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親鸞会とマインド・コントロール

西田公昭著「マインド・コントロールとは何か」を読んだ時の衝撃は忘れる事が出来ません。親鸞会の腐敗や矛盾を知りつつ「それでも親鸞会が真実だから」という自分の心、この心がどこから来たのかを考えるきっかけを与えてくれたこと。そして、親鸞会の勧誘方法が統一協会などのいわゆる「カルト宗教」のものとなんら変わりがない事を知ったからです。

マ インド・コントロールとは何か」にはマインド・コントロールのシステムとともに、「破壊的カルト」がどのような手段で布教を行い、それがどう私達の心を左右するのかを具体的に詳説しています。そしてこんな手段で布教をする団体というのは「親鸞会」や「統一協会」「摂理」くらいしかありません。それで親鸞会だけがマインドコントロールを「正しく」用いて、統一協会や摂理については「悪用している」とはとても思えなかったからです。

親鸞会が行っている勧誘方法とマインド・コントロールとのかかわり、他のカルト宗教との類似性については、「なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて」を読んでください。

しかしなぜ「破壊的カルト」と言われる団体の勧誘や育成には類似点が多いのでしょうか。その理由は「そういう勧誘や育成をしないと信者を維持できないから」です。

「破壊的カルト」の特徴として人の入れ替わりの激しさがあげられます。親鸞会でも幹部以外は毎年相当の人が辞めて行く。だから教勢を維持するために強引な勧誘をせざるを得ない。当然やめる人が多ければ教団に対する評判は悪化するから、勧誘の時点でウソをついたり育成のプロセスで意図的な情報隔離をせざるを得なくなります。

「破壊的カルト」でなければ入信する人も少ないかわりにやめる人もあまりいません。だから社会的モラルに反するような勧誘をわざわざ行う必要はないのです。

これは何事にも通じる話です。信仰の言葉を大沼氏や伊藤氏の著作から盗作して「自分が書いた」と言い張るのは、自分に信仰がないからです。あればそんな倫理に反することをする必要はありません。機関誌や集会で自分のことを褒め称えさせるのも信仰がないからです。無条件服従を要求したり「やめるときは1000万払え」という要求をさせるのも同じことです。

インターネットを見るな、やめた人間の話を聞くなと徹底するのは、自分達の教団の悪い評判が満ち溢れているからです。普通の教団にはそんな必要はないのです。

会計報告が出来ないのは人に見せられないような使い方をしているからです。自分の「師匠」を明らかに出来ないのはそこに致命的な問題があるからです。信者を動員して自分の著作を買わせるのは内容のレベルが低いからです。「歎異抄解説の決定版」と言わせているのも同じです。著者が自分の著作を「決定版」と呼ばせていたら典型的なバカですが、内容に自信がないからそんなことも分からなくなっているのです。

そこらじゅうに信者の金を使って自分の専用施設を建てさせているから、いろいろな事を隠す必要も出てきます。信者に対してますます嘘や誤魔化しが多くなります。大きな立派な教団を作ったと思われたいから、そこらじゅうを美術品で飾り不要な建物を建てまくります。これも全く同じ理由です。教義にも信仰にも自信がないからです。

私は最初に親鸞会で「弁論大会」なるものを聞いた時に、みんながみんな「高森センセー有難うございましたー」と褒め称えるのを聴いて、ここは創価学会かと気分が悪くなりました。そういうことを求められる教団では信者もそういう風に育ってゆきます。統一協会の機関誌を見てください。他の怪しげな新宗教団体の行事を見てください。あなたがかつて親鸞会に大して感じた「気持ち悪さ」と全く同じものを感じることでしょう。

類似しているのは理由があるのです。やっている事は他の新宗教と一緒だが中身だけは違うなんて事は絶対にありません。「マインド・コントロールとは何か」が私に教えてくれたのはそういうことです。「統一協会は金儲けのためにウソをつくが、親鸞会は真実を広めるためにウソをつく」と思っている人は少し頭を冷やしたほうがいい。

なぜ今回こんなことを書いたのか。それはこんな記事を見つけたからです。これを書いた人は、親鸞会をやめた多くの人が「自分はマインド・コントロールされていた」と感じるのはなぜか、真剣に考えたことなど一度もないでしょう。人の痛みを分かろうとしない宗教者ばかりの団体なら、脱会者が減らないのも納得できます。

ただの俗人を「世界唯一の善知識」と信じ込まされていたからこそ、その「マインド・コントロールされていた」という気持ちも出てくるのです。そしてそれは他の「破壊的カルト」から脱会した人の気持ちとなんら変わる事はありません。

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模型から削られたF館の会長御殿

2201203これが撮影された完成間近のF館部分。6階の会長御殿がよくわかります。
Dscf1465 これが会員に公開されている「模型」のF館。6階の会長御殿はカットされ、変わりに太陽光発電のパネルが置かれています。

顕正新聞の記事ではF館は全て「5階建て」とされているのはご承知のとおりです。

親鸞会がなぜこのような誤魔化しを行うのか。なぜ隠そうとするのか。会員の皆さんは少しは考えたほうがいいのではないでしょうか。

参考記事

嘘つき親鸞会、F館の巻

本館とF館の会長御殿

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講師部をやめるものは一千万円払え、追記

2008年末に行われた講師部総会の録音は、当ブログでも「講師部を辞めるときは1000万円の違約金」で紹介しましたが、当時公開した以外の部分の録音が公開されていますのでここに紹介します。

http://audioboo.fm/boos/92107-
↑何これ?←秘書による「ご教導」「お言葉」が聞けます
http://audioboo.fm/boos/92308-
↑ちょっとどこかへ入ってくる←犯罪が勧められています
http://audioboo.fm/boos/92451-
↑腕は何本もないよ←退部者の腕を折ること、生きて帰さないことが勧められています
http://audioboo.fm/boos/92473-
↑あんたは実名ブログ作ったかぁ?←実名ブログを作ったことのない人の叫びが聞けます
http://audioboo.fm/boos/92498-
↑こんなのをのさばらせていいと思う?←苦しいけど仕方ないからやっている人の声が聞けます
http://audioboo.fm/boos/92522-
↑追い詰められているのはどっちかな?←法律などは無視するよう勧められています
http://audioboo.fm/boos/92665-1000
↑君達の命は1000万円か 安いものだ←人の命は1000万円程度だとの発言です
http://audioboo.fm/boos/92669-3
↑3年半もあればロボット完成←マインドコントロールとは何かがよく分かります
http://audioboo.fm/boos/92728-
↑シロアリって何だぁ?←シロアリに食われるほどボロボロになっているとの訴えです。で、シロアリって何でしょう?
http://audioboo.fm/boos/92736-
↑予想的中!よほど軍隊が好きなんだぁ←旧日本帝国軍が最強であったという妄想
http://audioboo.fm/boos/92753-
↑あんたらに腹が煮えくりかえっている人は多いよ←自分のことはよく分からないものだという証拠です

これが2chに書き込まれると隠そうとしているのか色々とひどいアラシが入るのですが、もう無駄ですよ。すでに去年めぼしいところには殆ど配布されていますから。「もしそういう切れるものっていうのがあったら、もう血の海になっていただろう」というような発言、全部聞いてもらってますので。

これ聞いて怖いと思いますか?私はちっとも思いません。「あの時にワシがおったら手の一本や二本はかちおっとる。この会館から絶対に出させん。ワシがいなかったから生きて帰れたんや。よかったと思わな。」とかハッキリ言って笑っちゃいます。

でかい外車も運転手もいるのに、「親鸞会を誹謗している」人のところに「腕の一本や二本かちおったる!」と高森会長が来た事なんて一回もないですから。私のところにもないし、清森氏や近藤氏や嶋田氏の所にも来てない。このブログだけでもう4年くらい続けているのですけど、親鸞会を批判するのをやめろって説得に来た講師部員すら皆無。たまにネット上に私に対する嫌がらせ記事が載るくらいです。(嫌がらせ記事、講演で親鸞会を説明する際のいいネタになってます。有難う!)

トップがこれだから下のものも一緒。「○○を守るために、ちょっとどこかへ入ってくる そのために行き過ぎることをやって、そういうことがあってもいいんじゃないか」なんて言っている人も、絶対自分はやらないだろうし指示も出さない。ええ、刑務所に入るの怖いもんね。わかりますよ。

「だから実名で堂々とブログ書けるんですよ。講師部誰か書いとるか?俺たち実名出しとるぞ。完全になめられとる!」と言っている人、実名でブログ書くどころか、匿名で馬鹿なブログ書いて都合が悪くなれば消してしまいました。あれから1年以上経ちましたが実名でブログ書きました?その程度のことも出来ないで命がけとか笑っちゃうよね。ひょっとして講師部をやめた後で社会復帰することを考えて実名は出さないつもりなのでしょうかね。

「どうせ何もできんだろ。命がけと言ってもこの程度やないか。なめられてませんか?」

はい、なめてます(笑)。僕だけじゃない、みんな親鸞会のことなめてますよ。親鸞会を批判する人の元に行く人なし、公開法論する人なし、ブログのコメント欄すらみんな承認制。Wikipediaなんかで高森会長に都合の悪い情報が書き込まれたりすると消すのに必死。インフルエンザが怖くて電話座談会。これで誰が「親鸞会は本気だぞ」って思いますか。

でも講師部が高森会長をなめているのには正直負けます。高森会長が「腕の一本や二本かちおったる!!血の海だー!!!」とか言っても、誰も会長の意を汲んで行動したりしないですもん。実名でブログ書くことすら出来ない臆病者は除くとして、他の人で動いた人が一人でもいましたか?

「あの爺さん、ああいっているけどどうせ口だけだろう。総会とお礼状で適当に話し合わせておこうぜ。私達の仏縁を考えてくださった深い御心を感じずにおれませんでした、とかさ(笑)」

大方そんな感じなんじゃないですか?

親鸞会以外に行くところもないし、親鸞会を出て生活する自信もないから、最後まで親鸞会に面倒見てもらおうくらいのつもりなんでしょう。そんな人に「命がけ」なんてことできるわけないですわ。

親鸞会の中では総会とかで指摘したり「完全になめられとるー!!」とか叫べても、一歩外に出ればこの臆病ぶり。親鸞会にとっては数十年前の本願寺座り込みが精一杯背伸びした最初で最後の実力行使だったのでしょう。それすらも高森会長は参加しませんでしたが。

どうでしょう?浄土真宗親鸞会改め、「浄土新種クチだけ会」に改名してみては如何でしょうか。

「講師部をやめるときに1000万払え」という誓約も、どうやら踏み倒して差し支えなさそうですね。講師部やめた人で親鸞会からなんか言われたときは私に相談してください。百戦錬磨の弁護士を紹介しますので。

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絶望するなかれ

今まで随分沢山の親鸞会脱会者に会って来ました。親鸞会にいた期間を前向きに捉える人もあれば、親鸞会に対する恨みや憎しみに溢れている人もいたし、活き活きと生きている人もいれば、落ち込んでいる人もいた。本当に、様々です。

何でこんなバカな団体に人生を費やしていたのか、自分はなんて愚かなのか、と絶望する人も多かった。程度の差こそあれやはり脱会に至る過程で一度は絶望するものなのだと思います。今までの人生観や価値観を根本から覆すような決断をしたわけですから、当然そういう気持ちにもなるでしょう。

しかし親鸞会に入らない人生でもいろんなことがあります。交通事故にあうこともあるだろうし、家族と死別したり離婚したりすることもあるかもしれない。解雇になったり勤め先が倒産することもあります。火事や地震で財産を失うこともあるでしょう。

倒産するような会社を選んだ人は愚かなのか、そんなことはありません。その人はその人なりに一生懸命に人生を生きてその道を選んだに違いない。親鸞会にしたってそうです。確かにマインドコントロールはあったし、嘘つき勧誘もされた。親鸞会は色々な嘘をつき大事なことを隠していた。でもそのときはそのときで一生懸命だった。悩んだり迷ったりしながら親鸞会という道を選んだはずです。

親鸞会に別れを告げ、新しい人生を歩み始めた人たちへ。その決断をした勇気があれば必ず地に足をつけて生きて行けます。親鸞会にいた時代に得たものは決して幻じゃないし親鸞会から出た人生も無意味でもない。

親鸞会にどっぷりはまっている人は親鸞会を離れた人生を否定する。親鸞会を恨み絶望する人は親鸞会にいたときの人生を否定する。どちらも間違いです。

私は13年間親鸞会にいたけど、自分の人生には親鸞会に迷うという経験も必要だったのだと思う。多くのものを失わなければわからない事だってあるし、だからもう2度と同じ過ちは繰り返さない。

どうか絶望しないで欲しいのです。そして安易に「高森顕徹」の代わりを探そうとしないで欲しい。苦しいかもしれないけど、もうあなたは誰の奴隷でもないのだから。

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嘘をついたり人を傷つけても平気です

会員の家族から見た浄土真宗親鸞会というサイトが公開されています。

これは「浄土真宗親鸞会被害 家族の会(以下家族会)」の元代表であるK氏が、同会を退会するいきさつを自ら記したものです。

「浄土真宗親鸞会批判の真実」(http://s02.megalodon.jp/2009-0923-2304-16/kazoku.sub.jp/ )と称するサイトのトップページに下記のような記事があります。

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「親鸞会被害家族の会」のこれまで代表と名乗っておられたK氏は、親鸞会に対する誤解が解けたのか、被害家族の会を退会されました。

 ご自分の娘さんともよく話し合われたようです。そもそも親鸞会のことをよくご存じないまま、本願寺の僧侶から「だまされてますよ」と不安をあおられて、一時的に代表にまつりあげられてしまったというのが、事実のようです。

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この記事はまったく事実と異なります。ここでK氏と呼ばれているのは小生です。娘は前々から講師になるために顕真学院に入りたいと言っており、顕真学院に入ることに反対する小生と足かけ3年にわたって揉めていました。しかし、娘は平成19年9月に、常識では考えられない、親にとって耐え難い行動に走りました。それで、泣く泣く親鸞会側と顕真学院に入学する条件について交渉を始めました。その結果、「親鸞会被害家族の会」を退会したのですが、娘とは、「顕真学院に入って1年半で講師になれなければ学院を辞めること」と「親友部の職員にはならないこと」を約束していました。平成20年4月に娘は入学しました。ところが、7月早々に娘から「講師に向いていないからと言われ、6月末で学院を修了し、親友部員になった」との連絡がありました。この時点で娘は約束を破っているのですが、1年半という約束もあったので、今日まで黙認してきました。しかし、9月30日で約束の期限が来たので、ブログにアップしたという次第です。今回の件に限らず、弘宣部が制作しているこのサイトの記事は、皆さんご存知のように虚偽に満ちています。

結局のところ、K氏は自らの娘さんの人生を考え泣く泣く親鸞会と条件を交渉した結果、結果として家族会を退会せざるをえなくなったのですが、それを

「本願寺の僧侶から「だまされてますよ」と不安をあおられて、一時的に代表にまつりあげられてしまったというのが、事実のようです」

と親鸞会弘宣部の運営するブログ「浄土真宗親鸞会批判の真実」に出鱈目を書かれた訳です。宗教者としてどうより人間としてどうかと思いますが、もはや親鸞会に「良心」や「常識」を求めても無駄なのかもしれません。

親鸞会にとっては、サイトに嘘を書こうと、それによって人が傷つこうと、もはやどうでもいいのでしょう。だって自分たちの会の会員すら騙したって平気ですもの。最近の出来事だけ取ってみても、「5階建て」のF館やら「歎異抄をひらく」の解説書が出てないやら嘘っぱちのオンパレードです。上層部の人間や弘宣部員はこれらが嘘だと分かっていても何も言いません。粛清されるのが怖いからです。

布教される時点で「宗教じゃないよ」と嘘をつかれ、入ってからも肝心なことは全て隠されたり嘘をつかれたり。そうやって活動して行くうちに自分も嘘をついて布教するようになります。それで多くの人の信頼を失い批判されると「本願寺の陰謀だ」「国家権力の妨害だ」と嘘をつく。会員が別の団体に流れると「あそこは体験談だけで土蔵秘事の信仰だ」とまた嘘をつく。これが「善のすすめ」だそうです。呆れて物が言えません。

嘘から入り嘘で維持される信仰。そんなもので幸せになれるわけが無いでしょう。

親鸞会は嘘をつき続けないと維持できない組織です。それで人が傷つこうと苦しもうとそんなことは彼らにとってどうでもいいのです。

先日私と会ったある会員が、「ぶるうのさんは今は鬼のような表情をしていると聞かされていましたが、そんなこと無かった。昔と全く変わってないですね」と言っていました。

私のことならどうにでも言ってください。言えば言うだけ会った人が「親鸞会は嘘つきなのだなぁ」と気付くだけなので。気付いた人から失望し、脱会する。その手助けを自らやっているのですから、おめでたいといえばおめでたい団体です。

私の活動を助けてくれたお礼に、新勧の時期にあわせて今年も親鸞会へのプレゼントを用意しています。どうかお楽しみに。

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投稿:埋没費用と機会損失

埋没費用

埋没費用とは事業に投下した資金のうち、事業の撤退・縮小を行ったとしても回収できない費用のことですが、詳細についてはウィキペディアを参照ください。  

埋没費用の例についてウィキペディアにも載っていますが、別の例を出したいと思います。

なけなしのお金を出して中古車を買いました。ところがすぐに故障、修理費に何十万円もかかるとの事。「ここで廃車にしたらせっかく中古車を購入するために出した費用が無駄になる」ということで、修理を決断。ところがそんなに走らないうちに、また別の所が故障、修理費に何十万円もかかるとの事。「ここで廃車にしたらせっかく中古車を購入するために出した費用とこの前修理に出した費用が無駄になる」ということで、修理を決断。…。

ここで、中古車を購入した費用や以前の修理費が埋没費用となります。これらは絶対に回収できない費用であり、別の修理をするかどうかの決断に含めてはいけません。埋没費用を考慮に入れて判断すると正しい判断ができません。上記の例では修理費をいくらかけても一向にまともに走らない車なのでこのまま修理を続ければ埋没費用がかさむだけです。今まで投下した埋没費用はあきらめて廃車にするのが正しい判断でしょう。

さて、親鸞会の場合ですがお金だけ考えてもすごい埋没費用となります。正本堂建立財施に始まり(それ以前にもありましたが…)、地下道、ドメイン(施設を含む)、安心弁当、各種著書、毎月の会費に新春大会(書き落としたものもあるでしょう)。さらに今後も続くことでしょう。しかしながら一向に信心決定できません。それどころか善因善果で幸せになるはずがどんどん不幸になっているのではないでしょうか?当然です。間違った教えを信仰しているわけですから。そろそろ、親鸞会に見切りを付けるときではないでしょうか?

また、よく言われるのはたとえば上記の例であるならば、修理を決断する前に「もし、今、この中古車を買うか(修理をするか)どうかの判断を迫られたら買うか(修理をするか)どうか?」と考えることです。もしも、Yesであるならば新たに修理をすれば良いですし、Noであれば新たに修理すべきではありません。

親鸞会の場合でしたら、もしもあなたが、あなたが親鸞会に勧誘されたばかりの当時のあなたにアドバイスできるとしたら、果たしてあなたは親鸞会に入ることを勧めますか?自分の心に正直になって問いかけてください。Noであるならば、親鸞会を辞めるべきでしょう。

機会損失

機会損失についてはウィキペディアにありませんので私の言葉で簡単に説明しようと思います。

無駄に使った時間やお金を有効に使っていたとするならば得られていたであろう利益が得られなかった損失のことを言います。

たとえば売れる商品を仕入れていればそれが売れて儲けられていたのに売れない商品を仕入れたばっかりに得られなかった利益損失のことを言います。

親鸞会に属することによる最大の機会損失は信心決定できないことでしょう。何十年と求めている専任講師が信心決定できないのですからこのままあなたが求め続けても信心決定できないことは保証されているようなものでしょう。一刻も早く、真の善智識から教えを聞かれて信心決定していただきたいと思います。

経済的・精神的な機会損失については割愛したいと思います。「いや、私は仏法をひろめるためにお金も時間も使いたいんだ」と言われる方がおられるかもしれません。それはそれで結構なことです。ただし、親鸞会の教えていることは仏法ではありませんので、親鸞会のためにお金や時間を使うのは「正しい仏法をひろめるためにお金や時間を使う」ための機会損失となります。

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『歎異抄をひらく』畏敬から失笑へ

私が親鸞会をやめたあと、本願寺や他の宗教関係者の「親鸞会への無関心」に驚いたものです。詳しくは「本願寺はなぜ親鸞会に無関心なのか」というエントリで書きましたので読んでみてください。

ただ、そんな中でも親鸞会の活力や布教、聞法に対する取り組みに積極的に学んで行こうとする人もいました。そこには本願寺を飛び出し、一代で大きな教団を作った高森会長への畏敬の念もあったとおもいます。本願寺の僧侶から「高森先生」という言葉を聞くのは驚きでしたが、そういう声も多少はあったのは事実です。

しかし脱会からもうすぐ5年。もはやそんな声も全く聞かれなくなってしまいました。高森会長や親鸞会の「化けの皮」がはがれるのは本当に一瞬でした。いまや親鸞会を畏敬する人もいなければ、自分たちの存在を脅かすと恐れる人もいません。親鸞会を見る目から伝わってくるのはただ失笑だけです。

どうしてこんなことを書こうかと思ったのか。それは「異端か、正統か『歎異抄をひらく』発刊から1年10カ月」という記事を読んだからです。この記事はもともと顕正新聞の新年号に載っていたものですが、まさかネットで公開されるとは思いませんでした。

高森会長の「歎異抄をひらく」の発刊から歎異抄の解説書が出ない、という話が嘘であることは「高森会長が抱いた『歎異抄をひらく』の妄想」で明らかにしましたが、今は主に「反論書が出ない」という言い方に変わっています。それを信者に伝えるのなら別に構わないのでしょうが、そのことを機関誌にもウェブにも書くとは私には正気の沙汰とは思えません。

もしどこかの新興宗教の会長が何かの本を書いて「オレが書いた本に2年間反論が無い。思想界は沈黙している」とか言い出したら信者以外の人はどう思うでしょうか。「それ、単に注目されて無いだけだろ、アホか…」と笑われて終わりでしょう。

しかも今までの著作は盗作だらけで、自分で本を書こうとすれば教学課の力を借りないと何も出来ず、信者から集めた金と労働力で全国の本屋で自分の著作を買わせて「ベストセラー」を演出していた人が、「反論書が一向に出ないことに、日本の思想界全体の、何か地殻変動のようなものを感じないわけにはいかない」などと機関誌に書かせているのですからバカにされて当然なのです。

加えて本の内容はこれまで本願寺の学者が出した内容に全て類型が認められるもので、まともに読んだ人がいたとしても特に反論の必要も感じないでしょう。そもそも16万部出たと言っても、どれほどが本当に読者の手に渡っているのかも怪しいものですが。

「真宗十派は自らの存在意義を失ってしまう」「真宗界の地殻変動」という言葉が親鸞会の中で飛び交っています。似たような言葉を昔ききましたね。そう、光大作戦で全国に「アニメ世界の光親鸞聖人」を売りまわった時です。あの時も「真宗界の大津波」とか40万本突破と宣伝されましたが、真宗界に大津波など当然起こらず、過剰な販売ノルマを課せられた信者が自ら買い込んだアニメが押入れに大量に残っただけでした。

高森会長も親鸞会はもはや「こういうことを書いたら周りからどう思われるか」ということを考える力を完全に失っているのでしょう。正本堂の7階や法輪閣で取り巻きだけを相手にして生活しているのですから、仕方が無いかもしれません。

親鸞会を畏敬する人はなくなり、周囲からは失笑のみが聞こえてきます。笑われ、バカにされる親鸞会。自業自得とはいえ、さびしいものです。

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投稿:新春大会の費用

少し話題になった新春大会の費用についての情報です。
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平成16年の新春大会では、新湊市にある、かぐらという弁当屋に1つ5000円の弁当を注文しました。また、小杉のスーパーで(段ボール詰のもの)注文したみかんと、小豆の缶詰めと冷凍の白玉を使ったぜんざいを祇園で作りました。

5000円の弁当とみかん1こ、ぜんざい1カップで、1人につきせいぜい計5千数百円の経費でした。

平成17年の新春大会は、弁当が3500円になり、みかんとぜんざいは変わりませんでした。経費は1人4000円もかかっていません。

両方とも参加費は2万円です。形としては有限会社祇園が発注しています。

また、平成20年の新春大会からは、あんしん弁当が弁当を作るようになり、参加費が3万円になりました。

平成20年の新春大会には私も参加して、大変豪華だったのを覚えています。少なくともカボチャプリンのブログ写真にあった今年の新春大会の弁当のようなショボい中身ではありません。

次に、おときの金額についてです。平成16年の時は、1つ1500円で外注していたと記憶していますが、平成17年には1つ1200円に下がっていたように(金額が落ちたのは確実です)思います。

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投稿:保証人となっている特専部員へのアドバイス

2009年の親鸞会は教義破綻が明らかとなり、「やっていることはおかしくても教義だけは間違いない」と何十年もまじめに求めてきた会員さんたちが陸続と退会する一年となりました。2010年はこの傾向が加速することはあっても、減速することはないでしょう。

親鸞会を財政的に支えて来た会員さんの退会により、親鸞会の財政破綻もいよいよ目前に迫ってきました。

さて、親鸞会が財政破綻すると保証人となっている特専部員の皆さんの所に過大な負債がかかって来ます。あなた方は一生かかっても返しきれない負債を抱えることになるかもしれません。

皆さんに落ち度はないのに高森会長や身内及び幹部の贅沢や高森会長の無計画な散財により発生した負債があなた方にかかってくるのです。

この負債から免れるには親鸞会が財政破綻する前に一刻も早く、親鸞会を辞めて保証を約束した書面(以下、保証書)を取り返すことです。財政破綻する前に保証書を取り返すことができればセーフですが、財政破綻した後では手遅れです。今日行動を起こすのです。明日では遅いかもしれません。

それでは保証書を取り戻す戦略です。

1.まずは上司に親鸞会を辞める旨と保証書の返却を求めてください。保証書の返却を拒否された場合は「保証したのは信仰に基づくものであるので、信仰がなくなった以上は返してくれ」と強く主張してください。
2.それでも返してくれない場合は訴訟を起こす旨とマスコミに情報を流すと強い姿勢で立ち向かいましょう。
3.さらに親鸞会に融資をしているF銀行にも情報を流すと言いましょう。銀行はこの種のトラブルを嫌い、融資の凍結・返済を求めてきます。親鸞会はトラブルが起こっていることが銀行の耳に入るのを極端に恐れるので有効な手段だと思います。もしも、保証書が銀行に対して約束しているものであるならば1及び2で対処するしかありません。銀行はスキャンダルになるのを極端に嫌いますので、いかにマスコミを巻き込むかが重要になってきます。『「入学式で声をかけられて…。挙句の果てに…」というようなカルトに騙されて人生を棒に振った』というストーリーでもっていくのが有効かもしれません。

真生会病院に勤務している医師の方へ

失職の心配をするかもしれません。それについては心配不要と思います。地域によっては医師不足のところはいくらでもあるので場所のえり好みさえしなければいくらでも別の職場はあるでしょう(保証はしませんが)。そもそも、真生会病院の待遇は他の一般の病院と比べて著しく悪いのではないですか?真生会病院を辞めることによる待遇改善と親鸞会を辞めることによる経済的な負担がなくなることによりずっと豊かな生活を送れるようになることでしょう。

むしろ、辞められて困るのは真生会病院の方ではないでしょうか?

まだ、教義が正しいかもと迷っている方へ

もんもんと悩んでおられずに、高森会長に質問してみましょう。事は後生の一大事、どうでもいい問題ではありません。この際はっきりさせておきましょう。関東の同行は命がけで親鸞聖人を訪ねて、質問されているではないですか!

はぐらかされたり、除名処分となったとしたらそれこそ、高森会長の教義が嘘っぱちであることの何よりの証拠です。
一万歩譲って、仮に教義が正しいとしてもこのような不誠実な指導者の下では何十年求めていても後生の一大事の解決は無理でしょう。親鸞会の50年の歴史が如実にそれを物語っています。

それから、数は力ですので、一人で行動せずにひそかに仲間を募りましょう。場合によっては裏切られて、密告される危険はありますが、クーデターを起こすわけではないので、ばれた場合でも、行動を実行するいいきっかけになるでしょう。

皆様が一日も早くカルトから離れ、まっとうな人生を歩み、正しい指導者の下で本当の親鸞聖人のみ教を求め、後生の一大事の解決をなされることを念じております。

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嘘つき親鸞会、F館の巻

F_jitubusu F_mokei皆さん今年もよろしくお願いします。ぶるうのです。

F館、いよいよその姿が明らかになってきましたね。こうしてみると予想以上に立派で素敵な建物ですよね。何しろ、唯一の善知識である高森会長の新しい住居ですもの。立派なのは当然でしょう。

え、嘘付け!高森会長の新しい住居だなんて聞いたことがないぞって?それって親鸞会の上層部が隠しているだけですから。疑っている人は「建築概要計画書」でも見ておいて下さい。ちゃんと住宅部分369.69m2って書いてあるでしょう?この住宅部分って高森会長の御殿ですよ。詳しくは「本館とF館の会長御殿」でも書いたので参考にしてください。但し、図面は昨年4月のもの。同年の8月に設計変更が届けられて住宅部分はちょっと狭くなっています。それでも369.69m2って相当な豪邸ですね。一般的な3LDKのマンションは大体80m2くらいですからね。もちろん接待用の設備やスペースも完璧に備えられていますし、内装や空調も最高級グレードです。当然ですよね。唯一の善知識だもの。

未だにF館は5階建てって顕正新聞では書かれているみたいですが、6階建てですよ。正面からは5階部分のひさしが邪魔になって見えにくいですから、どうか色んな確度から観察してください。

ところでF館の模型って不自然ですよね、なにしろ、屋上に出る出入り口すらないんですから。6階の部分をスパッと取り除いて隠すために作った模型ですからこんなに不自然なんです。よっぽど隠したいんでしょうね。弘宣部長もジャーナリストを自称するならちゃんとF館が6階建てだって事くらい報道したら良いのに。

出来ないですよね。会内での保身が一番大事ですもんね。要らないこと言ってすみません。

でもなんで会員に対して隠すんでしょうか?会員に理解されないから?それとも防犯のため?どちらにしても随分弱気な善知識ですよね。

電話座談会が主流になってF館は多分数えるほどしか使われないでしょうから、会長先生の住宅部分の為だけに建てたようなものなのに、お金を出した会員がそのことすら知らされないってかわいそうですね。

内に向かっては自分の過去や盗作の事実や会長御殿の建設について隠し、外に向かっては著書に「浄土真宗親鸞会会長」であることすら書いてない。隠し事が多い人生はさぞかし大変でしょう。同情しますけど、これだけ隠し事の多い人たちが「国家権力の妨害には屈しないぞ!」とか言っているのには噴出す人も多いのではないですか。

親鸞会の人が「邪教徒」と見下すキリスト教徒でさえ、江戸時代に弾圧の手が加わったとき、ほとんどの人が逃げずにわれもわれもと自分がキリスト教徒であることを申告し、その多くが入牢したり断首されたそうです。もし親鸞会が同じように弾圧されたら一体どうなるのでしょうか。上層部から「自分は関係ありません」とかいって逃げそうに思えるのは私だけでしょうか?

だからもう石山戦争のこととかあんまり話さないほうが良いですよ。あなた方には所詮無理だから。本願寺の座り込みのときでさえ滋賀会館で「陣頭指揮」するのが精一杯だったでしょ。

いずれにせよ古今通じて、内実が伴わない人ほど威勢のいい言葉で自分を飾り立てるものです。中では真剣にやっているのかもしれませんが外から見たら喜劇以外の何者でもありません。今年はもう少し真面目にやって下さい。

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新年を迎え、親鸞会へのアドバイス

親鸞会上層部の皆さんへ

権力者、国家権力の妨害を感じるのですか?
感じるなら、なんで国家権力が親鸞会に関わってくるのか、わかりますか?

真実の拡大を阻止したい権力者の妨害だと、まさか本気で思っていますか?
親鸞会が親鸞聖人の教えを正しく伝えるから妨害されているのだと。

思ってないですよね。すみません。
あれは会員向けのメッセージですもんね。
まあ、流石にそこまでバカにするなと言われそうですが…

ただ、本気で考えたほうがいいですよ。
国家権力が関わってきていると思うのなら、それはなぜなのか。
また、そういったものに内部の人や脱会者の人がどうして協力するのか。
どうして情報がどんどん漏れるのか。

裏切り者?獅子身中の虫??違いますよ。
彼らは彼らなりに、親鸞会はこのままでは危ない!と思って、
何とかしたいけど中から親鸞会を変える事はもう無理なので、
致し方なくそうしているのです。
あなたもそうしたくなるときはあるでしょう、って、これは言いすぎかな。

これは法難なんだ!親鸞、蓮如上人の時代と一緒だ!なんて思考停止はどうかしないでください。
ここで団体名を出すのは控えますけど、過激な布教で知られるある法華系の新宗教団体がありますよね。
機関誌の名前が親鸞会と一緒だから、知っている人も多いと思います。

あそこなんかも「われわれは国家権力に妨害されてる!」なんて言っています。
しかも公言してます。
で、色々逮捕者も出しているのはご承知の通りです。

そういう、親鸞会以外の団体もよく見ておいたほうがいいです。
そして、自分がどう見られているのか、そう見られる理由はなぜなのか、
一度本気で考えたほうがいいです。
例えば発行物に国家権力云々と書くと、それを見た人がどう思うか。
講師部だけの集まり、特専部だけの集まりでも同じことです。
そこでどんな話をしたか、そういう話をしている団体はどう見られるのか。

真剣に、真剣に考えてみてください。
これは皆さんを揶揄しているのでは決してありません。
信じてもらえるかどうかわかりませんが、真剣に心配をしているのです。

何しろ親鸞会は自分の出身団体です。
袂を分かったとはいえ、十数年お世話になったところです。

いくら教義がおかしくても、いくら金集めが出鱈目でも、
出来る限り社会的な問題を起こしてほしくありません。

消防の訓練に敷地を貸したくらいで自分達を「社会的」だなんて思わないでください。
社会に対して「無責任」な団体にはならないでください。

私の言いたいのはそれだけです。

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