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親鸞会が抜けてない

親鸞会をやめて程なく、やめたのが2005年でしたから2006年ごろだったと思いますが、京都の十条にある華光会に行ったことがあります。

華光会は親鸞会からは「土蔵秘事とそれに類いする団体」に位置づけられていたところで、僕は弘宣部(現弘宣局)に居ましたから、華光会のことを秘事と認識していないにもかかわらず、「類する団体」という曖昧な言い方で会員を意図的に誤解させていた事は知っていました。だから親鸞会を脱会したあとに、高森会長の事実上の出身母体である華光会への関心が生ずるのはある意味当然のことでした。

そんなわけで誘われて十条の華光会館に行ってみたのですが、法話はいいとしてそのあとの座談で、初対面なのに随分偉そうな物言いのおばちゃんに叩かれて(きっと私も生意気だったのでしょう)、「あなたは親鸞会が抜けてない」と言われて出て行ったのでした。

その時は夫婦で行っていたのですが、帰りしなに妻だけが呼び止められて「旦那は仏法きけないけどあなたは大丈夫だから一人で来なさい」と言われたそうです。そのことを帰りの車で私に話した妻は「華光会は親鸞会と同じだね」と言いました。確かに親鸞会では「彼は仏縁がない」とか「あの人は仏法きけない」と随分決めつけたようなことをいって、合わない人を切り捨てていたのです。その後二度と華光会館に行くことはありませんでした。

しかしそれで終わらないのが面白いところで、親鸞会から華光会を経由して本願寺派に入る人がいたり、華光会でよく法話をしている布教使との縁があったり、機関誌やビデオを送ってくれる人もいて、「ほとんど関係ないけど全く無関係とも言い切れない」ような微妙な距離感が今に至るまで続いていたりします。

なんでこんなことを書いたかというと、思えば私は親鸞会をやめて10年、ずっと「親鸞会が抜けてない」と言われ続けてきたなと最近思ったからです。カルト問題に関わる人にも言われたし、住職になって寺の世界に入ってからも言われました。中には親鸞会のことを知らないばかりか私と会ったこともないような人が、私が親鸞会的な手法を使って人を扇動しているといった陰口を言っているのを知り、ドロッとした感情を垣間見て随分不愉快な気持ちにもなったものです。

思えば私は18歳から12年間親鸞会にいました。うち1年半は顕真学院、7年間は講師部員だったわけです。人生のかなり重要な時期を365日24時間親鸞会にどっぷり浸かる経験をしてきました。今41歳になりましたが、あの時ほど濃密で激しい日々を自分は知りません。体力の極限まで活動した新入生勧誘や、精神をぶっ壊す寸前まで追い詰められた顕真学院、講師部に入ってからはK本部長の随行から始まって、指摘会合やあの恐怖の講師部合宿、「光晴をいじめないでくれ」事件、何しろ立ち止まる余裕を全く与えられませんでした。

今思えば、そりゃ、親鸞会抜けないよなぁと思います。今私は親鸞会とはまるで対局に位置するような「真宗大谷派」という教団にいるわけですが、自分の思考の隅々まであの親鸞会の日々が影響しているなと事あるごとに気づいたりします。

多分…浄土真宗という教えへの理解については随分親鸞会的な考え方は抜けた、あるいは転回させられたと思っているのですけど、それ以外の面で完全に「抜けた」ということは無いのかもしれません。あの日々に戻りたくはないですが、あの日々は確かに自分の人生の一部であり、私が生きてきた道であり、今の自分に否定出来ない影響を与えているのです。

私は親鸞会出身ということを隠さずにこれまでやって来ましたから、これからも「親鸞会が抜けてない」と言われ続けるでしょう。何も知らない人に言われるのは未だに少し不愉快なのですが、東西本願寺には沢山の人がいるわけで、1人くらい私みたいなのがいても別にいいような気がします。

もちろん、教義的に親鸞会の教えを受け継ぐのは言語道断ですけどね。

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訃報

ブログ「リバース」を書いてくださっていた、元親鸞会会員のひろしさんが、亡くなられたそうです。
ほんとうに聞法熱心な方で、京都や大阪で勉強会やご法話に行きますと、高い確率でひろしさんにお会いして、「ここにも来てたんですか」と笑いあったのを覚えています。
仏教書が好きでたくさん買い込んでおられました。私はその半分ほどを貰い受け、寺の片隅にひろしさんの名前を冠した書籍コーナーをつくりました。
どの先生のお話が有りがたかったとか、御安心のお話とか、話題が尽きることはありませんでした。
病院にお見舞いに行った際は、帰るところがあるのは有難いと話しておられました。今度はお浄土で会いましょうと約束して帰りました。
残念なことでしたが、親鸞会をやめられたあとに念仏の信心に遇われて、広大な世界のあることを知られたうえで旅立てることは、何より有難いことであったと思います。
還相のお働きでひろしさんが今こうして南無阿弥陀仏の言葉となってここに帰り来ていることを喜び、お念仏申したいと思います。

南無阿弥陀仏。

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