« 2015年9月 | トップページ | 2016年3月 »

稲城選惠和上のこと

私が講師部員をやめようとする頃、ある講師部の先輩とこんな話をしたことがあります。その方は私が学生時代からご縁のあった人で、当時親鸞会の中でも相当に活躍していたと言える方でした。

その時はまだ私は「講師部員をやめても親鸞会は続ける」ということにしていました。実際はもう親鸞会に残るつもりは全くありませんでしたが、そうでも言わないとなかなかやめるのも大変だったからです。私がやめる事は極少数の人しか知らなかったのですが、その先輩は何処かからそのことを聞いたのでしょう。「なんでやめるの?」と聞いてきたのです。

私は「講師部員としてやっていける自信がなくなった」とか適当なことを言ったのですが、「教義に疑問があるのか?」と向こうから聞いてきたのです。私は「教義には疑問はありません」と答えたのですが、何か気づくことがあったのか、こういうのでした。

「もし親鸞聖人のみ教えそのものに疑問が出てきたら、高森先生の書かれた以外の本を読んでみることも悪くないよ」と。

何を読んだらいいのですか?と聞くと、「稲城選惠という人の本がいいよ」と言ったのです。しかし自分にとってはそのことはあまり深い関心事ではなかったので「はぁそうですか」と耳半分でした。よく考えれば、講師部員が高森会長以外の本を勧めるというのはかなり重大なことであったはずですが、その時の私にはそんなことに関心をもつような余裕はなかったのかもしれません。

その先輩とは私が講師部をやめ、親鸞会を除名になったあともしばらくやり取りを続けていました。ただ私が親鸞会を批判して対立姿勢を深めていくに従って次第に疎遠になってしまい、ずいぶん長いこと連絡をとっていません。

しかし「稲城選惠」という名前はなぜか記憶に残っていて、何冊か本を買って読んでみたのですが、高森会長とあまりに言っていることが違うので最初のうちはなんだかさっぱりわからず、本棚の中に読まれないまま置かれていました。

稲城和上の本を読んで、有難いなと思うようになったのは住職になってしばらく経ってからです。ご自坊である光蓮寺にも行きまして一度お話を聞くことも出来ました。椅子に深く腰掛けられて話を始められた和上は、もうすでに相当にご高齢で、お話は20分ほどの短いものでした。和上は去年還浄されました。お話を聞くのはそれが最初で最後になりました。

稲城和上の本を読んだことがないという方は、まずこれを読むことをおすすめします。ウェブに上がっています。私はこれを何十回も読みました。

他力の信の特色

最初は頷けるところとそうでないところが混在していました。そのうちわけがわからなくなりました。そして、随分時間が経って、そういうことかと頷けるようになりました。

急に何でこんなことを書くようになったかというと、ご縁があって稲城和上にご縁のあった人の追悼の文章を読んでいるからです。それで、私も書くことにしました。私は直接に話をしたことはありませんし、一回だけの聞法のご縁でした。

しかし、自分の南無阿弥陀仏の人生に、深く関わってくださった方です。

| | コメント (401)

« 2015年9月 | トップページ | 2016年3月 »