投稿:会員の後生を見捨てた布教局長のおかげで目が覚めた(2)
○親鸞会の教義がおかしくなってきた。
○長年活動をしていた人間的に信用出来る人が、誰にも本音を言わずに辞めていった。
○確認書という名の奴隷の誓約書を書かされた。
少なくとも、親友部員は辞めた方が良さそうだと春頃には考え始めていました。
日曜日の度に、高森会長の説法がある度に苦しくて苦しくてどうしようもなく、ある人に相談しました。その時恐ろしい事実が判明しました。サンキューの営業や寿司をつくる仕事等で、なかなか聴聞出来ないY店長がある時「会長先生のご説法を聴聞出来る環境にしてもらえないでしょうか」(具体的には店を休業する、代わりが出来る人に応援に来てもらう等です)と布教局長に嘆願しました。それに対する返答が「聴聞は自分の責任ですることだ、自分で何とかしなさい」だったのです。
Y店長は布教局長と何十年来の付き合いがあるそうです。店長の奥さんは布教局長が入会させた程です(Y店長本人からは滋賀県の店をたたんで富山県に来たのは、布教局長がサンキューの総責任者だったから信頼出来ると思ったからだと聞きました)。それだけ縁の深い会員で、しかも直属の部下であるY店長の後生さえ心配出来ない、そんな布教に会員1人1人の後生を心配出来るはずがない、そうとしか考えられません。それを見抜けないのか、確信犯なのかはわかりませんが、聴聞に極まるという最重要の教義さえ理解出来ていない光晴氏を布教部門の最高責任者に任命している高森会長にも、強い疑念を抱かざるえなくなったのです。
その日は、もう頭の中は真っ白で、先は真っ暗な状態でした。私は親鸞会に、高森会長に騙されていたのだろうか?騙されていたのかもしれない、という考えが浮かぶことさえ苦しくて辛くて・・・、数日間悩み続けました。
5月末に行われた高森会長の親友部員対象(講師部も参加はしていました)の座談会も私の気持ちに影響がありました。これは急遽行われたにも関わらず、1人5000円の御法礼が各部門毎に集められました。
親友部員が質問して、高森会長がそれに答える形式でした。その中で特に印象に残った質問があります。親友部員のある女性が、「先日の懇親会(福徳会員対象)で会長先生は『私達がどんな活動をすることを阿弥陀仏が望まれているのか、その御心を知って活動することが大切だ、私は常にそれを考えて活動をしてきた』と仰られたと参加者から聞きました。新型インフルエンザが流行している今、私達はどのような活動をしたら良いのかよく考えます。阿弥陀仏は私達にどんな活動を望んでおられるのでしょうか?それを知るにはどうしたら良いのでしょうか?」というような質問をしました。
高森会長の答えの結論だけをいいます。「本師本仏の阿弥陀仏の御心がわかるのはお釈迦様のような仏様だけだ、私達人間にわかるはずがない」でした。
座談会は1日の予定でしたが、途中で高森会長が不機嫌になってしまい「こんな本音を言えないような、堅苦しい座談会をしたかったのではない、こんな雰囲気なら午後はやらない」と言い午前の部が終わりました。午後はなんとか予定通り行われましたが、その影響で人生相談のような座談会になってしまいました(後輩に注意する時気を付けるべきこと等)。午後は教義的な内容はほとんど出ず、ハッキリ言えば時間の無駄でした。事前に5000円の御法礼を集めて、100人以上の親友部員が仕事を放り出して集まった(講師部も含めると約300人)にも関わらず、会長は堅苦しい説法をしたくない、と言ったのです。それに疑問を持たない周りの親友部員にも疑問を感じました。
高森会長は「一緒に徳水館に入りながら話すようなざっくばらんな、こんな内容の座談会がしたかったのだ」と言っていました。では、なぜ5000円という普段の行事と同じ額の御法礼が徴収されたのか、私には理解出来ませんでした。もしも高森会長が親友部員と仲良くしたいという意味での座談会だったならば、会長から『今日は阿弥陀仏の救いに関して以外の話をしたから御法礼はみんなに返す』とあって当然だと思いました。
なお最近の顕正新聞に漫画が増えているのは、この座談会が原因です。参加した親友部・講師部に対して、会長が「みんなは、漫画は好きかな?」という問いをしました。それに対して全員が「イエス」という返答をしたからです。
その後、同朋の里でもある支部対象で高森会長の座談会が行われたそうです。しかし、同じ敷地にあるサンキューで働いていた会員や、すぐ側の本部会館でビデオ御法話をしていた支部の会員は、その事を知らせてもらえませんでした(会長座談会があることは、事前に施設課等の何人かで準備をしたそうですので、当日急遽決まった訳ではありません)。どんな人にも死んだら後生に大変な一大事があると50年以上会長自身が説いてきたにも関わらず、聴聞出来るはずの会員の後生が無視されたのでした。
高森会長も信用出来なくなり、光晴氏という最悪の縁から早く離れたいと思い、親友部員を辞たい旨を上司に伝えました。I親友部長やT店長、Y店長等の人からは私の今後(求道と再就職)について心配されました、もちろん説得もされました。当然のことながら、高森布教局長が私を心配しているという事は、誰からも聞きませんでした。
梅雨になる前に親友部員を退任しました。その時にはまだ、親鸞会の会員は続けるつもりでした。
2週間程たって落ち着いてからインターネットを検索すると、親鸞会の問題点を示すサイトを見つけ、その多さに驚きました。私の白道、さよなら親鸞会、苦笑の独り言、安心問答、清森問答、高森先生の親鸞会教学を検証する、捏造と捏造された不倫事件の真相等はもちろん、親鸞会側のサイトもすべて見ました。
まず情報の正確さにビックリしました。その中にあった会長の食生活に関して3つの出来事を思い出しました。
1つ目は私が顕真学院任務の時に1年間以上の長期間にわたって、本部の行事の時、12時25分頃正本堂6階配膳室にいっていました。高森会長に味噌汁の味見をしてもらうためです。顕真学院では、美味しい味覚(高森会長好み)も学院生に学ばせなければならないという理由でした。
2つ目はお忙しいはずの高森会長が、麺の出汁やタイヤキの味見をしに1週間に何回もサンキューに来ていた事です。麺の出汁の味には特にこだわり、会長は「売れないのは味が悪いからだ」と言ったり、「こんなもの食べれるか」と食べかけの丼をひっくり返したりしていたとパートさん(非会員)から聞きました。なお、会長が旨いと言ってから半年経っても麺の売上は変わりませんでした。
3つ目は、私がレストラン祇園にいた頃に、O料理長(非会員)の出す料理に会長が点数をつけていたこととです。会長は極端な好き嫌いがあり、出した料理には必ず食べ残しがありました。すべてのお金や物は仏法領と指導しているにも関わらず、です。
私が1番衝撃を受けたのは、私の白道です。元講師の方の苦しみが自分の事のように感じられました。そして、光晴氏が部下と不倫をしたらしいこと、それ以上の問題である、高森会長が不倫事件を無理矢理揉み消したことが事実だとわかり(万一捏造ならば法的手段ですぐに閉鎖されるはずです)、これまで不可解だった事が繋がりました。
光晴氏は自分の名誉や立場の保身、色恋沙汰にばかりに目がいっているから、会員1人1人の後生を心配出来るはずがないのです。様々な証言と私自身の体験から導き出されたのは、光晴氏は会員の後生を心配するどころか、後生の一大事そのものを信じていないという答えでした。
そして、そんな光晴氏の心に講師部の幹部は気付かないのか・・・?と考えた時に、私が顕真学院で仕事をしていた頃の事を思い出しました。
学院では「組織の私物化は絶対してはならない」と、学院生に対して厳しい指導があります。ところが学院長や教授(上司)の立場にある講師部員は、かなりの我が儘をしていました。食事に『各講師のこだわりや好き嫌い』がありました。例えばメニューが豚カツの時、肉を食べない講師には別に焼魚を用意しました。丼(ご飯の上に何かをかける料理)が嫌いな講師(個人的信条が理由)には、わざわざご飯と別の食器に丼の具を盛り付けました。各講師の個人的な我が儘が、些細なこと(フォークを使わない講師の席には置かない、食器を置く位置等)も含めて、たくさんありました。
運転出来ない学院長がパーマに行くのに、親友部員が(任務時間中)送迎をすることもありました。これらは振り替えって考えると、正に組織の私物化でした。顕真学院等での指導は立場が弱い者への建前で、光晴氏やそれに類する人達は、おかしな言動を数え切れない程していました。
私が最も気になっていた高森会長の説法内容(教義)が変化してきた原因は、チューリップ企画の山田氏と田中氏の法論だとわかりました。1番大事な阿弥陀仏の18願についての間違いを指摘・暴露されたために、辻褄合わせをしようとしたことと、年老いて思考が衰えてきたことが重なった結果、教義の様々な歪みが目に付くようになったのでした。
しかも『最近の高森会長の説法・教義』が間違っているのではなく、『根本から間違っている教義』を、説法の上手な高森会長が『巧みな話術と断章した聖教の御文』で正しいと錯覚させていたことが最近証明されています。(親鸞会教義の誤り等を読むと、高森会長は阿弥陀仏を軽視していて、教義を論じる以前の問題だとわかります)
騙されていた自分があまりにも無様で、情けなくて、悔しくて、辛くて、それを認めたくありませんでした。心の涙がとまりませんでした。しかし、これ以上傷口を広げたくない、ただその一心で、一刻も早く親鸞会を辞めようと思いました。
それから、本部会館に支部長宛の手紙を、以下の内容で出しました。インターネットを見て、親鸞会教義と組織の間違いがわかりました。支部長には大変お世話になりましたので、警察沙汰にはなりたくありません。今後は一切電話や手紙等で連絡をして来ないでください(要約)です。親鸞会の本尊(正しくありませんので単なる本尊です)も同封して、書留で郵送しました。
その後は、私の後生の心配よりも警察沙汰にしない方が重要なのか、支部長からの連絡は一切ありません。
この投稿を目にされた皆さんへ
私はレストラン祇園、顕真学院、サンキューと働いていました。親鸞会に対する怒りはもちろんありますが、幸い私はまともなところに就職が決まりました。相談にのって下さった元会員の皆さん本当にありがとうございました。
この投稿文を関係者に読まれたら、投稿した私が誰かすぐわかります。親鸞会の内部でどれだけ酷い悪口を言われるか、わかりません。しかし、皆さんに少しでも親鸞会の隠された実態を客観的に知ってもらいたい、と願い投稿しました。
私は自分がなぜ親鸞会に魅いられてしまったのか考えました。すると私は、これまでの人生で、毎日の生活の中でや未来に感じる不幸の数は1から10まで数えているが、幸せの数を数えようとしなかった心が本であったと感じました。そこからくる不安な思いを助長され煽られて、『必堕無間』と刷り込まれて、高森会長は真実を教える人だと信じ込まされてしまったのだと思います。
私は皆さんが単に親鸞会を辞められるのではなく、1日も早く高森親子の呪縛から解き放たれて、意識改革をされて、自分自身が本当に幸せになれる未来へと向かって踏み出されること、それだけを願っております。


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