上人も親鸞聖人も大事な事はハッキリとズバリ仰います。そんな曖昧な分別つかない分かりにくい事を言ったりやる訳ないでしょ。そんな腑の抜けた解釈したら申し訳ないですよ。もうやめなさい。お粗末くん。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時27分

と、根拠のない非難をして誤魔化したいのですね、わかります。

親鸞聖人も蓮如上人もはっきりしたことは、はっきり仰ってますよ。

念仏称えて往生するのが本願だと親鸞聖人が仰った根拠はあげましたよね。

読めました?

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時31分

頭が良くてお聖教を沢山知っていてもの凄い人かと思いきや、なんとお粗末なひねくれた解釈をして内輪太鼓叩いてたぶらかす執念深く嫉妬心の塊の日蓮の様な邪悪な存在ではないか。うわわわわわ!

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時33分

親鸞会お得意の負け惜しみ

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時35分

だから忠告したんです。
相手にするなよ!相手にするなよ!ってね。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時37分

頭が悪くてお聖教を全く知らないもの凄い無知の人かと思いきや、やっぱりなんとお粗末なひねくれた解釈をして内輪太鼓叩いてたぶらかす執念深く嫉妬心の塊の日蓮の様な邪悪な存在でしたね、高森会長と講師部員と会員は。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時39分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時40分

>>聴聞する為に駅で野宿していたので、警察に何度も職務質問され怪しい人に思われていました。周囲からも危ない奴だと思われていました。


オウムやISILが野宿したら普通の人は危ないヤツと思うでしょう。親鸞会が仮に真実いっぱいの団体であっても普通の人から見たら野宿の人は警戒されます。それは見方が悪いのではなく、そう見せている方の責任だと考えるのがまともです。それを「真実求めるのにかなりの危険が伴います。」と書くのが信じられない。真実を求めたら、不審なことをしてもそれは目を潰れということですか。

>>真実の為に殺されたり犯人にされるのは御免です。

そんな心配より、絶対自らだけは正しいという考えをもつと、「真実の為に殺ろしたり犯人になる」可能性があるという心配をして下さい。よろしくお願いします。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時45分

今はゴールデンウィークの真っ最中ですね。

"新勧"洗脳合宿期間の大詰めです。
この1週間ほどで第1段階の洗脳教育は一旦完了です。

連休明けからは毎回約束を取られての"顕正室(部室)"通いが始まります。

来年の今頃は、カネ集め人集めロボットに改造された、何でも上の言いなりに動く空虚な人間が、異様な目付きをしてキャンパスを徘徊することになるでしょう。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時45分

現代は信教の自由が保証された平和な時代です。
親鸞会も迫害はされていません。

親鸞会が社会から白い目で見られるのは、非常識な行いをして迷惑をかけるからです。

因果の道理は宇宙のどこへ飛んでいっても逃れられないのです。身をもって知るべきですね。

投稿: | 2016年5月 3日 (火) 21時55分

新入生で勧誘された人必見

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1195523801

投稿: K | 2016年5月 4日 (水) 00時17分

エム野講師
このたびは、弘宣部の若手講師や大学の後輩の創作話をして報告して
除名をまぬがれたそうですね。

情けないことです。

録音の本当の容疑者はエム野講師だったと、W部講師がいってましたよ
でも、「ぼくには妻子がいるから、やったといってくれ」と
上層部の前で、若手講師に涙ながらに嘆願したそうじゃないですか。

他の除名者についても、あなたが勝手に情報を捏造して報告したそうじゃないですか

もう、あなたの顔は一生みたくありません。地獄におちるのはあなたでしょう。


投稿: | 2016年5月 4日 (水) 00時21分

>じゃあ信心とは何かですが、それは簡単に言うと、念仏を称えて助かると信じたことです。

あなたの信心では、

信心歓喜の後に念仏を称えることなく

突然死するとどうなるのですか?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 00時55分

高森会長が録音を恐れるのには理由があります。

録画・録音禁止、講演ビデオを紛失した講師は切腹、一般会員も講演のメモを取ることは禁止。

"法話"を記録されることを極端に恐れる高森顕徹講師。

理由は簡単です。嘘が露見し、指摘される不名誉に耐えられないからです。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 01時02分

>あなたの信心では、

親鸞聖人の信心です。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 04時54分

》そんな心配より、絶対自らだけは正しいという考えをもつと、「真実の為に殺ろしたり犯人になる」可能性があるという心配をして下さい。よろしくお願いします。

その通りだと思います。
方便の意味を勘違いしている人は沢山いるでしょ
う。それでなくても、彼らがまともな行動の範囲
を逸脱する根本は、自分達以外を全部間違いだと
固く思い込んでいるからです。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 07時07分

絶対自らだけは正しいという考えをもつのは間違いだと思います。
弥陀の誓願、本当か嘘かハッキリするまで苦難を乗り越えて求めさせて頂きますというのが正解だと思います。危ない奴だと思われても、それは勝手にそう思って下さいという事でしょうか。親鸞会も弥陀の誓願も全部嘘だとハッキリして辞めていった人も心の奥で何か割り切れないものが何時までもあると思います。その思いが廃らなければ再びやな事ばかりでも求めずにおれなくなります。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 08時32分

》親鸞会も弥陀の誓願も全部嘘だとハッキリして辞めていった人も心の奥で何か割り切れないものが何時までもあると思います

いや、他のものをつけ足さないで下さい。親鸞会だけが嘘つきだと思っています。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 08時49分

高森会長と親鸞会の嘘は、尋常ではないですよね。
弥陀の本願の解釈さえ、180度違うのですからね。

親鸞聖人は、弥陀の本願を諸善を捨てて念仏に帰して救われると教えられました。

高森会長は、弥陀の本願を念仏称えても救われないからまずは諸善をしてからでないと救われないと言っています。


180度違うでしょ。

これで高森会長は、親鸞聖人のみ教えを正しく伝えているだって、どんなコントですか。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 08時55分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時08分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時24分

念仏唱えて救われるのではなく、信心が大事だと教えるのは高森先生だと思います。念仏は分かり易いけど、信心がハッキリするとは難しい事です。
念仏唱えて往生がハッキリとしましたか?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時26分

>念仏唱えて救われるのではなく、信心が大事だと教えるのは高森先生だと思います。念仏は分かり易いけど、信心がハッキリするとは難しい事です。
>念仏唱えて往生がハッキリとしましたか?

信心のことを知らない異安心の高森会長の話を信じているから仕方がないだろうけど、正しい信心を正しく理解した方がいいですよ。


弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(末灯鈔)


高森会長の知らない信心の定義

信心とは

「弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて」

なので、念仏称えて往生できると深く信じたことを信心と言う。

結局念仏なのよね。

諸善なんか信心とは無関係どころか、諸善を捨てたのが信心なんですからね。


この程度のことも知らないのが高森会長であり、中村僚とかいう学力のない人の理解ね。


投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時38分

悔しかったら、高森会長と講師部員揃えて、法論してみたら?
法論さえできない腰ぬけ親鸞会がコメント欄を荒すなよ。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時39分

》悔しかったら、高森会長と講師部員揃えて、法論してみたら?
法論さえできない腰ぬけ親鸞会がコメント欄を荒すなよ。

この通りなんですよ、知っていますか?
全員でノコノコ出て来ても、木っ端微塵。
亀みたいに法論しないで手足引っ込めている内弁慶。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 09時51分

宿善とのたまう前に人間らしくありたいものだ。
人のお金で宿善と言わずに、御念仏をおとなえする方が、
経典に依っている。
選択集の冒頭を拝読すれば、善の勧めからの往生なんて最初から間違っている。

生きるために生きるでわおかしいと親鸞会で言われたが、
高森家より才能も誠意もある講師達が辞めないのは自ら教義否定だと思う。
みんな生きたいから親鸞会に絡め取られたんだろうか。

カルト脳の人と話すより外に出て、色々な人と話す方が健全だろう。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 10時48分

》生きるために生きるでわおかしいと親鸞会で言われたが、
高森家より才能も誠意もある講師達が辞めないのは自ら教義否定だと思う。
みんな生きたいから親鸞会に絡め取られたんだろうか。
カルト脳の人と話すより外に出て、色々な人と話す方が健全だろう。

これもこの通り、極まりない当然な話です。
浄土真宗ならば、きちんと正統な場所がありま
す。
それから、あたら才能や学問や人生を捧げる価値
の無い者に振り回されるのは勿体無いです。また汗水たらして働いて生きている人に失礼です。

外れた浄土真宗にもならない外道を撒き散らした
挙句、親鸞会以外を否定するのは以ての外です。
里見浩太朗や尾木ママなどの有名人だと尻尾を振る、
あなた達は最低です。


投稿: | 2016年5月 4日 (水) 11時10分

>念仏唱えて救われるのではなく、

南無阿弥陀仏の働きを否定するような誤解を与えることはやめましょう。ご本尊こそ命にしなければなりません。
自分が、まわりの人が、称える南無阿弥陀仏が耳から入ってきたとき、阿弥陀様が私を助けるために御自身が形となって現れて下さったのだ、と気づかされるまで、その話をされる先生から聴聞しましょう。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 11時17分

>信心とは

「弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて」


機の深信が無いのでは?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時05分

>親鸞聖人の信心です。

こたえになっていません。再度お尋ねいたします。


あなたの信心では、

信心歓喜の後に念仏を称えることなく

突然死するとどうなるのですか?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時10分

待ってました(笑)

二種深信について善導大師は2通りの表現をされていて、1つは親鸞会でよく使うもの。もう一つが、親鸞聖人は2回も教行信証で紹介されるほど重要なもので、親鸞会の知らないもの。


深心はすなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。


機の深信は、善が薄く少ないから三界から出ることができない。
法の深信は、念仏を称えることが十回から聞くものまで往生できる。

簡単に言うと、善では助からない、念仏1つで助かる、が二種深信。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時14分

新入生のみなさんへ。

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投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時16分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時40分

>簡単に言うと、善では助からない、念仏1つで助かる、が二種深信。

本願には善がない、念仏はあるから、本願に背いている善を捨て、本願に誓われた念仏で助かる。そこで信心とはこのように深く信じること。


善をすると言っている時点で、すでに本願を捨てていることに等しい。


高森会長は、本願の解釈ができない。
高森会長は、最も大事な念仏を捨てている。
高森会長は、信心が全く分かっていない。

この状態で、高森会長の何を信じるのですか?
高森会長の言っていることで、正しいと思うところを列記してみたらいかが。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 16時41分

>機の深信は、善が薄く少ないから三界から出ることができない。

「黒」は、すなわちこれ無明煩悩の黒業、二乗・人天の雑善なり。
                       (教行信証・信)

人天の天は、天界です。三界の最高の天界も黒業ではないのですか?
貴方の意見では、黒業と白業が混在する天界という意味なのでしょうか?

もし貴方の言うように混在するとしても、
混在不可能なハズの黒業と白業が混在可能な理由は何ですか?

・・・・・・

一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして、清浄の心なし。虚仮諂偽にして真実の心なし。(教行信証・信)

阿弥陀如来のお力なくして、自分の力だけでできた善は全く無いという意味ではないのですか?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 18時18分

>本願には善がない、念仏はあるから、本願に背いている善を捨て、本願に誓われた念仏で助かる。そこで信心とはこのように深く信じること。


再再度お尋ねいたします。


あなたの信心では、

信心歓喜の後に念仏を称えることなく

突然死するとどうなるのですか?

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 18時25分

>あなたの信心

親鸞聖人の信心

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 18時36分

讃岐の庄真に緋の衣をつかまれた興正寺の法主の故事は、今からみれば史実に反した点もあれど『白道燃ゆ』で読んでそれなりに感動しました。「緋の衣を着てても地獄の業火を免れることはできない」とこの妙好人は言ったのだそうですが、そのひそみにならって高森氏に言いたい、
  「水色のスーツを着ててもやがて落ちる滝つぼを免れられませんよ!」
と。昨年、やや日刊カルト新聞で見た高森氏は目も落ち窪み、水色のスーツに老躯をうずめているという感じがしました。

投稿: 緋の衣、おっと水色のスーツを着てても | 2016年5月 4日 (水) 19時13分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード
【豊田商事から献金を受けていた宗教法人】

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 19時30分

新入生のみなさんへ。

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投稿: | 2016年5月 4日 (水) 19時44分

新入生のみなさんへ。
     
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東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 20時33分

こんばんわ
エムハルです。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 20時51分

名号、名号と出てきますが、名号=念仏ではない所があるから難しいのです。
其の名号を聞きては、ただの念仏とは違います。だだ口にいくら念仏唱えても・・とあるように。御文章のいたる所に分かり易く書いてあります。
法然上人は信心をよく念仏念仏と説法していたらしいので、信行両座の淨論では常に念仏と聴聞していたので、ほとんどの人は行の座に入りました。教科書でも法然上人は浄土宗をつくり、ただ念仏する教えだという事になってます。
名号、念仏、信心は複雑な関係があり、単純にお聖教を出して解釈は出来ないと思います。阿弥陀仏から賜った信心を文面や言葉で表すのは簡単な事ではありませんので、読む人の都合に合わせて違った解釈になる恐れがあります。
自分で勝手に解釈して鬼の首取ったかのように振る舞う行為は大変危険なので警告致します。お聖教大好きなそなたは、絶対に警告に従わない事は明白ですが念のために。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 20時54分

お聖教は阿弥陀仏の絶対の境地を相対の世界で表したものであり、相対の世界で解読しても計り知れないものが沢山あります。一部を見て全体はこうだと思い込むのは危険です。真実を完全に見失ってしまいます。
逆に、阿弥陀仏から他力の信心を賜った人の話は、字も書けない読めない人の話でも真実があり、お聖教全部読み切ったよりも明確な真実があります。
よく難しいお聖教出して、高森会長はお聖教を全然知らないと勝ち誇ったように言いますが、そのお聖教の意味を一番よく理解できるのは信心を獲た人です。だから、多くの人が聴きに集まるのだと思います。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時07分

負け犬の遠吠えで、文底秘沈の解釈しかできないことの暴露。


弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(末灯鈔)

名号=名号
念仏=名号をとなへん
信心=名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて
本願=名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり


親鸞聖人のお言葉と高森会長の説明とは違いますね。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時09分

>だから、多くの人が聴きに集まるのだと思います。

創価学会にたくさんの人が聴きに集まっていますよね。
幸福の科学にもたくさんの人が聴きに集まっていますよね。
真如苑にもたくさんの人が聴きに集まっていますよね。

親鸞会は、しょぼい人数になっちゃいましたよね。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時11分

利害打算を抜きにして、初心に返って聞いてみると本当に分かり易いお話だと思います。同じ話は何度も聴きたくないのが普通ですが、聴き耳たてるのは、本心が阿弥陀仏の本願を全然聞いてないからです。ふた心ってどういう心でしたか? エムハル君の不倫話じゃないですよね。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時14分

>そのお聖教の意味を一番よく理解できるのは信心を獲た人です

高森会長の二種深信の説明

 地獄行き間違いなし、極楽参り間違いなし


善導大師、親鸞聖人の二種深信の説明

 善では助からない、念仏でのみ助かる

高森会長は信心を獲ていないことを証明していますね。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時14分

国語と古語が大の苦手なので全く意味がよく分かりません。
念仏唱えている人を極楽に連れていくよという本願を、深く信じて唱える事がめでたい事です。   直訳
この念仏は報恩謝得の念仏だ。
深く信じて・・・深信・・信心決定・・めでたい事

「信心決定して、報恩謝得の念仏を唱えている人を、必ず極楽浄土に生まれさせるのが阿弥陀仏の本願ですよ」めでたしめでたし。  と解読しました。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時35分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時41分

<<善導大師、親鸞聖人の二種深信の説明
善では助からない、念仏でのみ助かる>>

だから、それがそなたの勝手な解釈であって、大変危険だと忠告しているのです。
二種深信は「地獄行き間違いなし、==機の深信 と必ず助けるという本願まことだった、==法の深信」 これ以外の解釈はないでしょう。あればそなたの勝手な解釈じゃよ。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時42分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!


投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時43分

来るのが遅いぞ
もっと早く来るんだ
わかったな

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時45分

では高森風の質問で。

問い

どうすれば救われると本願にありますか?

答え

ふかく信じてとなふる


問い

本願の別名は?

答え

念仏往生


問い

念仏称えなくても助かるのではないですか?

答え

念仏成仏はこれ真宗なり(教行信証)
ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得(教行信証)
往生の業は念仏を本とす(教行信証)
正定の業とはすなはちこれ仏の名を称するなり。称名はかならず生ずることを得。(教行信証)
ひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生す(唯信鈔文意)

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時51分

深心はすなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。


機の深信は、善が薄く少ないから三界から出ることができない。
法の深信は、念仏を称えることが十回から聞くものまで往生できる。

簡単に言うと、善では助からない、念仏1つで助かる、が二種深信。


機の深信に地獄一定の意味は皆無。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時52分

中村僚って誰だか分かりませんが、刑事の様な帽子かぶってアニメバスの〇西さんとよく歩いていた現在50歳位の人ですか。
東大卒業して親鸞会病院で医者やっている50代の人もいましたよね。
東大のサークルに可愛い女性も沢山いましたよね。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時54分

一応、

本願の「乃至十念」を報謝の念仏と解釈した親鸞聖人のお言葉を出してみなさい。

ないからね。

ないけど報謝の念仏だ、は日蓮と同じ文底秘沈。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時58分

聞其名号、でしょ。       18願の善巧方便で救われる。

三界に流転して火宅を出でずと信知す   三界=火宅=迷界=苦界=地獄 

名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで  報恩謝得の念仏唱える人すべて

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 22時08分

何時までも自分の勝手な解釈で否運な人のマネばかりしていると本物の飛雲さんが迷惑な奴だと怒り出しますよ。少しは柔軟な思考回路を持たないと脳梗塞になっちゃうよ。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 22時13分

ポチ、来るんだ!

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 22時40分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 22時41分

タブレット買うてくれと
しつこいねん、支部長。
ネットにつながらんタブレットを
ローンでやて・・信じられへんわ。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 23時26分

>法の深信は、念仏を称えることが十回から聞くものまで往生できる。

十回からではありません。ご本願には「乃至」がそえてあります。

本願の文に、「乃至十念」と、ちかいたまえり。すでに「十念」とちかいたまえるにてしるべし、一念にかぎらずということを。いわんや「乃至」とちかいたまえり、称名の遍数さだまらずということを。(一念多念文意)

「乃至十念」ともうすは、如来のちかいの名号をとなえんことをすすめたまうに、遍数のさだまりなきほどをあらわし、時節をさだめざることを衆生にしらせんとおぼしめして、乃至のみことを十念のみなにそえてちかいたまえるなり。如来より御ちかいをたまわりぬるには、尋常の時節をとりて、臨終の称念をまつべからず。ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。(尊号真像銘文)

上記に、「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、」
とあります。


下至というは、十声にあまれるものも聞名のものをも往生にもらさずきらわぬことをあらわししめすとなり。(尊号真像銘文)

聞名のものとは、真実信心をえた人という意味ですよね?

ご自分でも「聞くものまで」とおっしゃっています。

投稿: | 2016年5月 4日 (水) 21時51分のコメントと矛盾していませんか?

一 一念にてたりぬとしりて、多念をはげむべしという事。
 このこと、多念も一念も、ともに本願の文なり。いわゆる「上尽一形」・「下至一念」と等、釈せらる。これその文なり。しかれども、下至一念は、本願をたもつ往生決定の時剋なり。上尽一形は、往生即得のうえの、仏恩報謝のつとめなり。そのこころ、経釈顕然なるを、一念も多念も、ともに往生のための正因たるようにこころえみだす条、すこぶる経釈に違せるものか。さればいくたびも、先達よりうけたまわり、つたえしがごとくに、他力の信をば、一念に即得往生ととりさだめて、そのとき、いのちおわらざらん機は、いのちあらんほどは、念仏すべし。これすなわち、上尽一形の釈にかなえり。(口伝鈔)

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 02時03分

往生の業因は一念発起信心のとき、無碍の心光に摂護せられまいらせ候いぬれば同一なり。             略出 【御消息集(善性本)】

しかれば、世のなかに、ひとのあまねくこころえおきたるとおりは、ただこえにいだして、南無阿弥陀仏とばかりとなうれば、極楽に往生すべきようにおもいはんべり。それはおおきにおぼつかなきことなり。されば、南無阿弥陀仏ともうす六字の体は、いかなるこころぞというに、阿弥陀如来を一向にたのめば、ほとけその衆生をよくしろしめして、すくいたまえる御すがたを、この南無阿弥陀仏の六字にあらわしたまうなりとおもうべきなり。しかれば、この阿弥陀如来をば、いかがして信じまいらせて、後生の一大事をばたすかるべきぞなれば、なにのわずらいもなく、もろもろの雑行・雑善をなげすてて、一心一向に弥陀如来をたのみまいらせて、ふたごころなく信じたてまつれば、そのたのむ衆生を、光明をはなちて、そのひかりのなかにおさめいれおきたまうなり。これをすなわち、弥陀如来の摂取の光益にあずかるとはもうすなり。または、不捨の誓益ともこれをなづくるなり。かくのごとく、阿弥陀如来の光明のうちにおさめおかれまいらせてのうえには、一期のいのちつきなば、ただちに真実の報土に往生すべきこと、そのうたがいあるべからず。このほかには、別の仏をもたのみ、また余の功徳善根を修しても、なににかはせん。あら、とうとや。あら、ありがたの阿弥陀如来や。かようの雨山の御恩をば、いかがして報じたてまつるべきぞや。ただ南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、こえにとなえて、その恩徳をふかく報尽もうすばかりなりとこころうべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。
   文明六年八月十八日          略出(御文章 第三帖)


投稿: | 2016年5月 5日 (木) 02時39分

信じている内容が「念仏称えて往生できる」のみである人の場合、

実際には、称える前の 信心決定のときに

弥陀如来の摂取の光益にあずかっているのでおかしい。

時差がある。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 03時14分

>三界に流転して火宅を出でずと信知す   三界=火宅=迷界=苦界=地獄

仏教のぶの字も知らない妄想
地獄限定なら流転はしない。
この根拠はいつも通りない、文底秘沈
 

>名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで  報恩謝得の念仏唱える人すべて

これも文底秘沈

念仏成仏はこれ真宗なり(教行信証)
ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得(教行信証)
往生の業は念仏を本とす(教行信証)
正定の業とはすなはちこれ仏の名を称するなり。称名はかならず生ずることを得。(教行信証)
ひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生す(唯信鈔文意)

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 03時41分

しかれば、世のなかに、ひとのあまねくこころえおきたるとおりは、ただこえにいだして、南無阿弥陀仏とばかりとなうれば、極楽に往生すべきようにおもいはんべり。それはおおきにおぼつかなきことなり。


「おおきにおぼつかなき」なので、往生できないではない。
自力の念仏では報土往生できないが他力の念仏なら報土往生できるので、自力か他力かの違いが重要で「おぼつかなき」になる。

弥陀の名号となへつつ
 信心まことにうるひとは
 憶念の心つねにして
 仏恩報ずるおもひあり

誓願不思議をうたがひて
 御名を称する往生は
 宮殿のうちに五百歳
 むなしくすぐとぞときたまふ

信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 03時49分

いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。

善導大師の基の『往生礼讃』では

いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下十声・一声等に至るに及ぶまで、さだめて往生を得と信知して、すなはち一念に至るまで疑心あることなし。

念仏が10回から1回までとなっていて、それを親鸞聖人は10回から聞くものまでとされた。直接『往生礼讃』を引用されず、『往生礼讃』を引用した『集諸経礼懺儀』から引用されているところがポイント。
念仏を称えて助かけるという誓いを信じた信心の重要性を顕わされたもの。

当然、念仏を称えて助かるが大前提

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 04時04分

念仏を信後の報謝の念仏に限っている親鸞会の間違いは、明白。
念仏往生、往生の業は念仏と教えられているのに、報謝の念仏なら意味わからない。お礼を言って助かるの?

親鸞会会員の知能なんて、この程度のものよ、たとえ東大卒でも。

本願を、念仏称えて助かると教えられたのが、善導大師、法然上人。
それを、念仏称えて助かると深く信じて助かるとニュアンスを変えて教えられたのが、親鸞聖人。

いずれも、念仏称えて助かるは同じというか、これを否定したら、本願でなくなる。

ところが、念仏称えて助かるは間違いと否定しているのが高森親鸞会。
高森親鸞会が、本願を正しく説明できないのは、浄土真宗を知らないから。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 06時15分

いつまでもゴチャゴチャ邪義を唱えているから、本物の飛雲さんか中村さんがこれ以上ない明確な根拠を出してお怒りです。
これでもまだ懲りずに邪義を唱えれば恥の上塗り、誰からも相手にされないよ。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 07時14分

自分が間違ってましたと素直に認めて謝りなさい。それすら出来ない人は阿弥陀様を疑い騙し続けている自分の本性を懺悔する事など絶対に出来ないよ。まあそういう奴だと見越しての本願ではありますが。唯除五逆誹謗正法

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 07時19分

と、負け惜しみを言っている会員

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 07時23分

親鸞会の邪義がよーくわかりました。
こういうことですね。

善導大師-念仏称えて助かる
法然上人-念仏称えて助かる
親鸞聖人-念仏称えて助かると深く信じて助かる
高森会長-念仏称えて助かるは間違い、念仏は報謝に限る

善導大師も法然上人も信心についてはもちろん仰っていますが、教えられ方としてはこんな感じ。

本願を知らない高森会長と中村なんとかと会員のアラシはまだまだ続きそうですね。

投稿: JSS | 2016年5月 5日 (木) 08時22分

勝ち負けは関係ないですよ。曲がった松は曲がった松だと観るのが正しい見方、正観だと例の先生が言ってたよ。   愚痴の心は恐ろしや!

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 08時22分

もういい加減に諦めて下さい。柔軟な頭を持ちましょう!

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 08時25分

一人で迷子になって滝壺に向かうだけでなく、赤信号、みんなで渡れば怖くない!仲間集めてみんなで渡ろうとしているだけですよ。大変危険です。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 08時29分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 08時46分

新入生のみなさんへ。
 検索キーワード  <<中村僚>>

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 09時34分

ホレ( ^∇^)ノ 彡ε==3ホネ

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 09時53分

博多でけんてつ と豊田商事の殺された永野会長と同じエレベーターに乗ったことがある

吉村も永野の友達の岐阜の菊池もいたなあ~
金の亡者 極悪人が狭い空間にいっぱい

今から思うと刺激的な瞬間だな

あの時辞めてつくづくよかったと思う
あの頃けんてつの異常性に気づく者が少なくて…

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 10時22分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 

<<長南瑞生(中村僚)は浄土真宗親鸞会の講師です>>

ちょっと長いからコピペしてネ!

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 10時25分

あれ~、また出入り禁止になっちゃった。なんで。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 10時29分

よかった、これでまた書き込みが出来ます。
長南瑞生っていうんだ。芸名でしょ。戒名なのかな?獲信されたのかな?
まだ若い人じゃん。思ってた人と違うかな。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 10時33分

タコ入道と飛雲さんとじゃ格が違うわい、一緒にするんじゃないぞや。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 12時20分

「ぼくには妻子がいるから、やったといってくれ」(涙)

投稿: O | 2016年5月 5日 (木) 12時57分

飛雲がタコ入道なんじゃない”!

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時23分

飛雲さんの文面と〇〇入道さんの文面は品が違いすぎます。でも、主張と性格は似てますね。ありうる事かもしれませんね。覆面かぶれば性格が変わる人いますからね。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時29分

新入生のみなさんへ。
 検索キーワード  <<中村僚>>

しっかり勉強して親鸞学部に進みましょう。
更に上の講師学院も進級できますよ。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時31分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時47分

○○入道さんが誰かよくわからないので
○○入道さんのコメント時刻を教えて下さい。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時48分

〇〇入道も飛雲も会員も誰だか分かりません。コメント時刻も分かりません。メールアドレスも分かりません。それが分かれば怖くて誰も気楽にコメントできなくなります。そうじゃないの?

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時53分

だいたい誰のコメントなのかと探索・推測する事自体タブーでしょ。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時55分

親鸞会の話を聞くのはもう止めようと思っていましたが、非会員の一般人としてもう一度聞いて確かめてみようかと思いました。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 13時58分

非会員の一般人です。偏って判断を間違えたくないのでさまざまな既成教団の話を聴きくらべします。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 14時09分

受け入れ安い話には注意が必要だと思います。
歎異抄研究会に誘われた時、同時にオウムの浅原が直接勧誘に来たけど、オウムの話超能力が誰でも身に付くといった話の方が絶対の幸福になれる話よりも魅力的でした。のめり込まずに常に疑いの目で話しを聞く事をお勧めします。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 15時14分

>>のめり込まずに常に疑いの目で話しを聞く事をお勧めします。


その通りです。一ヵ所で聴くと知らず知らずのうちに深みにはまることがあります。だから恐ろしいのです。特に浄土真宗では善知識だのみという恐ろしい異安心に陥ることがないようにいろいろ聴くことをすすめます。いろいろ聴いて自分に合うものを聴くのがいいですね。最初から視界を狭くする必要がありません。自分の人生ですから。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 15時57分

結局、高森会長が本願を正しく解釈している証拠は全くないことで、会員も言い返せなかった。
普通ならここで高森会長に疑問をもってしかるべきところを、なおも高森会長が正しいと信じてあらしを続ける。
こんな現役会員、救い難し。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 16時42分

くだらない文言あったね

「上司の命令は会長の命令と心得よ」

とかいうくだらないやつ。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 17時03分

高森先生の説く本願が真実だと信じている人もいますが、聴聞した通りに信心決定された人も沢山いるので確信してあらしをあらしているのでしょう。
「上司の命令は会長の命令と心得よ」とか言っていた講師が真っ先に辞めました。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 17時37分

大量脱会親鸞会

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 18時00分

寺ごと親鸞会に大量入会

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 18時14分

>寺ごと親鸞会に大量入会

そんなことをすれば入学金の立て替えができなくなります。お願いですからこれ以上はやめて下さい。もう生活できません。活動どころでなくなります。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 20時13分

>聴聞した通りに信心決定された人も沢山いるので確信してあらしをあらしているのでしょう。


他人の信心はわかりません。

そして、あらしをあらしている、という主張はもっとわかりません。恐らく親鸞会の方でしょうが非常に難解です。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 20時27分

親鸞会の人間の文章は一般人には読みにくいの。
彼らの頭の中だけで完結しているから。
単なる誤字脱字でない。

でも親鸞会脳の人間には読めるから、どれだけ説明しても意味が分からない。

投稿: | 2016年5月 5日 (木) 23時36分

親鸞会の学生勧誘の失敗と、学友部の衰退は既に10年以上前から内部で問題になっていました。

当時からその原因を少子化やゆとり教育、果ては本願寺の妨害にあると思い込む幹部会員が跡を絶ちませんでした。

勿論、そうではありません。偏に、会が偽装勧誘等の反社会的活動を続けてきたこと。会長や幹部が、自分を慕って従いて来てくれる会員に対し悪意ある言動を繰り返してきたことの結果です。

判り易い因果の道理です。
会長や幹部が因果の道理を全く信じていないことが証明されたに過ぎません。

悪人(会長と幹部)も幸福を求めますが、悪を為すことによって幸福を得ようとするという典型例です。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 00時13分

わかりやすい因果の道理なのは確かですが、親鸞会が因果の道理を信じてないとはいいません。因果が分からなかっただけです。
嘘ついて聞かせても聴く気のない人は訳の分からない宗教団体に誘われて変な所に連れていかれたと言いふらし、あのサークルは危険だという事になります。昔も今も一緒だと思いますが、昔に聞く事が出来て良かったです。今はネットで直ぐに検索して皆が危ないと言ってれば直ぐに警戒して近寄りません。それが電脳社会だ。日本人向きだが怖い事。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 07時08分

聞き始めは疑い一杯でいい事言って騙そうとしているな。目的は金か。などと疑っています。そこに、騙されてるぞと言われれば、やはりそうだったのかと辞めてしまいます。仏教は自分にとって都合の悪い聞きたくない話ばかりなのでそうなるのは当然です。合点出来た人は苦悩すれども結局聞かざるをえなくなります。なぜならば全て人ごとではない話だからです。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 07時56分


親鸞会の邪義がよーくわかりました。
こういうことですね。

善導大師-念仏称えて助かる
法然上人-念仏称えて助かる
親鸞聖人-念仏称えて助かると深く信じて助かる
高森会長-念仏称えて助かるは間違い、念仏は報謝に限る

善導大師も法然上人も信心についてはもちろん仰っていますが、教えられ方としてはこんな感じ。

本願を知らない高森会長と中村なんとかと会員のアラシはまだまだ続きそうですね。

2016/05/05 8:22:26

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 08時42分

続々と退会

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 11時36分

富山大学で、勧誘してる人間がいたそうだ。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 11時48分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 12時41分

新入生のみなさんへ。
     
検索キーワード  <<中村僚>>

東京大学卒業  人生の目的がよく分かるよ!

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 12時57分

ホレ( ^∇^)ノ 彡ε==3ホネ

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 14時07分

今、講師だそうですが、パン屋の裏のバケツから今でもパンの耳を拾っているんですか?
ビニール袋持って。
光に向かって進めば、パンの耳にありつけるわけですか。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 15時24分

イナズマ大作戦はホームレス生活でパンの耳食べて重い本何冊も担いで一軒一軒回って断られ続けたな。今思えば苦しかった事も懐かしいけどね。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 16時30分

聴聞も宿泊費と食費がなくて、水とパンの耳食べて、文化会館の石のモニュメントの中に段ボール引いて一晩明かした事もあったかな。夜中に雨が降ってよく眠れませんでした。それでも聴聞は一生懸命に聞きました。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 16時35分

まるで難民生活ですね。
最近はそこまでする人はいないのでは。

第一、お聖教を読んだことがない疑惑まで出ていますから、今の高森会長には。
「親鸞聖人の教えを説ききる」というのはまったくの空手形だったわけで、実際は不勉強と捏造、無知と歪曲の混声合唱みたいな教えであったのです。

大善知識様が、未信だけでなく、未読だなんて・・・なんか悪い冗談みたいですが、本当のようです。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 17時26分

青春18切符で丸1日普通列車を乗り継ぎ、最終駅のベンチで野宿して、整理券目当てで朝一番に並び後ろの方の席で聴聞する。今日も信心頂けなかったの繰り返しでした。聴く事が習慣になっている人は中々救われないと思います。「明日があるさ明日がある」っていう聞き方だから。そこを反省して今度こそはと聞く事が大事です。諸行は無常です。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 17時43分

頻繁にある会と会員とのお金のやりとりで通常入金伝票、出金伝票は自分を起点に考えますが、親鸞会は逆で、親鸞会が起点でした。
今は会でも当然のこととして社会のルール通り行われているでしょうが。
そのように何事も会が起点ということで信者は後回しでした。一度文句を言いましたが、会に従うのが仏教徒だとこっぴどく叱られました。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 18時13分

正座の痛みが気になるのはマジメに聴聞していない証拠だ、といって先輩会員からよく叱られました。それなら正座は勘弁して下さい、とお願いしたら、一分間だけ赦してくれました。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 18時30分

聴聞から帰りのバスにどえらい方の親族が親子で乗りました。夜遅い時間なのに、自分達が早く帰りたいので走行ルート外のコースを要求してきました。拒否するとその場からどえらい人の携帯に電話するぞ、と脅迫してきました。どえらい人は会は自分の所有物と思っているのでしょうか。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 18時38分

〉そこを反省して今度こそはと聞く事が大事です。諸行は無常です。

まじめに法話を聞きたくとも、凡夫の力ではどうにもなりません。一事が万事と申しますが、こんなところにも、親鸞会が浄土真宗のお面をかぶった聖道門、いた、聖道門もどkであることが如実に露にされております。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 19時05分

このカルト教団にだまされて
人生、家族、老後を棒にふった
借金地獄で今日もまた
お金の工面に右往左往
子供が腹すかして待っている
妻は心労で倒れちまった

なんとか借金返そうと
夜中必死でチラシ配り
過労で、こけてどぶに落ち
血と泥水で服汚す
なんでこんなことになったのか
情けなくてただ涙があふるるばかり

俺はとうとう耐えきれず
自殺の名所へ車を走らせた
まわりは何もみえない 暗黒の海
俺はヤツらを許さない
絶対ヤツらを許さない

もうなにもできない自分が
情けなく惨めで涙がとまらない
飛降りようと下を見るが
足が竦んで飛降りられない
誰か背中を押してくれ
誰か背中を押してくれ


投稿: | 2016年5月 6日 (金) 19時42分

こう言うと奇異に聞こえるかもしれませんが、親鸞会教義の枢要は人集め・カネ集めです。
スタートは人生の目的ですが、次のような構造で人集めカネ集めに帰着します。

人生の目的
→後生の一大事の解決
→真実の自己
→真実の自己を知らされるためには善を実行しなければならない
→人間にできる最高の善は布施である
→布施とは法施と財施である
(法施)
→法施とは布教(破邪顕正)である
→一人でも多くの人にお伝えせよ
→与えられた目標人数を勧誘せよ
(財施)
→財施は精一杯が尊い
→与えられた目標額達成のため精一杯予約し予約通りに払い込め

最初の1年は本性を現しません。2年目以降になると本性を現します。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時13分

「上司の指示は高森先生の指示と心得よ」は講師部、特専部では常識。旧日本軍の「上司の命令は天皇陛下の命令と思え」とクリソツ。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時13分

真剣に真実求めると、そういう事態に陥る事もあると思います。今まで一生懸命に因果の道理を信じて努力してきたのに何でこんな事になったのか。光に向かってきたのになぜだ。何でこんなに不幸になるのだ。阿弥陀仏はお慈悲な仏でなかったのか。絶対に何かがおかしい。
その時、善知識は「阿弥陀仏は病気直したり金儲けさせる仏でないぞ。そうおもっている人はお門違い、よそに行ってくれ」と突き放しました。自分は一生懸命に聴聞してきたと思ってましたが、今まで何も聞いてなかったんだ。因果の道理も全然分かっておらず、阿弥陀様を恨む心しかないではないか。今まで何やって来たんだ。親鸞会や善知識を恨んで切り刻む恐ろしい心の塊だ。真実聞く機が全くない。地獄と聞いても少しも驚く機もない。金輪際助かる縁手掛かりが全くない奴、もうどうしたらいいのか全く分からん。生きる屍だ。いてもたってもいられない。苦しいよ苦しいよ!ともがき苦しむ時、何処からか、ラジオのチューニングが合った様に「そのままだ」という声がハッキリと聞こえてきました。その一念で明るい心になり、本当だった本当だった、助かる縁のない奴が助かったと涙が止めどなくあふれ出し、南無阿弥陀仏と何度も言わずにおれません。そういう体験をする為には、苦労して一生懸命に真実を求めるより仕方ありません。自力一杯で求めたからこそ自力無効と知らされる時がきます。その体験をする手前の状況を表しました。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時16分

親鸞会は謗法罪をさせたいだけではないですか?
犯罪を学ぶ会でしかないのでは?そう思われたことはないですか?

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時22分

「上司の指示は高森先生の指示と心得よ」とか言っていた担当講師が真っ先に辞めてゆきました。そいつは「恋愛は悪だ」と吠えて仲良しの男女を決別させる事に使命を感じていました。結局自分の煩悩、色欲に溺れて見失いました。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時24分

誰もお前の背中など押さないよ、ってか押す価値もない。押したら殺人犯(笑)
お前ごときのために臭い飯など誰が食うか?妻や子のために死んだ気で働け!
一人で逃げるな。どうしても逃げたいなら2000畳に放火して朽ち果てるがいい。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時25分

親鸞会教義の枢要が人集め・カネ集めである理由は、それを高森会長が望むからです。
人集めは会長の名誉欲を満たすため。
カネ集めは会長の金銭的を満たすため。
簡単な話です。

人生の目的などの話は、もっともらしいことを言わないと人集めカネ集めに支障をきたすから付けたのです。

ありふれたカルト宗教です。
人生を棒に振りますよ。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時26分

<<親鸞会は謗法罪をさせたいだけではないですか?
甘いな、凡夫は五逆と謗法の塊であり、罪の大小はありません。
悪を悪とも思わない心が恐ろしい。
謗法罪を謗法罪と自覚して、謗法罪を謗法罪と思わない心を明るみにしたいという事だと思います。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時30分

親鸞会教義の誤りについては
「親鸞会教義の誤り」
「飛雲」
に詳述されています。
高森会長が謗法の輩です。
高森会長の信心は、親鸞聖人のご信心とは異なります。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時36分

<<人生を棒に振りますよ。
ロスチャイルドのように世界を征服し、世界政府を作って人類総家畜化計画をもくろむ様な人類の最高峰に立つ様な人でも、臨終においては人生を棒にふります。どんな事しても最後は必ず棒に振ります。その事を教えたのが仏教です。一番聞きたくない教えが仏教です。でも真実です。怖いよ。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時38分

2016年5月 6日 (金) 21時16分に、信心決定の体験らしきものが書かれていますが、これこそが体験至上主義というものです。
親鸞聖人はこのようなことは一言も仰っていないのです。
親鸞聖人のご信心と異なるということです。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時42分

<<高森会長の信心は、親鸞聖人のご信心とは異なります。
弥陀から賜る信心は全部一緒で同じだと思います。
能力や人格は全く異なります。  聖人と先生では格が違い過ぎます。
聖人は真実の為に善鸞を勘当   先生はやはり息子を守りたい

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時44分

ポチーーーーーーーーーーーーー!

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時48分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時48分

>親鸞聖人-念仏称えて助かると深く信じて助かる

「乃至十念」ともうすは、如来のちかいの名号をとなえんことをすすめたまうに、遍数のさだまりなきほどをあらわし、時節をさだめざることを衆生にしらせんとおぼしめして、乃至のみことを十念のみなにそえてちかいたまえるなり。如来より御ちかいをたまわりぬるには、尋常の時節をとりて、臨終の称念をまつべからず。ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。(尊号真像銘文)

『尊号真像銘文』は誰が書いたと思われておられるのでしょうか?

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時49分

体験は人それぞれなので、語らないと言っていた人がいました。ひたすら聴聞あるのみとか言っていました。結局がけから飛び降りたのでしょうか。コメントがあるという事は飛び降りてませんね。でも、心は崖から突き落とされて安心の心になったのかもしれませんね。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時51分

>>この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。(尊号真像銘文)

真実の信心を獲得する事で正定衆に定まるって書いてあるじゃん。念仏じゃないね。残念!

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時59分

この世のことであっても人類に貢献する仕事を成し遂げたなら、人生を棒に振ったのでは無いのです。
そのような人は大勢います。
政治・経済・科学・医学・芸術・などなどで生活の向上が為されれば、それは外護の善知識となります。

親鸞会の活動は、偏に社会に迷惑を掛ける以外には何もありません。まさしく人生を棒に振っているのです。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 21時59分

如来のちかいの名号をとなえんことをすすめたまう

救われるために、念仏を勧められたのが親鸞聖人ということですね。

高森会長とは間逆です。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時01分

親鸞聖人のご信心は如来より賜らせたもうた信心。
高森会長の信心は煩悩で捏ね上げた神秘体験。
だから異なる。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時04分

>真実の信心を獲得する事で正定衆に定まるって書いてあるじゃん。念仏じゃないね。残念!

念仏を称えることを勧められ、念仏称えて助かると深く信じた心で助かるのですね。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時05分

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。(末灯鈔)

されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。(末灯鈔)

念仏称えて助かると深く信じて助かると親鸞聖人は断言しておられますね。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時11分

>どうしても逃げたいなら2000畳に放火して朽ち果てるがいい。

大王、一切衆生の所作の罪業におよそ二種あり。一つには軽、二つには重なり。もし心と口とに作るは、すなわち名づけて「軽」とす。身と口と心とに作るは、すなわち名づけて「重」とすと。大王、心に念い口に説きて身に作さざれば、得るところの報、軽なり。(教行信証・信)

放火したい心も救って下さいます。 南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時14分


親鸞会の邪義がよーくわかりました。
こういうことですね。

善導大師-念仏称えて助かる
法然上人-念仏称えて助かる
親鸞聖人-念仏称えて助かると深く信じて助かる
高森会長-念仏称えて助かるは間違い、念仏は報謝に限る

善導大師も法然上人も信心についてはもちろん仰っていますが、教えられ方としてはこんな感じ。

本願を知らない高森会長と中村なんとかと会員のアラシはまだまだ続きそうですね。

2016/05/05 8:22:26

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時15分

もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名号を称すること下十声に至らんに、わが願力に乗りて、もし生ぜずは、正覚を取らじ(行巻)

もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ(行巻)

念仏称えて助かると親鸞聖人書かれてますよ。もちろん念仏称えて助かると深く信じた信心がある前提ですがね。

高森会長は、信心と念仏が別だと考えていることで、信心がないことが分かる。

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時28分

他力の信心と他力の念仏はコインの裏表のような一体のものです。

他力の念仏は他力の信心を離れては存在することはできないし、他力の信心を明確に現すのが他力の念仏です。

高森会長が両者を無理矢理分離して「念仏だけ称えれば助かるというのは間違い」などと吹聴していますが、他力の念仏は他力の信心を伴うものであり、念仏だけで助かると言えます。

なんで高森会長は親鸞聖人と反対のことばかり言うのでしょうか?

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時42分

①> 信じている内容が「念仏称えて往生できる」のみである人の場合、

実際には、称える前の 信心決定のときに

弥陀如来の摂取の光益にあずかっているのでおかしい。

時差がある。

②> 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。(末灯鈔)

されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。(末灯鈔)

念仏称えて助かると深く信じて助かると親鸞聖人は断言しておられますね。

①を読んだ後の人が、②を記載されているのでしょうか。


再度、十八願・十八願成就文をお読み頂いて

①②が矛盾しない 正しい信心決定を と願うばかりです。

しかるに『経』に「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」と曰うなり。「信心」と言うは、すなわち本願力回向の信心なり。「歓喜」と言うは、身心の悦予の貌を形すなり。「乃至」と言うは、多少を摂するの言なり。「一念」と言うは、信心二心なきがゆえに「一念」と曰う。これを「一心」と名づく。一心はすなわち清浄報土の真因なり。
(教行信証・信)

投稿: | 2016年5月 6日 (金) 22時53分

念仏を称えて助かると深く信じて助かる

時差も何も、これが信心一つで助かると同じ意味だと説明しているのに、親鸞会脳では理解できないようです。


親鸞聖人ー念仏を称えて助かると深く信じて助かる
高森会長ー念仏を称えて助かるは間違い、念仏は報謝に限る

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 04時13分

18願=念仏往生の願
18願成就文=念仏往生の願成就文

18願の行=念仏
18願の信=念仏を称えて助かると深く信じる心

これが高森会長には全く理解できない。
高森会長が、異安心の証拠。

親鸞聖人も蓮如上人も、
「念仏を称えて助かると深く信じる心」のない念仏では助かりませんよ、
「念仏を称えて助かると深く信じる心」で助かるのですよ、
と教えられたのに、
高森会長は、
念仏称えて助かるは間違い
と、見当違いのことを言い続けている。

本願も信心も念仏も、どれ一つ正しく理解していない異安心の典型。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 05時46分

今朝振り込め詐欺のテレビ番組やってる。

これ、被害者側が自殺しているんだよね。騙されたお前が悪い!という責め方が、いかに辛いものかという内容。親鸞会の被害者に通じるものがあると思いました。お前が悪いという事は勿論、なんで騙されたんだ、そんな事だから騙されたんだ、騙されたなら責任を果たせ、など二次被害のオンパレード。
言いたくなる気持ちは分かるし何とかしないといけない。詐欺そのものから断たねば何にもならない。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 06時08分

<<なんで高森会長は親鸞聖人と反対のことばかり言うのでしょうか?

そなたの信心が逆立ちしているからそうなるんじゃ!ボケ

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 06時36分

騙されたとは少しも思ってません。現に数万人の人が未だに信じて熱心に活動しています。自分にはそれが向いてないだけでありどうなるか遠くで眺める事にしました。騙されたと思えばその時点で被害者になりおしまいです。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 07時38分

ぼけはそっちじゃぼけ!騙されるのが悪いんじゃ、ぼけ・!

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 07時40分

騙された方が、悪くないとは言ってないよ。
でも、騙した方が無罪放免にはならないでしょが。騙したら悪いに決まってるでしょ。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 08時31分

偽装勧誘、これは騙すことでしょ?騙す事は悪いことでしょ?
簡単な話が分からないの?

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 09時12分

騙された人は悪くありません。
騙した人が悪いです。
真っ当な議論に勝てなければ荒らす、ということはいつも親鸞会がしていることですね。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 10時05分

騙すことは、罪悪。
騙されることは、罪悪ではない。

仏法者の最低条件さえ満たしていないのが、親鸞会。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 10時16分

>騙されるのが悪いんじゃ、ぼけ・!


ブーメラン

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 10時25分

>そなたの信心が逆立ちしているからそうなるんじゃ!ボケ

高森教義を基準とすれば、親鸞聖人の信心が逆立ちしているように見えるというのは理解できますよ。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 11時18分

パンの耳を拾って腹を満たし、人を騙して誘い込んで、嘘はっぴゃくの話をして、軍隊きどりでゴッコ遊びをして、えー年して恥ずかしく無いんです?

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 11時26分

ぼけ・ボケと連発している人は、学歴詐称 ('79年卒)を訂正しなくていいんですか?

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 12時16分

ポチ

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 12時20分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 12時21分

身近な人で老親が親鸞会にだまされ途方にくれているという例を知っております。私自身の家族が被害に逢ったわけではないので、高見の見物という思いや、「それなりに立派な学歴や職歴の持ち主たちばかりなのにどうしてあの程度のカルト教団にだまされるのか?」という思いが無いと申せばウソになってしまいます。とりわけ、老夫婦のご主人のほうの、放心したような目つきで「じぃ~んせいのもぉ~くてき」「500年に一度のお方、たぁ~かもりセンセイ」とつぶやくお姿を、心のどこかで笑う思いがないと言えばウソになります。おのれの凡夫性をも改めて強く認識させられます。

ですが、だからこそ、だまされる人をいっそう追い詰める者(個人であれ組織であれ)をこのうえ好き放題にさせてはいけない、という思いにたどりつきます。その「たどりつく」という思いは、「われならぬわれ」からのうながしではないかと拝しております。生物としての高森氏はいずれは終焉を迎えますが、彼の悪業や悪知恵を研究し、記録することは同様の悲劇を少しでも減らすために、やはり欠かせないように思われます。ぶるうのさんと皆様、そして私自身のいっそうの精進が、ご縁の許す限り継続されることを念じてやみません。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 12時57分

〉高森氏はいずれは終焉を迎えますが、彼の悪業や悪知恵を研究し、記録することは同様の悲劇を少しでも減らすために、やはり欠かせないように思われます。ぶるうのさんと皆様、そして私自身のいっそうの精進が、ご縁の許す限り継続されることを念じてやみません。

賛成です。

しかも、近頃では仏壇屋にまで親鸞会の映画ポスターを貼っています。あれでは騙されますよ。金儲けの為なら商売道具にポスターを使うのですか、そんなもんを見た来店者を騙すんですか。いくらなんでもやりすぎです。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 13時23分

この仏壇屋はね、親鸞会の事をオウム真理教と同じだと言っていたんですよ。金儲けに負けましたか。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 13時28分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 17時10分

こいっ。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 17時11分

ばか正直に勧誘していた先輩がいました。「とどろき」持って開いて見せて親鸞会の高森先生の講演会があるから聞きに行きましょうと言って通る人の後を追いかけていました。当然誰も耳をかたむけず、宗教にかぶれたいかれた奴がいるから気を付けようという噂がたち、同じ仲間にされて、神様はどうだいと聞かれるようになってしまいました。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 20時24分

大学のガイダンスがあるから来てくださいと手紙が届き、大事な事なのかと思い行ってみたら、民生同盟の説明会で仲間にされた人が多数いました。共産党の学生組織でした。上手い事逃げたが、入らないと気まずい雰囲気でした。これが本当の偽装勧誘だと思いました。
親鸞会の場合はどういう風に勧誘するのかな?
私の時は歎異抄研究会ですが、人生の目的について一緒に考えてみましょうと声をかけられました。ついていくと豊臣秀吉の話で相対の幸福と絶対の幸福があるという話になりました。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 20時32分

成る程、同じ 偽装勧誘嘘つき勧誘をするから共産党は親鸞会の人間が国政に出ても黙っているんだ。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 20時44分

偽装勧誘、嘘をついて誘い込む行為は駄目なんだよ。駄目なものは駄目。うそをついて人を誘い込んだら駄目。

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 20時52分

>18願=念仏往生の願

念仏往生の意味はどうお考えですか?

投稿: | 2016年5月 7日 (土) 23時46分

また「乃至一念」とは、これ更に観想・功徳・遍数等の一念を言うにはあらず、往生の心行を獲得する時節の延促につきて、乃至一念と言うなり。知るべし。
(浄土文類聚鈔)

『浄土文類聚鈔』(じょうどもんるいじゅしょう)は、
 鎌倉時代初期の日本の僧・親鸞の著作である。
              https://ja.wikipedia.org/wiki/浄土文類聚鈔

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 00時02分

>入らないと気まずい雰囲気でした。

内部で全体の為を語りながら、
全体を苦しませる「 トンチンカン全体主義 」 を
全員に強要している可能性が有る気がします。

そのような組織は、
GHQのような外部からの助言者(できるだけ多数)や
元気の良い改革派の新メンバー(できるだけ多数)を
必要としていると思います。


蛇蝎奸妰(じゃかつかんさ)のこころにて
  自力の修善はかなうまじ
  如来の廻向(えこう)をたのまでは
  無慚無愧(むざんむぎ)にてはてぞせむ  『正像末和讃』

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 02時53分

18願
=念仏往生の願
=もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称せん、下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ(行巻)
=もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名字を称すること下十声に至るまで、わが願力に乗じて、もし生れずは正覚を取らじ(行巻)
=名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(末灯鈔)

以上が18願の言い換え
以下は念仏往生の意味

念仏往生
=念仏成仏これ真宗(行巻)
=ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得(行巻)
=往生の業は念仏を本とす(行巻)
=正定の業とはすなはちこれ仏の名を称するなり。称名はかならず生ずることを得。(行巻)
=ひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生す(唯信鈔文意)

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 04時59分

乃至一念について


おほよそ往相回向の行信について、行にすなはち一念あり、また信に一念あり。(行巻)
信の一念・行の一念ふたつなれども、信をはなれたる行もなし、行の一念をはなれたる信の一念もなし。そのゆゑは、行と申すは、本願の名号をひとこゑとなへて往生すと申すことをききて、ひとこゑをもとなへ、もしは十念をもせんは行なり。この御ちかひをききて、疑ふこころのすこしもなきを信の一念と申せば、信と行とふたつときけども、行をひとこゑするとききて疑はねば、行をはなれたる信はなしとききて候ふ。また、信はなれたる行なしとおぼしめすべし。
これみな弥陀の御ちかひと申すことをこころうべし。行と信とは御ちかひを申すなり。(末灯鈔)


行の一念と信の一念が別だと思っているところが異安心の証拠。
信の一念を説明されているところを見つけて、「乃至一念」に行の一念の意味はない!と喜んでいるなんて、実に愚か。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 05時05分

「一念」といふは、すなはちこれ専念なり。専念はすなはちこれ一声なり。一声はすなはちこれ称名なり。称名はすなはちこれ憶念なり。憶念はすなはちこれ正念なり。正念はすなはちこれ正業なり。(浄土文類聚鈔)

一念
=専念
=一声
=称名
=億念
=正念
=正業


遍数等の一念をいふにはあらず(浄土文類聚鈔)

数を問う念仏ではない。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 05時30分

信と行がともなった一念でないと正念でないという事が良く分かりました。
信心だけでも念仏だけでも両方なければ救われないという事ですね。
それでは、唯除五逆誹謗正法はどの様になりますか?

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 06時28分

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。(尊号真像銘文)

これ以上何を聞きたいのですか?

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 07時06分

五逆と誹謗のものは本願から除かれているという意味ですか?
このふたつの罪のおもきことをしめしてとはどういう事ですか?

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 07時53分

五逆と謗法の罪の重いことを知らしめて、五逆と謗法の者も、18願から漏れていないことを示されている。
その意図は、18願の十方衆生に五逆と謗法の者がいることが前提になっている。
19願と20願には、唯除がないから、19願と20願の十方衆生には五逆と謗法の者は含まれてない。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 08時05分

18願の十方衆生=(五逆と謗法の者でない者)+(五逆と謗法の者)

19願と20願の十方衆生=(五逆と謗法の者でない者)

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 08時22分

南無阿弥陀仏は南無阿弥陀仏 足したり引いたり割ったりできません。

ところで、滅茶苦茶『本願寺なぜ答えぬ』の酷い内容見たけど、なんだ、簿記絵詞やら念仏往生をとなえなれた如信上人のあたりのくだりの滅茶苦茶は。人間関係も滅茶苦茶だし、よく本願寺が黙っていたね。まあ、相手されてないから仕方ないけど、そのあたりも歴史の教科書程度をヒッペ返して見てみたら?

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 08時48分

本願寺は異安心の親鸞会、とは思ってますが異安心というのは、また浄土真宗の土俵にありますからね。異安心の輩どころか外道以下だから呆れ果てているんですよ。

高森が本願寺をほっぽり出されるのは当たり前です。滅茶苦茶な事を言って、イナズマ作戦やらなんやらトンチンカンな暴れ方するし。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 09時45分

へんてこな因果の道理の理解で、広島の原爆は自業自得とか親鸞会は言うし、ならば熊本の被災者に自業自得だと言うわけ?この団体、いい加減にしろ。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 10時19分

洗脳合宿御苦労様でした。

新入生の方はここで我に返って下さいね。

阿弥陀仏の本願の信心は、親鸞聖人以来連綿と受け継がれてきました。800年間(いや、親鸞聖人以前から)、有名無名の善知識によって伝承されてきたのです。高森会長にしかわからない・説けないということはあり得ません。

親鸞聖人は多くの人に真実信心を伝えようとされたお方です。お聖教を、高森会長しか正しく理解できないような書き方をされるということはありません。自分自身でお聖教に親しんで下さい。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 10時55分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 11時12分

  やや日刊カルト新聞さんが一昨年夏、世田谷の公共施設で行われていた親鸞会の偽装布教活動を見事に潜入取材なさいました。その成果を引っさげて区役所を訪れ改善を求めたけれど、応対した係員は
   「盗撮という手段でなされた録画を見ることはできません!」
とのたまい、カルト新聞からの改善の申し入れを拒絶なさっています。

  けれども思うにお役所の中で忙しい中、ただ一人録画を通して見、そして不快感を覚えたであろう人物がおります。その人こそ時の区長でいらした保坂展人氏にほかなりません。左翼活動家として少年期から中年期までを過ごした保坂氏は、官憲が盗撮盗聴をも交えた捜査を行うことを普通の公務員よりはよほどよく知っているし、そういう手法を用いる組織は、たといやや日刊さんのような民間組織であっても生理的に受け入れられないものと拝されます。

  やや日刊カルト新聞さんが今後も似たような突入取材をなさるのであれば、そして取材の成果をお役所へ持ち込んで改善を求めようとお考えでいらっしゃるならば、その役所のトップがどういう経歴と思想信条の持ち主であるのかをよくよく御研究なさったうえで、取材をお進めになるよう念じてやみません。

  アメリカやヨーロッパではたといテロ組織のような悪の集団を捜査・訴追する場合であっても、手続きの透明性や公正性ということがずいぶん昔から重んじられているようです。若き日のオバマ氏が交際した左翼テロ組織のリーダーは、捜査の手続きに問題があったので釈放されましたが、その際、
   「こんなに簡単に釈放してもらえるのなら、もっとやっておけばよかった……」
などと迷言を吐いております。官憲の捜査とマスコミの取材とでは比べ物になりませんが、それでも親鸞会をして
  「もっとやっておけばよかった」
などと言わしめることなきよう、親鸞会の偽装勧誘を公的機関に知らせ、改善を求める場合にはいっそうの注意が欠かせないことかと存じます。

投稿: かえすがえすも惜しまれます | 2016年5月 8日 (日) 13時21分

この団体はね、まともに録画録音されたら不味い内容だからこそ問題なんでしょうが。

著作権だのなんだのと呑気かましていて、取り返しのつかない事が起きたら世田谷区は責任取るんでしょうね。
左翼だかなんだか知りませんが、左翼だから悪事が許されるんですか。確かに彼らは何をするか分からない人間もいますけどね。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 14時36分

親鸞会活動会員の人生の目的は、高森会長から「お褒めを頂く」ことです。
本来仏教で説かれていたはずの目的は何処かへ忘れて犬に成り下がっています。
彼らを先輩としてお手本にすれば、自分も犬に成り下がってしまいます。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 19時36分

全てに陰と陽があります。阿弥陀仏が陽ならば陰に当たる存在がある筈です。
神に対する悪魔。魔界外道という様に悪魔のような存在があり、人類を地獄へと引きずり込もうとするダークフォースがある筈です。一人一人の業力が和合して大災害を招いたり、魔がさして狂気になり殺人魔ができたり、色々とあると思います。仏教ではどのようになっていますか?

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 19時38分

異次元の世界に魔界があり、仏と逆の悪魔的存在が人の心の隙に忍び込み悪事をする様にそそのかします。仏界と反対の世界が魔界になります。肉体をもたず、永遠の生命をもつ霊的な存在です。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 19時44分

『なぜ生きる』の主要な著者は、あくまでも明橋医師と伊藤氏と見るべきかと思います。同書のはじめのほうに、著者のうちの一人の幼少期の辛い経験として、
      両親の離婚とそれに先立つ夫婦喧嘩のこと

が書かれております。これがもしも明橋医師の幼児経験なのだとしたら、カルトに迷ったばかりか多くの他者をも迷わしめた悪業は悪業として、なおいくばくか恕すべきものありと思われます。いかがなものでしょうか? 

  もとよりぶるうのさんや、現に有益なブログをお立ち上げの元専任講師諸氏は心に闇を抱えることなく、たまたま運悪くカルトに出くわし、そこから這うようにして立ち上がられた人ばかりと存じますが、幾百人もの元・現専任講師の中には幼少の日に心に闇をかかえ、それが親鸞会に入ってのちいっそう増幅されてしまったような人も少なくないと思われます。

投稿: これって講師の心の闇でしょうか? | 2016年5月 8日 (日) 21時10分

その部分の作文を担当したのは自称哲学者の方だろうよ。

投稿: | 2016年5月 8日 (日) 21時58分

50歳前後の皆さんはテレビで実写版の仮面ライダーをごらんになった方も多いことかと存じます。初期のころ、仮面ライダーはごていねいにも技の名と効能を、ショッカーや怪獣たちに説明してくださっていましたが、それを見て私の母は
   「そんな能書き垂れてるひまがあったら早く敵をやつけなきゃ!」
とつっこみを入れておりました。

  高森氏は「三願転入が不可欠だ」という趣旨のことをおっしゃっていますが、ちんたらちんたら三願転入してるうちに無常の風に襲われたらどうするんでしょうか。あっ、そうだ、臨終に観音菩薩の説法が拝聴できるんでしたっけ。
ってことは阿弥陀様は被災者を直接慰問せず、秘書を派遣するだけの世の少なからぬ政治家と同程度の慈悲とぼしきお方ってことになりはしませんか?

  はじめにもどると、三願転入がどうのこうの説こうと必死に努力している今現在の高森氏は、人間の知識の産物である「(初期)仮面ライダーシリーズ」の脚本家と同レベルか、それ以下ということですよね。「それ以下」と申しましたのは、脚本家も「こりゃまずい!」と思ったのか、新しいシリーズに入るにつれ、ライダージャンプやライダーキックについて仮面ライダーが能書きを垂れる場面がしだいに姿を消していったからです。願わくは高森氏の迷雲も次第に晴れわたりますように。

投稿: 仮面ライダーじゃあるまいし | 2016年5月 9日 (月) 10時37分

仏教の目的はあくまでも往生であり、高森会長の三願転入論は往生の妨げとなる。親鸞聖人は平生業成を説いておられるが、三願転入は勧めていない(ご自分がたまたまそのような経路を辿って獲信した経験と心の動きを述懐されているが)。高森会長の著作を見ると三願転入の文の内容・語を誤解しているのがわかる。

親鸞聖人は19願を「仮令の誓願」(化身土文類)といい、その行道を仮門または要門と呼んでいる。仮門、要門とは真実の仏道に到るための仮の方便道、主要な方便門というほどの意味をあらわし、仮りに成就することもあるが、その行道の成果は決して確定的ではなく、救済の成立は飽くまでも不確実だという意味だ。
いかに平生に精進策励して行業を修習しようとも、もしもその臨終において、正念に住し来迎見仏することができないならば、その行道すべてが空無に帰するという道である。

親鸞聖人はこのような往生のため行道を厳しく否定した。
三願転入のことを親鸞聖人が書いている本当の意味は、19願の諸行をしている人や20願の自力念仏している人を18願他力念仏往生の道に導くことであって、19願の諸行や20願の自力念仏自体を推奨しているわけではない。三願転入を勧める事は自力の行・念仏を勧めてしまうことになるから。

したがって高森会長の三願転入論は親鸞聖人とは全く反対の立場であり、もし彼がそれを浄土真宗の教えだというなら、全くの誤りというほかない。

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 11時30分

高森会長は会員や講師に「仏法のために財施するには家や土地を売ってアパートにすめばいい」って言ってましたが、会長自身はそんなことしようと思ったこともないでしょう。あの人の言うことはあまり真に受けてはいけません。

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 13時57分

胡散臭いのは、なんと言っても学生部(現在の学友部)担当の講師。
金沢の学生部を担当していた○モテ氏なんか、自分は金沢大学講師だと言っていたから。
胡散臭いどころか、身分詐称じゃないだろうか・・・?


投稿: | 2016年5月 9日 (月) 14時01分

金沢大学の甥っ子に通報させましょうか。

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 15時36分

大川某は公共の電波を使って、やれおのれが宇宙を作ったの、宇宙の最高神であるのと誇大妄想をふりまいております。その彼ですら、そろそろ子女たちへ事業を分担継承せしめつつあります。若いと思った大川某もいよいよ満60歳。そろそろしかるべき子女へ彼なりの帝王学を授けつつあるのでしょう。たとえば傘下の芸能プロダクションは長男が社長を務めております。それに引き比べ、高森氏は光晴氏へ帝王学を授けるつもりが初めからなかったのではないかとさえ思われます。哀れをとどめるのは高森氏亡きあとの2000畳でしょうか。

   ちなみに私は20年来の大川氏のラジオ番組の「ファン」です。土曜の朝も早くから無理に早起きして眠い目をこすりながら彼の誇大妄想(30分番組の終わりの数分間だけ咆哮)を拝聴した理由は、
  「こんなやつでも生かされている。日本も地球もまだ捨てたもんじゃないぞ!この僕だってまだ生きていていいはずだ。そんな無茶苦茶な悪事を働いたわけじゃないんだし」
という喜びをかみ締めんがためでした。

投稿: 公共の電波で誇大妄想をばらまく彼ですら | 2016年5月 9日 (月) 16時41分

工作員が少なくなってるね。

降誕会は次の土日だっけ?
人集めノルマに忙しいんかね。

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 17時46分

目的のために手段が正当化することはありません。
目的が正しいから(正しいと信じているから)組織的犯罪行為が許されるとはならないのです。

盗聴、盗撮は違法、犯罪であるから、盗聴教団と呼ばれた創価学会はフランスやドイツその他の国でカルト指定されたのです。
創価学会は親鸞会の100倍以上の規模であるから、余計組織的反社会的行為、犯罪行為は明らかになりやすいからというのもありますが。

犯罪を正当化する宗教はほぼカルト宗教とみなされてしまいます。オウムしかり、顕正会しかり、創価学会しかりです。

カルトでないと断定する親鸞会がこのような犯罪行為を組織的に行うことは考えられません。
上記の新興宗教と同じようなことをしていれば、同じようなカルトと看做されることを同意したと思って構いませんよ。

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 23時32分

悪事の証明には録画録音あるいは書物を全部見せねば分からないではないですか?!

それを著作権と図々しく言って、訴えてくる親鸞会。いいですか、法律がどうの理屈がどうのと言いますが、悪事が許される肯定される理由にはなりません。

ここで頭打ちになっているのなら、親鸞会の悪事は、
【みんな知っている】という事です。
法律的にどれだけ逃げようと、オウム事件の時も青山弁護士が出てきました。弁護士がこの手の団体で出たら、状況証拠としては同じです。また、オウムは選挙にも出て来ました。同じです。
あえて、同じ、と言っているんですからね。

どう言い訳しようと、偽装勧誘、嘘を付いて誘う事です。これは駄目なんです。
また著作権などと言っていますが、高森会長が他人の文章を盗んだのは事実なんです。

いいですか、何度でも言いますよ。偽装、嘘を付いて誘う、他人の文章を泥棒して本を作る、これは
【みんなが分かる、誰が聞いてもおかしいな、という事】なんですよ。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 09時07分

〉『なぜ生きる』の主要な著者は、あくまでも明橋医師と伊藤氏と見るべきかと思います

違います。

高森会長の指示なく、この団体の構成員は動けません。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 09時09分

『カルトの見分け方
必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
 http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm 上記は、サイトページ『宗教文化論1――宗教とアイデンティティ』、及び『総論:カルトに関する基本的理解』からの抜粋です。カルトとは一体何んなのかということで、私たちがカルトの定義について理解する上で、とても役立つものと思い、ここに紹介しました。
宝珠愚者編著 2004/07/21

投稿: | 2016年5月10日 (火) 10時21分

参考文献ありがとうございます。

〉14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている

→そういえば親鸞会の人間の文章は、外部には訳の分からない書き方ですね。ことば使いも意味不明なものが多いです。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 11時07分

〉7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある

→「辞めた人間、あの人たちは全部地獄に堕ちるの」と脅迫しました。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 11時19分

>参考文献ありがとうございます。

犯罪をしなければ、犯罪を正当化しなければカルトではないと思い込んでいる人は既にカルトの人か、これからカルトに陥る可能性の高い人だと思います。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 11時26分

〉犯罪をしなければ、犯罪を正当化しなければカルトではないと思い込んでいる人は既にカルトの人か、これからカルトに陥る可能性の高い人だと思います。

→この文章の意味が分かりませんね。
こういう文章が、一般人に分からないと言っているんです。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 12時30分

〉犯罪をしなければ、犯罪を正当化しなければカルトではないと思い込んでいる人は既にカルトの人

→ ??「犯罪をしなければ 」と、「犯罪を正当化しなければ」これ意味を読み込めますか?

投稿: | 2016年5月10日 (火) 12時44分

三回くらい読みましたが、>投稿: | 2016年5月10日 (火) 11時26分の文章は意味がわかりませんでした。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 12時45分

>→この文章の意味が分かりませんね。
こういう文章が、一般人に分からないと言っているんです。

こんな簡単なことがわからないのは一般人よりもカルトの人です。まず一般人なんて言葉を出す必要がありません。カルトは自分達以外の考えは絶対認めたくない人の集まりですから。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 13時11分

カルトが騒ぎだした!

投稿: | 2016年5月10日 (火) 13時12分

投稿: | 2016年5月 9日 (月) 23時32分

の方のような書き込みも、作文能力に少し難があると思います。

この方は「親鸞会はカルトではない」と言いたいようですが、個々の文を見ると意味がわかりにくいというか、まだ日本語に慣れていない外国人が作文したような日本語です。

また論理的なつながりにも欠けています。親鸞会がカルトではないことを前提条件にして、親鸞会はカルトではない、と結論付けていて、同義反復(トートロジー)で意味がありません。

かつて、2ちゃんねる掲示板で排泄物の俗称を連呼していた親鸞会工作員Mさんが、長文書くとしばしばこのようなこなれていない文章になっていたのを思い出します。
あの人はまだ学歴詐称しているのでしょうか?


投稿: | 2016年5月10日 (火) 16時52分

親鸞会を脱会した人から何人も聞いたのですが、
「なんだか頭がスッキリしない悪くなった気がする」と。
同じ事を繰り返し巻き返し長時間聞いていると、
脳が働かなくなると聞いた事があります。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 18時00分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月10日 (火) 18時02分

検索キーワード 【偽装勧誘 】を見てみました。

最高裁で、だめと判決出ているじゃないですか。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 19時40分

自分が今苦しんでる最大の原因は親鸞会にあります。
絶対の幸福があり、聴くだけで簡単になれるとか自信持って話かけた人がいけません。カルトの人だとみんなから言われ、仕事も結婚も家族もみんなおかしくなっちゃった。全部親鸞会の責任です。もう因果の道理は信じません。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 19時57分

>親鸞会を脱会した人から何人も聞いたのですが、「なんだか頭がスッキリしない悪くなった気がする」と。


こちらのサイトで現役会員らしき人のコメントを見ていると心配になります。こちらのコメントを理解できる能力が消えてしまったのではないかと。自分が正しいと思う人の行きつくところを見ているようです。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 19時58分

なんであそこまで自分が正しいと主張したがるのだろうか。
専門的な事は専門家に任せればよいのに自分の方がよく知っていると出しゃばりたがる。特にエムハルの話はひどすぎる。あの人は全知全能の神様かよ。このやろう。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 20時16分

親鸞会にいると確実に頭が悪くなります。
脱会すれば段々と回復します。

会の中にいると、自分の頭が悪くなっていることにすら気付けない状態になっています。

脱会して最初は自分の頭の働きが悪くなってしまっていることに気づきますが、悪因(親鸞会思想)を取り除いたので悪果(頭が悪い状態)も徐々に去って行きます。

親鸞会思想を意識的に頭から取り除くようにした方が早く回復すると思います。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 21時31分

因果の道理自体はウソではありませんが、親鸞会式の因果の道理はウソです。
親鸞会の教え=意業の悪
親鸞会の活動=身口意の悪
です。
必然的に悪果が来ます。
親鸞会(=悪)から遠ざかりましょう。

投稿: | 2016年5月10日 (火) 21時36分

エムハルの人望の無さが
あちらこちらから
聞こえてくる

投稿: | 2016年5月10日 (火) 22時27分

親鸞会をみんなで誹謗中傷して陥れる本来のコメントが増えてきました。これでもう工作員もこのサイトで荒らしまくる事もなくなりました。もっと過激なコメントをどしどし書き込みましょう。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 06時07分

もともとは一流大学に入れるほど優秀だったのに、一流企業に入って大金持ちになり、美人と結婚して優越感に浸れる人生がおくれたのに、親鸞会に騙されて転落の人生だ。有無同然だとか教えられたがやはり金持ちの方がいいに決まってる。相対の幸福は多い方がいいに決まっている。こんな簡単な事すら分からなくなりました。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 06時13分

>親鸞会をみんなで誹謗中傷して陥れる本来のコメントが増えてきました。

誹謗中傷ではなく事実が書かれたコメントが多いですね。これを見て陥れられていると思う人はその筋の方でしょうか。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 06時51分

>これでもう工作員もこのサイトで荒らしまくる事もなくなりました。もっと過激なコメントをどしどし書き込みましょう。

あらしは工作員のお仕事です。工作員でない人はあらしません。そもそもその必要がないので。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 06時54分

>親鸞会に騙されて転落の人生だ。

会に騙されたのは事実ですが、まだ騙されている人に比べればいい方だと思います。あとは本当の聖人の教えに出会うチャンスと思えるかどうかでしょう。会に騙されたと気づかないとそのチャンスはありません。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 07時03分

》親鸞会をみんなで誹謗中傷して陥れる本来のコメントが増えてきました。これでもう工作員もこのサイトで荒らしまくる事もなくなりました。もっと過激なコメントをどしどし書き込みましょう。

→ この文章もおかしいです。【本来のコメントが親鸞会を陥し入れる】と主張しています。まるで親鸞会が被害者だという書き方だと思いますよ。
念を押しますが、親鸞会は加害者であって、被害者ではありませんから。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 10時01分

続々と退会

投稿: | 2016年5月11日 (水) 10時50分

本当の親鸞聖人の教えだと言う人もあやふやなので、もう二度と宗教には迷いません。過激にいうと親鸞会を落とす事が今後の生きる目的かと思います。高森先生の事はずっと信じていたのに悔しいです。本当にここで言うような人なのですか。金と欲の我利我利亡者には見えませんが信じられません。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 11時39分

愛する人に裏切られて憎さ百倍ってやつですか。その気持ちは良く分かります。それでもどこか疑いきれない思いもあります。
親友と大喧嘩した時に相手が一言悪かったと言ってくれればそれで全部済んだのに、自分は一つも悪くないと言い張ったから険悪な雰囲気になりました。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 12時40分

>>あらしは工作員のお仕事です。工作員でない人はあらしません。
親鸞会を少しでも養護するコメントは全てあらしとみなしてもいいですか?

投稿: | 2016年5月11日 (水) 12時43分

文章というのは、荒らす目的なのか真面目に書いているのか分かるものですよ。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 14時40分

>>高森先生の事はずっと信じていたのに悔しいです。

会長に騙されたことはショックですが、そのことが分かれば新しい人生も開けます。二度と会長と同じような詐欺師に引っ掛からないよう御留意下さい。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 15時24分

>>金と欲の我利我利亡者には見えませんが信じられません。

あなたはきっと信じ込みやすい良い人なんでしょう。逆に言えばだまされやすく、おかしな新興宗教のカモにもなりやすいです。
高森会長は人格者と善知識を装っていましたが、あくまでもお芝居です。

高森会長がとても強欲なのは、近くにいた人はみな知っています。
2000億の金員を高齢者等から騙し取った豊田商事永野会長と懇意だったんですよ。そこから多額の献金を頂戴してうれしそうでした。汚れた黒いお金。
類は友を呼ぶということです。

高森会長は信心はテキトーだけど、お金には辛くすごい執着心があります。相対の幸福(金)を信者に捨てさせて、自分たち一族がそれを拾いあつめてきた人生です。

投稿: K | 2016年5月11日 (水) 16時11分

あのマンガは、それだけを読むと主人公の真摯な求道の歩みに素朴な好感がいだけました。中曽根首相とおぼしい政治家や、岡田有希子自殺事件をモデルとしたとおぼしいヒロインの投身自殺未遂といったディテイルから見て、主人公の1986年当時高校3年生であったものと見られます。その後は翌年、京都の大学に入学し、ヒロインともども仏教青年会(事実は親鸞会)での活動に没頭してゆく……この当時京大では学生運動は完全に終息しておりましたが、同志社大学では別世界さながらにかなりの乱闘が繰り返されていたこと、この時代の同志社に学んだ佐藤優氏の著作で読み知っております。

主人公は作品の結末部分で、
   「仏法との出会いにより、私の人生は新たな局面を迎えました」
と語っているけれど、その後の彼はどうなったのだろうか。彼が大学に学んだのは1987年から4年間ということになりますが、時あたかも二度とは帰って来ないであろうバブルの日々でした。

  主人公やサークル仲間はそんな外界の喧騒をよそに、毎週富山へ通って当時60歳前後だった高森氏の法話を必死に聞いていたのでしょうか。なんだかいじらしい気もします。舞台の楽屋裏では高森氏と光晴氏が親子して笑いをかみ殺しつつ、

   「またまたダラがたくさん入って来たわ。へへへ」

とか手を取り合って喜んでいたのでしょうか。アニメ「世界の光」に比してどうにも野暮ったいけれど、皆さまのあのマンガへの御感想などうかがいたく筆を執らせていただきました。むろん私はこんな「毒草」を生み出した親鸞会関係者を許す者ではありませんが、これに惹かれて親鸞会へお入りになったという方も少なくないように思われ、このあたりで率直な回顧談をうかがえればと念じている次第でございます。

投稿: マンガ『青春の旅立ち』の主人公葉その後 | 2016年5月11日 (水) 19時31分

「信じやすい人間がいる限り金稼ぎは簡単や(笑)」

「会員からむしりとるには、延々とひっぱってくことがコツ」

                      

by 教祖

投稿: | 2016年5月11日 (水) 19時41分

現役会員の一番かわいそうなのは、会にいれば何とかなると思わされていることです。何とかなりましたか?
会長がよく言っていた、【安全椅子】に腰掛けているのが自分であると気づかないのが現役会員です。
今思えば、会長は説教している時点で責任逃れを巧みに行っています。
辞めた人の多くはそのことに気づきました。

会長の言うことよりも阿弥陀様のお言葉を信じないと何も始まりません。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 20時04分

相対の幸福より絶対の幸福・・・創価学会も同じことを言います。カルト新興宗教の定番メニューみたいなものなのでしょう。
なら高森教祖も池田教祖も、絶対の幸福のために相対の幸福を捨てているのでしょうか?

だいたい相対の幸福をあきらめないと絶対の幸福が得られない、という考えは間違っています。
カリスマ神父と呼ばれる晴佐久神父はこういっています「俗は聖の器」。
つまり俗なるものの中に聖なるものを見出すということです。
つまり相対の幸福の中に絶対の幸福を見いだせれば、それが一番であるということではないでしょうか。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 20時36分

ついに、里見浩太朗出演の100万部突破の【なぜ生きる】が映画化されますね。

さぞ前売りチケットは沢山売れたんでしょうね。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 21時32分

高森は常に巧みに逃げ道を作りながら喋っています。
例えば、高森自身は相対の幸福を捨てろとは言っていません。

自分は言わずに手下に言わせるとか、言わずに印象操作して思わせるとかですね。
手練の詐欺師です。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 22時21分

親鸞会教義の誤りに気付けるかどうかは宿善まかせです。
会のあり方や教義に疑問を感じる方は、疑問に蓋をせずに直視し、検証することをお勧めします。
会を辞めた人の多くは幸せな人生に変わっていますから。

投稿: | 2016年5月11日 (水) 22時29分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月11日 (水) 22時47分

TM子 ぶひゃ

投稿: | 2016年5月11日 (水) 23時31分

みなひとに欲を捨てよと説きながら
   あとから拾う寺の住職

江戸時代の著名な狂歌だったかと記憶しますが、なんだか高森氏のことを詠じているように思われてなりません。『白道燃ゆ』では、ご自分がしばしば寺の住職と勘違いされることに対し、強い嫌悪感を表明しています。ところがこの40年来、彼はやることなすこと寺の住職に習ってばかりです。そうそう、物故者追悼法要にしても、きらいなはずの本願寺の法衣に習った衣躰を出仕者に強いていますよね。それこそ教誨服にすればいいのに、と思います。

彼は心の底では寺の住職になりたくてたまらなかったし、ひょっとして宗政へも打って出たかったのでしょう。「わしなら宗務総長だって務まるっ!」と信じ込んでいたかもわかりません。ところが寺の次男、それも住職と血のつながりなき養子だったことがわかり、その夢ははかなく消えました。「近親憎悪」とか、「愛憎半ばする」とかいった言葉で高森氏や親鸞会の行動は説明可能ではないかと思われます。

投稿: 「坊主根性」が抜け切れないんでしょうか? | 2016年5月12日 (木) 09時41分

親鸞会も困った人達ですが、
偽装勧誘をして正体を隠す行為をしてきたので、
知らない共産党などの人達やら、知らない有名人
にも困ったものです。
共産党の場合は似たもの同士の部分があるので、
分からなくもありませんが。

投稿: | 2016年5月12日 (木) 12時07分

ぱたりと荒らしがやんだ。面白くないな。

投稿: | 2016年5月12日 (木) 20時12分

>ぱたりと荒らしがやんだ。面白くないな。


あらしを期待するコメントならどうぞ会のサイトへコメントを。

投稿: | 2016年5月12日 (木) 20時57分

「なぜ生きる」のアニメが映画化されるね。
蓮如上人役の声優をやる里見浩太朗は、水戸黄門で助さんと光圀公やってたけど、この人選はケンテツ君の肝いり?
ケンテツ君は水戸黄門ファンだとか聞いたことあるので。或いは脳内で自分と水戸黄門と重ね合わせているのかもしれないがw

里見浩太朗だとギャラ高そうだ。「なぜ生きる」の映画製作に数億かかったとか言われてるが、これも会員への募財によってまかなわれたんだよ。
たぶんヒットはしないと思うけど、わずかでも出た興行収入は結局「仏法のため」という名目で、ケンテツ一族のふところに入っちゃうんだろね。
一般社会の常識だと出資者に配当されるから、ちょっとでも出た収益は経費を引いて会員に分配されても良さそうだけど、カルトは違うよね。
しかも会員に対して「映画館でこの映画を見ることは「善」になるから、見なさい」と入場料まで取られて見るハメになるかもw。
よくできた金儲けだ(笑)

ギャンブルをして勝てば教祖一族のふところに、負ければ会員負担で損切りして終了。まさに坊主丸儲けを地で行ってるよ、ケンテツ君は。

投稿: Kmountain | 2016年5月13日 (金) 02時12分

G7 富山が近いから、大人しくしてるんじゃないのかな? 富山県で方便とか言って、訳のわからない事をされても困りますから、大人しいのはいいですよ。富山では、恥ずかしい事して欲しくないですよ。勿論、本部の無い他の県でも問題は起こして欲しくない。本願寺御堂占拠なんて、そんな思想は冗談じゃない、止めて欲しい。当時だってパトカーがかなり出てたんでしょう。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 11時43分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月13日 (金) 17時23分

荒らしは学歴詐称がバレるのをびびって逃亡か。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 19時17分

親鸞会を擁護するコメントが荒らしですよね。
それとも荒らしという特定の人物がいるのですか。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 20時55分

「相対の幸福は、大地震という名の無常の風の前にもろくも崩れ去った。俺が絶対の幸福を求めたのは間違いでなかった。」
 
   こんなふうに工作員氏は、故郷の受難の姿をネットやテレビの画面で眺めつつ、暗い愉悦に浸っているのでしょうか。

投稿: 工作員よ、故郷の災難がうれしいか? | 2016年5月13日 (金) 21時26分

工作員は熊本の人なのですか。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 22時19分

>やや日刊カルト新聞さんが一昨年夏、世田谷の公共施設で行われていた親鸞会の偽装布教活動を見事に潜入取材なさいました。その成果を引っさげて区役所を訪れ改善を求めたけれど、応対した係員は 
「盗撮という手段でなされた録画を見ることはできません!」 とのたまい、カルト新聞からの改善の申し入れを拒絶なさっています。


盗撮は犯罪です。
違法に収集した証拠は法律上証拠とはなりえないのです。
だから、盗撮、隠し撮りによって得た証拠を公的な機関は拒否されたのです。
「善のすすめ」を説いていない、このような機関でさえ、犯罪行為によって得たものは拒否されるのです。

もし、親鸞会が同じような盗撮行為を組織的あるいは、幹部によりなされていたら、それは
カルト組織と認めたと同じだと思いますので、このようなことを、「善のすすめ」が救いには絶対に必要だと説く親鸞会がすることは絶対にありえないことです。

もし、そのようなことがあるなら、創価学会が盗聴教団と呼ばれ、カルト指定されたように、親鸞会も盗撮教団と名指しされ、カルト指定、認定されることになるでしょう。
親鸞会はカルトではないと主張されているのでありえないことです。

また親鸞会のあらゆる行為、組織的行い、幹部講師の行いについても、法に反する行為等に関与したことは一切ないと主張されているS弁護士や、顧問弁護士による法律的チェックがなされているはずですから、正犯であれ、教唆、幇助であれ、親鸞会が組織的に犯罪行為を行うことはありえません。


投稿: | 2016年5月13日 (金) 22時45分

>>工作員は熊本の人なのですか。

あの人のは変な文体だからすぐわかる。とくに長文。ここによく書き込んでるみたい。

読書嫌いの小学生みたいな文体です。「てにをは」や主語・述語の対応関係の再練習の必要あり。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 22時51分

>>もし、親鸞会が同じような盗撮行為を組織的あるいは、幹部によりなされていたら、それはカルト組織と認めたと同じだと思いますので、このようなことを、「善のすすめ」が救いには絶対に必要だと説く親鸞会がすることは絶対にありえないことです。

じゃあ、会長先生の盗作行為はどうなるの?親鸞会お得意の正体を隠した偽装勧誘は?
「絶対にありえない」はずのことをやってるじゃん。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 22時58分

法律さえ犯さなければカルトではないのではありません。
顧問弁護士が巧妙に法の隙を突いて悪事を犯すことを教唆しますからね。
偽装勧誘、絶え間ない布施の要求、活動に常識外の費用がかかる、外部の情報を遮断しようとする、他宗派を全部邪教のように見做す、などなど、親鸞会はカルトの特徴を立派に備えています。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 23時03分

偽装勧誘は違法でしょうね。

投稿: | 2016年5月13日 (金) 23時06分

>内部で全体の為を語りながら、
全体を苦しませる「 トンチンカン全体主義 」 

「 マイナスの全体主義 」、「 負の全体主義 」とか言うそうです。

                       (テクノロジー情報)

投稿: | 2016年5月14日 (土) 02時14分

講師学院、あれはいけませんね。精神的に良くないし、オウムのマイコンみたいですね。会長に絶対服従を叩きこむのが良くないですね。あの洗脳教育を受けた講師が会員に同じ事をさせようとするから皆やだくなっちゃいますね。実際にはどうなのか知りませんが。でも最近は反省したのか会員に対しては社会常識的で思いっきり優しくなりました。その分、講師は板挟みで大変だ。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 06時13分

親鸞会が外部からの指摘で、一時的に変われと組織的に言うのは今に始まった事ではありません。
でもそれは一時的なもので更に恐ろしい絶対服従になります。
何か変わると言い出したならば要注意です。支部長制度の嘘と酷さはよく知られているところです。
親鸞会側に何か変わると言わざるを得ない事情があるのですよ。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 08時22分

おはようございます
エムハルです。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 09時34分

絶対服従はそれを望む人だけにして、強制は良くないよ。何あの信条とやら。
講師学院に入学したならば一日で怒って退学になるよな。
一般会員でよかったよ。
あの流れで会員に接すれば、ほとんどさよなら親鸞会になっちゃうよ。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 13時35分

さよなら親鸞会の人も何人かはあの講師学院でしごかれてきたんだ。感心感心。あれは良くないよ。卒業の基準もおかしくない。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 13時39分

〉講師学院に入学したならば一日で怒って退学になるよな。

→ やっぱり言葉の使い方がおかしいですねえ。

講師学院に入学したならば一日で怒られて退学に
なるよな。

または、

講師学院に入学したならば一日で怒って退学する
よな。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 14時40分

〉さよなら親鸞会の人も何人かはあの講師学院でしごかれてきたんだ。感心感心。あれは良くないよ。卒業の基準もおかしくない。

→ この文章を真面目に書いたならば心配です。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 17時56分

講師学院も講師部も北朝鮮と同じだよ。
あれで真実に荘厳された人生とは、変態趣味だとしても趣味が悪過ぎる。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 20時09分

こんばんわ
エロハルです。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 20時54分

講師学院に行くと張り切っていた先輩はバスの運転手や庶務や掃除人になり、後輩は精神やられてどこかに消えてしまいました。
講師になれる人はかなり優秀な人かと思いますが、それでいて給料なしとは酷い話だね。それでも続けるとは正に聖道門の修行しているみたいなものだ。
普通なら反感や怒りの心で辞めたくなりますが、麻痺して当然な事になり、出来ない自分が悪いと懐疑的になっちゃうよ。そこを続ける事に何か意味があるのかな。そこの責任者がエムハルなわけなんだ。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 21時03分

親鸞会にのめり込むと精神を破壊されます。
脱会し脱洗脳出来れば良いが出来なければ人生全体を破壊されます。
高森親子は無宿善の闡提です。
早く辞めるに如かず。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 21時54分

『新潮45』1992年2月号に掲載された「新々宗教渡り鳥懺悔」によれば、指摘を受けるたびに、望ましい自分になってゆくのだという思いで胸がいっぱいになった旨、書き記されております。この手記の主人公は結局ついてゆけなくなって、学院の外の田園地帯をどこまでもどこまでも追っ手を恐れつつ親鸞会を去っております。ただ、なにかに縋らずにはいられないという性分はこの手記をものするまで11年もの間、なかなか治らなかったとのこと。

投稿: 講師学院の前身のことが書かれております | 2016年5月14日 (土) 22時43分

親鸞会の教線を拡大することが自身の宿善になり、自身の獲信につながる。熱心な会員さんの頭の中にはこんな図式がインプットされているだろう。しかし、親鸞聖人のお勧めと高森会長の言うところがホントに合致してるのかなんて、吟味してはいけない圧力があって、吟味する気力も関心も無くしてしまっているから、「教線拡大」というよりは「信者獲得」という方がしっくりくる。現役会員さんには、自分の脳がビジネス脳になってないか振り返ってもらいたい。

投稿: | 2016年5月14日 (土) 23時19分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月15日 (日) 10時08分

昔、理想の自分と現実の自分のギャップで悩み精神的に不安定に陥った事があります。真っ暗闇の心に苦悩して家を飛び出して何故か高岡に向かっていました。高岡に親鸞会がある事は全く知りませんでした。その翌年に親鸞会に勧誘されて初聴聞で三品の懺悔と恩徳讃に感動していたので不思議な体験でした。講師学院で徹底的に追いつめられる事も何か獲信の為に必要な事なのかもしれません。

投稿: | 2016年5月15日 (日) 10時50分

>>講師学院で徹底的に追いつめられる事も何か獲信の為に必要な事なのかもしれません。


私達に必要なのは南無阿弥陀仏だけ。それを否定する迷い心(コメント)が二心。

投稿: | 2016年5月15日 (日) 12時16分

大量脱会親鸞会

投稿: | 2016年5月15日 (日) 16時42分

親鸞会こそ本当の闇です。
高森の心の闇が造り出した真黒闇の世界です。
危険ですよ。

投稿: | 2016年5月15日 (日) 20時36分

クソワロw

降誕会ガラガラ

コストコ大盛況!

投稿: | 2016年5月15日 (日) 22時04分

親鸞会降誕会、参詣者何人くらいですか?

投稿: | 2016年5月15日 (日) 22時17分

「ゼ・ロ~」です。(冗)


>恩徳讃に感動していた

私は、恩徳讃を歌い続けた後、

「 無理~~~~~~!!!!! 」と思って歌うのをやめてしまいました。

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月15日 (日) 22時55分

減ったよな
後ろガラガラ

投稿: | 2016年5月16日 (月) 07時43分

2000丈に入りきれずに顕真会館での聴聞だよ。ガラガラなんて大嘘だ。
降誕会で数千万円から億の金が動いているはずだ。あれだけ金が集まって更に集めようとしているなら相当の強欲だ。使い道に困ってるんじゃない。講師にボーナス出さないとね。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 08時05分

一万数千人は集まってるんじゃないですか。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 08時07分

1000人くらいでしょ

イス席でごまかして
1人あたり広めの空間、前の方はさらに空ける

建立当初より凄まじい凋落っぷりですよ。現実を直視出来ないシンパは爆涙w

投稿: | 2016年5月16日 (月) 10時35分

講師って給料が出ないんですか?結婚して家族持ってる講師もいますが、どうやって生活してるんでしょう?K山も結婚してたはず

投稿: | 2016年5月16日 (月) 13時15分

世上に流布している高森氏のお写真は20枚もないでしょう。それから今年こそは光晴センセイのご尊顔をも拝みたいものです。以前、中山美穂さんと同居しておりながら、美穂さんが全国ツアーに出かけるや否や吉原の高級ソープへ車で急ぐ野●強氏(スタイリスト)の記事を写真週刊誌で見たことがあります。名は体をあらわすと言おうか、いかにも性欲強しって感じのご風貌でした。そんな彼がひとこと
      「おめぇかわいいなぁ」と言うと、
銀座のホステスだろうが、吉原のソープ嬢だろうが、ウルウルめろめろになったとも聞いております。古くは池田大作氏、最近では大川隆法氏も秘書の女性を相手に悦楽の日々を過ごされましたが、これなどはセクハラ兼パワハラであり、にもかかわらず、被害者の側は洗脳が解けて幻滅しない限りは自己が被害者であるという認識を非常にいだきにくい、というところに根深い問題ありと思われます。

  光晴氏はどう見ても体育会系ですが、それにしてもどういうふうにして自己の立場や権威を悪用したのか、今後似たような悲劇を少しでも防ぐべくぜひみんなして研究したいところです。ただ、それにしても、彼や徹晴氏の最近のご尊顔を拝したいものです。やはり何か非凡なところがあるのでしょうか?

投稿: 本当におがみたいです | 2016年5月16日 (月) 13時28分

後ろガラガラ。

ネットの影響力てすごいな。

高森会長がお聖教を読んだことがないのがバレて権威失墜。

会長の教えは浄土真宗の海賊版。少しも値打ちがないことがわかりはじめた。

ほんの一瞬だけ含み笑いをしていた講師がいた。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 15時47分

私は親鸞会に反対の立場です。まず最初に書いておきます。

世田谷区が不当に入手したものは法的根拠が無い、というのは事実ですので仕方がありません。しかし、正当に全てを録画させて欲しい、または提出して欲しいと言っても都合の良い部分を出してくるか拒否されるのは自明の理です。
では知りたければ、実際に参加してみなければ分からないという事になります。お得意の自己責任です。自己責任で突き放す事を散々追及したのも左派ですから矛盾しているのですが。
しかし、こうなると親鸞会の悪事はいつまでも分からないのでしょうか。
そんな事はありません。どれだけ多くの人が親鸞会に関わり犠牲となり次々と焼畑のようになって段々と煮詰まってきています。
悪事がいつまでも蔓延る事は出来ません。イエスマンを置き続けた結果、どんどん貧弱になり枯れていくのです。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 17時28分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月16日 (月) 19時19分

http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/51837933.html
              (「現代の風景‐随想 吉祥寺の森から」)

   もう7年も前に発表された記事ですが、東北地方のとある教会の牧師のウラの顔がコメント欄において延々と論ぜられつつこんにちに至っております。被害者(セクハラや低賃金での酷使など)がどうして自分を被害者と認識できずにいるのかが、目を覚ました被害者をも含む多くの人々によって真摯に討論されつつあります。この牧師は要するに高森父子を足して2で割り、かつ、光晴氏の愚劣さを巧みに覆い隠したような悪業を重ねて来ました。目を覚まさない信徒に囲まれ、相変わらずウハウハの毎日です。神も仏もあるものかと申し上げたい。

  なお、親鸞会の専任講師諸氏にとっては、下に紹介する村上密牧師のブログ中の記事が、上記の記事ともども参考になろうかと思われます。http://maranatha.exblog.jp/21167705/
                  (「田中信生 錬金術」)

  米沢興譲教会の近くには、男子寮と女子寮がある。ある時期は、
それぞれ10名程が入寮していた。女子寮は大部屋で仕切りがなく、
コンクリートの上にじゅうたんを敷いて、一人一畳位で過ごしている。
男子寮も仕切りがない10畳ほどの大部屋である。献身者ともスタッフとも言われる
彼らは、朝から晩まで忙しく働いている。
  田中氏の両親の介護が必要だったときは、24時間体制でスタッフがケアした。田中氏の著書(テープ・CDを含む)の注文や発送も彼らの仕事である。現代の「タコ部屋」と言われていることを田中氏は知っているのだろうか。
  トータル・カウンセリング・スクール(TCS)の収入は、教会員は一切知らされていない。TCSは田中氏の個人事業なのか。それなら、貸借関係を結ぶべきである。収益事業なら教会を使用しているから、収支報告は総会で発表すべきである。アメリカに1億円以上もする住まいを持っているが、牧師の教会の収入で手に入れることのできる額ではない。マジックで箱から出したのでもなさそうだ。すでに種明かしは述べている。スタッフの奴隷のような労働によってである。加えて、話術とカウンセリングを混合したカウンセリングを高額にしている。菓子箱に入れて宅急便で送金するように指定する方法は時代劇のようだ。教会会計を通さない、領収書を書かない。錬金術とは、非金属を貴金属にかえる秘術である。田中氏は貴金属を非金属にかえてはいないか。聖書は「卑しい利得」(1ペテロ5:2)を戒めている。

投稿: とあるキリスト教関連の長寿人気記事より | 2016年5月16日 (月) 19時25分

キリスト教だろうが仏教だろうが、カルト新興宗教の教祖を生業とする連中はみんな一緒ですな。信者を牛馬のようにこき使い、もちろん「奉仕」という名のもとにびた一文出さない。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 20時38分

光晴講師は今何やってるのかな。講師長になってるのかな。それとも講師学院長になってるのかな。時期会長をやるつもりなのかな。教学が得意な人だったかな。かん高い声で威勢の強い人だったかな。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 21時36分

エムハルは典型的なダメな2代目だよ。
親の七光りで威張っているだけ。
孫娘の方がカルト教祖としての才能を受け継いでいる。

投稿: | 2016年5月16日 (月) 22時35分

>カルト教祖としての才能を受け継いでいる

カルト教祖としての才能を受け継いでいない方が良くないでしょうか?

投稿: | 2016年5月17日 (火) 02時21分

ワシのどこがダメやねん!
朝から不機嫌になるで・・

エムハル

投稿: | 2016年5月17日 (火) 07時44分

エムハルはダメダメ男やで、朝から不機嫌でイライラしとるじゃろ。
二世のエロハルもダメダメやで。ヤダヤダヤダ。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 07時52分

ノアの大洪水は4500年前に本当にあった事のようです。
その時に恐竜も水没して滅んだらいしです。
地球の重力も自転速度も気候も変わり、巨大生物は生息できなくなりました。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 16時47分

ローマカトリックはデタラメな事ばかりいってるが、聖書には真実が説かれていて、真実の仏教と同じような事が書かれているみたいで共通するものがあるみたいです。親鸞会では全然違う幼稚な邪教だとこけ落とします。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 17時04分

ぼくちんわぁ
ダメじゃないでちゅよ
パパといっちょに
ちないでくだちゃい。

エロハル

投稿: | 2016年5月17日 (火) 18時01分

光晴2世君は、かなり繊細な神経の持ち主のように見受けられます。お父さんはあんな人で恥ずかしい限りでしょうが、人民寺院のジム・ジョーンズの息子がいかにして立ち直っていったかに学びつつ、今からでも遅くはないから育った家を離れてください。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 18時41分

>カルト教祖としての才能を受け継いでいない方が良くないでしょうか?
カルト教祖としての才能でも、会の誤りに気付いて正しい方向に方針転換できれば良い方向に活かすこともできるでしょう。難しいけれど。

エムハルも知力が低い訳ではないが、如何せん人間性がヒドすぎ。
エムハルの弟はナマクラで悪知恵すらも大して出ない。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 22時34分

善のすすめが説かれている仏教において、悪知恵とは何たることですか。親鸞聖人のみ教えには、善のすすめはないとする本願寺の発想ですか。一般の仏教徒は悪知恵などは考えず、ひたすら善に励むものですよ。そういう観点で弟さんは立派な真の仏教徒である可能性が高いです。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 22時58分

>善のすすめが説かれている仏教において、悪知恵とは何たることですか。親鸞聖人のみ教えには、善のすすめはないとする本願寺の発想ですか。一般の仏教徒は悪知恵などは考えず、ひたすら善に励むものですよ。そういう観点で弟さんは立派な真の仏教徒である可能性が高いです。


あなた浄土真宗の方ですか。一番大切な南無阿弥陀仏が抜けてますが。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 23時06分

親鸞聖人大遠忌の時に本願寺派が「世の中安穏なれ」を標語にしました。
それに対して親鸞会は「言うに事欠いて…」と罵りました。
「世の中安穏なれ」がどなたのお言葉か知らない自称親鸞学徒ですかね。あの時は笑わしてもらいました。おもろいボケでしたわ。

投稿: | 2016年5月17日 (火) 23時42分


「おじいちゃん、僕は親鸞会の講師にならなくてもいいの?」

会長
「そりゃいいよ。あんなものアホダラがなるもんやから(笑)。
世の中には簡単にだまされるアホがおる。それがあいつらやw、ああいうアホをうまく使って人生を楽しく生きる、
それがワシの本「なぜ生きる」の答えや(笑)。くれぐれもうちの講師連中みたいなアホになるなよ(笑)」

投稿: | 2016年5月18日 (水) 20時41分

講師を舐めたらあかんぞや。怒り

投稿: | 2016年5月18日 (水) 20時48分

>親鸞会は「言うに事欠いて…」と罵りました。「世の中安穏なれ」がどなたのお言葉か知らない自称親鸞学徒ですかね

「仏法ひろまれ」が抜けるからだろ?

投稿: | 2016年5月18日 (水) 22時35分

ぶひゃ

投稿: | 2016年5月18日 (水) 23時00分

言い訳は兎も角、人集め教義に反するからという理由で紛れも無い親鸞聖人のお言葉を罵るのが親鸞会らしいのですよ。

投稿: | 2016年5月18日 (水) 23時15分

『とどろき』平成28年5月号に
(http://www.ombooks.jp/SHOP/T201605.html)

短期集中連載 マンガ
蓮如上人物語「南無阿弥陀仏のいわれ」が
掲載されているらしい。今、気付きました。


投稿: | 2016年5月19日 (木) 06時04分

神の「 生贄 」の「 履歴 」が気になる。       

投稿: | 2016年5月19日 (木) 06時07分

イエスはインジャンジョンという名で若き頃インドに渡り、ルンビニー園で釈迦の仏教を勉強していました。釈迦とイエスと日本人は同じ種族のイスラエルになります。天皇みかどはカド族を意味しています。

投稿: | 2016年5月19日 (木) 06時23分

 ① はるか西方の国にイエス・キリストという救い主が降臨した事
 ② キリストは永遠の光であり、永遠の命である事
 ③ 人は誰でも罪人であり、この罪は自分の力では決して救われない事
 ④ キリストは神から人々を救うために遣わされた事
 ⑤ キリストは人々の原罪を贖うため、十字架に架けられた事
 ⑥ キリストは正しい人を救うためではなく、罪人を救うためにこそ来たの    だという事
 ⑦ 「救い」とはキリストの名を呼び、これを信仰する事

これが1世紀にインドで広まったキリスト教です。ミトラ教、ゾロアスター教の太陽神アミターバ「無量光」と融合して浄土仏教がインドで誕生しました。

投稿: | 2016年5月19日 (木) 12時42分

浄土三部経の起源が1世紀になってからだともいわれています。
中国では善導大師も景教の影響を受けています。本願寺に聖書を漢字で記した書物があり、親鸞聖人も読まれていたそうです。

投稿: | 2016年5月19日 (木) 14時01分

浄土新宗 新乱会の教祖にでもなれや!

投稿: | 2016年5月19日 (木) 21時32分

涙を・・・

投稿: | 2016年5月19日 (木) 23時02分

機に生れつきたる善悪のふたつ、
報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。
宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。
宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。
ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、
往生の大益をば如来の他力にまかせて、
かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。
(口伝抄)

自己の善悪の宿業は、
弥陀の浄土に往生させて頂く上で、得にも失にもならず
一切関係ないのは言うまでもないこと。
宿善の厚い人は、今生に善を好み、悪をおそれる。
過去の悪業の重い人は、今生に悪を好み、善には消極的。
そのような善悪の有り様は過去世からの行為によるのであり、
弥陀の浄土に往生させて頂く幸せは、全く弥陀のお力によるのだから、
三業善悪の有り様によって往生の可否を関係づけるのは間違いである。


善悪のふたつ、宿因のはからひとして現果を感ずるところなり。
しかればまつたく、往生においては
善もたすけとならず、悪もさはりとならずといふこと、
これをもつて准知すべし。 (口伝抄)

善悪の業は、過去世からの行為に起因してあらわれているものであり、
全く、浄土往生に対して善業が資助にもならず、悪業が妨げにもならない。
これになぞらえて知るべきである。

たとひ万行諸善の法財を修し、たくはふといふとも、進道の資糧となるべからず。
(口伝抄)

この「進道の資糧」とは、この後に書かれている通り、
「出離の資糧」「報土の正因」ということなので、
我々がつとめる諸善は、どれだけやったところで、
それが往生の役には、全く立たぬということ。

口伝抄のいずれの御言葉も、
親鸞会で、高森顕徹先生が懇ろに教えておられる通り。
そのままである。

諸善はどれだけ励んでも、往生の助けにならない。
善根の多少と、往生とは、何の関係もない。
浄土往生の正因は信心一つ。
信心獲得は名号を聞く一つ。
それ以外の一切が無効。
親鸞会では徹底して教えておられる。


そのように教えられる親鸞会の「宿善論」は、レベルが高すぎて
飛雲氏等が理解不能なのは、致し方ないと思うが、

> このように覚如上人は、親鸞会で教えているような
> 宿善の厚薄と往生とが関係あるとする考えを、
> 前段・中段・後段で、繰り返し破邪しておられるのです。

こんな程度では、
親鸞会の方々からは、きっと誰からも相手にされていないのであろう。


これらの口伝抄のお言葉は、 親鸞会で教えられている、そのままである。

所詮は、親鸞会の「宿善論」を、
「善をしなければ救われない」
という邪義にしか解せない飛雲氏の軽薄な信仰の悲しさなのである。

飛雲氏はそもそも口伝抄が読めていない。

> つまり宿善とは
>
> 浄土教(18願)を信受する善因縁
> 遇法の善因縁
>
> ということです。これを、
>
> 獲信の善因縁
> 往生の善因縁
>
> と勘違いしているのが親鸞会です。

「浄土教(18願)を信受する」と「獲信」の関係さえ、

全然わかっていない、無知丸出しの飛雲氏。


そして、おかしいのは、
これらの口伝抄の御言葉が、親鸞会で紹介されていないことに対して

「都合の悪い根拠を隠し、断章取義を繰り返す確信犯」

出されていないから「隠している」という・・・

飛雲氏は、お子ちゃま?
もはや異常人間と見做される程度である。


> この邪説を正す根拠はたくさんありますが、
> 中学生レベルでも判る法然上人と親鸞聖人のお言葉を出しておきます。

飛雲氏の文章には、このように仏法に対して余りにも軽々しい言葉が散在する。
これでは飛雲氏よりも信仰の厚い方が、見ておれず、離れてゆく訳である。


なんとも飛雲氏の人格と信仰が伺えるではないか。

やはり飛雲氏にとってのお聖教は、
駄々っ子のカミソリ。お子ちゃまのオモチャである。


いずれにしても、これらの口伝抄の御言葉は、


親鸞会で言われている「宿善論」を破る根拠などでない、


それどころか、親鸞会の主張そのものであることは明明白白。

投稿: 宿善まかせ(御文章4帖目) | 2016年5月20日 (金) 01時17分

飛雲等の退会者の主張が邪義

親鸞会の説示が正意

と判明している。


「人の善悪と往生とを関係づけてはならない」と言う飛雲氏自身が、

> 「定散の諸機」は「極重の悪人」よりも報土往生が遠回りになります。

と述べて、「機の善悪」と「報土往生」とを関係づけている。
今更、言い訳は通用しない。

「機に生れつきたる善悪のふたつ、
報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。」

のお言葉に明らかに違反し、飛雲氏の説は他流と判明している。

次に、
> 親鸞会で教えているような
> 宿善の厚薄と往生とが関係あるとする考えを、
とあるが、
まず私が知る限り、親鸞会では、
「過去にやった”行善”が”報土往生”に役立つ」
などと、どこにも、一切、教えられていない。

「”善根”は一切”報土往生”の役に立たない」
と鮮明に説かれている。
どれだけ善を励んでも、
その善の功徳によって往生が早まることさえもないと教えておられる。

「善をしなければ信仰が進まない」という親鸞会の説示を
「善の功徳が往生を早める」などと誤解しているとすれば、
そんな大雑把な理解しかできない人にはとても判らないレベルの話しである。


親鸞会では、
「善業」と「報土往生の可否」とは無関係
「宿善」は「獲信の方便」「獲信の善因縁」
と教えられている。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 01時21分

機に生れつきたる善悪のふたつ、
報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。
宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。
宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。
ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、
往生の大益をば如来の他力にまかせて、
かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。
(口伝抄)

覚如上人は、

「宿善」 = 過去から修してきた善業

と踏まえられて、

「我々の”善業”と”報土往生”とは関係ない」

とは言われているが、

「”宿善”と”獲信”とが関係ない」などとは

どこにも言われていない。

首をかしげる退会者は、
「善業」 と 「宿善」 との違いが分からないだけであろう。

> 過去に行ってきた善悪、言い換えれば
>「宿善あつきひと」か「宿悪おもきもの」かは、
> 往生と関係付けてはいけないということです。

と書いて、
「だから宿善と獲信とが無関係」
と理解する退会者の領解があまりにも粗雑なのだ。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 01時31分

覚如上人が教えておられることは、

「宿善あつい人」 か 「宿悪が重い人」 かは
「報土往生の可否」と無関係

ということである。すなわち、

「過去の善根の多少」 と 「報土往生の可否」 とが無関係

ということ。

これは、他力の信心一つで往生するからである。

我々の善業は、一切、往生の役には立たないことを言われている。
我々の善業は、一切、「獲信」の役には立たないが、
「宿善」と「獲信」とが無関係
などとは、どこにも述べられていないことを知らねばならない。

それどころか、
「宿善」と「獲信」とは、どのような関係かを、
口伝鈔第二章に仰せである。


十方衆生のなかに、浄土教を信受する機あり、信受せざる機あり。
いかんとならば、『大経』のなかに説くがごとく、
過去の宿善あつきものは今生にこの教にあうてまさに信楽す。
宿福なきものはこの教にあふといへども
念持せざればまたあはざるがごとし。
「欲知過去因」の文のごとく、
今生のありさまにて宿善の有無あきらかにしりぬべし。
『口伝鈔 第二章』

十方衆生、すべての人の中に、
今生で弥陀の18願を信受(信心獲得)する人と、
今生で信受(信心獲得)しない人とがある。
その訳は、仏説無量寿経の中に説かれているように、
過去の宿善が厚い人は、
今生に、善知識の教えに遇い、信心獲得する。
宿福(宿善)のない(薄い)人は、
善知識に遇って18願の教えを聞かせて頂いても、
疑って信心獲得しないので、遇って遇わないようなものである。
「過去の因を知らんと欲せば」の御文の通り、
今生の有り様(信心獲得するか否か)によって、
宿善の有無(厚薄)は明らかである。


今生で獲信するか、それとも、今生で獲信できないか。
その結果の違いは、宿善の厚薄によるとの仰せである。

「宿善」と「獲信」は、無関係どころではない。
「宿善」と「獲信」は「深い因縁」がある根拠となる御文である。

まとめれば、


「宿善」とは「宿世の善根」のこと。

「善根の功徳」と「獲信」とは無関係。

「宿善」は「獲信」の善い因縁。

これがスッキリ判らないようでは、とても真宗教義は理解できず、
覚如上人のお言葉の意味も判るはずがない。
飛雲氏のように、自己矛盾した解説に陥ることになる。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 01時41分

>親鸞会では、
>「善業」と「報土往生の可否」とは無関係
>「宿善」は「獲信の方便」「獲信の善因縁」
>と教えられている。

親鸞会の勘違いは、
「宿善」は「獲信の方便」「獲信の善因縁」
だと言うことなんですよ。

いろいろと書いていますが、覚如上人が
1.宿善を「過去世の善根」という意味で使われた時は、獲信と宿善は無関係
2.宿善を「阿弥陀仏のお育て」という意味で使われた時は、獲信と宿善は関係有り

と仰っているのですよ。
ちなみに「阿弥陀仏のお育て」と「過去世の善根」は無関係

これが分からないとこんなことを平気で言うのですね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 02時20分

では、その過去の因とは何かについて、源信僧都は『往生要集』に

問ふ。もししからば、聞くものは決定して信ずべし。なんがゆゑぞ、聞くといへども、信じ信ぜざるものある。

答ふ。 『無量清浄覚経』にのたまはく、「善男子・善女人ありて、無量清浄仏の名を聞きて、歓喜し踊躍して、身の毛起つことをなし、抜け出づるがごとくなるものは、みなことごとく宿世宿命に、すでに仏事をなせるなり。それ人民ありて、疑ひて信ぜざるものは、みな悪道のなかより来りて、殃悪いまだ尽きざるなり。これいまだ解脱を得ざるなり」と。{略抄}

また『大集経』の第七にのたまはく、「もし衆生ありて、すでに無量無辺の仏の所にしてもろもろの徳本を殖ゑたるものは、すなはちこの如来の十力・四無所畏・不共の法・三十二相を聞くことを得ん。{乃至}下劣の人は、かくのごとき正法を聞くことを得ることあたはじ。たとひ聞くことを得とも、いまだかならずしもよく信ぜず」と。{以上}

まさに知るべし、生死の因縁は不可思議なり。薄徳のものの、聞くことを得るも、その縁知りがたし。

(現代語訳)

問う。もしそうであるならば、聞く者はかならず信ずるはずである。どういうわけで、聞いても信ずるものと信じないものとがあるのか。

答える。《平等覚経》に説かれている。

善男・善女があって、無量清浄仏のみ名を聞いて、喜び踊り、身の毛がよだって抜けるように思う人は、みな悉く過去世にすでに仏道を修めているものである。もしまた人があって、仏を疑って信じないものは、みな悪道から来て、その罪がまだ尽きないもので、なおまだ解脱を得ることができないのである。

また《大集経》の第七巻に説かれている。

もし衆生があって、すでに無量無辺の仏の所において、もろもろの徳本を植えたものは、この如来の十力・四無所畏・十八不共法・三十二相を聞くことができるのである。中略 下劣の人はこのような正法を聞くことができない。たとい聞くことができたとしても、まだ必ずしも信ずることはできないのである。

これによってわかるであろう。生死の因縁は不可思議なものである。功徳が少ないものでありながら、聞くことができるのは、そのわけを知ることが難しい。

と教えられています。「生死の因縁は不可思議なり。」です。五逆の者のように、「薄徳のもの」でも「聞くことを得るも、その縁知りがたし。」で、過去世の功徳が少ない者であっても、18願念仏往生を聞いて信じることができるので、その理由を知ることは難しいと源信僧都でさえ仰っています。

それを覚如上人が『口伝鈔』で、

十方衆生のなかに、浄土教を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんとならば、『大経』のなかに説くがごとく、過去の宿善あつきものは今生にこの教にあうてまさに信楽す。宿福なきものはこの教にあふといへども念持せざればまたあはざるがごとし。「欲知過去因」の文のごとく、今生のありさまにて宿善の有無あきらかにしりぬべし。

と教えられているのです。結局のところ、18願を信じるか信じないかと、過去世の善根との関係は判らないので、18願を聞いて信じる機が「宿善あつきもの」であり、聖道門の人のように18願を聞いても信じない機が「宿福なきもの」なんだと、覚如上人は仰った訳です。

ですから親鸞聖人は「遠く宿縁を慶べ」と表現なされているのです。獲信したならば、過去世からの阿弥陀仏との御縁を慶びなさい、です。自分がこれだけのことをしてきたから、獲信できた、と思うのは、親鸞聖人の領解とは違いますが、異安心の者には判らない境地です。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 02時25分

『往生要集』のお言葉には続きがあります。

問ふ。仏、往昔に、つぶさに諸度を修したまひしに、なほ八万歳にこの法を聞きたまふことあたはざりき。いかんぞ、薄徳のたやすく聴聞することを得る。 たとひ希有なりと許せども、なほ道理に違せり。

答ふ。この義、知りがたし。
(中略)
ゆゑに上人のなかにもまた聞くこと難きものあり、凡愚のなかにもまた聞くものあり。これまたいまだ決せず。 後賢、取捨せよ。

(現代語訳)

問う。仏は昔つぶさに諸の菩薩の行を修めたもうたが、八万年に及んでも、この法を聞くことができなかったという。どうして、功徳の少ないものが、たやすく聴聞することができようか。たとい、それは稀な例であると認めても、やはり道理に違うであろう。

答える。この義は、なかなか難しい。
(中略)
故に、すぐれた人の中にも、仏法を聞くことの難しいものがあり、愚かな人の中にも、仏法を聞くものがある。ところで、この義は、まだ決定したものではないから、後の賢い方々は取捨していただきたい。

源信僧都のような方でさえも、過去世の因縁について知ることは難しい、と繰り返し仰っています。「これまたいまだ決せず。 後賢、取捨せよ。」と明言をさけておられます。それにも関わらず、過去世のことが判ったような振りをするのが、どういうことか、少し考えれば判る筈です。

この源信僧都のお言葉を承けられまして、覚如上人が『口伝鈔』で宿善のあついうすいの定義を「阿弥陀仏のお育て」となされています。

過去世においてどのような因縁があったのか判らないけれども、今、善知識方の教えられる18願を聞いて、願い求めている、それが”宿善がある”とか”宿善あつい”と言うことです。従って、すでに18願を願い求めている人が、”宿善うすい”ということはありませんし、ましてや”宿善を厚くする”などということはないのです。

宿善の議論の発端となっている『観無量寿経』の下品下生の往生とは、平生に善をしていないし、仏法さえ聞いていない五逆の罪人が、過去世からの不思議な”宿善があって”あるいは”宿縁があって”、”宿善があつい”ので、臨終に善知識に遇うことができて、念仏により往生を遂げるのです。

以上の宿善の意味を踏まえれば、親鸞聖人の教えを聞き求めている人に対して、往生・獲信のために善の勧めがないのは当然なことです。

ところが、信前の者は圧倒的に”宿善うすい”者という、高森会長のデマに惑わされて、宿善うすき者は、宿善を厚くするために、法施・財施をせよ、と高森会長に利用されているだけなのです。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 02時28分


問い
蓮如上人が仰っている宿善は、過去世の善根の意味ではありません。
たとえば3帖目第12通には、「それ、当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、まづ宿善・無宿善の機を沙汰すべし。さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、無宿善の機は信心をとりがたし。まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。されば無宿善の機のまへにおいては、正雑二行の沙汰をするときは、かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。」とあります。親鸞聖人の教えを信じられる人が宿善の有る人で、親鸞聖人の教えを信じられない人は宿善の無い人になります。
要するに蓮如上人が仰っていることは、信心決定は親鸞聖人の教えを信じられるかどうかによって決する、ということです。

答え
『親鸞聖人の教えを信じられる人が宿善の有る人で、親鸞聖人の教えを信じられない人は宿善の無い人になります』
というならば、
『信心決定は親鸞聖人の教えを信じられるかどうか(宿善の有無)によって決する』
ということですね。
信心決定するということは、阿弥陀仏の18願に救い摂られたということで、死んだら必ず浄土に往ける身になるということです。
宿善の無い人は最初は親鸞聖人の教えを信じられなくても、信じられたならば、宿善の有る人になるということになります。

蓮如上人が仰っている宿善の有る無しは、過去世の善根の有る無しの意味ではないと主張するならば、ここで言われている『宿善』の定義が不明になります。
『蓮如上人が仰っている宿善は、過去世の善根の意味ではありません。』
とは、宿善の定義を曲げる実にいい加減な解釈です。
まとめますと、

親鸞聖人の教えを信じられる人→宿善のある人
親鸞聖人の教えを信じられない人→宿善の無い人
宿善の有る人→?の有る人
宿善の無い人→?の無い人
ということです。

蓮如上人は御遺言として、
「あはれ、あはれ、存命のうちにみなみな信心決定あれかしと、朝夕おもひはんべり。まことに宿善まかせとはいひながら、述懐のこころしばらくもやむことなし。」(御文章4帖目15通)
と信心決定はまことに宿善(宿世の善根)まかせと書き残されています。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 03時23分

>『信心決定は親鸞聖人の教えを信じられるかどうか(宿善の有無)によって決する』
ということですね。

その通りですが何か問題でも?

親鸞聖人の教えを信じられる人→宿善のある人
親鸞聖人の教えを信じられない人→宿善の無い人
宿善の有る人→親鸞聖人の教えを信じる気持ちの有る人
宿善の無い人→親鸞聖人の教えを信じる気持ちの無い人

こういうことです。

イスラム教を信じて親鸞聖人の教えを信じる気持ちのない人は救われません。
しかし、親鸞聖人の教えを信じるように心を翻したなら救われます。

簡単でしょ。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 06時28分

蓮如上人は御遺言として、
「あはれ、あはれ、存命のうちにみなみな信心決定あれかしと、朝夕おもひはんべり。まことに宿善まかせとはいひながら、述懐のこころしばらくもやむことなし。」(御文章4帖目15通)
と信心決定はまことに宿善(親鸞聖人の教えを信じる気持ち)まかせと書き残されています。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 06時30分

蓮如上人 無宿善の者に話をするな。

高森会長 無宿善の者にこそ話をしなければならない


正反対ですね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 06時47分

弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。


過去世の善根と獲信は、無関係の実例。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 06時54分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【M晴不倫】


投稿: | 2016年5月20日 (金) 07時02分

>親鸞聖人の教えを信じられる人→宿善のある人
親鸞聖人の教えを信じられない人→宿善の無い人
宿善の有る人→親鸞聖人の教えを信じる気持ちの有る人
宿善の無い人→親鸞聖人の教えを信じる気持ちの無い人

こういうことです。

イスラム教を信じて親鸞聖人の教えを信じる気持ちのない人は救われません。
しかし、親鸞聖人の教えを信じるように心を翻したなら救われます。

簡単でしょ。


仏教で言われる『宿善』の定義を勉強しなさい。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 09時34分

>蓮如上人が仰っている宿善は、過去世の善根の意味ではありません。

仏教で言われる『宿善』の定義を勉強しなさい。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 09時42分

真宗でおわれる宿善の定義を勉強しなさい(笑)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 09時47分

真宗で言われる宿善の定義を勉強しなさい(笑)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 09時48分

親鸞聖人の教えを信じられるかどうかは、
宿善の有る無しで決まるそうですが、
その『宿善』とは何でしょう。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 09時53分

阿弥陀仏のお育て、阿弥陀仏との御縁、

源信僧都は、不思議な御縁と表現。

過去世の善根の無い者が救われるのが、真宗。
過去世の善根が厚くなって救われるのが高森教。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 10時02分

真宗で言う宿善の定義は、
『善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っている。』

ならば、

『善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁』
の無い人が、
(善知識に遇って)親鸞聖人の教えを信じられない人
親鸞聖人の教えを信じる気持ちの無い人

となり、因縁が無いのに善知識に遇えたことになり矛盾します。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 10時26分

因縁の無い人は、善知識に逢えない。
因縁の有る人は、善知識に逢える。

因縁の無い人は、善知識に逢っても聞けないから、逢ざるがごとし。

何か問題でも?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 10時32分

必死になって矛盾点を探そうとしていることは、涙ぐましいことですが、高森理論の矛盾点

弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去瀬の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 10時48分

源信僧都のお言葉

「生死の因縁は不可思議なり。薄徳のものの、聞くことを得るも、その縁知りがたし。」

「上人のなかにもまた聞くこと難きものあり、凡愚のなかにもまた聞くものあり。」

この通りで、

上人(過去世の善根の厚い人)のなかにもまた聞くこと難きものあり、
凡愚(過去世の善根の薄い人あるいはない人)のなかにもまた聞くものあり

だから
弥勒菩薩、達磨大師は過去世の善根が厚いけど聞くこと難し
耳四郎は過去世の善根が薄いけど聞くことができた

過去世の善根と獲信とか関係ない実例ですね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 11時07分

>因縁の無い人は、善知識に逢えない。
 因縁の有る人は、善知識に逢える。

因縁の無い人は、善知識に逢っても聞けないから、逢ざるがごとし。

何か問題でも?


善知識に遇う因縁が無ければ、そもそも善知識に出会えないでしょう。
善知識に出会っても、聞ける人と聞けない人がいる。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時37分

>過去世の善根の無い者が救われるのが、真宗。
過去世の善根が厚くなって救われるのが高森教。 


高森先生は、宿善を過去世(生まれない前)だけに限定していませんが。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時41分

>阿弥陀仏のお育て、阿弥陀仏との御縁、

 源信僧都は、不思議な御縁と表現。

 過去世の善根の無い者が救われるのが、真宗。
 過去世の善根が厚くなって救われるのが高森教。


では、宿善が無い状態で生まれた人はどうすればよろしいでしょうか。
宿善は厚くならないものなら、宿善が無い状態で生まれてきた人は現在世でどうあがいても救われないことになります。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時52分

>善知識に遇う因縁が無ければ、そもそも善知識に出会えないでしょう。
>善知識に出会っても、聞ける人と聞けない人がいる。

自分の出した根拠もお忘れですか?
言い返す内容は最初からわかってますがね。

宿福なきものはこの教にあふといへども
念持せざればまたあはざるがごとし。(口伝鈔)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時52分

>高森先生は、宿善を過去世(生まれない前)だけに限定していませんが。

私も生まれない前だけに限定していませんが(笑)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時53分

>では、宿善が無い状態で生まれた人はどうすればよろしいでしょうか。
>宿善は厚くならないものなら、宿善が無い状態で生まれてきた人は現在世でどうあがいても救われないことになります。

これも自分で出した根拠をお忘れですか(笑)

「それ、当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、まづ宿善・無宿善の機を沙汰すべし。さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、無宿善の機は信心をとりがたし。まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。されば無宿善の機のまへにおいては、正雑二行の沙汰をするときは、かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。」(御文章3帖目第12通)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時55分

それで以下はどうなったの?
一度も答えていませんが。

必死になって矛盾点を探そうとしていることは、涙ぐましいことですが、高森理論の矛盾点

弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 16時56分

一応教えておきますね。

>では、宿善が無い状態で生まれた人はどうすればよろしいでしょうか。
>宿善は厚くならないものなら、宿善が無い状態で生まれてきた人は現在世でどうあがいても救われないことになります。

この宿善が「過去世(現在世も含む)の善根」の意味なら、無宿善のまま救われると教えられたのが、善導大師、法然上人、親鸞聖人、覚如上人。

この宿善が「親鸞聖人の教えを聞く気があるかないか」の意味なら、無宿善のまま救われることはないと教えられたのが、蓮如上人。もちろん善導大師も、親鸞聖人も同じことを仰っていますが。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時00分

必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm
宝珠愚者編著 2004/07/21
ほぼ親鸞会の特徴が挙げられていると思います。多くの会員はその現実に背を向けるしか生きる道がありません。「そんなことはない」と嘘とわかった上で反論するしかありません。親鸞会を信じる心が崩れたらもう怖くて生きていけないと思ってしまうのです。折角求めてきたのに自己の信念の壊れることが怖いのです。それが自力を巧みに利用した親鸞会のマインドコントロールです。脱会者はそこをくぐり抜けた経験を持っています。別にだからといって偉いわけではありません。ただ脱会した経験をそのとおりに語るだけです。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時18分

>この宿善が「親鸞聖人の教えを聞く気がある かないか」の意味なら、無宿善のまま救われ ることはないと教えられたのが、蓮如上人。


過去世(現在世も含む)の善根が薄いから、「親鸞聖人の教えを聞く気がない」
過去世(現在世も含む)の善根が厚いから、「親鸞聖人の教えを聞く気がある」

ということ?

「それ、当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、まづ宿善・無宿善の機を沙汰すべし。さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、無宿善の機は信心をとりがたし。まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。されば無宿善の機のまへにおいては、正雑二行の沙汰をするときは、かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。」(御文章3帖目第12通)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時19分

釈迦は慈父、弥陀は悲母なり。われらがちち・はは、種々の方便をして無上の信心をひらきおこしたまへるなりとしるべしとなり。おほよそ過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまひしみもとにして、自力の菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。他力の三信心をえたらんひとは、ゆめゆめ余の善根をそしり、余の仏聖をいやしうすることなかれとなり。
(唯信鈔文意)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時22分

>過去世(現在世も含む)の善根が薄いから、「親鸞聖人の教えを聞く気がない」
>過去世(現在世も含む)の善根が厚いから、「親鸞聖人の教えを聞く気がある」

>ということ?

違います。
何度同じことを言えば理解できるのでしょうかね(笑)

源信僧都のお言葉

「生死の因縁は不可思議なり。薄徳のものの、聞くことを得るも、その縁知りがたし。」

「上人のなかにもまた聞くこと難きものあり、凡愚のなかにもまた聞くものあり。」

この通りで、

上人(過去世の善根の厚い人)のなかにもまた聞くこと難きものあり、
凡愚(過去世の善根の薄い人あるいはない人)のなかにもまた聞くものあり

だから
弥勒菩薩、達磨大師は過去世の善根が厚いけど聞くこと難し
耳四郎は過去世の善根が薄いけど聞くことができた

過去世の善根と獲信とか関係ない実例ですね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時24分

>恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。

こういう人もいるということと、全人類がこうだということは違いますよね。


それと重要なのは

>他力の三信心をえたらんひとは、ゆめゆめ余の善根をそしり、余の仏聖をいやしうすることなかれとなり。

善根を謗ってはなりませんよの意味は、善根をしましょうよとは違いますよね。
もしそうなら
余の仏・菩薩を謗ってはならないの意味が、余の仏・菩薩に向きましょうと五雑行を勧めることになりますからね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時29分

必死になって矛盾点を探そうとしていることは、涙ぐましいことですが、高森理論の矛盾点

弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?


現在世での阿弥陀仏に向かっての諸善万行は、宿善になると親鸞聖人や高森先生は教えておられますが、宿善が厚くなって救われるとは全く教えておられません。
宿善は、阿弥陀仏に救われる=獲信の因縁ですからね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時30分

再再掲

それで以下はどうなったの?
一度も答えていませんが。

必死になって矛盾点を探そうとしていることは、涙ぐましいことですが、高森理論の矛盾点

弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時31分

>現在世での阿弥陀仏に向かっての諸善万行は、宿善になると親鸞聖人や高森先生は教えておられますが、宿善が厚くなって救われるとは全く教えておられません。
>宿善は、阿弥陀仏に救われる=獲信の因縁ですからね。

自分の言ったことも忘れたの(笑)


『宿善は厚くならないものなら、宿善が無い状態で生まれてきた人は現在世でどうあがいても救われないことになります。』

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時34分

高森大善知識様の御金言

宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえない。(本願寺なぜ答えぬ)


過去世に仏縁薄き者、宿善浅きものは、現世に於て宿善は求められねばならない。でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。(会報第3集)

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時36分

訂正

宿善が厚くなって救われるとは全く教えておら
れません。

ではなく、

励んだ善(自力)で救われるとは全く教えておられません。

です。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時37分

高森大善知識様の御金言

宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえない。(本願寺なぜ答えぬ)

過去世に仏縁薄き者、宿善浅きものは、現世に於て宿善は求められねばならない。でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。(会報第3集)

に対して、以下ね(笑)


弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 17時41分

問題をすり替えないようにしましょう(笑)

論点は以下ですからね。


善導大師 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
法然上人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
親鸞聖人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
覚如上人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる


高森会長 過去世(現在世の含む)の善根がないままで救われることはあり得ない

投稿: | 2016年5月20日 (金) 18時12分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【M晴不倫】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 18時41分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【豊田商事と宗教】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 18時45分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 18時46分

>弥勒菩薩 過去世の善根が、超厚いが、救われていない。
達磨大師 過去世の善根が、極めて厚いが、救われていない。
耳四郎 過去世の善根が、無いが、救われた。救われた後でも盗みがやめられないほど。

これについて、説明してみては如何ですか?

過去世の善根の厚い順

弥勒菩薩>達磨大師>耳四郎

高森会長は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根が厚かったってこと?
耳四郎は、本当は弥勒菩薩よりも過去世(現在世も含む)の善根があつかったってこと?
獲信するには弥勒菩薩よりも善根を積まないといけないってこと?


一体何を勘違いしているんですか?
宿善とは、宿因と宿縁のこと。
宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえないことが前提で、
歴代の善知識方は御教導下さっているのですが。
宿善は、阿弥陀仏に救われる因縁であり、
善知識方は真剣な聞法を勧められ、
阿弥陀仏に向かっての諸善万行、お勤めで宿善は厚くなりますが、
善をすることが救いの妨げになるならば、
蓮如上人の吉崎建立にお布施する人はいませんでしたし、蓮如上人に善の勧めがあったから吉崎建立にお布施する人がいた。
宿善は、獲信の因縁であり諸善万行、お勤めは宿因となり宿善は厚くなるから、蓮如上人は諸善万行、お勤めを当時の人々に勧められた。

過去世(現在世)の善根が獲信に関係ないならば、
現在世での善根が獲信の妨げになるならば、
親鸞聖人の、

おほよそ過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまひしみもとにして、自力の菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。他力の三信心をえたらんひとは、ゆめゆめ余の善根をそしり、余の仏聖をいやしうすることなかれとなり。
(唯信鈔文意)

のお言葉はあり得ない。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時03分

過去世(現在世も含む)の善根が獲信に関係ないならば、
現在世での善根が獲信の妨げになるならば、
親鸞聖人の、

おほよそ過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまひしみもとにして、自力の菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。他力の三信心をえたらんひとは、ゆめゆめ余の善根をそしり、余の仏聖をいやしうすることなかれとなり。
(唯信鈔文意)

のお言葉はあり得ない。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時05分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【豊田商事と宗教】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時06分

新入生のみなさんへ。

検索キーワード 【偽装勧誘】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時06分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【M晴不倫】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時07分

>宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえないことが前提で、
>歴代の善知識方は御教導下さっているのですが。

そんな前提はあり得ません(笑)

ではまず善導大師はこう仰っています。

諸師のいふ、「これらの人はすなはちこれ大乗始学の凡夫なり。 過の軽重に随ひて分ちて三品となす。 いまだ道位にあらず。 階降を弁ちがたし」とは、まさに謂ふにしからず。 なんとなれば、この三品の人、仏法・世俗の二種の善根あることなし。 ただ悪を作ることを知るのみ。(観経疏)

下輩の者が救われることについて、
聖道門での見解は、
「下輩の者でも過去世に善をしてきたものだ」
とあったのを善導大師が
「仏法・世俗の二種の善根あることなし」
と、過去世・現在世そして未来に渡って善根あることなしの無善の者が救われることを示されたので、親鸞聖人は
「善導独明仏正意」
と褒め称えられた訳ですよ。

知らなかったでしょ。


以下再掲

>恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。

こういう人もいるということと、全人類がこうだということは違いますよね。


それと重要なのは

>他力の三信心をえたらんひとは、ゆめゆめ余の善根をそしり、余の仏聖をいやしうすることなかれとなり。

善根を謗ってはなりませんよの意味は、善根をしましょうよとは違いますよね。
もしそうなら
余の仏・菩薩を謗ってはならないの意味が、余の仏・菩薩に向きましょうと五雑行を勧めることになりますからね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時15分

前回は少し遠慮して書いたので、正確に書くと
 

道綽禅師 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
善導大師 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
源信僧都 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
法然上人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
親鸞聖人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
覚如上人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる
蓮如上人 過去世(現在世の含む)の善根がなくても救われる


高森会長 過去世(現在世の含む)の善根がないままで救われることはあり得ない

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時17分

エム野さんは大学中退なの?

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時29分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード

【M晴不倫】【偽装勧誘】【豊田商事と宗教】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 19時58分

念のため覚如上人が親鸞聖人のお言葉として紹介されたもの

機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。(口伝鈔)


過去世においてやってきた善と悪の二つは、報土往生の得にも損にもならないことは言うまでもない。

過去世の善が得にもならないが『損にもならない』。

論点ずらしは親鸞会のお家芸なので、念のため。

論点は『過去世の善が得にもならない』ことですからね。


投稿: | 2016年5月20日 (金) 20時32分

もはや親鸞会の敗色は目に見えております。屁理屈をこねて熊本や富山あたりから書き込んでいる工作員には申し訳ないが、カルト被害を繰り返さないための回顧談や意見交換がなされることを期待してやみません。

創価学会では昔、富士のふもとの大石寺の大御本尊サマを「幸福製造機」と称してさかんに布教しておりました。親鸞会の場合はもはや目も落ち窪んだ80代後半の老人を500年に一度の善知識とたてまつり、「安心供給機」と位置づけたいようですが、ご老人の螺旋階段さながらのまわりくどい話をなんぼ必死に拝聴しても信心決定どころか、腹の足しにもなりません。教学関係の、親鸞会からとおぼしい書き込みは無視なさってはいかがでしょうか

投稿: 教義論争ばかりでは…… | 2016年5月20日 (金) 21時08分

根拠は山ほど出せますが、御要望もありましたので、高森邪義宿善論についてはの法然上人のお言葉で終了とします。

弥陀は、悪業深重の者を来迎し給ふちからましますとおほしめしとりて、宿善のありなしも沙汰せす、つみのふかきあさきも返りみす、たた名號となふるものの、往生するそと信しおほしめすへく候。(拾遺和語灯録)

宿善の有り無しは関係なくと法然上人が仰っています。

いつまでも屁理屈捏ねてコメント欄を汚さないようにしましょうね。

また汚し方が酷ければ、徹底的に叩き潰しますからね。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 21時29分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード【大沼法竜 盗作】

投稿: | 2016年5月20日 (金) 22時03分

会員物故者追悼法要での、紋所だけ鷲のマークに改めた袈裟といい、昔は葬式ひとつやらない旨豪語していたのに(『白道燃ゆ』「俺は坊主じゃない」の章)、ここ数年来は津波に呑まれた講師のそれをも含めて法名を授与したり……本願寺の前法主あたりが、高森氏を抱きしめつつ、

    「よちよち、苦しかったんだね。僕はみんなわかってるからね」

とか囁いてあげたら、案外、会をあげて本願寺の傘下に入るかも知れませんよね。

投稿: ほんとは住職になりたかったんですよね? | 2016年5月20日 (金) 22時15分

本願寺に認めてもらいたかったんや

相手にしてもらいたかったんや

しかし、それはもう、夢のまた夢や

若い頃、京都であの出来事が・・・

投稿: | 2016年5月20日 (金) 23時06分

真宗で言う宿善の定義は、
『善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っている。』

とするならば、

弥陀は、悪業深重の者を来迎し給ふちからましますとおほしめしとりて、宿善のありなしも沙汰せす、つみのふかきあさきも返りみす、たた名號となふるものの、往生するそと信しおほしめすへく候。(拾遺和語灯録)

>宿善の有り無しは関係なくと法然上人が仰っています。

善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持が無くても往生できるということになる。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 23時13分

善をしなければならない、と、この世で一番自らの善根にしがみつく、執着する人の集まりがあるとすれば、それは自称浄土真宗のカルト教団だろう。しかしそれは善をしないと地獄に堕ちると脅されているので、ある意味仕方がないのだが、非常にあわれである。そのような悪縁には近づかないのがよいのだが、カルトは近寄ってくるから困ったものだ。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 00時09分

人集め、カネ集め教義に合わなければ親鸞聖人も法然上人も間違い者扱いするのが親鸞会ということやね。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 01時00分

弥勒菩薩と達磨大師は自力の修行をしているから悟るのに苦労いているという事で、耳史郎は他力の信心で救われたから早いって事ですわ。
どうやらタコ入道が飛雲さんみたいですね。もっと凄い人かと思いきや、修善をしない懈怠なタコだと知るとガッカリだ。
宿善なくて救われるとお聖教をこねくり回して弁解ばかりしてますが、ハッキリと獲信した体験はあるのですか?弁解ばかりしないで少しは善行を実践して下さい。それから善は往生の役にたつものは全く無いと宣言して下さい。全くお聖教に書いてある事間違い無しですから。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 07時14分

弥勒菩薩は大経で、釈尊の御説法をきいていますよね。阿弥陀仏の本願をきいても救われない弥勒菩薩は、過去世の善根は誰よりも多いのに救われない。
耳四郎は、信後も泥棒を続ける程の根っからの無善造悪で過去世の善根なしなのに救われた。
善なんて救いに関係ないってことでしょう。
論も実例も揃っているのにね、みっともない。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 07時27分

なんか最近、ここも飛雲さんのブログも、親鸞会の連中による荒らしや攪乱目的と思われるコメントが一気に増えてきましたね。

それだけ、親鸞会の実態が広まっているということだと思います。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 07時33分

まさに赤子の手を捻るくらい簡単に親鸞会はやられちゃってますよね。
善関係なく救われると根拠を出されているのに、屁理屈しか言い返せないのだから、講師部員のレベルが知れるわ。
高森会長も同レベルでしょう。だって、善導大師が聖道門のどんな主張を論破したのかさえ知らないなんて(爆笑)
これが500年に一度の悪知識の正体。

投稿: 赤子の手を捻る | 2016年5月21日 (土) 07時52分

飛雲さんを攻撃するのは、それだけ飛雲さんの影響力が大きいからでしょうけど、簡単に返り討ちにあって、余計に傷口を広げているんだけどね。
三願転入の法論で高森会長が大惨敗したところから、高森会長の威信は地に堕ちたんだよね。悔しさから『なぜ生きる2』なんか出しても、完全に破邪されまくって、今では新聞広告にも申し訳程度にしか載せられないって、ほんとにコント。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 07時58分

>修善をしない懈怠なタコだと知るとガッカリだ。

カルトは自己の主張を認めさせたいとの欲望が満たされないと、腹をたて、汚い言葉でやじる。そして筋道をたてて何も言えなくなるので最後は愚痴をこぼす。そして、、、再び自己の主張を認めさせようと、流転輪廻を繰り返す。


そういえば、消えた名著【白道燃ゆ】の「破邪の闘士、顕正の菩薩」では、人間を5つの階級にランク付けして、「邪教外道に狂っている者を最低とする」と自己の主張と合わない人を会長は【仏教】を、道具として使い躊躇なく見下している。
仏教の精神からするとトンデモナイことなのだが会員はマインドコントロールされ、もはや判断ができず、ただその精神を忠実に実行しているだけなのだから、これは仕方のないことかもしれないが非常にやりきれないことである。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 08時11分

そういえば高森親鸞会、熊本地震にちゃんと寄付したの?

投稿: | 2016年5月21日 (土) 11時24分

  およそ宗教であれば程度の差こそあれ善を勧め悪を避けるよう説くのは当たり前のことであり、親鸞会ごときに説明してもらうまでもありません。親鸞会の場合、彼らのいう善の勧めとは善知識さまとされる人物とその家族へ金銭的に報いよというに過ぎません。しかるに善知識さまといい、その子女なる人々という世間並み以下のしょーもない人だから、このようなブログとそのコメント欄で批判せざるを得ないわけです。

  「お通じ外来」は元来、高森氏の持病を治さんがために設けられたとのこと。これをやめて、氷見の風土病であった「くる病」の根絶を目指す場が設けられるのであれば、私は一切の批判をやめる心づもりですが、どうもその日はやって来そうになく、安心してここに高森批判を書き込むことができます。

全国のホテルで見かける『仏教聖典』も、あれの初版本を生み出した木津無庵師は、若き日に佐々木是海師とその子息から学資を仰いでおられました。この佐々木師は、善知識だのみの異安心を説いたかどで明治11年に大谷派を追われました。それで名目上は時宗に属しつつ、北陸・東海地方を中心とする多くの信徒へ相変わらず自己の所信を説き続けて生涯を終えております。多くの人が、仕事や学校を半年以上もほっぽり出して

       「まことの善知識は是海さまじゃ、是海さまじゃ」

と追っかけ、会場の床がひどく傷んだことが度々だったそうです。同じく善知識だのみと批判された父子であっても、これはまた雲泥の違いではないかと仰がれます。

投稿: 「お通じ外来」が「くる病根絶センター」になったら | 2016年5月21日 (土) 13時12分

教祖は震災の被災者のためにとかいって献金を募って、ほんの一部だけ寄付して、あとは・・・じゃないの?
カルト新興宗教の教祖にとって天災は金儲けのチャンスでしょ。たぶん東北の時もユレユレ詐欺をやっただろうから、今回もまた「熊本の被災者のために」と彼らをだしにして、ユレユレ詐欺で一儲けしようとほくそ笑んでいるに決まっているじゃないですかw。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 18時46分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード【大沼法竜 盗作】

投稿: | 2016年5月21日 (土) 21時43分

造悪無碍の高森についていくと本当に必堕無間になりますよ。
高森の信心は親鸞聖人のご信心と異なります。
お聖教を読むこともしない、自分の頭で考えることも出来ないでは仏道を求めることは不可能です。
親鸞会のすべてが外道ですよ。

投稿: | 2016年5月21日 (土) 23時09分

そもそも善という事の基本から間違ってますね。献金と人集めが善だと聞き間違ってます。真実の善が出来ないからやる必要なしと自惚れてます。闡提も甚だしいよ。南無阿弥陀仏のいわれを聴聞する事と勤行と六度満行が宿善になると教えられてます。一般的な教祖さまの大好物のお札の正体は、世界統一政府をもくろみ全人類を家畜にしようと企む一族の手段ですよ。紙に連中の刻印を押してこれだけの価値がありますよと全ての人を騙してますよ。大量のお札をかき集めても臨終には1円も役にたたず全て手放して騙されたと泣いて地獄行きですよ。そなたは南無阿弥陀仏を信ずると言いながら恐ろしいモノを信心してますね。早く高森先生から真実の信心の話を聞きなさい。初歩中の初歩の相対の幸福から聞き直さないとダメですね。一体何を聞いて何を信心してるのですか?

投稿: | 2016年5月22日 (日) 06時34分

よく考えて~、なんてったて、お金がすべて大事だよ。
億万長者になる事が人生の目的なのさ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 06時41分

>南無阿弥陀仏のいわれを聴聞する事と勤行と六度満行が宿善になると教えられてます。

教えられてないよ。
そんなお言葉はどこにもないから。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 07時26分

>南無阿弥陀仏のいわれを聴聞する事と勤行と六度満行が宿善になると教えられてます。

教えられてないよ。
そんなお言葉はどこにもないから。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 07時27分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード【大沼法竜 盗作】

投稿: | 2016年5月22日 (日) 09時12分

何を今まで聴聞してきたんだい。
御報謝しろとか勧誘しろといった話は一度も聞いた事ありません。
いつも南無阿弥陀仏の聴聞しかないよ。
五逆謗法闡提の心しかないですよ。だから姿形は聴聞してても結局何も聞いてない。空回りの聴聞の繰り返しです。
そういった自分の本当の姿に驚いて聞く、聞かない心に驚いて命がけで聞く、最後は聞こうという機もない奴だと知らされて、それでも聞こうと最期の自力でふんばって聞く、自力が完全に尽きて地獄一定と自力が廃るところまで聞く、聞く一つで真実の信心に遭えるのです。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 13時08分

お聖教には善は必要ないって書いてあるからやらないなどと勝手に都合よく解釈してもダメですよ。理屈ではなく、言われるとおりに全力で実践しなければ何も分からないし何も変わりません。
あれは悪知識だと愚痴る心が出てきたら、何でそんな心が出てくるのか諦観しよう。法謗は大変恐ろしい心です。煩悩に任せて正念を焼くとはもってのほかですよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 13時17分

お聖教には善は必要ないって書いてあるけどやらないといけないなどと勝手に都合よく解釈してもダメですよ。理屈ではなく、言われるとおりに全力で善を捨てる実践しなければ何も分からないし何も変わりません。

こういうことね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 13時21分

自分は、親鸞会はカルトだの金集めや人集めが目的だのとそう思う聞き方しかしてこなかったと暴露して、更に反省する心もありませんと宣言している様なものですよ。同じ話を聴聞しても聴き方は十人十色で全然違います。その人の心の状態が違いますから。何度も繰り返し聴聞しても、結局そなたも何も聞いてこなかった訳なのです。その事を反省しよう。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 13時24分

あれは善知識だと迷う心が出てきたら、何でそんな心が出てくるのか諦観しよう。法謗の悪知識を善知識と崇めるのは大変恐ろしい心です。煩悩に任せて正念を焼き邪念に支配されるとはもってのほかですよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 14時09分

自分は、親鸞会は唯一の正しい団体で正しい教えを伝えるのが目的だのとそう思う聞き方しかしてこなかったと暴露して、更に反省する心もありませんと宣言している様なものですよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 14時12分

本当にそう思う事が出来ますか。正しいと思い込んでるだけですよ。
善知識かどうかは聞く人が選んでください。
高森先生は善知識だと思いますが、そう思えない人はそれまでの事です。
善知識に遇う事は難しいけど、悪知識に遇うのは簡単な事ですよ。自分の都合で聴けばよい。自分に都合の悪い事をずかずかうるさくいうのが佛教だからね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 14時32分

善知識に遇う事は難しいけど、悪知識に遇うのは簡単な事ですよ。自分の都合で聴くのは哀れです。自分に都合の悪い事をずかずかうるさくいうのが佛教だから、お聖教とは間逆の高森邪義を真摯に受け止めましょうね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 14時58分

退会者は親鸞会に恨みを持ってるからね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 15時14分

>善知識かどうかは聞く人が選んでください。


そのとおりです。会の外でホンモノの先生から聞かせて頂き、高森会長は偽者とわかりました。脱会した人の中には親鸞会で話されることのなかった本当の南無阿弥陀仏を聞き、喜んでいる人が出ています。これは起きてしまった事実です。嘘と思うのなら脱会者ひとりひとりに聴いて下さい。出てきますから。そんなことできるか、と言うのでしょうが、本当は親鸞会にいたら大丈夫と思い込む自らの信心(異安心)が壊れるのが怖くてできないのでしょう。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 15時27分

1、宿善とは、『善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っている。』

2、宿善の有り無しは関係なく往生できる。


1と2はどちらも退会者の主張ですが、明らかに矛盾してますよね。

そもそも退会者には信心決定の一念の体験があるとは思えない。ハッキリした宿善開発の体験があるとは思えない。酷い汚いコメントばかり。
三世も知らず、自己も知らず。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 15時29分

1、宿善とは、『善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っている。』

これは元々は、聖道門の解釈。
それを覚如上人、蓮如上人が踏襲されただけ。

法然上人が仰ったのと意味が違いますよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 15時53分

もしも高森氏がある日世を去ることになったら、親鸞会の会員は今度は誰に法を聞けばいいんでしょうか?  素朴な疑問です。もん太さんが製作した動画にも「そうだ、富山で聞こう」とあったけど、富山で聞こうにももしも聞けなくなったらどうするおつもりでしょうか。

投稿: 聞かせてもらいなさい、というけど | 2016年5月22日 (日) 16時23分

>宿善とは通仏教で過去世の善根という意味で 使われてきたのですが、そんな時代背景も  あってか、親鸞聖人は宿善という言葉を御著 書の中で使われたことは一度もありません。
 ところがその後、覚如上人が宿善という言葉 を意味を変えられて使われるようになり、そ れが今日の真宗における宿善の定義となって います。

>1、宿善とは、『善知識に遇う因縁、18願の 教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める 気持ちがある人を「宿善の機」と仰ってい  る。』
 これは元々は、聖道門の解釈。
 それを覚如上人、蓮如上人が踏襲されただ  け。

 法然上人が仰ったのと意味が違いますよ。

過去世(現在世も含む)の善根=宿善(宿因と宿縁)があったから、善知識に遇えた、18願を聞けた。
宿因とは、過去にやった諸善万行をいい、宿縁は、阿弥陀仏のご念力で結ばさせられた仏縁をいう。

つまり、善知識、18願に値う=信心決定の因縁が過去世(現在世も含む)の善根だった。

そして、過去世(現在世も含む)の善根=宿善は信心決定の因縁であるが、往生には関係ない。
信心決定すれば、往生一定となり、宿善は関係なくなるからだ。

こういうことです。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 16時34分

高森宿善論は、聖道門と同じ

投稿: | 2016年5月22日 (日) 16時39分

善導大師が論破された聖道門の解釈が、正しいと言っているのだから(笑)

投稿: | 2016年5月22日 (日) 16時43分

>宿善とは、『善知識に遇う因縁、18願の 教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める 気持ちがある人を「宿善の機」と仰ってい  る。』
>これは元々は、聖道門の解釈。


その根拠は?

投稿: | 2016年5月22日 (日) 16時51分

根拠は?
そのまま親鸞会擁護者にかえすわ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 16時58分

浄土十疑論が、聖道門の宿善解釈の根拠

投稿: | 2016年5月22日 (日) 17時01分

この論争を通して覚如上人は、宿善を、善知識に遇う因縁、という意味で仰っていたことが判ります。もともと『浄土十疑論』でもその意味ですが、それはイコール過去世の善根です。(飛雲のブログより)

覚如上人は、宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離されました。(飛雲のブログより)

となされ、善知識に遇う因縁、18願の教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っているのです。(飛雲のブログより)

宿善とは、『善知識に遇う因縁、18願の 教えに遇う因縁、18願を信じて願い求める気持ちがある人を「宿善の機」と仰っている。』
これは元々は、聖道門の解釈。
それを覚如上人、蓮如上人が踏襲されただけ。
善導大師が論破された聖道門の解釈が、正しいと言っているのだから(笑)
(退会者の主張)

投稿: | 2016年5月22日 (日) 17時17分

また苦情が出そうなので簡単に。

1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

覚如上人・蓮如上人が聖道門の考えを踏襲されたのは
(宿善=善知識にあう因縁)

聖道門の主張と浄土門の善知識方の主張の違いも理解できずに必死に挙げ足とりに邁進する哀れな会員。

ところで、

高森邪義の根拠は?

投稿: | 2016年5月22日 (日) 17時48分

挙げ足とりの愚か者のために念のため

覚如上人は宿善について2通りの説明をされている。

(宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

(宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

いずれにしても、

(善知識にあう因縁≠過去世の善根)

であり、高森邪義の

【獲信の因縁=過去世の善根】

こんな邪義はないのよ。

以上ね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 17時55分

なるほど。よくわかりました。
高森邪義はこれで終わりでしょう、屁理屈捏ねたってね。

以下再掲
***********************************************************************
>宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえないことが前提で、
>歴代の善知識方は御教導下さっているのですが。

そんな前提はあり得ません(笑)

ではまず善導大師はこう仰っています。

諸師のいふ、「これらの人はすなはちこれ大乗始学の凡夫なり。 過の軽重に随ひて分ちて三品となす。 いまだ道位にあらず。 階降を弁ちがたし」とは、まさに謂ふにしからず。 なんとなれば、この三品の人、仏法・世俗の二種の善根あることなし。 ただ悪を作ることを知るのみ。(観経疏)

下輩の者が救われることについて、
聖道門での見解は、
「下輩の者でも過去世に善をしてきたものだ」
とあったのを善導大師が
「仏法・世俗の二種の善根あることなし」
と、過去世・現在世そして未来に渡って善根あることなしの無善の者が救われることを示されたので、親鸞聖人は
「善導独明仏正意」
と褒め称えられた訳ですよ。

知らなかったでしょ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時23分

1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

4.高森顕徹大善知識

  (宿善=獲信の因縁)=過去世の善根

聖道門の亜流で珍解釈。もちろん根拠なし~

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時25分

>【獲信の因縁=過去世の善根】

 こんな邪義はないのよ。


宿善とは、過去世の善根をいう。
過去世の善根は、宿因と宿縁に分けられる。
宿因とは、過去にやった諸善万行をいい、宿縁は、阿弥陀仏のご念力で結ばさせられた仏縁をいう。これは真宗の常識。

「覚如上人は、宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離された」というのは、お聖教のいい加減な解釈であり、
宿因(過去にやった諸善万行)と宿縁(阿弥陀仏のご念力で結ばさせられた仏縁)によって善知識に遇えた。
これを宿善と仰っているだけ。

宿因について、

●しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここを以て、釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して群生海(すべての人)を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海(すべての人)を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)


「半満・権実の法門に入るといへども、偽なるもの、虚なるもの」のために、19願が建てられたと言い出しそうですが、もしそうなら、
「福徳蔵(19願)を顕説して群生海を誘引し」
ではなく、
「福徳蔵(19願)を顕説して偽なるもの、虚なるものを誘引し」
と書かれるはず。

特定の人を群生海とは言われない。一切の群生海も同じ。

つまり、阿弥陀仏はすべての人に浄土を願っての善の実践を勧めておられる。

それから、

●凡そ八万四千の法門はみなこれ浄土の方便の善なり、これを「要門」という、これを「仮門」と名けたり。この要門・仮門というは、すなわち『無量寿仏観経』一部に説きたまえる定善・散善これなり。定善は十三観なり、散善は三福・九品の諸善なり。これみな浄土方便の要門なり、これを仮門ともいう。この要門・仮門よりもろもろの衆生を勧めこしらえて、本願一乗・円融無碍・真実功徳大宝海に教えすすめ入れたまうが故に、よろずの自力の善業をば「方便の門」と申すなり。(一念多念証文)


もろもろの衆生とは、十方衆生のこと。ここに含まれない人はいない。
18願の世界に出るのに、すべての人が19願を通ることになると親鸞聖人は仰っているのですよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時38分

自力修行するのが聖道門ですよね。その聖道門のものが何で18願の教えにあう因縁だの善知識に遇う因縁などと主張するのですかねえ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時40分

新会員のみなさんへ。

検索キーワード 【豊田商事と宗教】

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時44分

>自力修行するのが聖道門ですよね。その聖道門のものが何で18願の教えにあう因縁だの善知識に遇う因縁などと主張するのですかねえ。

浄土十疑論って、浄土に対する10の疑問を書いた本。
観経の解釈について聖道門でも流行ったって会長から聞いたけど、聞いてないの?
しっかり聴聞していないから、お粗末なことを書くのよwwwwww

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時49分

要門釈については
http://blog.livedoor.jp/sutybi/archives/515409.html
ここでも読んでおいたらいいんじゃない。
ミクシィでの三願転入の法論で、高森大善知識様が大惨敗した内容だからさwwwww

投稿: | 2016年5月22日 (日) 18時51分

>半満・権実の法門(聖道門)の修行に行き詰まった人を導くのが19願

つまり、聖道門の人のために建てられたのが弥陀の19願。
聖道門かいなければ、弥陀は19願を建てられなかった。

実際は、約2600年前、地球上で釈迦の教え(先生の弥陀の19願の御心を明らかにするための教え)を聞いて、聖道門の人が現れた。

聖道門の人より、19願が先に建てられていた。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時08分

法蔵菩薩は聖道門の御修行により48の願を建てられたのですがwwwww

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時11分

>法蔵菩薩は聖道門の御修行により48の願を建てられたのですがwwwww

行き詰まった『人』じゃないでしょう・・・

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時21分

地球上だけで考える愚かさ

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時30分

半満・権実の法門(聖道門)が釈迦の教えだから、地球上ですよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時32分

法蔵菩薩は王でしたが。
聖道門でさとりをえられなかった人が当時からずっとたくさんいたから、新たに浄土の救いを設けられた。

アホ過ぎ

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時34分

観経の前に、19願が建てらた。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時37分

>そもそも退会者には信心決定の一念の体験があるとは思えない。ハッキリした宿善開発の体験があるとは思えない。酷い汚いコメントばかり。
三世も知らず、自己も知らず。

興味深いコメントです。そもそも、という先入観です。そこで思考がストップして結論が出ています。体験があると思えない、という憶測だけが頼りです。他人の信仰を認められないのは自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心、自力です。その自力をよしとして、生きていくとすれば一生自力に気づかないかもしれません。難しい問題です。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時45分

当時っていつだよ?

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時48分

法蔵菩薩が王だった当時

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時53分

法蔵菩薩は、聖道門しかなかったところに浄土門を新たに設けられた。

釈尊は、聖道門を説かれた後に、浄土門を説かれた。

詭弁はそこまで。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時57分

『他人の信仰を認められないのは自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心、』
と言っている人が、
『自力です。』
と言って他人の信仰を決めつけている。

どちらが自力か。
自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心はあなたではないでしょうか?

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時57分

読めば読むほど親鸞会の教学とやらは、ヘンテコで捻じ曲がっているんだね。
高森親鸞会は浄土真宗を捻じ曲げた大きな罪がある。異安心をでっち上げた罪は大きいね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 19時59分

『他人の信仰を認められないのは自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心、』

と言っている人が、

『自力です。』

と他人の信仰を決めつけている。

どちらが自力か。
自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心はあなたではないでしょうか。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時00分

>法蔵菩薩は、聖道門しかなかったところに浄土門を新たに設けられた。

根拠を出してください。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時06分

>自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心はあなたではないでしょうか?

私の心ほどあてにならないものはありません。阿弥陀様から頂いた信心は崩れようがありません。だから崩れる恐怖心はありません。阿弥陀様にお任せで、あれこれ計らう必要がありません。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時06分

>法蔵菩薩は、聖道門しかなかったところに浄土門を新たに設けられた。

釈尊は、聖道門を説かれた後に、浄土門を説かれた。


釈尊が聖道門を説かれた目的は?
釈尊が聖道門を説かれる前から19願はありましけどね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時14分

>『他人の信仰を認められないのは自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心、』
と言っている人が、
『自力です。』
と他人の信仰を決めつけている。
どちらが自力か。
自己の信仰が崩れてしまうかもしれない恐怖心はあなたではないでしょうか。

あなたは退会者をすべて把握していないにもかかわらず、退会者というくくりで、先入観のみで根拠もなくすべての退会者の信心を判定しました。親鸞会にいないと信心は獲られないという誤りです。信心を獲た人はしません。こちらはあなたのコメントを元にコメントしました。
親鸞会にいれば大丈夫というのは捨てたほうがよいです。そんな考えは邪魔になるだけです。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時21分

根拠を出して下さい ワロタ

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時26分

〉親鸞会にいれば大丈夫というのは捨てたほうがよいです。そんな考えは邪魔になるだけです。

本当にその通りですよね。
親鸞会にいれば、いつかなんとかなる、程度のお粗末。
生涯分からないんだろうけど、分かる縁が来て親鸞会の間違いに気付いたら、
あまりに恥ずかしくて、どうするんだろ?と思いますよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時29分

そのときに、次に仏ましましき。世自在王如来・応供・等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づけたてまつる。 時に国王ありき。仏(世自在王仏)の説法を聞きて、心に悦予を懐く。すなはち無上正真道の意を発す。国を棄て王を捐てて、行じて沙門となる。号して法蔵といふ。(大経)


時の国王が世自在王仏の説法を聞いて出家され聖道門の修行をされて法蔵菩薩となられた。


大経くらい読めよ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時30分

>釈尊が聖道門を説かれた目的は?

聖道門でさとりをえる人がいたから。
菩薩がたくさん釈尊の教えを聞かれていましたけど。

>釈尊が聖道門を説かれる前から19願はありましけどね。

釈尊が聖道門を説かれる前から聖道門はありましけどね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時33分

>あなたは退会者をすべて把握していないにもかかわらず、退会者というくくりで、先入観のみで根拠もなくすべての退会者の信心を判定しました。親鸞会にいないと信心は獲られないという誤りです。信心を獲た人はしません。こちらはあなたのコメントを元にコメントしました。
親鸞会にいれば大丈夫というのは捨てたほうがよいです。そんな考えは邪魔になるだけです。


退会者の方々も、高森先生はや会員というくくりで、先入観のみで根拠もなくすべての会員の信心を判定いますが。コメント欄を見直してください。
19願は自分には不要、宿善は過去の善根ではない等、善知識方の教えを聞き誤っていますから、お聖教を読み直して下さい。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時38分

順番

聖道門→19願→地球上釈尊の聖道門→観経


どこでも聖道門が先にあった。

19願の後に聖道門ができたという根拠は?

根拠ですよ、あなたの理屈じゃないですよ。

なければおわり。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時40分

>19願は自分には不要、宿善は過去の善根ではない等、善知識方の教えを聞き誤っていますから、お聖教を読み直して下さい。

お聖教には、19願は自分には不要、宿善(=過去の善根)は不要としか書いてませんが。

根拠を出してください。

悪人に19願が必要、過去の善根がなかったら救われることがありえないという根拠ね。

根拠は、あなたの理屈ではない。

根拠がなければ終了

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時43分

飛雲さん=タコ入道さんとは、法論しない方がよい。

彼の法義は、お名前のとおり飛躍していると思います。また、攻撃性が強く排他的で慈悲心が感ぜられません。自己主張を通したいだけの法論に真実の香りはしないものです。

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時52分

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここを以て、釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して群生海(すべての人)を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海(すべての人)を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)


「半満・権実の法門(聖道門)の修行に行き詰まった人を導くのが19願」
という退会者の主張について、先ほどから議論されている「(聖道門)の修行に行き詰まった人」というのは、
九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門(聖道門)に入った濁世の群萌、穢悪の含識のことですが。

そこに、法蔵菩薩が王の時を持ち出し、
「聖道門でさとりをえられなかった人が当時からずっとたくさんいたから、新たに浄土の救いを設けられた。」
と地球以外の話にすり替えている。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時55分

そうそう、親鸞会に法論なんてできないからやめたほうがいいよ。
高森会長だって、大惨敗し逃亡し、大恥かいて、退会者がいっぱい出たんだからね。

嘘だと思うなら、高森会長をここへ連れてきて法論してみればわかりますよ。

絶対に法論はしないからね。負けることがわかって法論することは高森会長にはないからさ。

講師部員でもいいから法論をけしかけてみて。皆逃げ出すから。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時56分

>退会者の方々も、高森先生はや会員というくくりで、先入観のみで根拠もなくすべての会員の信心を判定いますが。

先ほどのコメントの方に対してコメントをしたのであってすべての現役会員の信心は知りません。ただ先ほどのコメントの方には親鸞会にいれば大丈夫と思っているのならそれは自力なので邪魔になるだけと申し上げただけです。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時57分

>九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門(聖道門)に入った濁世の群萌、穢悪の含識のことですが。

地球上において聖道門の修行に行き詰まったものがいる。だから釈尊は観経を説かれた。観経を説かれたのは19願が元になっている。

何が問題なの?

19願の前に聖道門の教えはあったから、法蔵菩薩は聖道門に行き詰まった人を見て哀れに思われて19願を建てられた。

何が問題なの?


19願の後に聖道門ができたという根拠はなかったということで、終了です。


負け犬の遠吠えに励んでくださいね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時02分

>飛雲さん=タコ入道さんとは、法論しない方がよい。


愚痴っぽく聞こえますが、そのとおり、最初からあなたがたが来るところではありません。そのことに気づいたら、二度と来ないでください。会にお持ちかえり頂いて是非真実を明らかにしてください。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時04分

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して群生海(すべての人)を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海(すべての人)を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

群生海(すべての人)、普く諸有海(すべての人)と重ねて親鸞聖人が仰られているのに、ここに自分は入らないというようにしかお聖教を解釈できない退会者。
哀れである。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時04分

会にお持ちかえり頂いて是非真実を明らかにしてください。
--------------------------------------------------------------

私は浄土真宗本願寺派です。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時09分

群生海(すべての人)、普く諸有海(すべての人)と重ねて親鸞聖人が仰られている意味が、「定散諸機」だと解説なされてますがね。
逆悪の機がここの群生海(すべての人)、普く諸有海(すべての人)に入ってないんですよ。

「臨終現前の願により
 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらはして
 定散諸機をすすめけり」(浄土和讃)

じゃあね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時12分

ちなみに

一切の群生海(=すべての人)
一切の諸有海(=すべての人)

なので、ここでは

群生海(=定散諸機)
諸有海(=定散諸機)

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時17分

逆悪の機がここの群生海(すべての人)、普く諸有海(すべての人)に入ってないんですよ。
-----------------------------------------------------------------

とんでもない間違いです。

逆悪に入らぬ者はありません。

すべての人は逆悪の機、逆悪の衆生であります。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時20分

群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して定散諸機を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して定散諸機を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるはずですが。

定散諸機は19願の行者のことであり、定散諸機(19願を実行している人)のために善を説かれるはずはない。

つまり、あなた方を定散諸機に育て上げるために釈迦は観経を説かれた。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時27分

>すべての人は逆悪の機、逆悪の衆生であります

やっぱり逆悪の機は19願に関係ないんだ。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時28分

逆悪の機は、

世俗仏法の二種の善根あることなし

だから、定散の機には金輪際なれないんだな。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時30分

>19願の前に聖道門の教えはあったから、法蔵菩薩は聖道門に行き詰まった人を見て哀れに思われて19願を建てられた。

何が問題なの?


これも根拠がないね。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時32分

親鸞会の邪義なんてここで木っ端微塵にされているから読んでみたほうがいいよ。

浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?
http://sinrankaix.exblog.jp/

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時35分

>私は浄土真宗本願寺派です。

お願いしていないのに本願寺派と言われるので、一度聴かせて頂きます。。ご門主と高森会長、どちらを尊敬しますか。どちらか言えないときは濁してもいいですよ。

それと親鸞会は過去本願寺に座り込みをしました。あなたはどちらを支持しますか。どちらか言えないときは濁してもいいですよ。

どうしても本願寺派と身分を主張されたいならお名前を書かれる選択肢もあります。あまり意味のある主張でないのなら別に書かれる必要はありませんが。
あなたの言う、本願寺派、とは個人で本願寺のファンと言っているだけでではないですか。私、AKBより、SKE派なのでわかります。その気持ち。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時41分

根拠なんていくらでも出せるよ。

『平等覚経』18願(『大経』19願)

我作佛時。【諸佛國人民有作菩薩道者】。
常念我淨潔心。壽終時我與不可計比丘衆。
飛行迎之共在前立。即還生我國作阿惟越。
不爾者我不作佛


『大阿弥陀経』7願(『大経』19願)

使某作佛時。令【八方上下。無央數佛國。
諸天人民。若善男子善女人。有作菩薩道。】
奉行六波羅蜜經。若作沙門不毀經戒。
斷愛欲齋戒清淨。一心念欲生我國。
晝夜不斷絶。若其人壽欲終時。
我即與諸菩薩阿羅漢。共飛行迎之。
即來生我國。則作阿惟越致菩薩。智慧勇猛。
得是願乃作佛。不得是願終不作佛

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時42分

以下のとおり終了です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

>19願は自分には不要、宿善は過去の善根ではない等、善知識方の教えを聞き誤っていますから、お聖教を読み直して下さい。

お聖教には、19願は自分には不要、宿善(=過去の善根)は不要としか書いてませんが。

根拠を出してください。

悪人に19願が必要、過去の善根がなかったら救われることがありえないという根拠ね。

根拠は、あなたの理屈ではない。

根拠がなければ終了

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時43分

投稿: | 2016年5月22日 (日) 21時43分

>お聖教には、19願は自分には不要、宿善(=過去の善根)は不要としか書いてませんが。
>悪人に19願が必要、過去の善根がなかったら救われることがありえないという根拠ね。

根拠を出してください。


群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して定散諸機を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して定散諸機を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるはずですが。

定散諸機は19願の行者のことであり、定散諸機(19願を実行している人)のために善を説かれるはずはない。

つまり、すべての人を定散諸機に育て上げるために釈迦は観経を説かれた。

19願は18願に出るのに必要不可欠なステップですからね。

悪人(救われた人)に19願が必要な訳はありませんし、
過去の善根(宿因と宿縁)がなかったら救われることがありえない。
過去世の善根は、宿因と宿縁に分けられる。
宿因とは、過去にやった諸善万行をいい、宿縁は、阿弥陀仏のご念力で結ばさせられた仏縁をいう。これは真宗の常識。
「覚如上人は、宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離された」というのは、お聖教のいい加減な解釈であり、
宿因(過去にやった諸善万行)と宿縁(阿弥陀仏のご念力で結ばさせられた仏縁)によって善知識に遇えた。
これを宿善と仰っているだけ。

されば弥陀に帰命すというも信心獲得すというも宿善にあらずということなし(御文章)

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時01分

根拠は、あなたの理屈ではない。

根拠がなければ終了

投稿: | 2016年5月22日 (日) 20時43分

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時05分

お願いしていないのに本願寺派と言われるので、一度聴かせて頂きます。。ご門主と高森会長、どちらを尊敬しますか。どちらか言えないときは濁してもいいですよ。

それと親鸞会は過去本願寺に座り込みをしました。あなたはどちらを支持しますか。どちらか言えないときは濁してもいいですよ。
-------------------------------------------------------------

いずれも、尊敬しております。
しかし、私は高森先生のご著書とご法座にあわせていただいて以来、高森顕徹先生善知識と仰がせていただいております。

あの時代はいずこも、そういう時代でした。
また、私はその時代には生まれていません。
昔は浄土真宗も活発盛んであったことを感じ、一抹のさみしさを感じます。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時07分

自分は浄土門だから修善は不必要だと自惚れているオタク。
他力に入れなければ、自力で生きている聖道門から離れられない聖道門の人じゃん。聖道門のおぬしの為に19願があるのじゃよ。
自分は浄土門だから関係ないと思っている聖道門の人、己をわきまえよ。
他力の浄土門に入った人からみれば、そなたが次々と出すお聖教の根拠のとおりだよ。聖道門の衆生の分際で浄土門に入ったつもりでいくら力んでもダメです。夢の中で助かった救われたと叫び通しても夢は夢で現実ではありません。
自分は聖道門しか知らない衆生だと目覚めねば全て夢物語でしかありません。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時28分

>いずれも、尊敬しております。
しかし、私は高森先生のご著書とご法座にあわせていただいて以来、高森顕徹先生善知識と仰がせていただいております。


親鸞会に善のススメはあっても、本願寺に善のススメはない、と真っ向こうから主張が違うので、本願寺は速やかに沈めなければならないと高森会長は言っていました。その本願寺の門主をも尊敬するあなたは高森会長の発言を無視しています。
その上、本願寺派と言われる。あなた、信心よりも、まず頭大丈夫ですか?

いずれにせよ話を濁したことはよくわかりました。お疲れ様でした。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時39分

その上、本願寺派と言われる。あなた、信心よりも、まず頭大丈夫ですか?
----------------------------------------------------------

本派であれお東であれ、いろいろの人がいるのですよ?あなたにはわからないかも知れませんが。

とにかく飛雲氏=タコ入道氏、あなたのコメントは言葉が稚拙であり、聞く耳を持てない上、しかも、教義自体が誤っています。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時50分

最近荒らしがひどいですね。
親鸞会邪義の誤りに気づく人が増えて相当焦っているようです。

「40年や50年求めて求まるものではない。」
「人生の目的ではなく多生永劫の目的。」
「達成できなくても求める身になっただけで幸せ。」
どれも高森会長の汚言葉です。

「親鸞会員にさせて頂いたから安心」という安楽椅子を壊されるのが心底気味が悪いのは理解できますが、一生親鸞会に居れば地獄の種蒔きだけで生涯が終わります。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時52分

>自分は浄土門だから修善は不必要だと自惚れているオタク。
他力に入れなければ、自力で生きている聖道門から離れられない聖道門の人じゃん。聖道門のおぬしの為に19願があるのじゃよ。
自分は浄土門だから関係ないと思っている聖道門の人、己をわきまえよ。
他力の浄土門に入った人からみれば、そなたが次々と出すお聖教の根拠のとおりだよ。聖道門の衆生の分際で浄土門に入ったつもりでいくら力んでもダメです。夢の中で助かった救われたと叫び通しても夢は夢で現実ではありません。
自分は聖道門しか知らない衆生だと目覚めねば全て夢物語でしかありません


興味深く読ませて頂きました。言語明瞭、意味不明瞭、夢物語的なコメント有難うございました。

ちなみに高森会長は以前、三重廃立の説法で、「みなさんは、聖道門を捨てて浄土門の教えを聞いているので浄土門の人です。聖浄廃立は終わっています。」と言われていました。全く会長と考えが違いますね。そうか会長が間違ってましたか。オタクもおぬし、も、そなた、もびっくりです。

投稿: | 2016年5月22日 (日) 22時55分

> いずれも、尊敬しております。
> しかし、私は高森先生のご著書とご法座にあわせていただいて以
> 来、高森顕徹先生善知識と仰がせていただいております。

ご門主は信心はないが人間性や伝統の部分は尊敬できる。
高森会長は数百年に一度の善知識として尊崇している。
という意味でしょう。
本願寺派の人も高森を尊崇せずにはいられないという演出をしたい訳です。「御縁の浅い人」向けにね。

エントリーのタイトルにもあるように本願寺派は親鸞会を異安心として否定しており、親鸞会は本願寺派を無安心として否定しています。
しかしながら本願寺派は親鸞会のような言論統制はしない団体なので多少のことは大目に見るのです。

実態は100%親鸞会の人(常に親鸞会教義に則った主張しかしない)なのに正直にそれを言えない所に親鸞会の苦悩があるのです。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 00時29分

ご門主は信心はないが人間性や伝統の部分は尊敬できる。
高森会長は数百年に一度の善知識として尊崇している。
という意味でしょう。
本願寺派の人も高森を尊崇せずにはいられないという演出をしたい訳です。「御縁の浅い人」向けにね。

エントリーのタイトルにもあるように本願寺派は親鸞会を異安心として否定しており、親鸞会は本願寺派を無安心として否定しています。
しかしながら本願寺派は親鸞会のような言論統制はしない団体なので多少のことは大目に見るのです。

実態は100%親鸞会の人(常に親鸞会教義に則った主張しかしない)なのに正直にそれを言えない所に親鸞会の苦悩があるのです。
---------------------------------------------------------------

違います。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 00時48分

三重廃立の真仮廃立の部分が色々と難しい善知識方のお聖教に書いてある聖道門の者と19願との関係の解説になります。禅宗の者が浄土真宗に改めたといった単純な解釈ではありません。浄土真宗でも他力の信心を獲なければ、心は自力の聖道門です。仮の自力の心を捨てて他力の真を立てなければなりません。
同じ三重廃立の聴聞でも聞き方によって大分違ってきます。浅い人は単純に浄土真宗に改宗したから聖淨廃立は終了と聞くでしょう。深く聞けば、形ではなく心の問題になるのです。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 05時53分

と根拠なく、訳のわからない珍理論だけで誤魔化せると思うカルト思考

投稿: | 2016年5月23日 (月) 06時54分

>同じ三重廃立の聴聞でも聞き方によって大分違ってきます。浅い人は単純に浄土真宗に改宗したから聖淨廃立は終了と聞くでしょう。深く聞けば、形ではなく心の問題になるのです。


知識の話をそのまま聞くのが聴聞です。高森会長は、この会場にいる人は浄土真宗の話を聴きに来たので、浄土門と言っていました。このことに浅いも深いもありません。知識の話をそのまま聞くのが聴聞です。知識の話に自分の聞き方(解釈)を加えて深く(自己流に)理解するのがよいのだと仰るならば話は別ですが。浄土真宗は0点か100点です。浅い深いというと間があると勘違いを生むでしょう。浅い深いといっても信心がなければ0点です。0点に浅い深いはありません。話をそのまま聞けたかどうかの問題です。いくら何十年そのまま聞いても、どうにもならないのなら、その話をしている人は善知識ではないでしょう。多くの退会者はそのことを理解しています。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 07時12分

そもそも法蔵菩薩や釈迦の時代には浄土真宗なる宗派はなかったのですよ。
単純に、聖道門は自力の世界、浄土門は他力の世界になるよね。
自力しか知らない聖道門には19願の方便、仮門が必要な訳ですよ。
それを必要ないなどと闡提な事ばかり言ってるからダメなんですよ。
親鸞会も退会者も本願寺も関係なくそう言ってるのです。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 07時17分

>>いくら何十年そのまま聞いても、どうにもならないのなら、その話をしている人は善知識ではないでしょう
同じ話を何度も繰り返し聞いて頭で分かっただけなら誰も苦労して聴聞などしません。自分の聞かない心、聞き方、法鏡に映る姿が新鮮なので、や、他力の力があるから聴聞できるのであります。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 07時24分

>自力しか知らない聖道門には19願の方便、仮門が必要な訳ですよ。

その通りですよ。
親鸞聖人がそう仰っているのですからね。

だから、19願は聖道門の人には必要な方便だと退会者も本願寺も言っています。

親鸞会は全人類に19願が必要だと言っているから間違っているのですがね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 07時26分

>自分の聞かない心、聞き方、法鏡に映る姿が新鮮なので、や、他力の力があるから聴聞できるのであります。


大丈夫ですか?

投稿: | 2016年5月23日 (月) 07時49分

高森親鸞会、逃げてないで法論したらいいと思います。

別に難しい要求でないでしょう。
親鸞会にとっては外部の人がどうして強気なのか分からないんだろうけ
ど、なにも難しい言葉を使わなくても無信心相手なら軽く法論で勝てるからだよ。
そして高森親鸞会が無信心だからだよ。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 11時38分

ほとんどの人が自力しか知らない聖道門の人だから19願の本願、仮門が必要って事でしょう。自力の人という事も分からないのでしょう。それをハッキリと言っただけでしょう。曖昧な言い方だと自分は浄土門だから関係ないと聞き誤る人が沢山出てしまうからでしょう。その方が楽で聴きやすいからね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 13時18分

と根拠のない妄想を毎度毎度言って誤魔化そうとする哀れな会員。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 13時25分

一切衆生必堕無間も一切経の根拠がないみたいですね。ハッキリ言わないとひょっとしたらと真実を求めなくなります。崖っぷちに追いやられても驚かないのが本性ですから。いくら地獄だぞと脅されても少しも驚かない闡提の心しか持ってませんから、頭だけでも必堕無間を自覚せよという事ですか。
それを邪見な見方をすれば、人集め金集めの為の脅しだという事になります。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 13時27分

親鸞会で一生懸命に求めてた人も必堕無間かよと疑問が出てきます。
本当は臨終来現で仮土往生だという事もタコの主張で良く分かりましたが、それだと19願の仮土往生でいいやと方便に留まって、真実の18願を求めなくなる輩が必ず現れるでしょう。もっと闡提な人は18願だけ信じていればいいんだよと緒善もしなくなってしまう人も現れます。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 13時38分

群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して定散諸機を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して定散諸機を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるはず。

つまり、19願の相手はすべての人だと解釈するのが普通。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 14時53分

もし群生海と普く諸有海がすべての人なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して一切の群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く一切の諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるはず。

つまり、19願の相手は定散諸機だと解釈するのが普通。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 14時57分

>もし群生海と普く諸有海がすべての人なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して一切の群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く一切の諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるはず。

>つまり、19願の相手は定散諸機だと解釈するのが普通。


定散諸機(定善と散善を実行する諸機)のために、
定善と散善が説かれた。
間違いです。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時11分

>定散諸機(定善と散善を実行する諸機)のために、
>定善と散善が説かれた。

この通りです。
観経を読んでみな。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時12分

善の勧めを否定するのは仏教徒ではない。

蓮如上人時代に吉崎御坊の建立や山科本願寺の建立にお布施した人を否定することになる。

善が救いの妨げになるなら、蓮如上人時代に吉崎御坊の建立や山科本願寺の建立にお布施する人は誰も居なかった。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時23分

>定散諸機(定善と散善を実行する諸機)のために、
>定善と散善が説かれた。

>この通りです。
>観経を読んでみな。


観経の正客は??

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時27分

と根拠もなく自己主張をする毎度毎度のパターン。

>蓮如上人時代に吉崎御坊の建立や山科本願寺の建立にお布施した人を否定することになる。

何を頓珍漢なことを。
蓮如上人は往生と絡めて献金の要請をされたことはありません。
あくまで援助と言う形ですよ。
現代でも、我が町のために寄付する、という人はいますし、災害に遭われた方に援助する人はたくさんいます。その人が、往生のためにこれをしなさい、と教えられることはありませんよ。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時29分

>観経の正客は??

定善は、定善の機
散善は、散善の機
念仏は、逆悪の機

に対して説かれたというのが、聖道門、浄土門共通の解釈。

聖道門と浄土門との解釈の違いは

逆悪の機も、過去世に善をしてきたという聖道門に対して、
逆悪の機は、過去世・現在世・未来世に亘って善のできないする気のない者という浄土門の解釈。

聖道門の考え方を鵜呑みにした高森会長が浄土真宗なわけないでしょ。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時33分

再掲


>宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、宿善開発(信心獲得)はありえないことが前提で、
>歴代の善知識方は御教導下さっているのですが。

そんな前提はあり得ません(笑)

ではまず善導大師はこう仰っています。

諸師のいふ、「これらの人はすなはちこれ大乗始学の凡夫なり。 過の軽重に随ひて分ちて三品となす。 いまだ道位にあらず。 階降を弁ちがたし」とは、まさに謂ふにしからず。 なんとなれば、この三品の人、仏法・世俗の二種の善根あることなし。 ただ悪を作ることを知るのみ。(観経疏)

下輩の者が救われることについて、
聖道門での見解は、
「下輩の者でも過去世に善をしてきたものだ」
とあったのを善導大師が
「仏法・世俗の二種の善根あることなし」
と、過去世・現在世そして未来に渡って善根あることなしの無善の者が救われることを示されたので、親鸞聖人は
「善導独明仏正意」
と褒め称えられた訳ですよ。

知らなかったでしょ。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時35分

>何を頓珍漢なことを。
蓮如上人は往生と絡めて献金の要請をされたことはありません。
あくまで援助と言う形ですよ。
現代でも、我が町のために寄付する、という人はいますし、災害に遭われた方に援助する人はたくさんいます。その人が、往生のためにこれをしなさい、と教えられることはありませんよ。


往生じゃなくて、獲信ね。獲信と善は関係あると何度も言ってきた。
宿善の定義を勉強してください。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時39分

>往生じゃなくて、獲信ね。獲信と善は関係あると何度も言ってきた。

根拠がなく言っただけね。

>宿善の定義を勉強してください。

何度も教えましたが。

再掲

1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

覚如上人・蓮如上人が聖道門の考えを踏襲されたのは
(宿善=善知識にあう因縁)

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時48分

>「仏法・世俗の二種の善根あることなし」
と、過去世・現在世そして未来に渡って善根あることなしの無善の者が救われる

過去世(救われる前)も無かった?
『疑心有ること無し』
疑心は過去世から無かった?

投稿: | 2016年5月23日 (月) 15時54分

自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなし(機の深信)

出離の縁は過去にはあった?
現在にもある?
未来にもある?


高森大善知識様は

「あることなし」を無限の過去から未来永劫金輪際あるということがない

と常々御教導されているのを知らんのか?

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時02分

善のススメは机上の空論じゃないかな。会員で日頃の活動の反省しているのは目標達成に向けての数だけで、行った善の質が問われることは一切なかったし。雑毒しかできない我が身だとか反省しているのを聞いたことがない。問われたこともなかった。なぜ質を反省しないのだろうかといつも思ってました。教えとやってることがつながらない。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時03分

(宿善=善知識にあう因縁=宿因と宿縁)

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時13分

(宿善=善知識にあう因縁=宿因と宿縁)≠過去世・現在世の善根

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時20分

>覚如上人は、宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離されました。それが『唯信鈔』に倣って仰った『口伝鈔』の、

機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。
(中略)
宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。

過去世の善根という意味と切り離されていません。
「ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。」
上記の解釈は、
「ただし、今生で善に向かっているか、悪に向かっているかどうかは過去の因まかせで、往生の大益は阿弥陀仏のお力にまかせで、かつての宿善の有無を気にして、往生できるかどうかを決めてならない。

ということです。

つまり、
「(信心獲得したならば)、生まれた時の宿善の有る無しは関係なく、
阿弥陀仏のお力で無条件に往生できる」
と仰ったということです。

そのお言葉が以下の、

「機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。」

宿善(宿因と宿縁)=過去の善根→善知識に遇う→信心獲得する→往生一定

信心獲得kに宿善は関係ないとはどこにも書いていません。
まして、、過去世の善根という意味とは切り離されたとはどこにも書いていません。
あくまで、かつての宿善の有無と(信心獲得して)往生できるかどうかは関係ないと覚如上人が仰ったお言葉です。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時54分

>信心獲得kに宿善は関係ないとはどこにも書いていません。

信心獲得に宿善は関係あるとはどこにも書いていません。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時57分

>信心獲得に宿善は関係あるとはどこにも書いていません。

されば弥陀に帰命すというも信心獲得すというも宿善にあらずということなし(御文章)

投稿: | 2016年5月23日 (月) 16時59分

(宿善=善知識にあう因縁=宿因と宿縁)≠過去世・現在世の善根

この根拠は源信僧都のお言葉

「生死の因縁は不可思議なり。薄徳のものの、聞くことを得るも、その縁知りがたし。」

「上人のなかにもまた聞くこと難きものあり、凡愚のなかにもまた聞くものあり。」

この通りで、

上人(過去世の善根の厚い人)のなかにもまた聞くこと難きものあり、
薄徳のもの・凡愚(過去世の善根の薄い人あるいはない人)のなかにもまた聞くものあり


実例

弥勒菩薩、達磨大師は過去世の善根が厚いけど聞くこと難し
耳四郎は過去世の善根が薄いけど聞くことができた

弥勒菩薩は大経を聞いていても未だに獲信できない。
過去世の善根と獲信とは無関係の実例

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時03分

>されば弥陀に帰命すというも信心獲得すというも宿善にあらずということなし(御文章)

再掲

1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根


つまり

されば弥陀に帰命すというも信心獲得すというも宿善(善知識にあう因縁)にあらずということなし

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時04分

宿因(過去にやった諸善万行)
宿縁(阿弥陀仏のご念力で結ばされた仏縁)

真宗の常識

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時06分

蓮如上人 無宿善の機には話をしてはいけない

高森会長 無宿善の機には話をしなければならない


※蓮如上人の宿善≠過去世(現在世を含む)の善根
高森会長の宿善=過去世(現在世を含む)の善根

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時08分

宿因(過去にやった諸善万行)
宿縁(阿弥陀仏のご念力で結ばされた仏縁)

高森教の常識

真宗のお聖教に根拠なしの妄想

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時09分

真宗の常識 親鸞聖人の教えに善の勧めはない

親鸞会だけが真宗の常識を破って「親鸞聖人の教えに善の勧めがある」と主張しているんじゃなかったの?

それとも真宗の常識が正しいことでOK。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時13分

蓮如上人 無宿善の機には話をしてはいけない

高森会長 無宿善の機には話をしなければならない


この通りだから、結論は2通り。

1.高森会長は、悪知識。
2.蓮如上人の宿善と高森会長の宿善の定義が違う。

どちらですか?
答えてね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 17時46分

宿善が開発するとはどういう事ですか?
渋柿が熟してぽたりと落ちる時があると聞きました。
まことに宿善まかせといわれ、これほど大事な問題はないと言われます。
その定義でかなり揉めてる様ですが、根本が違えば全て違ってしまいます。
善のすすめがあるかないかと初歩的な問題ですね。
会員はあるのが当然で、辞めた人は感情的に否定しますわな。
宿善が厚くならないのならどうすれば求道になるのかな?
求道などする必要がないという主張になり、それに見合う根拠を探す事になるわな。凡夫の都合でお聖教を勝手に都合よく解釈するのは良くない事ですね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時11分

>>宿善(宿因と宿縁)=過去の善根→善知識に遇う→信心獲得する→往生一定

これが一番分かり易いんじゃない。
ただし、宿善が間に合って獲信するのは間違い。
助かる縁手掛かりが一つも無しと知らされて、自力一杯にもがき苦しみ堕ちる寸前が宿善開発という事でいいのではないですか?
あまり難しく考えると混乱しますよ。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時19分

今年も大量脱会

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時26分

凡夫の智慧で分かりやすいことは、大抵間違いですよ。

判断基準は、善知識方のお言葉のみです。
自己の考えを優先させると、親鸞会と一緒。

1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時29分

どれくらい聞けば宿善開発するのかについては個人差があるという事を計り知れない不可思議な事であり、善根が厚くても救われない人もいるし、薄くても救われる人もいる。この違いは何なんだと言った人に往生の大益は弥陀に任せて宿善の厚薄がどうのと計るのではないぞといった御文だと思います。
よって宿善は往生には関係ないなどと言った御文ではありませんね。
宿善開発するまで求道せよという事になりますね。
ならば、蓮如上人と高森先生の宿善については同じだという事になります。
会員でも退会者でも本願寺でもなく公平に見ればそうなります。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時32分

過去世の善根と獲信とは無関係だと、これだけ根拠挙げて繰り返しコメント書かれているのに、読んでるの?
読めないの?
善知識のお言葉に反抗するの?

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時36分

何度も何度も出してる判断基準の決めつけ方がおかしいよ。
自己の考えや感情を優先させるとこういう事になっちゃうね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時38分

>よって宿善は往生には関係ないなどと言った御文ではありませんね。

心配ですね、頭が。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時38分

しかも、自分の考えや感情を正しいと決めつけて、それ以外の意見は聞く耳もたずで一方的に押し通す。このやり方は高森会長の数千倍はひどいと思うけどどうですか?

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時41分

会員の負け惜しみがひどいね。
これが同じって、凄い理屈。


蓮如上人 無宿善の機には話をしてはいけない

高森会長 無宿善の機には話をしなければならない


この通りだから、結論は2通り。

1.高森会長は、悪知識。
2.蓮如上人の宿善と高森会長の宿善の定義が違う。

どちらですか?
答えてね。

2016/05/23 17:46:15

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時44分

誰がみても、親鸞会の屁理屈は明らかだから、相手にしなくてもいいよ。

法論から逃げ回り、相手には根拠出せと要求しながら、自分は出せない卑怯なところは、会長から会員まで一貫してるし。

何か反論があれば、飛雲さんからの法論の申し出をうけてね。

こんなところで、妄想コメント書いてないで。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時49分

我が強く真実聞く耳が全く無く、五逆法謗闡提の心が分からずに本願と合致しない唯除の機なのに自分は救われて当たり前だと思っている。そんなそなたの後生が心配です。頭が良すぎて仇となる奴。そなたは世智弁聰の難ですな。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時51分

>>蓮如上人 無宿善の機には話をしてはいけない

まずはこの決めつけになった根拠は何ですか?御文章だと思いますがどこにそう書いてあるのか分かりません。ごめんね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 20時57分

親鸞会の邪義が一通り網羅されています。
法論で完敗した証拠の一例です。
皆さん、じっくり読んで、高森大善知識様に法論をするように嘆願しましょう。

浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?
http://sinrankaix.exblog.jp/

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時00分

高森大善知識様の大惨敗したミクシィでの三願転入の法論の内容はここで読めます。

高森大善知識様の貴重な最後の法論の記録です。

親鸞会法論惨敗の記録~飛雲より
http://shinrankaiuso.hatenablog.com/


破邪顕正せざるものは仏弟子にあらずですよ、
次期会長に法論を進言しましょう。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時03分

親鸞会を擁護する立場で書いてる訳ではありません。誤解しないでね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時04分

法論惨敗の記録はこんなところにもあるから見てね。


親鸞会法論惨敗の記録2~飛雲より
http://shinrankaiuso.at.webry.info/

親鸞会法論惨敗の記録3~飛雲より
http://shinrankaiuso.jugem.jp/

親鸞会の邪義を正す
http://blog.livedoor.jp/sutybi/

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時06分

宿善についてはここが一番詳しいですね。

親鸞会邪義「宿善と聴聞と善のすすめ」--飛雲より
親鸞会発行『顕真』に連載された「宿善と聴聞と善のすすめ」の嘘を暴く
http://shinrankaishukuzen.seesaa.net/

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時08分

>我が強く真実聞く耳が全く無く、五逆法謗闡提の心が分からずに本願と合致しない唯除の機なのに自分は救われて当たり前だと思っている。そんなそなたの後生が心配です。頭が良すぎて仇となる奴。そなたは世智弁聰の難ですな。


ものすごい自己洞察力ですね。立派な求道者の鏡です。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時09分

これが仏智で知らされた真実の自己の姿です。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 21時31分

>頭が良すぎて仇となる奴。そなたは世智弁聰の難ですな。

>これが仏智で知らされた真実の自己の姿です。


ものすごい自己洞察力ですね。世智弁聰の難ですか。ご自身で語られるには相当の覚悟がいりますね。

投稿: | 2016年5月23日 (月) 22時56分

>過去世の善根と獲信とは無関係だと、これだけ根拠挙げて繰り返しコメント書かれているのに、読んでるの?
読めないの?
善知識のお言葉に反抗するの?

されば弥陀に帰命すというも信心獲得すというも宿善にあらずということなし(御文章)

>覚如上人は、宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離されました。それが『唯信鈔』に倣って仰った『口伝鈔』の、

機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。
(中略)
宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。

過去世の善根という意味と切り離されていません。
「ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。」
上記の解釈は、
「ただし、今生で善に向かっているか、悪に向かっているかどうかは過去の因まかせで、往生の大益は阿弥陀仏のお力にまかせて、かつての宿善の有無を気にして、往生できるかできないかを決めてならない。

ということです。

つまり、
「(信心獲得したならば)、生まれた時の宿善の有る無しは関係なく、
阿弥陀仏のお力で無条件で往生できる」
と仰ったということです。

そのお言葉が以下の、

「機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。」

宿善(宿因と宿縁)=過去の善根→善知識に遇う→信心獲得する→往生一定

信心獲得に宿善は関係ないとはどこにも書いていません。
まして、、覚如上人や蓮如上人が宿善を善知識に遇う因縁という意味として定義され、過去世の善根という意味とは切り離されたとはどこにも書いていません。
あくまで、かつての宿善の有無と(信心獲得して)往生できるかどうかは関係ないと覚如上人が仰ったお言葉です。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 00時47分

いつの時代も善知識方には多くの非難中傷があった。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 01時11分

いつの時代も秘事法門があるものです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 05時08分

全くその通りだと思います。
タコは斬られても切られても切られた事すら認めずに善知識の教えを捻じ曲げてでも自分の我を押しとおす。早く仏智により五逆法謗闡提の恐ろしい本性を目の当たりにして自力一杯もがき苦しんで頂きたいです。地獄に堕ちた時、本当に聞即信の一念に救われて本当でしたと懺悔する事ができます。
ド真剣に聴聞しないと宿善は厚くなり開発する事は絶対にありません。頭が良すぎて真実の仏教が聞けないのが残念です。優秀な頭で作った自力の信心では絶対に報土に往生できません。必死で求道してる人は仮土には行けるけど、五逆法謗闡提の者は仮土にもゆけません。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 05時26分

根拠なし。

だから、退会者との法論全敗の高森会長。

その高森悪知識の法は更に仏法にてはなし、浅ましき外道の法なり。これを信じる者は、無間地獄に堕つるべきなりですわ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 06時15分

悔しかったら、法論してみ、腰抜け親鸞会(笑)

投稿: | 2016年5月24日 (火) 06時16分

しかしなんだね、高森会長ですら言わないような無茶苦茶な理屈解釈を平気で書いている講師部員か会員は、それが謗法罪だってわかってるの?

高森会長はmixiでの法論で醜態を曝したけど、逃亡し、法論の内容を削除させるまでしたのは、自分の間違いに気が付いたからだ。分かっているんだよ高森会長は、自分の三願転入論、宿善論のおかしいことについて。

それに気が付かないのか、気が付いているけど地獄に堕ちたいのか、講師部員と会員は哀れだね。言っておくが、謗法の者は化土にはいけないよ、必堕無間だから。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 07時59分

高森会長は、ミクシィでの大惨敗以来、言い方を少しずつ修正してきていますよ。その理由は、あれでも謗法罪にならないようにしようと気にしている訳ですよ。

もちろん、まだまだおかしいところ満載で謗法罪を造り続けているのですが、これまで完璧な謗法表現から微妙な表現に変わってきています。

念仏がその典型で、これまでは信前の念仏を否定していたのを否定まではしなくなってますよ。三願転入についても最近はあまり言いませんし。

高森会長でさえも恐れている謗法罪を造って喜んでいいると、臨終に後悔しますよ。一応忠告しておきます。

ただし念仏のひと、ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ。よろづの念仏者のとがになるべしとはおぼえず候ふ。(御消息)

投稿: | 2016年5月24日 (火) 09時01分

高森会長が法論で敗れたっていうから興味深く見てみたら一方的な主張しかないじゃん。私がタコ入道ですって言ってるようなもんじゃん。なに、あれが法論なのですか。ガッカリしましたよ。
講師も会員も時間の無駄で悪影響受けるだけだって言ってたから誰一人として飛雲氏は相手にされないと思いますよ。残念!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 13時27分

オレも法論見てがっかりしたよ、高森会長にだけどな。
だってさ、19願の話ばかりするから親鸞聖人が19願を通るように勧められているのかと思ったら、その根拠はないだってさ。

正直、はぁ?????って思ったよ。

親鸞聖人が19願勧められてないのに19願を必ず通る必要があるなんて、どんなギャグかと。

結局何も言い返せず高森会長が逃亡。その後トピックを削除。

高森会長が勝ったのなら、法論を残して、解説すればいいのに、しなかったんだよね。

チューリップ法論とは真逆の対応には、呆れ果てて、それがきっかけで退会できたのでよかったけど。


まだ負け惜しみをいっているみたいだけど、

如何なる法論も受けるんじゃなかったのかよ、

嘘つき、腰ぬけ、卑怯者と退会者に罵られているのにさ。

哀れだね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 13時52分

飛雲より抜粋


W 様


御無沙汰しております、○○です。
昨日の件は、聞いております。法論の申し込みを書面でせよ、とのことですので、本日申し込みの書面を書留で送りました。
内容は以下の通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
              法論の申し込み
                            平成24年3月18日
弘宣局長 W 様

御無沙汰しております、○○です。

昨年、K講師を通して、法論を申し込みましたが無視されました。
しかしその件で、「弘宣局に直接法論を申し込むように」と貴方が言われたそうですので、ここに書面をもって法論を正式に申し込みます。

法論の条件は、

1.法論の土俵はお聖教であり、お聖教にない文底秘沈のような主張はしない
2.文章でやりとりをする
3.法論の場は、以下とする
  mixi内の信仰と対話コミュニティ*「三願転入」議論継続トピック*
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313
4.相手の質問に対して質問で返さず、相手の質問に答えてから新たな質問をする

以上の4点です。

かつて親鸞会は公約していた筈です。

「親鸞会は公約しています。親鸞会の主張に対して異議、反論のある方は遠慮なく申し出てください。相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望される方法で、時と場所を問わず、本当の親鸞聖人のみ教えを開顕するために、喜んで対決に応じます。」

これが口先だけであったとは、言わせません。

私の主張は、「親鸞会教義の誤り」「飛雲」「親鸞会の邪義を正す」等のブログで書かれている通りです。一読された上で、法論に臨んで頂きたいと思います。
親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点を以下に列記しておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている


3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である


4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない


5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 自力


6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 定散二善をせよ


7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 19願を実践せよ


8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない


9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる


10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善知識に無条件服従せよ

なお、法論に応じられても応じられなくても、返事を頂いても頂かなくても、すべて公開しますので、御了承ください。

                                           ○○○○
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

mixiでの三願転入の法論は、親鸞会の逃亡とトピック削除で幕を閉じましたが、とりあえずその続きをしたいと考えております。

なお、上に挙げたブログをすべて読まれるのは大変でしょうから、最低限、添付ファイルのところだけでも読んでおいて頂けませんでしょうか。

目的は親鸞聖人のみ教えを開顕するためですので、よいお返事をお待ちしております。

○○○○

投稿: | 2016年5月24日 (火) 13時54分

この手紙が届いているのなら会をあげて討論しない訳ないわなあ。
論点もハッキリしているし大変面白い討論になりますわなあ。
飛雲氏も柔軟な姿勢で臨みさえすれば相手にしない方がおかしいわなあ。
逃げてるだけなら何も言えないわなあ。

ところで、飛雲氏とはどなた様なんですか?
元親鸞会の大幹部だという事は分かりますが。教学も一番ですね。
講師の人に聞けば分かりますか?病気だから相手にするなと言われましたが・・。誰でも知ってる有名な方なんですか?興味あるわ、何かヒントを下さい。飛雲氏はどなた様ですか?

投稿: | 2016年5月24日 (火) 14時24分

この手紙の後、音沙汰なしであったのに、会員向けにだけ言い訳として書いたのが『顕真平成24年5月号』から連載された「ひと口問答」だったね。

http://sinrankaix.exblog.jp/

ここに全部載ってるよ。飛雲への反論はできないけど会員は誤魔化したいのジレンマに苦しんだのだろうけど。

その最初がこれ。なにこの問答って思ったよ。Wさんの悔しさの表れと都知事のような珍問答。


問い

弥陀に救われずに死ぬ人は、六道輪廻するか、または十九願・二十願の行者は化土へ往生すると親鸞聖人は教えられているのに、地獄に堕ちるというのは間違いだと言う人がありますが、如何でしょうか。

答え

 蓮如上人は「信心決定せずは、報土往生すべからず」(『御文章』三帖目八通)と、報土に対する化土ですから、十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。 また、六道の中には無間地獄もありますから「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」とも『御文章』(二帖目二通)にあります。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 14時33分

Wさんは法論には応じたんだよね、ただし陰でだけど。
飛雲とは直接法論しても勝ち目はないと分かっているから、形式上だけでも法論に応じて反論したのだと体裁を繕った訳だ。

でもね、

答えになってないでしょ。反論になってないでしょ。
結局化土往生できるの?必堕無間は間違いだったの?
はっきり答えないもどかしさ。

第三者委員会で判断しろってことか?

投稿: | 2016年5月24日 (火) 14時39分

親鸞会は、飛雲さんを無視しているんじゃなくて、怖れおののいているということですね。

顕真のひと口問答は、飛雲さんから法論の申し込みがあった直後から始まっているし、内容は飛雲さんの法論の申し込み内容そのまま。

飛雲さんの相手をするなじゃなく、勝てない相手に法論を受けるなってことでしょう。

ここまで証拠を突きつけられても、必死の言い訳がまたでてくるかな?

飛雲さんのことは、親鸞会では緘口令がしかれているから、わからないですよ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 15時50分

飛雲氏のブログを読み、飛雲氏に呆れました。お聖教のいい加減な自己流解釈と『小学生以下の思考、お聖教を全く読んだことがない、読む力もない』等、人を見下し、決めつけ、攻撃的な性格がうかがえます。
これが大人(仏法者)の書くこと?
常にムカムカイライラしてるように感じる。 
病気?

親鸞聖人の御教えを伝えたい気持ちが感じられない。
慈悲心が感じられない。
親鸞会と高森先生を攻撃したいだけ。
一方的な決めつけと強引な理屈で法論に勝ったとほざいている。

法論などど言う以前に、その攻撃的で排他的な性格を直したらいかがでしょうか。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時09分

本願寺に対して、座り込みをしたり、法話妨害をしたりと、とんでもないことをしでかしてきたのが高森顕徹会長ですよね。

本願寺の気持ち

「法論などど言う以前に、その攻撃的で排他的な性格を直したらいかがでしょうか。」

飛雲さんのことについて緘口令をしいたり、人格攻撃をするのは、親鸞会が飛雲さんに怯えているからですよ。

以前担当講師に飛雲に書かれていることについて尋ねたら、

「あいつは他人の言うことを聞かない奴だった」

と書いてある内容とは無関係な人格攻撃しかしませんでした。
それで呆れて親鸞会をやめることができたので、結果的にはよかったです。

法論を受けると言って逃げ続け、人格攻撃で誤魔化そうとしていることに、会員が呆れかえっていることも知りましょうね。

私の知っているだけで、飛雲を読んで退会した人は何十人もいますよ。それだけ影響が大きいのですから、親鸞会が法論を受けない理由は、たった1つしかないですよ。

飛雲にはどんな手を使っても法論に勝てないから相手にするな

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時29分

高森会長の名言

「 〝修善をすすめた文証など、あろうはずがない〟と、アッと驚く、
タメゴローならぬ、外道よりも、あさましい放言」 (本願寺なぜ答えぬ)

>法論などど言う以前に、その攻撃的で排他的な性格を直したらいかがでしょうか。

(笑)

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時33分

退会者の方々が書いてることも人格攻撃で酷いよ。

コメント欄を見直してみなさい。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時34分

親鸞会の飛雲攻撃は詭弁そのもの
今回は以下の9

詭弁の例

1.事実に対して仮定を持ち出す
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」
2.ごくまれな反例をとりあげる
「だが、時として尻尾が2本ある犬が生まれることもある」
3.自分に有利な将来像を予想する
「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」
4.主観で決め付ける
「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」
5.資料を示さず自論が支持されていると思わせる
「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」
6.一見関係ありそうで関係ない話を始める
「ところで、カモノハシが卵を産むのは知っているか?」
7.陰謀であると力説する
「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」
8.知能障害を起こす
 「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」
9.自分の見解を述べずに人格批判をする
「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」
10.ありえない解決策を図る
 「結局、犬が卵を産めるようになれば良いって事だよね」
11.レッテル貼りをする
 「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」
12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す
 「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」
13.勝利宣言をする
 「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」
14.細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
 「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」
15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
  「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時40分

何を言ったって、飛雲さんの書かれた内容には陰では反論しているので、親鸞会は飛雲さんを恐れていることは厳然たる事実。

そして飛雲さんと法論をすると会員には言いながら、実際には飛雲さんから逃げ回っていることも、厳然たる事実。

親鸞会の詭弁は飛雲さんに悉く潰されてきたので、人格攻撃しかできないのでしょう。
哀れ哀れ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時45分

>親鸞会の飛雲攻撃は詭弁そのもの
今回は以下の9

詭弁の例

1.事実に対して仮定を持ち出す
「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」
2.ごくまれな反例をとりあげる
「だが、時として尻尾が2本ある犬が生まれることもある」
3.自分に有利な将来像を予想する
「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」
4.主観で決め付ける
「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」
5.資料を示さず自論が支持されていると思わせる
「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」
6.一見関係ありそうで関係ない話を始める
「ところで、カモノハシが卵を産むのは知っているか?」
7.陰謀であると力説する
「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」
8.知能障害を起こす
 「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」
9.自分の見解を述べずに人格批判をする
「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」
10.ありえない解決策を図る
 「結局、犬が卵を産めるようになれば良いって事だよね」
11.レッテル貼りをする
 「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」
12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す
 「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」
13.勝利宣言をする
 「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」
14.細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
 「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」
15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
  「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」

飛雲を始め退会者の親鸞会攻撃は詭弁そのもの。
今回は上記の4。
感情的に詭弁と決めつける。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 17時57分

はぁ?

飛雲さんはきちんとお聖教の言葉に基づいて、教義への指摘を理性的になさっていますよ。
親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 18時36分

法論から逃げ回っていることが、すべてを物語っていますよ。

親鸞会が何を言っても、法論をうけない限り、負け犬の遠吠えにしかなりませんね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 18時39分

>はぁ?

飛雲さんはきちんとお聖教の言葉に基づいて、教義への指摘を理性的になさっていますよ。
親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

教義だけ冷静に指摘しているならまだしも、
『小学生以下の思考の高森会長、聖典を全く読んだことがない高森会長、人間的にも最低の史上最悪の知識』
等といくらなんでも言い過ぎな人格攻撃と決めつけをたくさん書いている飛雲が理性的だと思いますか?
まとめな人間がこんなこと書きますか?
慈悲心のある人がこんなこと書きますか?
2ちゃんねるの落書きレベルです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 18時58分

>親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

ここについては異論ないようで。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時01分

『西本願寺のことを、死に本願寺』
『東本願寺のことを、干餓死本願寺』

等といくらなんでも言い過ぎな人格攻撃と決めつけをたくさん書いている高森会長が理性的だと思いますか?
まとめな人間がこんなこと書きますか?
慈悲心のある人がこんなこと書きますか?
2ちゃんねるの落書きレベルです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時04分

除名なった講師部員のことを

『シロアリ』『ウジムシ』

等といくらなんでも言い過ぎな人格攻撃と決めつけをたくさん書いている高森会長が理性的だと思いますか?
まとめな人間がこんなこと書きますか?
慈悲心のある人がこんなこと書きますか?
2ちゃんねるの落書きレベルです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時06分

死に、干餓死

共に生命を否定したもの。

シロアリ、ウジムシ

共に人間存在を否定。

これ以上の侮蔑の言葉がありますか?
慈悲云々という次元ではないですよ。

これでも、高森会長を人格者と崇めるのですから、かわいそうですね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時29分

飛雲氏のブログを読み、飛雲氏に呆れました。
----------------------------------------------------------

同感です。理屈だけが先行し、真実のかほりがしない。

しかも、間違った理屈を喧喧囂囂と主張して、ただの自己満足に陥っています。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時50分

>親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

結局ここについては異論ないようで。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時54分

とりあえず1だけ。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


これについても異論ないようで。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 19時57分

善導大師の二河白道の譬えを親鸞聖人が分かり易くアレンジされているんだってさ。やはり、求道していくと心の景色がどの様に変わっていくのかを譬えた非常に分かり易い譬え話という事でした。最高に分かり易い譬えだと絶賛されています。その根拠は分かりません。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 20時51分

死後はプラズマとしての霊体が肉体から離れてプラズマトンネルを通ってダイモ-ンという霊界にゆきます。邪悪な存在は悪魔だけの暗黒の世界レメゲトン(無間地獄)に封印され長苦を受けます。聴聞界の人はシャンバラ(仮土)に行けます。プラズマトンネルは亜空間で全ての別宇宙と繋がってますので何処の惑星系に行くか不明ですが、普通に考えて地球内亜空間が妥当ですかね。
ラーマチャクラタントラというチベット仏教の経典に書いてあるのでお釈迦さまの教えです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時07分

飛雲氏は自分に都合の良いお聖教を持ち出して都合良く解釈してこう書いてあると決めつけて引く事なく押し通す。間違いを指摘されても絶対に認めない。根負けして相手にしないと、逃げ出した、何も言えない、勝った、負け犬の遠吠えだのと騒ぎ立てるだけであり、法論と申し入れても法論にならない事を皆知っているみたいです。心が問題ですね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時15分

お聖教は両刃の剣で良く切れますが、心なき人が読むと大変危険なモノになります。頭で解釈しても絶対に分からない他力の世界が書かれているので、常識的に理解できない矛盾する事がいたる所に散らばっています。
矛盾している、小学生でも分かる、日本語勉強しろよ、意味不明、答えにならない、ここにこう書いてあるでしょ頭悪いんじゃない、勝った勝った、腰抜け野郎、負け犬の逃亡だ、などと騒ぎ立てる人では法論にはなりませんという事ですか。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時25分

その飛雲氏の


>親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

結局ここについては異論ないようで。

 
 

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


これについても異論ないようで。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時26分

飛雲氏のブログを読み、飛雲氏に呆れました。
----------------------------------------------------------

同感です。理屈だけが先行し、真実のかほりがしない。

しかも、間違った理屈を喧喧囂囂と主張して、ただの自己満足に陥っています

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時27分

>>飛雲氏は自分に都合の良いお聖教を持ち出して都合良く解釈してこう書いてあると決めつけて引く事なく押し通す。間違いを指摘されても絶対に認めない。根負けして相手にしないと、逃げ出した、何も言えない、勝った、負け犬の遠吠えだのと騒ぎ立てるだけであり、法論と申し入れても法論にならない事を皆知っているみたいです。心が問題ですね。


「親鸞学徒よ、根負けして、文句言うな、愚痴をこぼすな」と会長が泣いてる。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時30分

飛雲と法論すると会員には偉そうに言いながら、飛雲氏から法論を申し込まれると逃亡する。

飛雲氏との法論は受けないが、飛雲氏の書いた内容については会員向けに反論した格好だけ見せる。

飛雲氏のことが気になって気になって仕方がないけど、飛雲氏には勝ち目がないから飛雲氏からは逃げまくり、会員にだけ強がりを見せる。


分かりやすいですね、親鸞会は。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時30分

結局、同じ事の繰り返しで主張のぶつけ合いで相手が引くまで主張を押し通す。何百回やっても変化無しで時間の無駄になるだけですね。みんなその事をよく知っています。タコ入道と全く同じ性格です。どこに行っても嫌われるタイプですね。残念!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時33分

必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
 http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm

 上記は、サイトページ『宗教文化論1――宗教とアイデンティティ』、及び『総論:カルトに関する基本的理解』からの抜粋です。カルトとは一体何んなのかということで、私たちがカルトの定義について理解する上で、とても役立つものと思い、ここに紹介しました。宝珠愚者編著 2004/07/21

親鸞会はカルトです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時33分

それで顕真の

 
問い

弥陀に救われずに死ぬ人は、六道輪廻するか、または十九願・二十願の行者は化土へ往生すると親鸞聖人は教えられているのに、地獄に堕ちるというのは間違いだと言う人がありますが、如何でしょうか。

答え

 蓮如上人は「信心決定せずは、報土往生すべからず」(『御文章』三帖目八通)と、報土に対する化土ですから、十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。 また、六道の中には無間地獄もありますから「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」とも『御文章』(二帖目二通)にあります。


 
 これって、飛雲氏の主張を認めちゃったってことでしょ。
『十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。』
どう読んでも飛雲氏の

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

この通りですと認めたことになるじゃない。

だけど蓮如上人は違う言い方もされていると誤魔化したいのだろうけど、

『十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。』

は決定的な敗北でしょ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時34分

親鸞会の決定的敗北です。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時37分

親鸞会の決定的敗北です。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時37分

>>飛雲氏との法論は受けないが、飛雲氏の書いた内容については会員向けに反論した格好だけ見せる。

法論の内容と見解を分かる人相手に答えて結論としたのでしょう。
直接だと、そんなの答えになってないふざけるな。何が善知識だ笑わせるな!という結果になり、永遠と同じ事を繰り返して皆に迷惑かけるだけの結果になるという事なのでしょう。 残念!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時40分

このブログのコメント欄を見れば、結果が良く分かります。
おそらくタコ入道だと罵られている人が飛雲氏なのでしょう。
これは決定的にダメです。
早速、決定的な敗北だと決めつけて勝ち誇っています。ダメですね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時44分

必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
 http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm

 上記は、サイトページ『宗教文化論1――宗教とアイデンティティ』、及び『総論:カルトに関する基本的理解』からの抜粋です。カルトとは一体何んなのかということで、私たちがカルトの定義について理解する上で、とても役立つものと思い、ここに紹介しました。

宝珠愚者編著 2004/07/21


親鸞会はカルトです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時47分

豊田商事の永野会長は善のススメに従いました。最後は惨殺されました。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時49分

>おそらくタコ入道だと罵られている人が飛雲氏なのでしょう。


根も葉もないいい加減なことを言うのもカルトの特徴です。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時51分

問い

弥陀に救われずに死ぬ人は、六道輪廻するか、または十九願・二十願の行者は化土へ往生すると親鸞聖人は教えられているのに、地獄に堕ちるというのは間違いだと言う人がありますが、如何でしょうか。

答え

 蓮如上人は「信心決定せずは、報土往生すべからず」(『御文章』三帖目八通)と、報土に対する化土ですから、十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。 また、六道の中には無間地獄もありますから「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」とも『御文章』(二帖目二通)にあります。


 
 これって、飛雲氏の主張を認めちゃったってことでしょ。

これを飛雲氏の前ではいえないじゃない。
会員の前で、

『ここだけの話だけど、高森先生の言っていることは間違っていて、飛雲が正しいんだよ』

と言っているようなもの。

飛雲氏と直接法論をするまでもなく、親鸞会は敗北しましたと宣言したということですね。

さすが手の込んだことをするWさん。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時54分

>早速、決定的な敗北だと決めつけて勝ち誇っています。ダメですね。


愚痴っぽいですね。
的確に反論すれば大丈夫ですよ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時55分

飛雲氏が正しいのだから法論する必要はない、

こういうことでWさんは飛雲氏との法論から逃げて、「ひと口問答」でその事実を会員に知らせた。

頭のいい会員はそれに気が付いて脱会したけど、気が付かない会員は未だに高森先生は無二の善知識!とか言っているだね。

Wさんの配慮を無にする会員は哀れ哀れ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 21時57分

答え

 蓮如上人は「信心決定せずは、報土往生すべからず」(『御文章』三帖目八通)と、報土に対する化土ですから、十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。 また、六道の中には無間地獄もありますから「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」とも『御文章』(二帖目二通)にあります。

この答も矛盾している様に見えるかもしれませんが、19・20願の行者は臨終現来で仮土に往生する事も除外されてない。報土には行けない。
無間地獄に堕在すべきもの。 六道を決める業がありますね。殆どの人がやってる業ですね。ならば、無間地獄になります。一切衆生必堕無間という事になりますね。
ここで、仮土往生もあるならそれで十分だという輩が必ず現れます。阿弥陀仏の真の目的は報土往生です。ここは必堕無間とハッキリ言わないと本願の真意を捻じ曲げてしまいます。
この最も重要な部分を矛盾している。勝った勝ったとやられると、とんでもない恐ろしい謗法罪を作る結果になります。
この説明を聞いても全く理解出来ない輩とは絶対に法論などしてはいけないのです。分かりますかね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時07分

>この答も矛盾している様に見えるかもしれませんが、19・20願の行者は臨終現来で仮土に往生する事も除外されてない。報土には行けない。
無間地獄に堕在すべきもの。 六道を決める業がありますね。殆どの人がやってる業ですね。ならば、無間地獄になります。一切衆生必堕無間という事になりますね。



全く意味不明。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時09分

誓願不思議をうたがひて
 御名を称する往生は
 宮殿のうちに五百歳
 むなしくすぐとぞときたまふ
(浄土和讃)

20願の行者は化土往生と親鸞聖人が断言されてますが。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時13分

「専雑執心判浅深 報化二土正弁立」といふは、雑行雑修の機をすてやらぬ執心あるひとは、かならず化土懈慢国に生ずるなり。(正信偈大意)

19願、20願の行者は、必ず化土往生だと蓮如上人は断言されてますが。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時16分

W氏の回答は最も的確な回答だったという事になります。親鸞会会員ならば十分に理解出来ますが、誹謗中傷の輩には絶対に理解出来ない回答であり、意味不明だの矛盾しているだの大変な事になります。
阿弥陀仏の本当の目的、真意を正しく聴聞している人には全く矛盾のない事であり、とるに足りない問題で法論しようとしている輩となるのです。
分かるかな、わかんないだろうな!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時18分

親鸞聖人、蓮如上人が断言されていることを否定するのが、親鸞会。

これでは親鸞会が飛雲さんに永久に勝てないわ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時18分

報の浄土の往生は
 おほからずとぞあらはせる
 化土にうまるる衆生をば
 すくなからずとをしへたり
(高僧和讃)

化土往生の人は、少なくないんだってさ。

分かるかな、わかんないだろうな!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時23分

早速もうきたよ。
こういう輩が現れるから話しにならないと言ってるのです。
19願は仮門で20願は要門であり、仮土往生は方便です。
報土往生の18願が真実であり、真実信心出来れば方便は捨てものになります
迷ってその方便を目的とする輩が現れるような事を阿弥陀仏は望みますか?
阿弥陀仏が望まない事を顕かにする事に何の意味があるのですか?
ここまで説明してもまだ理解出来ないんだ。完全に問題外という事です。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時28分

まつたく信ぜず、かの業を修せず、願求せざるものは、理として生るべからず。 もし仏智を疑ふといへども、しかもなほかの土を願ひ、かの業を修するものは、また往生することを得。(往生要集)

仏智を疑いながらも、往生するための善、念仏を修する者は、化土往生できると源信僧都は断言されてますが。

分かるかな、わかんないだろうな!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時29分

ただし念仏のひと、ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ。よろづの念仏者のとがになるべしとはおぼえず候ふ。(御消息)

念仏を信じているといいながら、嘘偽りを言っているならば、その人は一人だけ地獄に堕ちるが、一般の念仏者の罪にはならないから地獄に堕ちませんよ。
と親鸞聖人は仰ってますが。

分かるかな、わかんないだろうな!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時36分

飛雲氏のブログを読み、飛雲氏に呆れました。お聖教のいい加減な自己流解釈と『小学生以下の思考、お聖教を全く読んだことがない、読む力もない』等、人を見下し、決めつけ、攻撃的な性格がうかがえます。
これが大人(仏法者)の書くこと?
常にムカムカイライラしてるように感じる。 
病気?
-----------------------------------------------------

飛雲氏のブログを熟読しましたが、彼はこちらで常軌を逸している教義とコメントが顕著である、タコ入道氏と同一人物であると確信いたしました。

真宗十派にも通用しない、彼独自の教義が展開されています。間違いない。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時38分

仮土に往生している人はかなり多いと思います。
親鸞会で真実求めて一生懸命に求道していた人は間違いなく仮土に往生して聴聞界で再び真実求めて求道しています。
親鸞会で聴聞すれば仮土往生できるなどと言えば完全な邪教になり仮土にも往生できなくなります。
必堕無間ならば、一生懸命に弥陀の報土を目的に求道します。だから、仮土往生もあるけれど、一切衆生必堕無間でないと絶対にならないのです。
これでも分からなければ、もうどうしようもないね。残念、残念!

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時40分

Wさんの言う通り、
19願、20願の行者が化土往生することは排斥されてませんわ。

高森会長は間違い、飛雲さんが正しい

それ位気がつけよ、のメッセージだったんだね。
Wさんを見直したよ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時40分

『西本願寺のことを、死に本願寺』
『東本願寺のことを、干餓死本願寺』

等といくらなんでも言い過ぎな人格攻撃と決めつけをたくさん書いている高森会長が理性的だと思いますか?
まとめな人間がこんなこと書きますか?
慈悲心のある人がこんなこと書きますか?
2ちゃんねるの落書きレベルです。


除名になった講師部員のことを

『シロアリ』『ウジムシ』

等といくらなんでも言い過ぎな人格攻撃と決めつけをたくさん書いている高森会長が理性的だと思いますか?
まとめな人間がこんなこと書きますか?
慈悲心のある人がこんなこと書きますか?
2ちゃんねるの落書きレベルです。

死に、干餓死

共に生命を否定したもの。

シロアリ、ウジムシ

共に人間存在を否定。

これ以上の侮蔑の言葉がありますか?
慈悲云々という次元ではないですよ。

これでも、高森会長を人格者と崇めるのですから、かわいそうですね。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時45分

結論はこの通りだと認めた訳ですね。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

高森会長が親鸞聖人と同じように19願・20願の同行は化土往生といったことは一度としてないから、

高森会長は親鸞聖人の教えとは違う(違う説き方)だと決定しました。

やっぱり飛雲さんの指摘通りだったんじゃないの。

それなら法論する意味ないわね(笑)

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時49分

>親鸞会で真実求めて一生懸命に求道していた人は間違いなく仮土に往生して聴聞界で再び真実求めて求道しています。
親鸞会で聴聞すれば仮土往生できるなどと言えば完全な邪教になり仮土にも往生できなくなります。

このコメント
「親鸞会で真実求めて一生懸命に求道していた人は間違いなく仮土に往生して聴聞界で再び真実求めて求道しています。」
↑↑
言ってもいいんですか。こんなことを言うのは、【完全な邪教】と自分で言っていますが。【完全な邪教】と。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時55分

>必堕無間ならば、一生懸命に弥陀の報土を目的に求道します。だから、仮土往生もあるけれど、一切衆生必堕無間でないと絶対にならないのです。

へえ~。

源信僧都・親鸞聖人・蓮如上人は化土往生する人があることを教えられているから教え方が間違っている!
正しい教え方をしているのは高森先生だけだ!

ってことね。
それなら浄土真宗親鸞会じゃなくて、浄土珍宗高森会でしょ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時55分

仮土に往生している人はかなり多いと思います。
親鸞会で真実求めて一生懸命に求道していた人は間違いなく仮土に往生して聴聞界で再び真実求めて求道しています。
親鸞会で聴聞すれば仮土往生できるなどと言えば完全な邪教になり仮土にも往生できなくなります。
必堕無間ならば、一生懸命に弥陀の報土を目的に求道します。だから、仮土往生もあるけれど、一切衆生必堕無間でないと絶対にならないのです。
これでも分からなければ、もうどうしようもないね。残念、残念!

そうでなければ親鸞会で一生懸命に求道していた人が浮かばれません。よかったよかった。因果の道理にかなってますね。
親鸞聖人も地獄は一定住家とまで断言されてますから、一切衆生必堕無間でないと絶対にならない理由も良く分かりました。
やはり、お花畑さんは卒業親鸞会の妙好人だ。これからも宜しくお願いします。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時56分

親鸞聖人、蓮如上人が断言されていることを否定するのが、親鸞会。

これでは親鸞会が飛雲さんに永久に勝てないわ。
------------------------------------------------------

そりゃ勝てないよ。本願寺でも勝てないよ。

教祖飛雲氏の飛雲教=タコ入道さんの独学だもの、親鸞会も本願寺も勝てないよ。

一般人のオリジナル教義に勝てる道理がない。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 22時57分

問い

親鸞聖人も「地獄は一定すみかぞかし」(歎異抄)と仰っていますから、死んだら地獄に堕ちることは間違いないのではないですか。

答え

この御心は『執持鈔』に詳しく書かれています。「われら凡夫かならず地獄におつべし」の後に、「決定悪道へゆくべかりつる身」「三悪・四趣の生をひくよりほか」「六趣・四生よりほかはすみかもなく」「三途・八難にこそしづむべけれ」と言い換えられた親鸞聖人のお言葉が紹介されています。親鸞聖人の御著書にも六道か悪道としか書かれていません。


問い

親鸞聖人は、本当は皆地獄に堕ちる、と言われたいところを、敢えて三悪道とか六道と表現を和らげられたのではないですか。皆が地獄に堕ちるのではない、と仰ったお言葉があるなら出してみてください。

答え

かなり捻くれた考え方です。親鸞聖人は関東の同行に宛てられたお手紙の中で、次のように仰っています。「ただし念仏のひと、ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ。よろづの念仏者のとがになるべしとはおぼえず候ふ。」(末灯鈔) 念仏称えているだけでは地獄に堕ちるぞ、などと嘘を教えているその人だけが地獄に堕ちるのであって、多くの念仏者の罪にはなりません、ということです。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時01分

親鸞聖人は特殊な条件下で地獄一定と仰った(伝聞)だけですね。

一般の人に、必堕無間なんて仰ってないですよ。

御本典にアジャセの話があって、そこに「地獄に堕ちる罪ではない」とお釈迦さまがアジャセに仰っていてそれを親鸞聖人が引用されているので、親鸞聖人の教えに「一切衆生必堕無間」は絶対にあり得ない。アジャセでさえ必堕無間でないのだからね。

どう頑張っても

結論はこの通り

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時06分

親鸞聖人が否定された必堕無間
高森会長が正しいという必堕無間

同じ教えな訳ないじゃない。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時08分

>そりゃ勝てないよ。本願寺でも勝てないよ。
教祖飛雲氏の飛雲教=タコ入道さんの独学だもの、親鸞会も本願寺も勝てないよ。
一般人のオリジナル教義に勝てる道理がない。


飛雲さん、ここまで言われたら立派です。親鸞会は勝てないと言っています。それでも素直に認めたくないから、既成教団の名前まで出して、、、、どこまでもかわいらしいな。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時09分

だから、阿弥陀仏の真の目的が18願なのですから、高森先生の言われるとおりになるのです。18願が基礎にあり高森先生が機転を利かせて必堕無間だと宣言したので、源信僧都・親鸞聖人・蓮如上人も良く言ったと褒める事はあっても違うぞと怒る事はないのです。まだわからぬか!
導師にもなれないどうしようもないダメ会員にそこまで言われても理解出来ない輩を相手に親鸞会の教学ある講師様が法論する訳ないという事が良く分かりました。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時10分

>>だから、阿弥陀仏の真の目的が18願なのですから、高森先生の言われるとおりになるのです。18願が基礎にあり高森先生が機転を利かせて必堕無間だと宣言したので、源信僧都・親鸞聖人・蓮如上人も良く言ったと褒める事はあっても違うぞと怒る事はないのです。まだわからぬか!
導師にもなれないどうしようもないダメ会員にそこまで言われても理解出来ない輩を相手に親鸞会の教学ある講師様が法論する訳ないという事が良く分かりました。


「機転を利かせて必堕無間」高森会長もアッと驚くタメゴロー。ダメだこりゃ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時19分

阿弥陀仏の本願のイロハも分からない連中に法論などやる価値のかけらもありゃしない!蓮如上人のなぜ生きるのアニメ映画を真剣に鑑賞してから出直しな!  怒り、怒り、怒り・・・・・!

ハイ、「また負け犬の遠吠えです」とくるのだろう。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時25分

必堕無間の者が往生の定まったよろこびに生きる。

これは、本願寺でも親鸞会でも共通して説かれていることです。

→【浄土真宗本願寺派テキスト 学習課程「真宗Ⅰ」p.15】
「必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。」

飛雲氏(タコ入道氏)はこれを「違う」と言ったのですから、いくら反論されてもそれは、あなたの持論と言わざるを得ないでしょう。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時28分

そつぎょう親鸞会のお花畑さんですか。(笑い)

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時29分

>>「必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。」

ラジオ「東本願寺の時間」でこの事をしっかりと解説していたので驚きました。後生の一大事だとご丁寧にラジオで説明してました。親鸞会と同じ事を堂々といっていたので驚きと感激でよく覚えています。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時34分

>親鸞会こそ、善の勧めは主観での決め付けでしかないですよね。

>結局ここについては異論ないようで。


タコ入道流の反論をします。

群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機なら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して定散諸機を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して定散諸機を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

と書かれるだろ。

群生海と普く諸有海と親鸞聖人は言い方を変えて強調しておられるのに、なんでこれがどっちも同じ定散諸機なの?

定散諸機は19願の行者のことであり、定散諸機(19願を実行している人)のために善を説かれるはずないでしょ。

何で既に19願の教えを聞いて定善、散善を実行してる人に、新たに19願と定善、散善が説かれるの?

退会者アホ過ぎ。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時45分

仏教学で遇業と万業だったかな?
六道の次の生を決める行いをいう。 貴賤、時代、男女など一切を決める業  
五逆罪、謗法罪、十悪を一回でもやれば地獄に生まれる。

教学テキストにそのような問題があったと思いますが・・。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時50分

>退会者アホ過ぎ。

人を見下すのは仏教の精神に反している。だからこのコメントをした人は人を見下すための道具として仏教を使っている。簡単に言えば仏教を聞いたことがない人の発言である。

投稿: | 2016年5月24日 (火) 23時59分

>人を見下すのは仏教の精神に反している。だからこのコメントをした人は人を見下すための道具として仏教を使っている。簡単に言えば仏教を聞いたことがない人の発言である。


法蔵菩薩は王でしたが。
聖道門でさとりをえられなかった人が当時からずっとたくさんいたから、新たに浄土の救いを設けられた。

アホ過ぎ

2016/05/22 19:34:51(タコ入道のコメント)

投稿: | 2016年5月25日 (水) 00時10分

親鸞会に長年いると悪い慣習が身に付くということでしょうか。気をつけなければなりませんね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 00時20分

>何で既に19願の教えを聞いて定善、散善を実行してる人に、新たに19願と定善、散善が説かれるの?

定善、散善を実行しているじゃなく、定善、散善のできる人にです。
会長も定善、散善に縁のある人と書いてますよね。
ここだけは会長が正しい。
定善、散善のできる人とは、聖道門の人。
もともと聖道門では定善にあたる観法、散善にあたる諸善をしてきたのだから。
会長の話を理解できていないから

>退会者アホ過ぎ。

が自分に返ってくる。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時29分

→【浄土真宗本願寺派テキスト 学習課程「真宗Ⅰ」p.15】
「必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。」

本願寺内でも諸説あるし、真宗の常識が正しいなら

親鸞聖人のみ教えに善の勧めはない

が正しいで決着済みですね。

親鸞聖人はアジャセについて

「必堕無間ではない」

とまで仰っているし、

「われら五逆をつくらず」

と五逆罪を造っていないことも断言されているので、

→【浄土真宗本願寺派テキスト 学習課程「真宗Ⅰ」p.15】
「必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。」

これが一般の人に当てはまるものでないことは容易に分かるでしょうね。

親鸞会の主張の根拠は

高森会長の妄想
たまたま同じ一致した本願寺の1つの説

これ以外にはない訳ですよ。

お聖教上には根拠がない。

これでOKですね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時36分

「聖道門の前に19願があった」

これが親鸞会側の主張ですが、
こんなこと本願寺でも言ってないし、高森会長でさえ言っていないでしょ。
先程の

>親鸞会の主張の根拠は

>高森会長の妄想
>たまたま同じ一致した本願寺の1つの説

これにも当てはまらないなんて、単なる思いつきでしょ。
以前にも同じことを言っていた人がいましたよね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時40分

それで

>法蔵菩薩は王でしたが。
>聖道門でさとりをえられなかった人が当時からずっとたくさんいたから、新たに浄土の救いを設けられた。


これについての根拠を出せと言われて出したら黙っちゃいましたけど、納得したということでOKですか?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時43分

>>だから、阿弥陀仏の真の目的が18願なのですから、高森先生の言われるとおりになるのです。18願が基礎にあり高森先生が機転を利かせて必堕無間だと宣言したので、源信僧都・親鸞聖人・蓮如上人も良く言ったと褒める事はあっても違うぞと怒る事はないのです。まだわからぬか!

高森会長のいう通りのことを源信僧都・親鸞聖人・蓮如上人が教えられていないと言っているのですが、理解できないみたいですね。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

源信僧都 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
蓮如上人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

【教えられ方】が明確に違う

理解できましたか?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時50分

言うまでもないことですが、

源信僧都 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
蓮如上人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)

このように善知識方が教えておられると高森会長が言ったことは、一度もない。

どんな言い訳をしようが

【教えられ方】が明確に違う

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時53分

親鸞会の会員は19願の行者ではないです。
20願の行者でもないです。

浄土を願って修するのですから、会員は浄土を願っていないので化土往生はできません。

残念でした。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 05時58分

死に、干餓死、
シロアリ、ウジムシ

存在の否定。
こんな言葉を日常的に使うのが高森会長。

これが人格者なの?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 06時29分

本末顛倒!法蔵菩薩は聖道門の為にではなく、助かる縁手掛かりが全くなく全ての仏がどうする事も出来ないと見捨てられた五逆法謗闡提の機「おぬし」を哀れんで何とか救いたいと兆歳永劫の修行をされたのです。
床であと一日ももたないと医者に見捨てられているのに、まだ金欲しい、あれ食いてえ飲みてえ、と闡提な事ばかりなのがそなただぞ!
定散諸機の為だの、仮土往生出来たらいいななどと寝とぼけた事ばかりいってるからダメなんだよ。
まだ高森先生いるから早く一大事の後生をこころして真剣に聴聞しなさい。悪い事いわないからまだ遅くないわ。今晩の臨終で金握りしめて泣く事になるよ。そなたにも平等に本願力は働いてますから。早く蓋をとりなさい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 07時59分

法蔵菩薩は逆悪の機のために18願を建てられ、
定散諸機(定善・散善のできる機)である聖道門の機のために19願を建てられた。

19願の御心は19願に留まることなく18願へ入らせるためのもの。

定散諸機には、聖道門→19願→20願→18願
逆悪の機には、18願

こういうことです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 08時06分

真宗の常識

本願寺出版社の教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』補註


親鸞聖人は四十八願の中で、往生の因を誓われた第十八願、第十九願、第二十願のうち第十八願のみが真実願であり、第十九願、第二十願は方便願であるとされた。第十八願は、他力回向の行信によって、真実報土の果を得しめられる真実願であり、第十九願は、自力諸行によって往生を願うものを、臨終に来迎して方便化土に往生せしめることを誓われたものであり、第二十願は、自力念仏によって往生を願うものを、方便化土に往生せしめることを誓われた方便願であるといわれるのである。そしてこの三願は、聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願が、自力諸行の機を念仏の法門に導き、さらにその自力心を捨てしめて第十八願の他力念仏往生の法門に引き入れるために第二十願が誓われたとされている。


 
「聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願」

真宗の常識

投稿: | 2016年5月25日 (水) 08時12分

真宗の常識が正しいというなら、
高森会長の三願転入論は間違い。

これでOK?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 08時21分

>「聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願」

聖道門だけ、とは書いてない。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 15時39分

無宿善の機に仏法の話をしてはいけない根拠は?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 15時41分

>「聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願」

聖道門の機だけ、とは書いてない。

聖道門の人も含めた群生海、普く諸有海と
要門釈に書いてある。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 15時44分

それで

>法蔵菩薩は王でしたが。
>聖道門でさとりをえられなかった人が当時からずっとたくさんいたから、新たに浄土の救いを設けられた。


>これについての根拠を出せと言われて出したら黙っちゃいましたけど、納得したということでOKですか?


本末顛倒!法蔵菩薩は聖道門の為にではなく、助かる縁手掛かりが全くなく全ての仏がどうする事も出来ないと見捨てられた五逆法謗闡提の機「おぬし」を哀れんで何とか救いたいと兆歳永劫の修行をされたのです。
床であと一日ももたないと医者に見捨てられているのに、まだ金欲しい、あれ食いてえ飲みてえ、と闡提な事ばかりなのがそなただぞ!
定散諸機の為だの、仮土往生出来たらいいななどと寝とぼけた事ばかりいってるからダメなんだよ。
まだ高森先生いるから早く一大事の後生をこころして真剣に聴聞しなさい。悪い事いわないからまだ遅くないわ。今晩の臨終で金握りしめて泣く事になるよ。そなたにも平等に本願力は働いてますから。早く蓋をとりなさい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 15時47分

>定善、散善を実行しているじゃなく、定善、散善のできる人にです。
会長も定善、散善に縁のある人と書いてますよね。
ここだけは会長が正しい。
定善、散善のできる人とは、聖道門の人。
もともと聖道門では定善にあたる観法、散善にあたる諸善をしてきたのだから。


まことの善はできないですが、
実行は誰でもできます。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時09分

>定散諸機には、聖道門→19願→20願→18願
>逆悪の機には、18願

自分は今逆悪の機だと思っている方、もしくは生まれた時から逆悪の機であると思っている方、手を挙げてください。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時13分

教学聖典知らないの?

逆悪の機だと思う人ーー十悪の法然

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時35分

>まことの善はできないですが、
>実行は誰でもできます。

雑毒の善ができる人が定散諸機ですが。

実行できない人を下品といいます。

仏法・世俗の二種の善根あることなし(観経疏)

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時37分

親鸞聖人が化土往生でもいいと仰ったことなど一度もありませんが。

阿弥陀仏の御慈悲で信心がなくても化土往生はできるが、報土往生しなさい

としか仰っていませんが。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時38分

当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、 まづ宿善・無宿善の機を沙汰さたすべし。 さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、 無宿善の機は信心をとりがたし。 まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。 されば無宿善の機のまへにおいては、 正雑二行の沙汰をするときは、 かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。 この宿善・無宿善の道理を分別せずして、 手びろに世間のひとをもはばからず勧化をいたすこと、 もつてのほかの当流の掟にあひそむけり。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時48分

ここだけでも十分ですが、この後に

しかれば、 宿善の機をまもりて、 当流の法をばあたふべしときこえたり。 このおもむきをくはしく存知して、 ひとをば勧化すべし。 (3帖目12通)

 
宿善の機だけという掟をまもって親鸞聖人の教えを与えなさい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時52分

>雑毒の善ができる人が定散諸機ですが。

あなたは、電車でお年寄りに席を譲ったことはありますか?親切したのにお礼言ってもらえないと面白くないですよね?
実行は、できます。

>実行できない人を下品といいます。

正しくは、まことの善ができない人。
実行しないと、まことの善ができないことは、知らされない。

>仏法・世俗の二種の善根あることなし(観経疏)

救われる縁、手がかり(善根)有ること無しということ。
信心獲得した人が知らされる境地。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時01分

>>実行できない人を下品といいます。

>正しくは、まことの善ができない人。
>実行しないと、まことの善ができないことは、知らされない。

違うんだな。
まことの善ができたら覚りを開くことができるから、聖道門で良い訳ですよ。
分かりやすい散善は、心が散り乱れたまま行う善だから、最初からまことの善ではない前提になっています。
つまり散善=雑毒の善


>>仏法・世俗の二種の善根あることなし(観経疏)

>救われる縁、手がかり(善根)有ること無しということ。
>信心獲得した人が知らされる境地。

観経を読んでいないからこんなことを書くんだよね。

上品上生から上品下生までは散善の行福のできる人
中品上生と中品中生が散善の戒福のできる人
中品下生が散善の世福のできる人

上記の善のできない人が下品という意味。
仏法・世俗の二種の善根あることなし(観経疏)

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時16分

されば無宿善の機のまへにおいては、 正雑二行の沙汰をするときは、 かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。  
この宿善・無宿善の道理を分別せずして、 手びろに世間のひとをもはばからず勧化をいたすこと、 もつてのほかの当流の掟にあひそむけり。

宿善薄い人に正雑二行の話をすると、謗法の元になることがあるから、誰でも彼でも同じ話をしてはいけない。宿善の有無を分別して相手に合わせてお話しなさいと蓮如上人が仰られているだけなのに、なぜこれで無宿善の人に話をしてはいけないになるの?
そして、なぜ宿善の定義が、

宿善有り=親鸞聖人の教えを聞く気持ちがある人≠過去の善根
宿善無し=親鸞聖人の教えを聞く気持ちがない人

になるの?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時18分

再掲

ここだけでも十分ですが、この後に

しかれば、 宿善の機をまもりて、 当流の法をばあたふべしときこえたり。 このおもむきをくはしく存知して、 ひとをば勧化すべし。 (3帖目12通)

 
宿善の機だけという掟をまもって親鸞聖人の教えを与えなさい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 16時52分

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時22分

親鸞会の人かな。自分の心、行いばかりに気が行ってしまって、一番大事なご本尊の南無阿弥陀仏が疎かになっているのかな。南無阿弥陀仏が出てこない。さびしいな。浄土真宗なのに。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時23分

>なぜ宿善の定義が、

>宿善有り=親鸞聖人の教えを聞く気持ちがある人≠過去の善根
>宿善無し=親鸞聖人の教えを聞く気持ちがない人

無宿善の機=親鸞聖人の教えを聞く気持ちがない人≒聖道門の人

=ではないですからね、≒ですから。

聖道門の人は過去の善根がある人ですよ。でも法然門下を攻撃したのは聖道門。蓮如上人も比叡山から攻撃されていましたよ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時25分

源信僧都のお言葉

「生死の因縁は不可思議なり。薄徳のものの、聞くことを得るも、その縁知りがたし。」

「上人のなかにもまた聞くこと難きものあり、凡愚のなかにもまた聞くものあり。」

この通りで、

上人(過去世の善根の厚い人)のなかにもまた聞くこと難きものあり、
薄徳のもの・凡愚(過去世の善根の薄い人あるいはない人)のなかにもまた聞くものあり


実例

弥勒菩薩、達磨大師は過去世の善根が厚いけど聞くこと難し
耳四郎は過去世の善根が薄いけど聞くことができた

弥勒菩薩は大経を聞いていても未だに獲信できない。
過去世の善根と獲信とは無関係の実例

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時27分

しかれば、 宿善の機をまもりて、 当流の法をばあたふべしときこえたり。 このおもむきをくはしく存知して、 ひとをば勧化すべし。 (3帖目12通)

 
>宿善の機だけという掟をまもって親鸞聖人の教えを与えなさい。

宿善の機をまもりて、 ですが。だけとは書いていませんが。
いずれの経釈によるとも宿善にかぎるから、
宿善の機を大切にお守りし、親鸞聖人の教えをその人に説きなさいときこえたり。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時42分

>宿善の機をまもりて、 ですが。だけとは書いていませんが。

「まもりて」

決めたことや規則に従うことをいいます。

国語の問題ですが、無宿善の機に「当流の法をばあたふべし」とはどこにも書いていないですよね。

宿善の機と無宿善の機を区別しなさい。
宿善の機には「当流の法をばあたふべし」
無宿善の機には「・・・・・・・・」

ここから何が分かりますか?

あとは国語の授業で学びましょう。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時52分

それか、お得意の真宗の常識で、

蓮如上人は無宿善の機にも「当流の法をばあたふべし」と仰っている

と解釈しているテキストでも出してみましょうね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 17時54分

たとえばテロ対策としてこんなことが決めごとであったとしたら。

「セクハラの問題もあって男と女は違うのだから、男と女を区別しなさい。
そして男にはボディーチェックをしなさい。」

このようにしか決めていなかったら、
女にもボディーチェックをしなければならないと理解しますか?

これ以上は言っても無駄ですから。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時00分

親鸞会の屁理屈にはウンザリ。

無宿善の機に至りては力およばず。

これで、無宿善の機に話をせよと言えるかってこと。

本当に、親鸞会にはウンザリ

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時14分

>親鸞会の屁理屈にはウンザリ。

無宿善の機に至りては力およばず。

>これで、無宿善の機に話をせよと言えるかってこと。


『無宿善の機に話をせよ』とは誰も言ってませんが。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時29分

無宿善の機に話をする時は注意せよ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時33分

無宿善の機に話をしてはいけないとはどこにも書いていない。
分別して勧化せよという掟。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時36分

>『無宿善の機に話をせよ』とは誰も言ってませんが。

その通り。

無宿善の機には話をするな。

>無宿善の機に話をする時は注意せよ。

注意ではなく話をするな。

真宗の常識を記したテキストはまだ出てこないのですか?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時38分

>無宿善の機に話をしてはいけないとはどこにも書いていない。
>分別して勧化せよという掟。

話をせよとはどこにも書いていない。
勧化せよともどこにも書いていない。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時39分

親鸞聖人のお言葉

この御なかのひとびとも、少々はあしきさまなることのきこえ候ふめり。
師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなづりなんどしあはせたまふよし
きき候ふこそ、あさましく候へ。すでに謗法のひとなり、五逆のひとなり。な
れむつぶべからず。『浄土論』(論註・上)と申すふみには、「かやうのひとは仏法信ずるこころのなきより、このこころはおこるなり」(意)と候ふめり。また至誠心のなかには、「かやうに悪をこのまんにはつつしんでとほざかれ、ちかづくべからず」(散善義・意)とこそ説かれて候へ。善知識・同行にはしたしみちかづけとこそ説きおかれて候へ。
 悪をこのむひとにもちかづきなんどすることは、浄土にまゐりてのち、衆生
利益にかへりてこそ、さやうの罪人にもしたがひちかづくことは候へ。
           (末灯鈔)

大意は、

「師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなづりなんどしあはせたまふ」
謗法罪・五逆罪を造っている罪人には近づくな。そんな者を勧化するのは浄土に往生して還相回向で戻ってきてからにしなさい。


「師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなづりなんどしあはせたまふ」ような無宿善の機には話をするな。還相回向で戻ってからにしなさい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 18時47分

どうせ話をするのなら、ご本尊、南無阿弥陀仏のお徳、はたらきについてにしませんか。自分の心を観るなら浄土真宗以外にもありますよ。

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月25日 (水) 19時36分

教義については既に決着がついています。
「親鸞会教義の誤り」
「飛雲」
に詳しく書かれています。

明らかに誤っていることをしつこく書き込んでいるのは「御縁の浅い人」を騙すためです。

参考として高森の言葉を挙げておきます。
「40年や50年で求まるものではない」
「人生の目的ではなく多少永劫の目的である。一生や二生で解決のつく問題ではない」
「達成できなくても求める身になっただけで幸せ」
「君たちは19願の入り口にも立っていない」

親鸞会学徒が親鸞会で一生求道しても、後生の一大事解決できず虚しく死んで行くのだと高森自ら白状しております。高森会長に一向専念するか、阿弥陀如来に一向専念するかは一人ひとりの判断です。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時04分

→【浄土真宗本願寺派テキスト 学習課程「真宗Ⅰ」p.15】
「必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。」

本願寺内でも諸説あるし、真宗の常識が正しいなら

親鸞聖人のみ教えに善の勧めはない

が正しいで決着済みですね。
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飛雲氏(タコ入道氏)の特徴として、法論の窮地に立つと、文脈の読み取れない自身のオリジナル教義を宣揚します。

みなさん、気をつけましょう。

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時13分

親鸞聖人 必堕無間と仰ったことはない。アジャセに対しても必堕無間ではないと仰っている。

高森会長 信心決定しなかったら必堕無間


これが同じですか?
これが親鸞聖人の教えを正しく伝えていると言うのですか?

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時18分

新歓で話してみれば分かるけど、同じ話をしても危ない宗教、神様仏様オウムじゃないのと謗る人もいれば、相対の幸福で無常と罪悪を感じて即入会して一生懸命に聴聞する人もいます。善知識に遇える人もいれば、浅原に遇う人もいます。この違いが宿善の有無、厚薄なのかと思います。
危ないカルト宗教だと謗っていた人が何かの縁で講師になる人もいれば、バリバリの親鸞会の大講師だった人が、悪知識だと謗り出し、因果の道理も関係なく悪をやっても大丈夫だ、相対の幸福が人生の目的だと狂いだす人もいます。
つまり、そういう無宿善の機の人には話してはダメ、近づいてもダメ、法論なんて以ての外だという事ですか。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時27分

法論とは、お聖教に基づいて行われるもの。

親鸞会の理屈は、

高森会長がこのように本願寺の間違いを正して教えている。
高森会長の教えていることと本願寺のテキストに書いてあることが一致しているから正しい。

これどうよ。

親鸞聖人が「必堕無間」と仰ったお言葉を示さない限り、高森会長の正当性など証明されない。本願寺の1つの説が正しいなんていったら、本願寺の他の説は間違いになるし、単に仲間を作ってしか自己の主張に対して自信がもてないなんて、かわいそう。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時29分

飛雲氏は、教祖様。

親鸞会、本願寺、共に批判する、

飛雲教の教祖様です。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時35分

挙げ足も取れず、負けが確定したとなると後は、人格攻撃しか手はないってこと。

親鸞会はワンパターン。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時40分

親鸞会に法論できるだけの教学なんて最初からないんだから。
高森会長が法論から逃げているのは、当然の当然。

高森会長はお聖教を読んだことがないんだからさ。

アジャセの話も全く知らないでしょ。知ってたら、三願転入が万人共通の道なんて言えないよ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時43分

タコ入道は何年たっても同じ教義の繰り返しで排他的、独善的、押し付けだけしかありません。まさに思考停止状態とはこれいかに。
法論申し込んで応じないのは親鸞会が悪いと思ったけど撤回します。
法論の意味が分かってないから公約から排除されただけ。

タコの法論---お聖教振り回して相手に勝つ事、相手が間違いで自分が正しい
公約の法論---真実開顕の為に論議する事、お互いに納得する事

斬れる宝剣振り回して自己満足で暴れてる人。
斬りつけられても因果を信じて謗られても黙認している親鸞会の方か大人だね。タコ入道は失礼か、弁念殿の怒り狂う気持ちも分かります。
宿善厚い人ですから、素直に自分鏡を見て下さい。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時44分

とりあえずのまとめ

・必堕無間について

 親鸞聖人は仰ったことがないし、否定されている

 高森会長は肯定どころか断言までしている

・無宿善の機について

 蓮如上人は無宿善の機には話をするなと仰っている

 高森会長は無宿善の機にこそ話をしなければならない


これで高森会長が正しく親鸞聖人の教えを伝えていると考えるなら、その人は完全な無宿善の機ですね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時48分

>同じ教義の繰り返し

違う教義を出す方がおかしいと思わないのかね(笑)

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時49分

全人類は悪人だ
全人類は地獄ゆきだ
以前の飛雲さん(タコ入道さん)のコメント。
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この根拠はないということで、完全決着です。
したがって

>浄土真宗本願寺派テキスト「真宗 Ⅰ」p.15

>必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。

これも間違いです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時53分

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


残念ですが、これに応じちゃったんだよね。
法論が成立している訳。
その証拠が顕真のひと口問答


問い

弥陀に救われずに死ぬ人は、六道輪廻するか、または十九願・二十願の行者は化土へ往生すると親鸞聖人は教えられているのに、地獄に堕ちるというのは間違いだと言う人がありますが、如何でしょうか。

答え

 蓮如上人は「信心決定せずは、報土往生すべからず」(『御文章』三帖目八通)と、報土に対する化土ですから、十九・二十願の行者の化土往生も排除されてはいません。 また、六道の中には無間地獄もありますから「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」とも『御文章』(二帖目二通)にあります。


法論に応じておいて、今更、法論をしていませんっていってもね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時53分

法鏡に映る姿は五逆法謗闡提だけど、弁念殿は他人鏡を見ても我利我利亡者で排他的攻撃的と言われて皆から嫌われています。自分鏡は見た事ないのですね。他人鏡も自分鏡も見えないのですから、法鏡に映る真実の自己の姿など観る事が出来ません。弁念の様に怒り狂って親鸞会と高森先生に宝剣振り回して襲いかかり、一人で勝手に地獄に向かっているだけの事です。誰からも相手にされなくなりますよ。無宿善の機は相手にするななどと言っていてはね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時55分

>浄土真宗本願寺派テキスト「真宗 Ⅰ」p.15

>必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。

どう考えても間違いでしょう。

親鸞聖人は必堕無間とは仰っていないどころか、否定されているのですから。

本願寺が言っているから高森会長が正しいとか、恥ずかしくないのかよ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 21時56分

改めて。

以前の飛雲さん(タコ入道さん)のコメント。

----------------------------------------------------------------
全人類は悪人だ
全人類は地獄ゆきだ
この根拠はないということで、完全決着です。
したがって

>浄土真宗本願寺派テキスト「真宗 Ⅰ」p.15

>必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。

これも間違いです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時00分

では、親鸞会だけ批難するのはおかしいではありませんか。

本願寺も批難するべきです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時03分

>浄土真宗本願寺派テキスト「真宗 Ⅰ」p.15

>必堕無間のあさましい存在が、定得往生の者であるというよろこびに生きるのです。

だから親鸞聖人が仰っていないし、否定された必堕無間をいっていることが間違いでしょ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時03分

本願寺はカルトではない。
親鸞会はカルトなので、非難されるべきである。

以上

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時06分

>同じ教義の繰り返し

違う教義を出す方がおかしいと思わないのかね(笑)
-----------------------------------------------

自分流に解釈した、本願寺でも親鸞会でも通用しない、オリジナル教義を繰り返しているのです。

まだ気づかれていないのでしょうか。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時12分

実に適格な回答だと評価したのに人の話は無視ですね。
今まで高森先生の聴聞などまともに出来た事がない人だ。
形だけ聞いてるふりをして周囲に合わせていただけでした。
都合の悪い話に耐えられなくなり、退会して自分に都合よく解釈した。
自分の方が正しいから、嘘を言う親鸞会を成敗してやると力んでいる。
親鸞会はただ無視するだけなので、益々怒りが増幅して自業苦で苦しむ。
惑って謗法罪、悪因悪果で大苦悩、更に怒り狂って謗法罪、繰り返し繰り返し本当の地獄に向かい、必堕無間になっちゃった。
いったいどこまで繰り返せば気が済む事やら。早く断ち切れや!

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時14分

結局何一つ、親鸞聖人のお言葉は出てこないのですね。

親鸞会は法論に完璧に負けると人格攻撃しかしないので、分かりやすいのですよ(笑)

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時17分

本願寺はカルトではない。
親鸞会はカルトなので、非難されるべきである。

以上
--------------------------------------------------

そうですか。わかりました。

カルトがどうのこうのの見解は、あなただけの問題として扱われてください。

「必堕無間」について、親鸞会・本願寺の一致に間違いはありません。

これを批難される方はどうぞ、ご自分で一宗一派を建ててください。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時22分

あの〜。

私は、飛雲を読んで親鸞会をやめたのですが、支部長は私を説得できませんでした。
同じように、飛雲を読んで親鸞会をやめた人は100人を優に超えているでしょう。

親鸞会にとって、天敵でもあり、会員に多大なる影響を与える飛雲さんを野放しにして、それで正法宣布といえますか?

今、私の知り合いで、新たに会員が飛雲を読んでやめようとしています。

高森会長は、指を咥えて見ているだけなんですね。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時24分

>実に適格な回答だと評価したのに人の話は無視ですね。
今まで高森先生の聴聞などまともに出来た事がない人だ。
形だけ聞いてるふりをして周囲に合わせていただけでした。
都合の悪い話に耐えられなくなり、退会して自分に都合よく解釈した。
自分の方が正しいから、嘘を言う親鸞会を成敗してやると力んでいる。
親鸞会はただ無視するだけなので、益々怒りが増幅して自業苦で苦しむ。
惑って謗法罪、悪因悪果で大苦悩、更に怒り狂って謗法罪、繰り返し繰り返し本当の地獄に向かい、必堕無間になっちゃった。
いったいどこまで繰り返せば気が済む事やら。早く断ち切れや!


→カルトの特徴がよくあらわれた文章だと思います。地獄責めをこのように行いマインドコントロールをしています。
これから退会する人は一応おさえておきましょう。この文章をよく覚えておきましょう。有難うございました。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時27分

親鸞会の教義の根拠は、お聖教にはないことは、このコメント欄を見てはっきりしました。

必堕無間も、高森会長と本願寺の一部の人の誤解なんですね。

本願寺の説法を聞くとわかりますが、本願寺も一枚岩ではないです。いろいろな解釈をする人で溢れています。

必堕無間が間違いと言われた布教使もいました。

親鸞会は、自信喪失した腑抜けの集団と化したみたいです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時32分

飛雲の性格は中根や北Kと同類だけど、中根は平成の善知識になり、北Kは卒業親鸞会のお花畑かもしれない。親鸞会では大幹部をやっていた。人の話を聞かず、意味不明とか日本語勉強しろよが口癖な奴。目星がついたけど、正体が奴ならば、もつとも嫌いな親鸞会のタイプ、宿敵だ。何十回も報告書や詫び状や反省文や始末書を書かされて意味不明だ日本語勉強しろと皆の前で怒鳴り散らされて、こいつは宿敵だと思った奴。奴のせいで親鸞会が大嫌いになり辞める事に追いやられました。親鸞会の内部に悪い雰囲気を作り出し、多くの同行を退会に追いやった憎き奴なのか。今度は退会して外部から圧力をかけて潰す事を企んでいるのだろうか。奴ならば、実に恐ろしい宿敵だ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時36分

飛雲とやらは、悪魔のような恐るべき存在だと知られたり。
正体は誰も知らない、知られちゃいけない。飛雲マンが誰なのか。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時45分

必堕無間も、高森会長と本願寺の一部の人の誤解なんですね。
------------------------------------------------------

これまたいい加減な同行が現れられた。

「必堕無間のあさましい存在が私たちである」

とは、西本願寺の司教・勧学が結集して完成された、僧侶養成のテキストであり、教科書に載っている言葉です。

勝手なことを言われないように。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 22時56分

それで、必堕無間とおっしゃった親鸞聖人のお言葉がありましたか?

ないですよね。

ないなら、間違いでしょう。

親鸞聖人は、必堕無間を否定されていますから。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時06分

『安心論題』の二種深信の機の深信の説明。


機実を知らされるということは、罪悪生死の凡夫で出離の縁あることなき私であると知らされることであり、出離の縁あることなき私であると知らされることは、私のカが出離のために役に立たないと知らされることであり、私の力が役に立たないと知らされることは、私のはからいを捨てるということであります。ですから、信機は捨機であるといわれます。


必堕無間らしい表現は全くないです。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時13分

『安心論題』は、本願寺派で長年受け継がれてきた教学です。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時16分

今は言ってないかもしれないが、以前は高森会長は、「18願の内容を平易な言葉で言えば『どんな人をも必ず助ける、絶対の幸福に』である」と言っていた。しかし、高森会長が黒板によく描く「横の線」は「どんな人でも」進める道ではない、と会員は理解しているし、高森会長もそう思っている。会員は「横の線」を進むことができる少数者になろうと自らを鞭打ち、会の活動に挺身する。高森会長は、「そんなことでは選ばれし精鋭にはなれんぞ」と会員を叱咤する。男女貴賤を選ばれない本願なのに、「実は選ばれた者がなれるんじゃ」とサブリミナル・メッセージを注入する。会員に矛盾したメッセージを与え、それでいて会員に不整合感を抱くことさえ禁ずる。カルトたる所以か。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時19分

文句があるなら、お西の勧学寮、門徒および僧侶養成テキスト編集部へどうぞ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時20分

必堕無間は間違いだ

これについて文句があるなら、親鸞聖人へどうぞ。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時29分

本願寺をこれまでさんざん批判、非難、罵倒しておきながら、今頃になって親鸞会と本願寺で一致した見解だとか言い出すとは、ガチで舐め腐っていますね。

会員も結構な人数がおかしいと思ってるけど、内部で声をあげてどうにかなる問題じゃないから、どんどん退会していますね。
ここ最近、親鸞会擁護の書き込みが一気に増えたのも、そうやって会員減少が顕著になったからなのでしょうか…

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時41分

親鸞聖人が、極楽浄土に往生定まり、「地獄は一定すみかぞかし」と味わわれた、その真意を知らねばなりません。

親鸞聖人が、どこの地獄と聞かれて「等活地獄」とお答えになられるか、それとも、「無間地獄」とお答えになられるか。

一人一人が、よく味わわねばならないことだと思います。

投稿: | 2016年5月25日 (水) 23時46分

親鸞聖人が、父親を殺したアジャセに対して、「地獄に堕ちない」と仰った、その真意を知らねばなりません。

親鸞聖人が、地獄に堕ちるの人はと聞かれて「念仏誹謗の有情」とお答えになられ、あるいは、「ひがごとを申す者」とお答えになられた。

一人一人が、よく味わわねばならないことだと思います。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 06時06分

選ばれた人だけが進める道などではありませんし、最初から進み切れる道でもありません。二河白道の譬えで教えられる様に、必ず三定死という最悪の状況に繋がっている道です。それでも、全力で進み切ろうと自力一杯に進まなければ他力の世界には救われません。本願と相違するからです。邪見驕慢悪衆生とか唯除五逆誹謗正法がその根拠です。機の深信に泣かされるのです。
弁念殿のように勝手に都合よく解釈してはいけません。誰からも相手にされなくなります。弁念も地獄一定の心を諦観しなさい。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 06時44分

三定死の後に白道に乗って白道を進むのです。
自力を捨てなければ白道には乗れないのです。
阿弥陀仏の喚び声(18願)を聞いて初めて白道に乗るのです。
白道は他力の道です。
高森会長の嘘の二河白道の譬えに騙されてはいけません。すでに本願寺からも相手にされなくなり、退会者だけが慈悲で相手にしているのです。
念仏誹謗、念仏のひがごとを言っている罪により、地獄に堕ちていく高森会長に従うと同じところへいくことを諦観しましょう。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 07時55分

無宿善の機に仏法の話をしてはいけないという人は、
もし自分の両親が無宿善の人だったら、話しないの?

投稿: | 2016年5月26日 (木) 10時21分

話をしてみて、これは無宿善の機だとなれば残念ですが、

無宿善の機に話をすると誹謗のもとになるから、話をするな。

この通りです。謗法罪を造らせたいのなら別ですが。

ただし、何かの縁で心変わりをするかもしれませんので、時と場合に応じてでしょう。


投稿: | 2016年5月26日 (木) 10時56分

>無宿善の機に話をすると誹謗のもとになるから、話をするな。

>この通りです。謗法罪を造らせたいのなら別ですが。

>ただし、何かの縁で心変わりをするかもしれませんので、時と場合に応じてでしょう。


御文章には、無宿善の人に正雑二行の話をすると謗法の元になるとしか書かれていませんが。
心変わりとは?縁とは?
宿善は厚くならないのが、退会者の主張ですが。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 11時06分

>宿善は厚くならないのが、退会者の主張ですが。

挙げ足とりに必死のようですが、他人の主張をしっかり読んでからコメントしましょう。


1.聖道門の主張

  (宿善=過去世の善根)=善知識にあう因縁

2.善導大師・源信僧都・法然上人・親鸞聖人・覚如上人

  (宿善=過去世の善根)≠善知識にあう因縁

3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

投稿: | 2016年5月26日 (木) 11時36分

親鸞聖人は、

仏法を謗るような者には近づくな。還相回向で戻ってきてから勧化しなさい。

と仰っていると言うことは、たとえば還相の菩薩の縁があったりすれば、心変わりすることもあり得るが、凡夫には無理だからするなということ。

闡提もいつまでも闡提ではないと親鸞聖人も涅槃経を引用されて説明されている通り。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 11時41分

>3.覚如上人・蓮如上人

  (宿善=善知識にあう因縁)≠過去世の善根

この決めつけの根拠は?一体どれだけ都合よく解釈しているんだ!

投稿: | 2016年5月26日 (木) 12時50分

ここでも読んでからコメントしては如何でしょうか?

親鸞会邪義「宿善と聴聞と善のすすめ」--飛雲より
親鸞会発行『顕真』に連載された「宿善と聴聞と善のすすめ」の嘘を暴く
http://shinrankaishukuzen.seesaa.net/

投稿: | 2016年5月26日 (木) 12時58分

お聖教を読んでもいないのに、あれは間違った解釈だとか決めつけだとか言わない方がいいですよ。

宿善については、これまで退会者のブログで何十回と取り上げられているテーマです。すべてお聖教に基づいて説明されています。

高森会長は、決めつけの解釈しかしていません。だから矛盾が生じて追求されて逃亡しているのですよ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時03分

こっちの方がまとめてあるから分かりやすいかも。

親鸞会の邪義を正す
http://blog.livedoor.jp/sutybi/archives/1280731.html

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時05分

このサイトや飛雲は悪縁なので近づくべからずだと言われています。
面白いので近づいてますが、しょせん片目猿の集団には間違いありません。
疑問が出て質問すると、親鸞会は即答でスッキリ解決します。
こちらでは、宿善一つでああだこうだと何年やっても進歩なし。
無宿善の機は反応がないけど、謗法罪を作る輩は逆法を縁として仏縁になる事があります。浅く広く縁ある人に平等に分かり易く親鸞聖人の教えを伝える親鸞会はたいしたものだと感心します。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時18分

と負け犬の遠吠えしか言えませんね。

飛雲や多くのブログを読んだ人が、100人単位で親鸞会を退会しているのに、高森会長も親鸞会も何もできずに手をこまねいて見ているだけ。
退会する者は見捨てるという無慈悲な方針なのか、教義的に説得できないとあきらめているのか、どちらかですね。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時23分

>獲信のための善の勧めは、親鸞聖人にも蓮如上人にも全くありません。関係ないからです。

釈迦は慈父、弥陀は悲母なり。われらがちち・はは、種々の方便をして無上の信心をひらきおこしたまへるなりとしるべしとなり。おほよそ過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまひしみもとにして、自力の菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしによりて、いま大願業力にあふことを得たり。
(唯信鈔文意)

聖道門の機だけ、とは書いてない。

聖道門の人も含めた群生海、普く諸有海と
要門釈に書いてある。

群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機だけなら、

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して定散諸機を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して定散諸機を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

となるが実際はそうではない。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時38分

親鸞会の目的---親鸞聖人の教えを正しく多くの人に伝える事
飛雲の目的----内外から親鸞会を徹底的に叩き潰す事

飛雲が奴ならば、講師していた時は一般会員に講師学院のような事を強要し、俺の言う事は会長の言葉だと思えとか、そんな事では後生は一大事だと脅し、報告書や反省文や始末書を書かせ、会合だと呼び出して指摘ばかりしていたね。御法礼も強要していたよ。奴がいなくなったら親鸞会も親切で優しく至れり尽くせりになりました。
今度は退会者を相手に煽り立てているだけ。
マッチポンプ詐欺じゃないですか。
退会者は奴の工作で二度騙されている事になります。
恐るべき工作員だ。 奴は確か実家が寺関係の人だったと思います。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時40分

奴は教学が得意でいつも人を見下した発言をしていたから、奴に間違いないと思い込んでます。恐るべき宿敵だ。感情の起伏も激しく、女性には優しくデレーっとしていた。エムハルではなく、こんばんわ、ヒウンマンですだ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時45分

>聖道門の機だけ、とは書いてない。

全人類とも書いてない。

>群生海(すべての人)と普く諸有海(すべての人)が定散諸機だけなら、

>聖道門の機だけ、とは書いてない。

もし全人類という意味なら

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して【一切の】群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して【一切の】諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

となるが実際はそうではない。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時46分

宿敵「ヒウンマン」現るの巻

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時47分

群生海、普く諸有海
これをどちらも定散諸機(聖道門の機)だけだと決めつける屁理屈。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時56分

19願の十方衆生の意味

平等覚経   諸佛國人民有作菩薩道者(諸々の仏国の菩薩道をなす者)
大阿弥陀経  八方上下無央數佛國諸天人民若善男子善女人有作菩薩道(諸々の仏国の菩薩道をなす善男人善女人)
尊号真像銘文  「唯除五逆誹謗正法」がないから、五逆・謗法の者は除かれている
化土巻・要門釈  半満・権実の法門(聖道門)を断念した人
西方指南抄  諸行の人
浄土和讃  定散諸機
高僧和讃  定散諸機

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時15分

お得意の真宗の常識

本願寺出版社の教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』補註


親鸞聖人は四十八願の中で、往生の因を誓われた第十八願、第十九願、第二十願のうち第十八願のみが真実願であり、第十九願、第二十願は方便願であるとされた。第十八願は、他力回向の行信によって、真実報土の果を得しめられる真実願であり、第十九願は、自力諸行によって往生を願うものを、臨終に来迎して方便化土に往生せしめることを誓われたものであり、第二十願は、自力念仏によって往生を願うものを、方便化土に往生せしめることを誓われた方便願であるといわれるのである。そしてこの三願は、聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願が、自力諸行の機を念仏の法門に導き、さらにその自力心を捨てしめて第十八願の他力念仏往生の法門に引き入れるために第二十願が誓われたとされている。


 
「聖道門の機を浄土門に誘うために第十九願」

真宗の常識

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時16分

言っておきますが、本願寺が言っているから正しいなんて親鸞聖人かみたいなことを言うつもりはありません。真宗の常識から正しいとかいう親鸞会へのあてつけですから、念のために。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時18分

訂正

言っておきますが、本願寺が言っているから正しいなんてことをいうつもりはありません。真宗の常識から正しいとかいう親鸞会へのあてつけですから、念のために。


これが正しいです。訂正します。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時22分

親鸞会の目的---親鸞聖人の教えを正しく多くの人に伝える事
飛雲の目的----内外から親鸞会を徹底的に叩き潰す事

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時30分

真宗の常識


『正信偈』に「五濁悪時(ごじょくあくじ)の群生海(ぐんじょうかい)」とありますが、どういう意味ですか。

(52歳・男性)


 ひと言で申しますと、五濁(ごじょく)という悪い時代の生きとし生けるものということです。群生(ぐんじょう)とは群がり生きるもの、海とは無限を意味する言葉で、人間をはじめとする無数の生物をいいます。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時31分

悪の権仮ヒウンマン。
間違ってる間違ってると正しくはこうだと勝手な講釈を述べてるだけ。
親鸞会は間違った事いうカルトだと洗脳工作してるだけ。
それ以外には何も教義がありません。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時34分

群生海、普く諸有海

素直に読めば、生きとし生けるものすべて。

釈迦むに仏、福徳蔵(19願)を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」(19願)と名づく(教行信証化身土巻)

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時35分

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。

と仰っています。
前半は

外道の人が半字教(小乗仏教)、満字教(大乗仏教)、権教(四車家の立場から聖道門内の三乗)、実教(四車家の立場から聖道門内の一乗)、つまり聖道門に入るといえども、真実のものははなはだ少なく、虚偽のものははなはだ多い。

です。外道から聖道門に入っても、聖道門の教えを実践していける者が甚だ少ないことを仰ったお言葉です。

それを承けられて
【ここをもつて】
釈尊は、福徳蔵(観経の定散二善)を説かれた、と仰っています。聖道門の修行に堪えれない人のために観経を説かれたということです。その御心は阿弥陀仏の19願にあったというのです。

その元は、法然上人の『西方指南抄』(親鸞聖人御真筆)に

第十九の願は、諸行之人を引入して、念仏の願に帰せしむと也。

とあることを受け継がれたものと言えるでしょう。
『浄土和讃』で19願の心を解説なされた

臨終現前の願により 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらはして 定散諸機をすすめけり

に仰っておられる通りです。「定散諸機」とは、定善の機、散善の機ということです。
『正信偈』の「矜哀定散与逆悪」『正信偈大意』の「されば定散の機をも五逆の機をも、もらさずあはれみたまひけりといふこころなり。」とあるように、「定散の機」と「五逆の機」は別であると仰っています。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時53分

必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
 http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm 上記は、サイトページ『宗教文化論1――宗教とアイデンティティ』、及び『総論:カルトに関する基本的理解』からの抜粋です。カルトとは一体何んなのかということで、私たちがカルトの定義について理解する上で、とても役立つものと思い、ここに紹介しました。宝珠愚者編著 


殆どあてはまる親鸞会はカルトでしょうね。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時53分

ミクシィでの三願転入の法論はここがポイントだった。

今回もそうですが、高森会長は前半を削除している。

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここをもつて

断章取義の典型

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時55分

これによりて方便の願(第十九願)を案ずるに、仮あり真あり、また行あり信あり。願とはすなはちこれ臨終現前の願なり。行とはすなはちこれ修諸功徳の善なり。信とはすなはちこれ至心・発願・欲生の心なり。この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す。この要門より正・助・雑の三行を出せり。この正助のなかについて、専修あり雑修あり。機について二種あり。一つには定機、二つには散機なり。(化土巻)


19願の機について、「二種あり。一つには定機、二つには散機なり。」

定散諸機ってことですよ。
残念ですね。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 14時59分

>親鸞会の目的---親鸞聖人の教えを正しく多くの人に伝える事

目的はそうだと思いますが会長の教学で実現するのは難しい。はやく飛雲さん等と真宗の基礎から法論して、会員の知らぬ間に少しずつでも正しい方向に修正するのが今考えられる唯一の方法でしょう。

飛雲の目的----内外から親鸞会を徹底的に叩き潰す事

潰す必要があるかどうかは疑問です。ダイバがいるから、お釈迦様が光るわけですから。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時01分

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。


>外道の人が半字教(小乗仏教)、満字教(大乗仏教)、権教(四車家の立場から聖道門内の三乗)、実教(四車家の立場から聖道門内の一乗)、つまり聖道門に入るといえども、真実のものははなはだ少なく、虚偽のものははなはだ多い。

です。外道から聖道門に入っても、聖道門の教えを実践していける者が甚だ少ないことを仰ったお言葉です。

それを承けられて
【ここをもつて】
釈尊は、福徳蔵(観経の定散二善)を説かれた、と仰っています。聖道門の修行に堪えれない人のために観経を説かれたということです。その御心は阿弥陀仏の19願にあったというのです。

聖道門の修行に堪えれない人のためでもあり、
それ以外の生きとし生けるものすべてのものを浄土へ導くためでもあります。

なので、群生海、普く諸有海と表現されています。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時37分

ミクシィで大惨敗したのに、進歩がない。

「しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。」

聖道門と無関係の人も入るなら、この部分は無意味になる。
書く必要がない。

書く必要があるからこの後に

「ここをもつて」と繋がっているので、前と無関係なら「ここをもつて」は要らない。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時43分

19願の機について、「二種あり。一つには定機、二つには散機なり。」と親鸞聖人は仰っていますが、どこに「逆悪の機」と書いてあるのですか?

書いていないことを勝手に入れるのを、勝手な解釈と言うのではないですか?

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時44分

>聖道門と無関係の人も入るなら、この部分は無意味になる。
書く必要がない。

ならん!
聖道門では助からんことが一般の人に分かるだろ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時48分

>19願の機について、「二種あり。一つには定機、二つには散機なり。」と親鸞聖人は仰っていますが、どこに「逆悪の機」と書いてあるのですか?

>書いていないことを勝手に入れるのを、勝手な解釈と言うのではないですか?

すべての人を定機、散機に育て上げるのが釈迦の使命です。
18願に入れるために。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時51分

一般の人関係ないですが。
聖道門をやっている人は聖道門で助かると思ってやっているので、聖道門で助からないと分かって聖道門をやっているのではないですよ。

聖道門で助かろうと思ってやってはみたものの、とても無理だ、と断念した人が多いから、

ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時51分

>すべての人を定機、散機に育て上げるのが釈迦の使命です。

根拠はありませんね、いつもの妄想です。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 15時52分

>一般の人関係ないですが。
聖道門をやっている人は聖道門で助かると思ってやっているので、聖道門で助からないと分かって聖道門をやっているのではないですよ。

聖道門で助かろうと思ってやってはみたものの、とても無理だ、と断念した人が多いから、

ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。

>根拠はありませんね、いつもの妄想です。


まずは聖道門の教えを説いて実行させ、聖道門では助からないと知らしめて、すべての人に弥陀の本願を説いたのが釈迦仏。

然れば『大経』には、
「如来所以興出於世 ・欲拯群萌 ・恵以真実之利」
とのたまえり。
  この文の意は、「如来」と申すは諸仏を申すなり。
「所以」はゆえという語なり。
「興出於世」というは仏のよにいでたまうと申すなり。
「欲」はおぼしめすと申すなり。
「拯」はすくうという。
「群萌」はよろずの衆生という。
「恵」はめぐむと申す。
「真実之利」と申すは弥陀の誓願を申すなり。
  然れば諸仏の世々に出でたまう故は、弥陀の願力を説きて、よろずの衆生をめぐみすくわんと思召すを本懐とせんとしたまうが故に、「真実之利」とは申すなり。然ればこれを「諸仏出世の直説」と申すなり。
(一念多念証文)

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時08分

>まずは聖道門の教えを説いて実行させ、聖道門では助からないと知らしめて、すべての人に弥陀の本願を説いたのが釈迦仏。

この根拠がないですよ。
一念多念証文にはそんな意味はないですが。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時35分

正しくは

聖道門のできる機には聖道門の教えを説いて実行させ、聖道門では助からないと知らしめて、まずは19願に導き入れて、最終的にはすべての人に弥陀の18願を説いたのが釈迦仏。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時41分

唯一真実の経典である『大無量寿経』の冒頭に、釈尊は自らの出世本懐を、こう告白されている。

「如来、世に出興する所以(ゆえん)は道教を光闡し、群萌(ぐんもう)を拯(すく)い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり」 (上巻) 

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時46分

まず地球上の人々に聖道門の教えを説いて実行させ、聖道門では助からないと知らしめて、まずはすべての人を19願に導き入れて、最終的にはすべての人を弥陀の18願に導こうとしたのが釈迦仏。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時51分

「如来、世に出興する所以(ゆえん)は道教を光闡し、群萌(ぐんもう)を拯(すく)い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり」 (上巻) 

現代語に訳すと

世にお出ましになるわけは、 仏の教えを説き述べて人々を救い、 まことの利益を恵みたいとお考えになるからである。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 16時55分

19願>釈迦の説かれた聖道門

投稿: | 2016年5月26日 (木) 17時01分

18願>19願>釈迦の説かれた聖道門

投稿: | 2016年5月26日 (木) 17時03分

>まず地球上の人々に聖道門の教えを説いて実行させ、聖道門では助からないと知らしめて、まずはすべての人を19願に導き入れて、最終的にはすべての人を弥陀の18願に導こうとしたのが釈迦仏。

ということは、聖道門から始めよということですね。
高森会長が本願寺から言われて全力で否定した内容ですけど。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 17時09分

>ということは、聖道門から始めよということですね。
高森会長が本願寺から言われて全力で否定した内容ですけど。

はい、聖道門でさとれるなら聖道門から始めて下さい。方便ですから真実に近づきます。
ただし、今は末法の時機だから、さとれません、助かりません。

なので19願から始めることをおすすめします。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 17時24分

聖道門で助かろうと思ってやってはみたものの、とても無理だ、と断念した人が多いから、
新たに、すべての人が助かる道である弥陀の本願をすべての人のために説かれた。

ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。

なぜ、これがいけないんですか?


投稿: | 2016年5月26日 (木) 17時29分

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。(化土巻)

ここは要門釈といって19願を説明された部分なので、福徳蔵は観経の定散二善、本誓願は19願のこと。
定散二善を説かれ19願を建てられた理由が前半。

よって

聖道門で助かろうと思ってやってはみたものの、とても無理だ、と断念した人が多いから、
新たに、聖道門と同じ善を回向して浄土へ往生する道をそれらの人のために説かれた。

となります。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時10分

>定散二善を説かれ19願を建てられた理由が前半。

ならば、、半満・権実の法門に入るといへども、偽なるもの、虚なるもののために19願が建てられた。
偽なるもの、虚なるものがいなければ、19願は無かった。

しかし、実際には19願が先にあった。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時18分

>定散二善を説かれ19願を建てられた理由が前半。

ならば、、(地球上で)半満・権実の法門に入るといへども、偽なるもの、虚なるもののために19願が建てられた。
(地球上で)偽なるもの、虚なるものがいなければ、19願は無かった。

しかし、実際には19願が先にあった。

2016/05/2

投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時20分

まだ言っているんだ(笑)

19願の前に聖道門はあった。

法蔵菩薩が、
19願を建てられたのは、聖道門を断念する人のため。
18願を建てられたのは、聖道門とは縁のない人のため。

釈迦如来が
観経で定散二善を説かれたのは、聖道門を断念する人のため。
観経で定散二善を説かれた基となったのが19願。


投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時26分

大経異訳経の『平等覚経』18願(『大経』19願に相当)

我作佛時。【諸佛國人民有作菩薩道者】。
常念我淨潔心。壽終時我與不可計比丘衆。
飛行迎之共在前立。即還生我國作阿惟越。
不爾者我不作佛


大経異訳経の『大阿弥陀経』7願(『大経』19願に相当)

使某作佛時。令【八方上下。無央數佛國。
諸天人民。若善男子善女人。有作菩薩道。】
奉行六波羅蜜經。若作沙門不毀經戒。
斷愛欲齋戒清淨。一心念欲生我國。
晝夜不斷絶。若其人壽欲終時。
我即與諸菩薩阿羅漢。共飛行迎之。
即來生我國。則作阿惟越致菩薩。智慧勇猛。
得是願乃作佛。不得是願終不作佛


菩薩道を作す者のために建てられたのが19願。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時29分

法蔵菩薩が願を建てられた時には、聖道門があった。修行している人もたくさんいた。途中で断念する人もたくさんいた。

それでそんな人のために19願を建てられた。

一方、法蔵菩薩が願を建てられた時には、聖道門で修行する気持ちにもならない人がたくさんいた。聖道門の修行をしないのだから出離もできずに苦しんでいるのを御覧になられて、法蔵菩薩がそんな人の代わりに御修行なされたて成就されたのが18願。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 18時34分

18願、無碍の一道まで、十方衆生を誘導する弥陀の仕組まれた道程を、親鸞聖人は三願転入と言われているのです。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時27分

19願も聖道門もそんなの関係ないのです。弥陀の本願はどんな人も絶対の幸福に助ける為にたてられたのです。本願の道程に任せてそのまま進めばよいのです。ただそれだけです。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時32分

妄想。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時32分

三願転入は、親鸞聖人の遠回りの失敗体験談。
成功体験談なら、三願転入を至る所に書かれるでしょうが、化土巻にしかないです。教行信証をまとめられた浄土文類聚鈔には、三願転入どころか化土巻にあたる部分もないです。
正信偈にも三願転入はありません。

近道の成功体験はアジャセです。善をすることなく、善について釈尊から聞かされることもなくもちろん勧められずに獲信しています。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時37分

親鸞会の目的---親鸞聖人の教えを正しく多くの人に伝える事
飛雲の目的----内外から親鸞会を徹底的に叩き潰す事

こんばんわ、ヒウンマンですだ。邪悪な存在だす。
法論で勝って、親鸞会をカルトだと世間のさらしものにしてやるぞ。
親鸞会がほろびれば任務は終了でっせ。あとは、しらんかい。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時43分

蓮如上人の体験談はどこにもありません。15歳のときには既に善知識になってましたとさ。体験は人それぞれに違うので語りません。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時46分

無宿善の機に仏教の話はしちゃダメよダメダメ。
法謗罪をつくらせるだけだってさ。
このサイトは全滅だ。タコ入道がお怒りですぞ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時50分

親鸞会の目的--高森会長の名誉欲・利益欲を満たすこと。
親鸞会設立以来、一貫して不変の目的です。変わることはないし、変えてはならないのです。反抗したら除名です(恐)。学徒は高森先生の財産です。
飛雲は、親鸞会の邪義を通して本来の親鸞聖人の御教えを説明しているサイトです。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時51分

こんばんわ、ヒウンマンですだ。邪悪な存在だすで。ニヤニヤ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 21時55分

親鸞会は親鸞聖人の教えを世界中に広める努力を惜しみなくしています。

邪悪なヒウンマンはいちゃもんつけて邪魔するだけです。
講師の時は会員を見下し私物化して怒り散らして朋友を退会に追い込んだ。
今は追い込んだ退会者の気持ちを逆なでして恨みツラミを増幅させる工作中
親鸞会が潰れれば自己満足に浸って任務終了でっせ。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時03分

高森会長は、自ら「根基」と位置づけた三願転入のご文すら誤読しています。
日本語の常識があれば判る簡単な誤りです。会員を迷わせるために意図的に誤読している可能性が高いです。
このような人物を善知識と思うことは人生にとって危険なことです。親鸞会に思考力を破壊されていない人はまだ間に合います。
自分でお聖教を読みましょう。親鸞聖人の直説法をそのまま拝受しましょう。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時03分

>>こんばんわ、ヒウンマンですだ。邪悪な存在だすで。ニヤニヤ。


カルトの特徴
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える

8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる

親鸞会は極度に飛雲さんを恐れている。会長が逃げているのだから仕方ない。会員は困惑。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時05分

昔、2ちゃんで悪口雑言、ゲヒンなカキコでアラシまくっていたネット工作員から、全く進歩なし。

これが親鸞会ですよ〜

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時07分

ヒウンマンが奴ならば、座談会で「君の言う事は何が言いたいのかさっぱり分からん。ちゃんと日本語勉強してから質問して」と笑い者にした事を忘れたとは言わせんで。あれからずっと宿敵だ。上司を辞めて仏敵になったなら文句ないやろ。ああ~ん。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時10分

>邪悪なヒウンマンはいちゃもんつけて邪魔するだけです。
講師の時は会員を見下し私物化して怒り散らして朋友を退会に追い込んだ。
今は追い込んだ退会者の気持ちを逆なでして恨みツラミを増幅させる工作中
親鸞会が潰れれば自己満足に浸って任務終了でっせ。


カルトの特徴
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている

カルトと言われたくないなら、このサイトではなく、親鸞会のサイトに書き込んだほうがよほど効果でしょう。それとも火のクルマで退会者が続出なのか。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時15分

飛雲さんのお陰で、脱会できました。
会員歴の長い方が、次々脱会されるのを不思議に思っていましたところ、飛雲さんのブログを見て、寝込んでしまいました。高森先生は絶対に間違いの無い方だと信じていたのに、親鸞聖人の教えに真っ暗だと知らされたからです。

多くの仲間と一緒にやめました。
親鸞会にとって大打撃を与えた飛雲さんに、何一つ手が打てない無能さにも驚いています。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時17分

飛雲さんのブログにプロフィールがありますが、

「私は元講師部員ではありません」

と書いてありますよ。
悪口さえ書けば事実かどうかなんて関係ないのでしょうね。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時21分

ああああ

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時21分

もと親鸞会の大幹部だと言ってたが別人ですか。
勝手な思い込みでエスカレートしています。奴ならば恨みがあります。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時24分

奴が親鸞会にいた時代はカルトの特徴そのものの事をやってましたし進めてました。奴は親鸞会を辞めて何してるのだろうか。
今の親鸞会は、全く自由で強要もされず、親切丁寧で恐ろしいくらいです。今でも奴のトラウマのせいで親鸞会はカルトだから気をつけようという気持ちが何時までも離れません。昔の事は忘れようとしているのですが。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 22時33分

>奴が親鸞会にいた時代はカルトの特徴そのものの事をやってましたし進めてました。奴は親鸞会を辞めて何してるのだろうか。
今の親鸞会は、全く自由で強要もされず、親切丁寧で恐ろしいくらいです。今でも奴のトラウマのせいで親鸞会はカルトだから気をつけようという気持ちが何時までも離れません。昔の事は忘れようとしているのですが。


奴、奴と、人のせいにするのは、他因自果ではないですか。自分はどうなんですか。
親鸞会はカルトだったと言うのなら、昔だからもう忘れたい、なんて言ったらダメでしょ。反省して二度とカルトと言われないように正体をすべて明らかにするよう自分が責任を持つ、と宣言するのはいかがですか。
それと、もう少し一般人に理解できるコメントしたほうがいいのではないですか。

投稿: | 2016年5月26日 (木) 23時56分

失礼しました。かれこれ20年以上前の話ですか、後生は一大事だと言われ、目標を提示され、赤い石だと叱咤され、会合三昧で指摘の嵐、報告書と始末書、時間厳守で言行一致、どんな事があっても必ず聴聞は毎週参詣するのが当たり前、仏法最優先の日々、12時消灯6時起床、体操掃除、(酒、たばこ、コーヒー、恋愛、雑誌購読、漫画)などの禁止・・などなど聖道門の修行を実践するのが親鸞会だと思ってました。元旦にオウムが修行しているのがテレビで中継された時に、親鸞会も同じだと思いました。
しかし、まさに心が聖道門の機であったのでそう感じたのかもしれません。言われる通りに求道すれば後生の一大事が解決できるものだと信じて修行してました。全て阿弥陀仏の調熟の光明により進ませて頂いたと思えば、親鸞会の講師先生には大変感謝しています。法鏡に近づくと心境も変わってゆきます。
親鸞会は嘘つきだとか、騙されてるとか、宿善など厚くなるものか、などと言ってしまえばそれで終わりです。求道はストップして絶対に南無阿弥陀仏の心には遇えません。親鸞会は間違いないという結論で良かったです。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 07時05分

親鸞会で聖道門の修行をしたのではなく、定散二善の19願の機でした。
出来ないと知らされ、弥陀の本願を聞く事で救われようとする、他力で救われようとする20願の機に導いて頂きました。救われたいという自力の心が廃って真実の18願に転入出来るという事で、三願転入の教えであるという理解で間違いありません。
ヒウンマンが奴だとしても、ここまで導いて頂いたのは全て弥陀の光明の力だと大変感謝しています。宿敵だなどと言ってしまいましたが、奴は帝釈天でした。善知識の話はしっかりと聴聞した方がいいですよ。蓮如上人の獲信の記録、体験について誰か知ってる人いますか?

投稿: | 2016年5月27日 (金) 07時44分

自慢できるのは体験談のみ

投稿: | 2016年5月27日 (金) 07時54分

このサイトで色々と高森先生の事を誹謗していますが、高森先生は間違いなく善知識であります。お聖教と違うなどと指摘しても、お聖教をそのように読むことが出来るという事です。親鸞聖人もよくその様に読んでいます。二河白道の譬えを原文と読み変えたのもそういう事で親鸞聖人ならではの読み方です。
お聖教が全てではなく、本願の心が全てなのであり、お聖教はその解説書なのです。信心が一番大事な事です。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 07時54分

それにしても、必堕無間についてのW氏の回答は実に見事だと感心してしまいます。素晴らしい。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 07時58分

親鸞聖人の読み替えは、あくまで読み替え。
意味もより分かりやすくはっきりさせるのが目的。

高森会長のは読み替えでなく、話が全く違う。
意味も反対になっているので、目的も親鸞聖人とは違う。

高森会長の目的は金集め人集めのみ。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 09時49分

>高森先生は間違いなく善知識であります。


高森会長は華光会の伊藤康善先生、増井悟朗先生から教えを聞いていたそうです。親鸞会のルーツは華光会であり、それは歴史的事実です。だから高森会長は華光会とは法論をしなかった。先入観は持たず自分で聞き比べればよいと思います。カルトでない限り、聞き比べるのがダメとは言わないでしょう。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 09時50分

親鸞会関係者が一人か二人で必死で毎回書き込みか。
ご苦労様。朝から晩まで仕事とは言え大変ですね。これも真実開顕のためですか。高森会長以外の本は一切読むなとか、ネットは一切見るなとか、本当にまじめな会員ほど見ないもんな~。

哀れだな、悲しいほど一所懸命。

池田会長が死にそうで今どうか分からないけど、池田会長万歳と創価学会は今でもやっている。
同じように高森会長万歳と親鸞会の会員はやっている。それでいいと思っている。未だに浅原を信じてオームの修行をしている人もいる。
同じだな~。どれだけ繰り返すのかな~。

この繰り返しで六道を輪廻するのか。

南無阿弥陀仏

投稿: | 2016年5月27日 (金) 10時00分

残念ながら、親鸞会は親鸞聖人の教えを待っている人に一人でも多く親鸞聖人の教えを伝える事で忙しく、うだうだしてる退会者を相手にしている暇はありません。少しでも仏縁ある人に伝え、去る者はほったらかし状態にあります。
このサイトは完全無視されていると思います。
ただ、変わり者が面白がってコメントしているだけです。片目猿の集団がくだらない事でガヤガヤやっていて面白いだけの事です。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 18時00分

それなら、黙ってればいいのにね。

言葉遣いも真実の教えを伝える人間には全くふさわしくないし、結局何にも反論できずじまいで、恥の上塗りをしているだけだし。

こうやって、また退会する人が出てくるんでしょう。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 18時40分

>残念ながら、親鸞会は親鸞聖人の教えを待っている人に一人でも多く親鸞聖人の教えを伝える事で忙しく、うだうだしてる退会者を相手にしている暇はありません。少しでも仏縁ある人に伝え、去る者はほったらかし状態にあります。


別に親鸞会がほったらかしでも全く問題ありません。退会者を含めた全ての人への南無阿弥陀仏のはたらきには何の影響もありません。会長が勘違いしているのは、自分の力を誇張することです。南無阿弥陀仏の前には聞く側も説く側も人間の力はいりません。逆に邪魔です。だから救われないのです。

会がそんなに忙しいなら誰も頼んでいないのでこのサイトから消えるべきなのに、執拗にコメントするのは嫌がらせ、カルト体質でしょうか。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 19時14分

「弱い犬ほどよく吠える」
ここにきて親鸞会らしき連中の、品も良識も感じられないコメントが大量に出てきたのは、そういうことでしょうね。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 20時53分

〉ただ、変わり者が面白がってコメントしているだけです。片目猿の集団がくだらない事〉でガヤガヤやっていて面白いだけの事です。


ほんとに「変わり者」だとお思いならわざわざこんなところにコメントしに来ないで、無常の風に吹かれる前に500年に一度の大善知識サマの尊いお話に必死に耳を傾けたらどうですか?

そうそうそれから、「盲目の亀が浮いてる木に出くわす」アニメを作って公式サイトに平気で掲載する団体の構成員ならではというべきか、「片目猿の集団」ですか。あなたのような人は、全日本視覚障がい者同盟の本部前で、ダルマに目を入れることも平気でできるのでしょうね。そしてその行為の問題性を指摘されても、どうして指摘されたのか、理解できないことでしょう。

人権意識ゼロの親鸞会。部室で部員が心臓麻痺起こして亡くなられるのも、これなら少しも不思議ではありません。

投稿: 盲目の亀の次は片目猿ですか… | 2016年5月27日 (金) 21時18分

聖道門---自力で悟りを拓こうと修行している人
19願の人----阿弥陀仏の本願に救われようとして善をやっている人
20願の人----自力一杯に他力で救われようと思っている人
18願の人----他力の信心を頂いた人

何度も何度も議論していた事も、上記のようになり、仏正意の18願に誘導する為に仕組まれた阿弥陀仏の仕組みを親鸞聖人は三願転入と言われましたでスッキリします。
細かく分析して19願は聖道門だから要らないなどと言い出すから分からなくなってしまいます。いらなければいらないでもかまわないのではないですか。
18願の信心を頂く為の方便なのですから。間違っている間違ってないは関係ありません。だから、必堕無間の回答は的確で素晴らしいと思いました。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 22時31分

車動かす事が目的で、その解説書がお聖教だとします。
教官がギア入れてアクセル踏めば動きますと言っているのに、
解説書にはシートベルト着用してと書いてある。その事を隠しているからあの教官は嘘つきだ、などと言っていたら車を動かす事は出来ません。
信心を頂く事が目的なので、信心頂く事を善知識より教えて頂かなければなりません。解説書丸暗記しても車に乗った事のない人は運転できません。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 22時41分

たとえ会長先生が一度もお聖教読んだ事なかったとしても、パクリだとしても、阿弥陀仏の本願は真実であり、真実は真実として聴聞すればいいだけの話です。体験談は話さないけれど、自信教人信の講師の人が沢山いると思います。沢山の人が信心頂いていると思います。
昔は学生が多かったけど、今は50代以上の人がかなり多いと思います。娑婆で苦労して人生経験が豊富な人が多く、みんな納得して聞き続けています。仏教聞く事で今までの苦労が全て報われるのだと思います。学生は苦労が少なく頭だけで聴いている人が多いです。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 22時54分

娑婆で苦労してきた経験が佛教聞く事により、全て19願に叶った苦労に変わるのでこんな有難い事はないのだと思います。空奉公になる筈の苦労が、聴聞する事で19願の緒善をやった事と等格になれるからだと思います。調熟の光明には不思議な力があります。退会した人にも平等に働いています。

投稿: | 2016年5月27日 (金) 23時06分

ギア入れて  →  ギア【を】入れて
アクセル踏めば  → アクセルを踏めば
シートベルト着用して → シートベルト【を】着用して
信心頂くこと  → 信心【を】頂くこと
お聖教読んだ事が → お聖教【を】読んだ事が
信心頂いている  → 信心【を】頂いている
仏教聞く事  → 仏教【を】聞く事

工作員さん、はやる気持ちはわかるけど、まず日本語からしっかり勉強しようよね。とある風俗店のサイトを覗いては、そこに見る誤字脱字を報告するようになって5年以上勃ちます、おっと経ちます。善に就くこと流るるがごとく、というのかな、僕が御指摘申し上げたことをいつも翌日中に御採用頂いております。他人をだましてのし上がった高森父子や、その手下ともいうべき法律家なんぞより彼ら風俗店員のほうが数百倍まともな人たちだと思います。最近は、そうだな、
「ガーターベルト着用して」とあったのを御指摘申し上げたら、数時間たたぬうちに

         ガーターベルト【を】着用して

と訂正なさったよ。工作員さん、老いたりとはいえ、天下の京大に入るだけの力があるんだから、少しは彼らを見習ったらどうだね。

投稿: きちんと「を」を入れようね! | 2016年5月27日 (金) 23時29分

>ギア入れて アクセル踏めば 動きます
五七五やね。
高森会長の「お歌」ですかね。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 00時41分

>たとえ会長先生が一度もお聖教読んだ事なかったとしても、パクリだとしても、阿弥陀仏の本願は真実であり、真実は真実として聴聞すればいいだけの話です。

お聖教を読んだことがないってことは、「親鸞聖人の教えを正しく伝える、もし間違って伝えたならば腹を切ってお詫びする。」は嘘になり、高森会長は大ボラ吹きとなる。
実際、その通り。

真実が何かも知らない、もちろん真実までの道も知らない異安心の悪知識。

パクリってことも、「他人のものは糸一筋でも盗ってはならない」と言っていた高森会長は、偽善者だってこと。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 03時39分

>>真実が何かも知らない、もちろん真実までの道も知らない悪知識。
あのね、真実の信心を頂いてなければ大衆の前で講演会など出来ないし、お聖教の本意など理解出来ませんよ。道のりなど全く分からず、導く事も出来ず、学者の話よりもお粗末になりすよ。大沼先生のパクリだとしても非常に分かりやすいお話ばかりです。そういえば自称平成の善知識と名乗って早速苦情の嵐を受けてる人もいましたね。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 05時20分

>あのね、真実の信心を頂いてなければ大衆の前で講演会など出来ないし、お聖教の本意など理解出来ませんよ。道のりなど全く分からず、導く事も出来ず、学者の話よりもお粗末になりすよ。

あのね、詐欺師は大衆の前で講演会ができるし、正しい道のりを知らずに悪い方向へ導くために分かりやすい話をするのですよ。
でもね、それが真実の信心を頂いていることは全く関係ない。

高森会長の言っている真実の信心の内容も、親鸞聖人の仰ったことと違うし。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 05時39分

18願に入るために19願を必ず通らなければならないと言っている時点でアウト。

龍樹菩薩 19願を無視
天親菩薩 19願を無視
曇鸞大師 19願を無視
道綽禅師 19願を無視
善導大師 往生を誓われた願の1つが19願とだけ仰った。解説はなし。
源信僧都 臨終来迎を誓われたのが19願とだけ仰った。解説はなし。
法然上人 19願を無視

興福寺 「法然上人は大願である19願を隠すとは何事か」と非難
明恵 「法然上人は諸善を誓われた19願は本願ではないと言うのか」と非難

親鸞聖人 19願は方便の願で、非難している聖道門のために建てられた願と仰った。
覚如上人 諸行往生・臨終来迎を誓われたのが19願とだけ仰った。解説はなし。
蓮如上人 19願を無視


この状況で18願に入るためには必ず19願を通る必要があると考える方がおかしい。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 06時41分

>18願に入るために19願を必ず通らなければならないと言っている時点でアウト。


そのとおりです。ただ会員は、善をしなければならない、とマインドコントロールされています。その善をしなければならないという心そのものがが自力であり、理屈でわかったとしても、その心を捨てるのが、怖いのです。南無阿弥陀仏は私達の往生の証拠です。会長が正しい南無阿弥陀仏の心を説かないことが善知識でない証拠です。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 11時21分

19願の善を勧める事が間違いだとして、それじゃどうやって真実の信心を獲るのでしょうか?腐った頭で信心をこしらえろと仰るのか。自分で信じる信心ではないぞ。阿弥陀仏より賜る信心ですぞ。どうやって賜るんじゃい。魔界の権仮ヒウンマンから暗闇で預かる信心なのかいな。
阿弥陀仏は真実信心に導く為に本願を立てられているので何も計らう必要はありません。まずは素直に緒善に励めばいいのです。善が間に合わないと知らされれば他力で救われようと励めばいいだけの事です。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 13時20分

  10年前はまだ2チャンネルなどで「渡海難」氏が複雑な思いをつづったコメントを投稿していらっしゃいました。彼からすれば親鸞会は「別れても好きな人」であり、愛憎さまざまな思いに心を乱されつつも、なんとか会に、高森氏に更生してもらいたいという思いが行間から伝わって参りました。今はしかし、彼のような人物が現われることもなくなり、2チャンネルは途絶え、最後の戦場ともいうべきこのコメント欄には、明らかに工作員が書き込んだとしか思えぬ、日本語もあやしげな書き込みしか見当たらなくなりました。

   日本語があやしげなのは、工作員氏の本来は優秀だった頭脳に、長年のカルト生活における衝撃が加えられたからでしょう。ヤマギシ会へ財産を捨て、会社を捨てて入会した優秀な元サラリーマンも、入会後は新聞記事など外部発行の長めの文章が読めなくなったと聞いております(米本和広氏の『洗脳の王国』ほか関連文献を参照。)

   工作員氏も地震で被害を受けた故郷のありさまに暗い愉悦を覚えている暇があったら、国立大学に見事入学したというお子さんを相手に日本語のリハビリをなさってはいかがかと存じます。そして近い将来、お子さんに懺悔謝罪を済ませてのち、親子仲良く脱会していただければと存じます。同じく米本氏の『カルトの子』は、いくつものカルト教団に生まれながらの信徒として所属させられた子どもや若者たちの心の声が紹介されています。工作員氏にも深い反省とともに手にして頂きたいものです。

投稿: もはや「別れても好きな人」すら現われず | 2016年5月28日 (土) 13時23分

>19願の善を勧める事が間違いだとして、それじゃどうやって真実の信心を獲るのでしょうか?腐った頭で信心をこしらえろと仰るのか。自分で信じる信心ではないぞ。阿弥陀仏より賜る信心ですぞ。どうやって賜るんじゃい。

19願を捨て、善を捨て、自力を捨てて賜るんじゃい。
捨ててみれば。
それを疑って、善が不要な訳がない、善をして善ができないと知らされないと、などと自力に執着しているから信心を賜らないんじゃい。

信心とは、善では助からない念仏一行で助かると信じた心じゃい。

高森会長のいう異安心とは違うじゃろ。

だから高森会長のいうことを聞いていたら誰も救われないんじゃい。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 13時35分

親鸞会でいう諸善とは要するに高森氏へ御奉公申し上げるという一事に尽きておりましょう。豊田商事の永野会長のうえを行く詐欺師としか言いようのない高森氏や、性欲が服を着て歩いているようなご長男、どうにか生きながらえていると聞くご次男といった方々の命脈を維持することが果たして善といえるのでしょうか? 鳴り物入りで始めた病院もいつぞや深刻な医療ミスを起こしましたよね。会員から恩恵を受けている高森家のメンバーの中でも、病者であるご次男に鞭打つつもりはありませんが、そろそろこのあたりで会員への深い感謝の言葉を奥さんや秘書を通してでも拝聴したいものです。

投稿: 緒(諸)善、緒善とおっしゃるけれど | 2016年5月28日 (土) 13時41分

投稿: | 2016年5月26日 (木) 13時18分さんはこう書いていますが……

  このサイトや飛雲は悪縁なので近づくべからずだと言われています。
面白いので近づいてますが、しょせん片目猿の集団には間違いありません。
疑問が出て質問すると、親鸞会は即答でスッキリ解決します。

高森氏の劣化コピーばかりの専任講師の中に、こんな親切な人がほんとにいらっしゃるんでしょうか? そのお方のお名前を拝したいものです。優秀すぎて会を放逐されなければいいですよね。  

投稿: ほう、そんな親切な専任講師がいるんですか! | 2016年5月28日 (土) 14時08分

>阿弥陀仏は真実信心に導く為に本願を立てられているので何も計らう必要はありません。まずは素直に緒善に励めばいいのです。


1、「まずは素直に緒善に励めばいいのです。」
南無阿弥陀仏以外に心が向く、これが計らいです。

2、緒善 → 諸善 です

投稿: | 2016年5月28日 (土) 14時34分

親鸞会講師は会員の質問に答えられません。
高森会長が言ったのと違うことを言ったらひどい仕打ちを受けるのが判っているから怖くて何も言えないのです。

答えにならない言葉を壊れたテープレコーダーのように繰り返すだけです。

そもそも親鸞会では信仰の話など薬にしたくても聞かれません。
会に残る意味はない。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 20時23分

二河白道の原文の話や二種深信や邪見驕慢の悪衆生や難化の三機や必堕無間や宿善開発や三願転入についても分かりやすくハッキリと即答してくれましたよ。仕事が忙しくて講演会に行けないと言えば、毎日ご苦労様ですと労って頂き、わざわざ近くまでとどろき持って色々と話を聞いて頂きました。その講師は、足が悪くてご無沙汰している人の家にもわざわざ訪問して仏教の話をしています。強要された事は一度もありません。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時24分

因果の道理に狂いは無いけど、往生極楽の為に諸善をするという気持ちは完全になくなりました。往生極楽は南無阿弥陀仏を信ずる心一つです。確かに間違いありません。信ずる心が自力のうちはまだ20願の信心です。信ずる心も弥陀より賜るものであり、たのむ一念が肝要になります。その事一つを今まで聴聞してきた筈ですが、なぜ高森会長に御奉公する事が善だという事になるのかはサッパリ分かりません。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時37分

二河白道のことを質問したら、この譬えは求道についてだ、としか答えませんでしたよ。
白道に乗る前に三定死ですよ、白道に乗る前に阿弥陀仏の喚び声を聞くのですよ、と言っても、これは求道の譬えだからいいのだ。
善導大師は信心の譬え、親鸞聖人も信巻で信心の譬えとして扱われていますよ、と言っても、これは求道の譬えなんだの一点張り。

答えていないでしょ。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時39分

二種深信について質問したら、地獄一定と極楽一定が同時に知らされると答えていました。
でも、機の深信には地獄一定文言がないですよと言ったら、歎異抄で地獄一定と仰っているだろだって。
でも、歎異抄は弟子の聞いたことで親鸞聖人が書かれたものの中に地獄一定らしきお言葉はないのではと言ったら、お言葉がなくてもそういうことを仰っているのだ。

答えになっていないでしょ。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時45分

三願転入については、七高僧はどなたも仰っていませんよ、覚如上人も蓮如上人も三願転入について仰っていないのではと尋ねたら、親鸞聖人が仰っているのだから万人共通なんだ。
でも、親鸞聖人は化土巻の一か所しか仰っていませんので、当時の同行は三願転入なんて知らなかったのではありませんかと尋ねると、化土巻一か所にあれば十分だ。
しかしですね、教えの根基なら、正信偈にもお手紙にでも一杯書かれると思いますし、御文章にも三願転入のことが書かれてとうぜんですよねと重ねてきくと、親鸞聖人が一か所仰っているのだからそれが根基なんだと。

訳が分からないです。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時51分

>その講師は、足が悪くてご無沙汰している人の家にもわざわざ訪問して仏教の話をしています。強要された事は一度もありません。


私はお願いもしていないのにアポなし、抜き打ちで夜中に訪問されて困りました。訪問されている側がコメントすればこのような内容になります。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 21時54分

親鸞会のいい所だけ見て、いい所だけちょうだいしているって事ですか。最近はいい所しか見えなくなりました。
昔は悪い所や恐ろしい所しか見えず、カルトみたいな集団だといつも思っていました。自分の心が変わったのか、親鸞会の体質が変わったのか、どちらなのかな。やはり、体質が様変わりしたと思います。昔はとにかく近寄り難く、恐ろしく、いつでも戦闘モードに入ってました。攻撃的でピリピリして何時も指摘の嵐が吹き荒れていました。今は自由で優しく強要せず、協調性もあり理解力もあり、いつもニコニコしています。聞く聞かぬもその人の仏縁に任せてご自由にって事かな。聞けと言う恐ろしい講師は一人もいなくなりました。
きっと昔のイメージが強すぎて反感がつのってるのではと思います。今でも昔のイメージがいつも脳裏にあり、何か不気味に思っています。一線おいて離れてみています。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 22時05分

必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。
1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。
2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない
3.自分の頭で考えることをしないように指導する
4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ
5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い
6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える
7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある
8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる
9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている
10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする
11.外部に対して正体を隠す傾向がある
12.生活が細部にわたって規定される
13.組織が信者の生活のすべてになっている
14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている
15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える』
 http://www7.ncv.ne.jp/~church/what'scult.htm


宝珠愚者編著 2004/07/21


上記から親鸞会はカルトと言えます。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 22時11分

かなり喜んでるみたいですよ。
昔は首に縄つけられて聴聞に連れていかされました。後生は一大事が決め台詞でした。かなり強引で傲慢でした。
今は聞きたい人だけ聞いて、仏縁なき人は聞かなくてもいいですよって感じです。去る者は追わず?って事ですか。新しい人ばかり増えて、古い人でも簡単に辞めてしまいました。だから、誹謗ばかりしているサイトも完全無視ですね。昔ならば殲滅させるまで総攻撃かけると思うのですが。やはり、親鸞会の体質が様変わりしたって事ですか。新しい人は会の怖さ知らずなのかもしれません。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 22時20分

>昔ならば殲滅させるまで総攻撃かけると思うのですが。やはり、親鸞会の体質が様変わりしたって事ですか。


最近教義の間違いだけでなく、日本語力の低下が見られるようです。会長が大沼氏、伊藤氏からパクったときのことを思い出すべきです。一字一句まるうつしするのではなく、どこを変えたのかがわからないような、微妙な変化を加えて、パクったことを。あの日本語に対する微妙な感性を大切にすべきではないでしょうか。

投稿: | 2016年5月28日 (土) 22時35分

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