ぶるうの様
はじめまして。木下と申します。
以前、
「飛雲」
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-513b.html
で取り上げて頂いた者です。覚えていらっしゃるかも知れません。
早いものであれから1年。私なりにその間、色々なブログや書物で浄土真宗の教えを学び、本願寺でのお聴聞でもお育て頂いて参りました。
そして分かったことは、親鸞聖人の仰せとことごとく反対のことを言っているのが親鸞会だということです。
きっかけとなった『光に向かって』のタイトルもそうです。私たちが阿弥陀仏に「向かう」のではなく、阿弥陀仏の方から、逃げ回る私たちにお慈悲をかけて下さっているのが浄土真宗のご法義だと味わっております。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、。
よくもまあこれだけ親鸞聖人のお言葉を巧みに曲解できるものだと感心すら致しますが、やはり募る思いは「だまされた」という怒りであり、歯痒さでございます。ちょうど、ミミズの肉を牛肉と偽られていたのが分かったような心境です。
私には、彼らは親鸞聖人のお言葉を「商売道具」程度にしか思っていないように感じられてなりません。残念ながら、宗祖聖人へ畏敬の念を抱いているとは思えず、別のところに大事とするところがあるように見受けられます。
そんな思いからうっかり書いてしまったのが、事の発端でした。
先日、私の管理しているブログの会社から次のようなメールが来たのです。
(一部伏字にさせてもらいました)
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このたび、ご利用のはてなダイアリー記事における「親鸞会は
浄土真宗ではありません。仏教でもありません。宗教でもありません。
■■■■ですのでご注意を。」という記述について、浄土真宗
親鸞会の法的代理人である弁護士●●様より、いたずらな誹謗中傷
であり、社会的評価を低下させるものであるため、損害賠償請求権行使
のため発信者の住所、氏名および侵害情報流通時のIPアドレスおよび
タイムスタンプに関する情報開示請求がありました。
http://d.hatena.ne.jp/mamoru_kino4ta/20120709/1341848901
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弁護士から「損害賠償請求権行使」「侵害情報流通」「情報開示請求」という単語を突きつけられて、大変な恐怖を覚えました。私は何か法に触れる悪いことでもやってしまったのではないか、と。
慌てて知り合いに相談し、上記アドレスの記事を削除して、何とか情報開示請求は拒否していただきましたが、ブログ運営会社の返信が来るまでの精神的ストレスは、久々に味わった重たいものでした。
なぜなら、親鸞会という団体の特殊性を、
「親鸞会教義の誤り」
http://shinrankaiuso.blog76.fc2.com/?no=22
や、当「さよなら親鸞会」
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2012/01/post-78b2.html
などで知っていたからです。「親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかける」という録音も聞いたことがあります。
そのような恐ろしい団体とは、今回だけでなく、今後も決して関わりたくないものです。
宗教的解釈、理解、味わいを、断定的に表現することの恐ろしさを知らされた一件でした。
ところで、なぜあのような記事を投稿してしまったのか。振り返ってみるに、どこか親鸞会を甘く見ていたところがあったのではないかと思います。
「真偽検証」
http://shingikensho.blog12.fc2.com/blog-entry-691.html
では、親鸞会には破邪顕正の意志が微塵もない様子が明らかにされており、
「さよなら親鸞会」「飛雲」でも同様な記事は何度も読ませて頂きました。
てっきり、親鸞会は諸々の批判を容認したものだと思っていたのです。
そこに弁護士からの突然の通告が来た訳ですから、驚かざるを得ません。
ところがよく読むと「いたずらな誹謗中傷であり、社会的評価を低下させるもの」という、反省の色のない責任転嫁の内容。これには思わず失笑させられました。「身から出た錆」という言葉をご存知ないのでしょうか。決して誹謗中傷が目的ではなく、喚起を促したものであることを、親鸞会様にはご理解頂きたいものです。
ところで、最近の
「宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)へ」
http://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2012/07/25/163928
には「見て過ぎよ」という言葉が紹介されています。
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『ひらく』に反応不能の
レベルの論難は
われらの相手に非ず。
聞き捨て、見て過ぎよ。
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今回問題になった私の投稿は「『歎異抄をひらく』に反論不能」ではないと親鸞会に認定されたということになります。
しかし、そもそも「『ひらく』に反論不能のレベルの論難」とはどういう意味なのでしょうか。分かりにくい表現だと思います。
私は
『ひらく』に反応不能の、
(低)レベル
の論難ではなく、
『ひらく』に、
反応不能の(常識的)レベル
の批判と解釈しています。
そう受け止めれば、確かに、常識を弁えぬ過激な表現をしてしまった、と納得がゆき、素直に反省ができるのでこざいます。
親鸞会に教義上の質問をしてもなかなか答えてもらえない、という声をよく聞きますが、ブログで公開される際の参考にでもなれば、と思い、初めて投稿させて頂きました。
長々と失礼致しました。
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