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親鸞会学友部の合宿について情報求む

やや日刊カルト新聞で報じられた、「親鸞会が国立施設で学生勧誘合宿」について、親鸞会側から「国立施設」に対して行事中止の申し出があったとの情報が入りました。本件についてご協力いただいた方、本当にありがとうございました。

ただ、リンク先の記事にあります「国立施設」での合宿が中止になっただけで、他のところで続行されている可能性もあります。引き続き調査を続け場合によっては合宿の内容を広く公開したいと考えております。

このブログを読んでいる読者の皆さんにお願いがあります。

今回の件のように、最近は親鸞会が国立の施設(○○青年自然の家、など)を使って合宿をすることが増えています。

こうした施設では宗教団体の勧誘活動は禁止されており、親鸞会がこうした施設を利用して、宗教団体であることを秘匿して新入生の入信のために行事をしている事を、もっと広く知らしめたいと考えています。

つきましては情報をお持ちの方は是非私ぶるうのまでお教えください。メールアドレスはこのページから「メールを送信」で取得してください。コメント欄でもかまいません。

過去○○という施設で○○学友部が合宿をした、今○○という施設で合宿中である、といった情報だけでなく、小さな手がかりのようなものでもあれば是非お願いできればと思っております。

しかるべきルートを通じてこうした施設に情報提供をしたいと考えております。ご協力をお願いいたします。

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「歎異抄をひらく」の反論書

シリーズ親鸞〈第7巻〉親鸞の説法―『歎異抄』の世界

親鸞会の中では「歎異抄をひらく」の反論書だといわれているそうです。
この本のどこが一体「歎異抄をひらく」の反論書なのでしょうか?
誰かご存じの方、教えていただけませんか?

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歴史的な一日

昨日は親鸞会とマスコミとの関係において、歴史的な一日になるでしょう。

その場を取り繕う嘘なんて言わない方がいいですよ。みんなバレてるんだから。

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沈黙

 負けるわけにはいかないんだと思いました。青木に勝つとか、そういうことじゃありません。人生そのものに負けるわけにはいかないと思ったんです。自分が軽蔑し侮蔑するものに簡単に押し潰されるわけにはいかないんです。

 でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしてるんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りはしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。

静かなる劇場 沈黙 より。

村上春樹の「レキシントンの幽霊」という短編集に納められている「沈黙」という作品。私が親鸞会をやめるきっかけになった本はいくつかあるが、これはその一つだ。

親鸞会講師のブログにそれが取り上げられていたので思わず紹介した。彼は何を思ってこの作品を読み、自らのブログに載せたのだろう。コメント欄は閉じたまま。誰と議論するわけでも、誰を説得するわけでもなく、ただ彼は淡々と自分の見たいことと言いたいことだけをブログに書き続ける。会話をするのも殆ど親鸞会の会員だけだろうから、同じ価値観の中で、同じ信念に囲まれ続け、そこから一歩踏み出ることなど恐ろしくて思いもよらないことなのだろう。

同じ「レキシントンの幽霊」にこんな文章がある。「静かなる劇場」を書いている人物は同じ本を持っているだろうから、是非探して、読んでみたらいい。そして、自分の生き様に照らし合わせて、少し考えてみたらいいと思う。寝る前にでも。

「私は考えるのですが、この私たちの人生で真実怖いのは、恐怖そのものではありません」

「恐怖は確かにそこにあります。・・・・・・それは様々なかたちをとって現れ、ときとして私たちの存在を圧倒します。しかしなによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうことです。そうすることによって、私たちは自分の中にあるいちばん重要なものを、何かに譲り渡してしまうことになります。」

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なぜ親鸞会は偽装勧誘をやめないのか

なぜ親鸞会は摂理や統一教会と変わらない偽装勧誘を続けるのでしょうか。

ほんの少しばかり賢い人がいれば、このやり方は一時的にそこそこの信者を獲得することは可能かもしれないけど、長い目で見れば教団の社会的な信用を失い、また多くの人を傷つけ悪評をうむことはわかるはずです。実際に、親鸞会学友部は偽装と隠蔽が不信と悪評を生み、それを隠すためにさらなる偽装と隠蔽を行う…という負のスパイラルを続けてきました。

偽装勧誘をやめれば、一時的に成果は落ちるかもしれませんが、よくある新宗教の一つとして社会的に批判されたり、大学側から排除されるようなこともなくなるでしょう。有名大学を出た親鸞会の幹部がどうしてこれしきのことが分からないのでしょうか。

その理由は「勧誘している講師部員や幹部も殆どが偽装勧誘で入信したから」です。自分たちの正体を隠して誘われ、あらゆる隠蔽とマインド・コントロール的手法で自分が入信したから、他の人もその方法でないと入信できないと思い込んでいるのです。

自分の信じているものが「素晴らしい」という絶対的な自信があるから、嘘をついてでもその信仰を伝え幸せになって欲しい、というのは間違いです。自分の信仰がごまかしと隠蔽の中で育てられた自覚があるから、他の人もそうだろうと思ってしまっているだけのことです。結局自信がないのです。自信がないから、隠す。もっとはっきり言ってしまえば、勧誘している人自身が「親鸞会の信仰」をそんなに素晴らしいものだと思っていないのです。

宗教は理屈や手法で伝わるものではありません。それを信じている人の信仰の力で伝わるのです。私は親鸞会をやめてからいろいろな宗教、宗派の方と会いました。親鸞会にいたときには邪教と唾棄すべき存在であったはずのこれらの人々ですが、話をしただけで強い信念と誇り高い信仰を感じる人が少なくなかった。当たり前ですがそうであったなら偽装勧誘など不要です。

偽装勧誘をする人は、本当のところは自分がどうして親鸞会に入って高森会長を善知識としているのかが分からない。嘘をつかれ、誤魔化され、マニュアルによって「育成」されて来た自覚があるから、自分と同じプロセスじゃないと到底信じられる教えではないとなんとなく感じているのです。体験発表や懇親会で「高森先生に出会えて良かった!!」と言っていても、結局それは学友部というベルトコンベアで「作られた」信仰だと心の奥底で気付いているのです。

だから、偽装勧誘を捨てられない。胸を張って親鸞会の会員だとも言えない。自分たちは誤解されているから配慮して言わないのだと言いながら、本当は「親鸞会の内実を最初から知っていたら、絶対に入らない」ということを分かってる。本願寺の陰謀でもなんでもないって事も分かってる。分かっているけど自分の行動を正当化するために無理やり思い込んでるだけです。

そういえば「講師部員で実名でブログと書いているものはおるのか!!」と渡部弘宣部長は叫びましたが、結局彼も実名でブログなどかけない。実名でブログを書いている講師部員も、自らの喜びや信仰の叫びなど書ける筈も無く、差しさわりの無い日常生活や高森会長の著作からコピーしてきたような文章しか載せられない。

親鸞会という「環境」と「手法」の中で作られた信仰だと気付いているから、書けないのです。そんな頼りない信仰だから、親鸞会や高森会長の信仰の幻影に必死になって合わせようとするのが精一杯で、そこから外れないかと不安で仕方が無い。身から湧き出るような信仰などあるはずがありません。

私がこれを書いている今も親鸞会学友部はどうやって大学の監視を掻い潜って、新入生をごまかしながら勧誘できるかを必死になって考えています。丸暗記するほどに高森会長の著作を読みつつ、自分が乗ったベルトコンベヤーに如何に新入生を乗せるかばかりを考えています。

親鸞会の偽装勧誘は親鸞会会員の信仰の表れそのものです。それは摂理も統一教会も全く一緒です。そうなると親鸞会は自らが破滅するその日まで偽装勧誘を続けるしかないのでしょう。高森会長が大沼氏や伊藤氏の著作をパクって教義体系を作った時点で、この根無し草のような教団がいずれ偽装勧誘をすることは宿命付けられていたのかもしれません。

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週刊現代 4月24日号(4月12日発売)

皆さん、週刊現代 4月24日号(4月12日発売)をお楽しみに。

このまま親鸞会は自因自果でどんどん宗教団体としての評判を落としてゆくんでしょうね。1万年堂出版の事業も今は好調ですが、近い将来どうなるか分からないですね。

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「真実の宗教」には不要なこと。

各大学で新勧活動が行われていると思います。私のほうでも新勧活動を応援すべくさまざまなプレゼントを用意しております。プレゼントの内容についてはここで紹介できるものについては紹介させていただきます。どうか楽しみに待っていてください。

私の役割は、マイナー宗教団体である親鸞会の勧誘の実態を明らかにし、「こういう勧誘をしている人たちは親鸞会です」と大勢の人に知っていただくことです。親鸞会の人はウブなのかなかなか自分たちが親鸞会であると明らかにしませんから、私がそれをお手伝いしようというものです。そのために各地で有志と大学当局と協力して親鸞会の実態を知らしめようと思っています。

親鸞会の会員によると親鸞会はすばらしい団体とのことですから、自分の入っているサークルが親鸞会のサークルであると明らかにすることは願ってもないことでしょう。期待して待っていてください。

ただ、一部の心無い学友部の講師部員が、相互監視や脅迫じみた方法で私とつながりのある人を炙り出そうとすることがあるかもしれません。全ての人がそうではありませんが、中には学生をあたかも自分が成果達成するための手ごまのように思っている人もいるかもしれないので。

私が親鸞会に寄せる愛情や、親鸞会の知名度アップのための活動を御理解頂けないのは悲しいことですが、そういうことをする人については親鸞会の未来のために私としても断固とした対応をとらざるを得なくなります。

あまりにひどいようだと、「親鸞会は学友部という組織内において、大学生に対してこのような行為をしている」ということを、さらに多くの方に対して明らかにせざるを得なくなります。今はICレコーダーも安く買えますし、マスコミの方の知り合いもずいぶん増えましたので。

以前親鸞会の部会の録音が流出したとき、親鸞会は「著作権侵害だ」といってその公開を取りやめさせ、当人に対しては「およそモラルと品位に欠けた人間です」と書きました。なぜか親鸞会の方が私の話を盗聴した事もあったようですが、モラルと品位にあふれた親鸞会がそんなことを指示ずるはずがないので、これはきっと「学生が勝手にやった」ものがたまたま上層部にあがっただけなのでしょう。

その後も親鸞会は「モラルと品位に欠けた人間」を量産しているのでしょうか。講師部総会や夜中に会員の家に押しかけた人たち様子などさまざまな録音が公開され、そのたびに顔色を失って必死で削除を要請していましたね。

隠さなければできない活動や、相互監視しなければ守れない絆など、「真実の宗教」には不要なのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

学友部長はこの文章を学友部担当講師に周知徹底しなさい。あなた方が高森教を自らの信念で信ずるのは別に勝手だが、それを違法な手段で広めることには私は断固たる処置をとる。

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統一協会から愛する人を助けるために 人間は機械ではなく、心で生きている

マインド・コントロール研究所より新刊が出ましたのでご紹介いたします。

統一協会から愛する人を助けるために 人間は機械ではなく、心で生きている

統一協会だけでなく親鸞会の問題を抱える人についても、とても参考になる内容ですので、是非ご一読ください。一番読んでほしいのは親鸞会の講師ですが。

学友部は相変わらず卑劣な勧誘を各大学で進めているようですね。ただ、大学側の親鸞会のダミー団体を見抜く力はかなり高まってきていて、色々と勧誘方法を工夫しても見抜かれているようです。脱会者や現役会員で協力してくれる人もずいぶん増えてきました。(メールくださった方、どうもありがとうございます。お返事が遅くなっていますが、全て情報は内容を精査した上で活用させていただいています)

高森会長以下教祖一族が贅沢三昧。孫は布教には無関心。信者の金で自らの御殿を建築してそれを隠したりしているのに、末端の講師部員はこれでどうやって生活するのかというくらいの収入しかありません。ここまでわかりやすく人生を搾取されているのにどうして気づかないのだろうかと思いますが、一番は自分の人生を間違いだとしたくないからでしょう。夢から覚めて苦しみを味わうよりも、夢を見続けるほうが楽ですから。

それでも、昨年末くらいから続々と親鸞会に疑問を持つ人が増え続けていて、メールの返信が追いつきません。親鸞会ではメールサーバーをチェックしてそういう人を炙り出したり、悪口や内部向けの反論を考えて説得するのに必死ですが、そんなことをしている暇があったら、どうして彼らが高森会長を捨てて「シロアリ」さんに救いを求めるのか、少しはわが身の姿を省みてはどうでしょうか?

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