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ほんまに、そらごとたわごと真実あることなし

久しぶりに、親鸞会の西田進講師のブログが更新されていたので、読んでみました。

http://blog.goo.ne.jp/345shigure/e/8b98fa7d61c9485b8fb9efef63482995

やがては、この難度海の藻屑と消えていく定め なのだが、その間、頼もしそうな丸太や板切れが 見つかれば、一生懸命すがりつく。 溺れる者には、それが最も逼迫した大事と思え ても無理はない。

丸太というのは、名門大学という肩書きや学業
成績、専門知識、一流企業というステイタスや、
仕事の業績、社内の評価や地位、
また個人的には、家庭や財産、健康といったもの
を指しての事だ。

親鸞会の会員は、この「丸太」に親鸞会や高森会長が含まれる、と言うことをわからないから、本願念仏に向かおうとしないのだろうと、私は思いました。

周りの「丸太や板きれ」に捕まっている人を見下し、馬鹿にして、自分もまた「親鸞会」という「丸太」に捕まっていることに気づかず、これにしがみついていれば何とかなるだろうと、今救うという弥陀の本願に気づかない。

「他の人はいずれ裏切られるけど、オレは真実(の丸太)を知ったから、大丈夫だもんね」と。

それもまた裏切られるものに過ぎないのに、何時しか決して自分を裏切らないようなものだと誤解し、必死につかまって、安心している。その安心を奪われたくないから、少し勇気を出せば見られる親鸞会の本当の姿から目を背け、疑念を公言する人がいると心が揺れるから「除名だ」と海にたたき落とし、ただひたすら目をつぶってつかまり続けている。

最近ある人から、自分の住んでるところの近くに親鸞会の会館が出来たけど、あまり使われてないし人も全然居ない、どうするつもりなのだろうと言われました。

顕正新聞でその会館の落慶式の写真を見せたら驚いておられました。どっからこの人たちは来たのだと。あちらこちらからバスに乗って来て、写真を撮って「○○地区幹部」とキャプションを入れて載せてるだけなのだと話したら呆れていました。そんなことをしてなんになるのかと。

何になるのかって、この新聞は本願寺に親鸞会の教勢を見せつけるためのものだから、するのです。私は弘宣局でちゃんとそう聞きましたから。

丸太や板きれしか知らない人生を哀れみながら、自分達はこんなつまらない見栄ばかり張って、つかまった「親鸞会」という丸太を愛でて自己満足に浸っている。

案外弘宣局なんて「親鸞会だって丸太や板きれ」だってことを、一番よくわかっている人たちなのかも知れません。

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