« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

投稿:「浄土」だけでなく「浄土真宗」を外した親鸞会

『歎異抄をひらく』の事実上の反論本と名指しされた『歎異抄の世界』。

この本への再反論(?)とともに、「真宗大谷派は、浄土を否定しているから宗派の名前から『浄土』を取ってしまったのだ」と親鸞会の中では言われていました。

なるほど、真宗十派のライバルである西本願寺は「浄土真宗本願寺派」を名乗っています。

この件で、首を傾げたことがありました。

降誕会の記念品では毎年、演題の書かれた色紙が記念品となり、5000円以上「お布施」した人に配布されます。

当然今年の降誕会でも配布されましたが、いつもなら「浄土真宗親鸞会館」と書かれているところに、なぜか今年は「親鸞会」とだけ書かれていました。

浄土のみならず、浄土真宗さえも名乗らなくなってしまったのかと、一抹の寂しさを覚えました。

| | コメント (7)

会長先生はネットがお好き

今月の「お言葉」

体験談 自己宣伝の ほかはなし

体験談 ほかに売り物 さらになし 

みえみえの 自己宣伝の 体験談

口開けば 人を謗って 身を誉める

自惚れは 他人に見えても 身に見えぬ

こうなった 仏法使って 自慢する

苦労した 体験談が 自慢種

罪ふかし 自慢話に する仏法

こうなった 自慢話に 花が咲く

| | コメント (27)

投稿:親鸞会のいつもの断章取義

顕正新聞5月1日号の「論説」に次のような文章が載っています。

我々親鸞学徒が破らねばならぬ邪義は数多い。その代表的なものが浄土真宗に三つある。
一つは、後生を認めない一益法門の異安心だ。死後の浄土往生を認めず、弥陀の救いはこの世だけとする誤りである。
蓮如上人の封印を破って『歎異抄』を世に広めた清沢満之に始まる近代教学といわれるものだが、このたび発刊された、前・大谷大学学長・小川一乗氏の監修による「『歎異抄』の世界」を読むと、相変わらずその邪説が繰り返されている。
「浄土は死んでから行く世界などと主張すれば、親鸞の仏道の正しい了解ではなくなってしまう」
「『大経』に説かれる往生浄土は、通念的に理解されるような死後の往生ではない。(中略)親鸞が言う浄土は死後の世界ではなく」
本願寺教学のトップが、堂々とこのような本を出しているのである。

私は実際にこの本を買って読んでみました。

最初の引用文はこの本の136ページの最後に確かに載っていますが、いつものごとく「断章」でした。

この文章の直前に「だから人間の浅はかな分別によって、」という文章があります。
その前のページに

したがって西方十万億土のかなたにあるユートピアであるとか、または、人間的なものの一切を受け付けない彼土というのなら、死んでから行くしか仕方のない世界であると考えてしまう。しかもそれが一般的な通念にまでなっている。しかしもともと仏典で説かれる浄土は、われわれの分別で考えられる世界ではない。仏道として説かれる世界なのだから、むしろわれわれの分別が破られた自覚の世界を、浄土と説いているのである。

とあり、次に

如来の真実に照らされて、無意識に自分を立て、そこからしかものを見ることができない誤りを深く懺悔したものに対し、真実の方から開かれてくる世界を浄土と表現している。分別とか自己執着が作る世界が娑婆ならば、それが破れた世界を浄土というのである。
とはいっても人間だから、そのような懺悔の体験を持っても、自己執着が完全になくなるわけではない。しかし一旦浄土に触れた者は、自我がどれほど愚かであるかを照らし出されているのだから、その人には、何としてもその自我の執着を超えて浄土に帰ろうとする歩みが始まる。浄土によって、人間が人間以上のものになっていこうとする歩みが始まるから、それを仏道と呼ぶのである。だから人間の浅はかな分別によって、「浄土は死んでから行く世界などと主張すれば、親鸞の仏道の正しい了解ではなくなってしまう」。
(かぎかっこは私が入れました)

と書かれています。

この文章を読む限り、死後の世界を否定している文章ではなく、通念的な浄土の考えを否定して我々の分別できない世界だと主張している文章だと思います。

二番目の引用文は、153ページから154ページにあります。
この引用文にも「通念的に理解されるような」とあるように、死後の世界を否定した文章ではありません。

引用文の直前は11願成就文についての説明です。

中略の文章は

親鸞は、だからこの成就文の「それ衆生ありてかの国に生ずれば」の部分を『一念多念文意』では、「それ衆生あってかのくににうまれんとするものは」と読み替えて、浄土に生まれてからの位である正定聚を現生の信心に先取りする、と言う。

です。

そしてその後に

「要するに親鸞が言う浄土は、死後の世界ではなく」て、信心に開かれる如来の境地である。他力の信心はわれわれに起こるけれども、如来より賜った信心にはわれわれを超越した如来の世界が開かれるというのであろう。
(かぎかっこは私がつけました)

ここでは現生正定聚を説明した文章だと思います。

会員には「高森会長の著作物以外の本を読むな」と言っているので、わざわざお金を出して大谷派の本を買って引用文を探す人はいないでしょう。

大谷派を「死後の浄土を否定している」というように思わせ、高森会長の本のみが真実だと思わせるやり方には怒りを覚えます。

会員が不憫でなりません。

| | コメント (6)

いくつか…

実は色いろ書きたいこともあるのだけれど、現在進行中で秘匿しなければならない事柄もあったりしてあまり記事を書けていません。本当は全部オープンにしたいけど、どうしても隠密にやらなければならないこともありますので。

何れ、きちんと明らかにしたいと思っています。

最近知らされたことや思ったことなど、いくつか。

・親鸞会の教義の誤りが分からないのは、親鸞会の教義を理解していないから
脱会されたある方が言われたことです。確かにそうだなとこころの中でうなづいていました。そういえば最近の親鸞会は教学力のある方からやめていっているように思います。教学力(あくまで、親鸞会教義を理解する力としての教学力です)がなければ、親鸞会の誤りのポイントも理解出来ないのでしょう。
私がある支部を担当していたとき、30年近く親鸞会に籍をおき支部を支えてきた幹部会員が「コップに宿善と言う水がたまり、あふれた時が信心決定」なんて話をしていたのには驚きましたが、案外そういう人は多いのです。教義以前の信仰ですからもはや正しいとか誤っているという判断の問題ではありません。昔の誤った説き方を反省も謝罪もしない高森会長が一番の問題でしょうが。

元会員から見た浄土真宗親鸞会
素晴らしい内容なので「親鸞会ブログポータル・ナビ」に掲載しました。みなさんも是非読んでください。

夢幻界裡の覚醒というブログ
内容が面白いので「親鸞会ブログポータル・ナビ」に掲載しました。プロフィールを見ると作者は「頭の悪い布教師」であり「本願寺の僧侶」だそうです。本願寺の布教使は自分のことを「布教師」とはまず書きませんし、「本願寺の僧侶」という言い方もしないですけど、「本願寺の布教使」とは書いてないし、親鸞会の内部に本願寺派の僧籍もっている人なんてたくさんいるからあながち嘘じゃないとは思います。
リンク先は他の親鸞会運営のブログと示し合わせたように一緒ですし、コメント欄を書き込み不可にしているのも一緒。「飛●」なんて書き方で批判元のブログの名前を伏せているのは検索して親鸞会教義を批判するブログを見せたくないからでしょうか。何しろ文体とは裏腹にずいぶん臆病なブログです。

・学生で幹部になれる人が減っている
減りますよ。あらゆることを誤魔化し嘘をついて、親鸞会を批判しているのは本願寺の陰謀だとかそんなことばかり言っているんだから、向上心があって教養のある人なら「馬鹿にするな」と思ってやめます。残るのはそうじゃない人ばかりだから幹部になれる人材が不足するんです。

・東西本願寺の皆さんへ
親鸞会の事をバカにしたり見下したり無視したりするのは勝手かもしれませんが、あなたがたで街頭に立って布教するだけの意志と覚悟を持った人がどれほどいますか?親鸞会は未だにブログのコメント欄すら開けない臆病者ばかりですけど、街頭で布教する気概を持ったメンバーならたくさんいますよ。
親鸞会の本願寺批判は的はずれなものも多いけど当たっているものも少なくない。特に本派の方に言いたいのですが、臭い物に蓋をしないで、自分たちから出た「浄土真宗親鸞会」という宗教団体の有様についてもっと真摯に学んで欲しい。

| | コメント (18)

投稿:何よりも教えの間違いを見過ごすことは絶対にできません

偽装勧誘にあって、20数年前に訳も分からないまま親鸞会に入会しました。

必堕無間と脅され、地獄に堕ちるのが怖くて、言われるままに毎週欠かさず全国の法話に参詣し、海外へも行きました。宿善になるからと書籍を頒布し、アニメを頒布しました。途中からは三願転入が親鸞聖人の教えの根基だと聞かされ、まず19願に誓われた善を命懸けでせよと強要されて、度重なる財施にも応じてきました。これまでの総額で家が何軒か建つでしょう。

長年会員を続けていれば、汚い親鸞会の裏の姿も知っていましたが、仏法のためならと、嘘も平気でつき、様々な過大な目標達成のために、すべてを捧げてきました。

激しい活動のため、体を壊す人、精神病を煩う人、若くして病気や事故で亡くなる人も何人も見ました。自殺をした人も聞いています。もちろん、活動に付いていけずに、会員を辞めていく人は数え切れませんが、そんな人は後生の一大事が分かっていないのだと見下してきました。自分でも性格が歪んできているこことがわかりました。

そんな私でしたが、ここ最近の親鸞会の異常さには、流石に疑問を持ち始めました。

これで最後といわれた正本堂の異常な財施で疲弊した会員さんに、次から次へと高額な財施を要求してきます。皆さんのためといわれて、欲しくもない建物が次から次へと建ち、その度に、「三願転入の教えに従って、精一杯の財施をしましょう」といわれ、どこまでいっても際限がないのです。F館に至っては、誰も必要性を感じていないのに、あれほど大きな建物を建てて、その上、エコの技術を取り入れただのといわれて金額が加算されて続けていくことに、嫌気がさしていました。

これまで誹謗サイトは見るな、といわれてきましたので、親鸞会側のサイトやブログしか見ていませんでした。一方ミクシィに関しては、偽装勧誘の手段として推奨されていましたので、時々利用していました。

ミクシィの中では、これまで完璧と思っていた親鸞会の教えが間違いが指摘されていて、大変に驚きました。三願転入の教えなるものが、でっち上げであったのかと初めて知りました。「こうへい」を名乗るH講師は、詭弁と言い訳と誤魔化しと、議論の相手への罵声に明け暮れるだけで、親鸞聖人の教えとは程遠い理論を徹底的に破邪されていました。それで最近の親鸞会では、善の勧め、三願転入の話しかされていないのだと思いました。とにかく、会員だけは騙したかったのでしょう。

更に、F館のこともこのブログで知りました。確かに、5階建ての模型まで作っておきながら、実物は6階建てです。支部長に、「F館は5階建てといっていましたが、実際は6階建てで、高森先生の部屋を隠して造るのは、会員を騙したのではないですか」と詰問すると、「6階は先生の控え室です」と支部長が答えましたので、「なぜF館に先生の控え室が必要なのですか」と更に追及すると支部長は黙ってしまいました。

教えについての質問は、「聴聞すれば分かる、親鸞会発行の書籍以外を読んではいけない」といわれるだけで、親鸞会は秘事法門であることをさらけ出したようなものです。真宗聖典さえ読むことを禁じるとは、異常です。

活動のおかしさには目を瞑ってでも、会長の人間性、何よりも教えの間違いを見過ごすことは絶対にできません。

参詣人数が減ってきているのも、私と同じ気持ちの人が増えてきたからだと思います。20数年経って、ようやく目が覚めました。

| | コメント (39)

プライバシー侵害の申し立て

以下の動画について、プライバシーの侵害だから削除するように申立がありました。

いままでも学友部の部会や講師部総会の動画など、親鸞会関係のものをアップしても、著作権の侵害だとクレームが付いてすぐに削除されていました。

不思議なことです。だって彼らはそういう動画を私が公開しても「捏造だ!」って言い続けてきたんですもの。捏造なのに著作権を主張するってどういうこと?

隠し事ばかりしなければ維持できないような信仰だから、相変わらず偽装勧誘しなければ布教一つできないんですよ。こうして、一つまた一つ親鸞会の恥部を暴く資料を見えないようにしようとしているけど、意味ないよ。別のところで公開して、新たに他の資料をまたアップするだけだから。やればやるほど自分たちが窮地に陥るのに、学習能力というものはないのでしょうかね。

最近ネタが少ないって言われますけど、自制しているんです。親鸞会でもかなりの幹部の方から、親鸞会は今おかしい、何とかしたいと思っている、協力して欲しいっていわれているから。だからね、公開したらとんでもない事になる情報、ありますよ。でも何人かの親鸞会の方と色々と話しをしているから、彼らの立場を慮って、出さないだけです。

でもナイーブですよね。協力して親鸞会をまともな団体に出来ると思っているのだろうか。出来る訳ないでしょ。親鸞会ってのは高森一族の私物なんです。私物である限り高森一族が変わらなければ何も変わらない。そのくらいなんで分からないんだろう?

親鸞会でしか生きられない、ここでしかいられないと思っているから、親鸞会を変えて自分もここにいようと思っている。無駄です。勇気を出して早く出た方がいい。弘宣部のブログ読んで「こうはなりたくない。恥ずかしい」とか言ってる場合じゃないんだよ。

親鸞会は自分を守る砦じゃないんだ。どれほど自分の人生を親鸞会がデタラメ教義とウソつき組織で奪っていったか少しは冷静に考えて欲しい。じゃないと、これまで見てきた何人かの人のように、親鸞会がおかしいおかしいって言いながらあきらめの人生を続けるだけ。

僕は絶対に皆さんの名前を出すつもりはないけど、あなたがたの人生なんだから。何時までも高森一族に飼われる家畜でいいのか、よく考えて欲しい。

 

| | コメント (6)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »