2010年も残すところあとわずかとなりました
今年はじめの顕正新聞新年号に、特専部長の小堀秀行氏(金沢弁護士会・兼六法律事務所)は次のように書いています。
現代はどうであろうか。親鸞聖人の正しい教えが広まれば広まるほど、これを苦々しく思うものが出てくる。真実の拡大を何とか阻止したいが、教義論争を挑んでも勝ちめがない。すると、権力を使ってなりふり構わず、妨害をしようとしてくる。
これまでも国家権力を使った悪質な妨害があった。これからもあるだろう。
迫害に対しては、断固戦う。我々には法律という盾があり、言論という武器もある。
でっち上げを謀った者たちは、やがて窮地にたつだろう。
親鸞会を批判する人は「教義論争を挑んでも勝ち目がない」から「権力を使ってなりふり構わず、妨害をしようとしてくる。」と小堀氏は言っていますが、実際に小堀氏がやったことは教義論争を挑んでくる人に対して「建造物侵入罪」を振りかざした警告でした。また、「迫害に対して断固戦う」という言葉について小堀氏が行った事は、親鸞会を批判するウェブサイトに片っ端から内容証明で「閉鎖要求」を送ることでした。他にもありますが、いずれ明らかにします。
これが小堀氏が「法律という盾」と「言論という武器」で「断固戦った」顛末といえます。法論からは逃げ回り、言論で戦うはずの顕正新聞に毎度のごとく乗っているのは「F館」やら「ダム建設」やら、「誰を批判しているのかさっぱり分からないマンガ」だけ。ネットには講師部員のブログが雨後の筍のごとく出来上がりましたが、法論を挑まれれば逃げる人しかいませんでした。
私たちはこの一年、昭和に生まれた一つの新宗教教団の勢力が峠を越え、徐々に衰退してゆく姿を目の当たりにしました。「やがて窮地にたつだろう」と小堀氏が予言したのは、まさしく親鸞会ではなかったかと思います。
親鸞会を出て浄土真宗を学び思ったことは、親鸞会の中で真宗を学んでも結局は「親鸞会教義」というものさしでしか見られないし、親鸞聖人の言葉もその軸から離れて読むことが出来ないという事でした。だから彼らは親鸞会教義に合ったものならば、親鸞聖人の言葉よりも香樹院の方を採りますし、聖道仏教の教義であってもためらうことなく取り入れるのです。
自分達の教義体系に合うものだけをピックアップして切り貼りした教義だから、根本はオウムでよく言われた「パッチワーク教義」といっても差し支えないでしょう。一つ一つの教義はあたかも根拠があるように思えますが、全体を見れば親鸞会に都合よく組み立てられたつぎはぎだらけのものでしかありません。
そんなパッチワークに縛られているから親鸞会や高森会長の社会的問題も「三流週刊誌みたいな」としか捕らえられないのでしょう。高森会長や親鸞会の持つ性質が親鸞会の「パッチワーク教義」を作り、「会員をだましても構わない」「うそをついて布教をしても構わない」という体質を作り、「善知識への無条件服従」という論理の元に「悪魔の三大契約書」といった信者の人生を搾取する行為を生み出すのです。
これらが全部つながっている事は外から見れば明らかなのですが、外に立つ勇気の出せない人は一生見ることは出来ないでしょう。
皆さん今年一年有難うございました。私は来年も、再来年も、変わらずこの活動を続けるつもりです。ここでは具体的には書けませんが、今年は多くの人から心温まる支援を頂き、改めて皆さんの力で支えられている活動であると認識しました。感謝し、お礼申し上げます。有難うございました。
特別な事件がなければ、明日30日の朝日新聞朝刊にすこしだけ私のことが掲載される予定です。もしよろしければ読んでください。
来年もよろしくお願いします。


最近のコメント