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投稿文:石川学生部員の死亡事故の件について

親鸞会は当時、学生本部体制で、K玉学生本部長の下、各地域毎に学生部長がいました。そんな中、石川学生部をN田講師が担当になった年に事件は起こりました。

石川学生部には100人近くの会員がいましたが、金沢大学や金沢工業大学を中心に大学や自治体の反対が年々強くなっていました。それを掻い潜って、ようやく誘えた新入生をどうしたら惹き付られるかが大きな課題になっていました。

そんな中、新入生と仲良くなり、会員の団結も築けるという一石二鳥のレクレーションが提案されました。

それが、戦争ゲーム(正確な名称ではないかもしれません)でした。N田学生部長の発案だったと聞きました。

ゲームの前に、それぞれ自分達の使う武器を作ります。主に段ボール等を材料にして剣や槍等を作りました。会場には、運動公園のような小さな山や池があるような広いスペースが使える公園を探しました。

先輩(会員)と新入生を担当等を基準に2つのグループに分け、それぞれの陣地を決めます。

それぞれのグループで、配置や作戦を練ってからゲームスタートです。

敵グループが持つ武器にやられたら、戦死(捕虜だったかもしれません)になります。

最終的に相手グループを全滅させるか、相手陣地を占領したら勝利になります。

これまでの、バスケットやサッカー等のスポーツと比べて、目新しく盛り上がったため、何回もこのゲームをしました。繰り返す度に、武器を工夫したり色々な作戦を練ったり、よく言えば創意工夫、悪く言えばどんどんエスカレートして行きました。

学生本部内でも話題になり、隣県でも同じレクレーションをしたと聞いています。

そして季節は秋になり、金沢大学生のHさんが死亡する事件が起こりました。

事件が起きた後、マスコミに取り上げられ、ニュースにもなりました。

その時には、親鸞会の名前が全面に出ては高森会長に迷惑がかかってしまうと、講師と学生がしていた金沢大学の部長等が口車を合わせました。

私たちは、金沢の大学生のサークルです。N田さんは、金沢大学のOBでもあり、浄土真宗の話をして欲しいと私たち学生が招待している親鸞会の講師の方です、と。

K学生本部長は、学生本部内の火消しのため大忙しでした。

最初に、事件の日のHさんの行動を、石川学生部の部員から小さな事まで聞いて調べ上げました。

そして、その情報をまとめて、他の地域の学生部員達に2・3時間使って、事件の経緯を説明して、親鸞会には過失がないことを暗に示しました。そして、親鸞会教義を使って、私たちは無常の身だから~等と、よくある言い回しで締め括りました。

事件の当時はこんな流れでした。

当日戦争ゲームをした場所は、小高い丘や池沼があった。

グループ分け、陣地を決めた後、ゲームを開始した。

Hさんが1人で池沼の近くにいたのを丘の上から見た学生部員がいた。

その後、池沼に浮かぶ簡易の「いかだ」のような物に乗っているHさんの姿を同じく丘の上から見た学生部員が何人かいた。

しばらくして、池沼の方を見るとHさんはもういなかった。

その後、Hさんがどこにもいない、という事で事件が発覚した。Hさんは溺れて亡くなっていた。

この事件は、Hさんが乗っていた「いかだ」が沈んでしまい、池沼にはまったHさんは服を来ていたために溺れて、亡くなってしまったという大変悲しい「事故」でした。

公平にみて、N田講師にあるといえる責任は、監督不行き届きだったでしょう。

しかし、親鸞会を辞めた今正常な思考で考えてみると、親鸞会でなければ、この事故は起こらなかったように感じます。

亡くなったHさんは大学4年生でした。石川学生部の幹部でした。そのHさんの行動を目撃した学生は後輩ばかりでした。

池沼に浮かぶ「いかだ」の上に、何の準備もなく乗っていたら危ないのは明白です。それを見たら誰しも危険だと思うはずです。

誰か1人でも、それを口に出していれば、一言「大丈夫ですか?」言うだけでも結果は違うように思います。しかし、それが出来なかったのは、なぜでしょうか?

親鸞会学生部は上下関係が厳しい組織です。普通、後輩は先輩に注意なんて出来ません。

しかも、上の立場の人間の指示に従う事を最優先させる、思考停止させる組織です。それは様々な事柄に対する判断能力を低下させます。

また親鸞会の活動でクタクタになっていなければ、体力に余裕があれば、Hさんは溺れなかったかもしれません。

これはあくまで私個人の考えではありますが、親鸞会でなければ、こんな事故は起こらなかったのでは・・・と思います。

数年前に風の便りに聞いた話です。

毎年事故のあった時期になると、当時の石川学生部の幹部が何人か集まってHさん追悼の意味を込めた法話をしているそうです。しかし残念なことに、そこにN田講師が参加したと聞いた記憶は、私にはありません。

もしかしたら参加した事があるかもしれませんが、もし少しでも自責の念やHさんの後生をおもう気持ちがあるなら、人間の心があるならば、あんなブログは書けないように思います。

N田講師の「静かな劇場」は、自分たち親鸞会を省みる心もなければ、相手を思いやる気持ちも感じられません。

「因果の道理という仏教の教えを忘れてしまっている」ようにしか、思えません。

かつて親鸞会に所属して、敬意の念を感じていたN田講師の現在の姿に、本当に悲しく思います。

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コメント

ちょうど蓮師500回忌を1ヶ月後に控え、尋常ならざる目標と日夜格闘していたころの事件。普通にやっていては到底目標達成はできないと、いろんな意味で活動がエスカレートしていた。そういう背景を考慮すると、担当講師も可哀相なところもあります。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 19時43分

親鸞会は先程もあがりましたが、達成できないような予算、ノルマを課します。ですから、担当講師もある意味では、同情するところはありますよ。最大の責任はK玉、バカ息子、そして高森会長です。
親鸞会は上下関係は厳しいですが、それは講師部や職員、幹部に対してだけでしょう。一般の方にはそんなに厳しくないだろう。厳しくしたらさらに会員は減ります。指摘会合なんかやる意味がありませんよ。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 19時49分

今から15年くらい前の出来事ですね。
当時の金沢学生部はアニメ行商、報謝のための計画的アルバイト、深夜早朝の部会など、学業そっちのけの異常な状態だったと聞いております。
特に4年生の幹部学生は就職活動は一切出来ず、例えば首都圏の大手上場企業の会社説明会に行こうとしたところ、担当講師の許可が出ず、最終的に内定をもらえた企業はゼロであったと悲惨な話も聞いています。

そんな中、金沢工業大学の幹部学生が早朝部会のために原付バイクで市街地を走行中、老婆2人をはねるという交通死亡事故もありました。
前日は深夜遅くまで部会があり、その翌日早朝の事故とのことです。
本人は逮捕、起訴されましたが、自己都合の外出中での事故ということで、親鸞会との関係は一切公にされることはありませんでした。
幸いなことに本人は大学の退学処分はなく、無事、卒業出来たようです。
このような不幸な出来事に対しても、親鸞会は一切、他人気取りで見向きもしなかったと聞いております。
都合の悪いことには一切、見て見ぬふりをする親鸞会。
これ以上、宗教団体の犠牲者が増えないことを願ってやみません。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 20時33分

>そんな中、金沢工業大学の幹部学生が早朝部会のために原付バイクで市街地を走行中、老婆2人をはねるという交通死亡事故もありました。

平成6年のアニメ販売のときだったな
この年は早明浦ダムが干上がる猛暑の上、各学生部に過酷な販売ノルマが課せられた年だった
昼間の暑い中くたくたになるまでアニメ販売に飛び回り、夜遅くまで毎晩会合、翌朝も朝早くから会合の連続でみんな疲労が限界まで達してた
うちの学生部など12時過ぎまで会合、翌朝4時台とか5時台に会合のため集合という日々だった
それなのにノルマが高すぎて30日になっても各学生部、ノルマ達成まで程遠い状況だった
事故があったのは8月の終わりだったと思う
さらに悪いことに保険が切れてたと会合できいた、あまりの多忙と疲労のあまり保険が切れていたことに気がつかず、焦っていたためおばあさんに気がつかず撥ねてしまったんだろう

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 21時26分

表にでろ!

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 22時11分

本当に他人の迷惑を顧みずだな、親鸞会

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 22時11分

裏には必ず表がある。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 22時18分

無茶なことばかり続けていたのですねー
高森さんは、戦争大好きだから、いつまでも戦争ごっこをしたくて周囲を巻き込んでみんなで戦争ごっこをして、結局、負けたわけでしょうか・・・昭和の終わりに、学生だった私が始めて高森さんの教えを聞いて、思ったことは、「こんな嘘ばかりを教えていながら、こんなに多くの立派な学歴・職業を持つ人が、なんで聞いているのかな?!」です。高森さんの教えから学んだことは、「情熱さえあれば、どんな嘘を言いふらしても、人が集まり、一時的に成功する」ということです。
「あれだけ嘘を並べ立てて多くの人々の前で説法している人は、将来、どうなるのかなー」という好奇心から、この20年あまり、親鸞会を時々覗いていましたら、こんなことになっていたのですねー。まさしく、悪因悪果ですねー。

投稿: まり | 2009年10月 1日 (木) 22時23分

あれだけデタラメな教えでも、人がたくさん集まった、というのには、やはり、高森さんにはすごいビジネスセンスがあったのでしょうねー。
全く偽者の商品を高く売りつけるという才能があったのですねー。それは、すごいなーと、思います。情熱の人というか。
あれよあれよという間にあれだけの大組織になっちゃったから今更「実は、わたし、信心決定してません」なんて、たとえ無間地獄に落ちても言えなくなったのでしょうねー その気持ちはわかるような気もしますが・・・「実は、浄土真宗の教え、私もまだよくわからないんです」なんて、言えなかったのでしょうね・・・「実は私も欲だらけの泥凡夫です」と、正直に言ってれば、少々人間的な失敗をしても許してもらえたのに、阿弥陀仏のふりなんかするから、みんなが呆れたのですね。思慮の足りない人と、思ってしまいました。

投稿: まり | 2009年10月 1日 (木) 22時33分

私も学生時代、アニメ頒布をしたというより無理矢理やらされた。幹部でもなくやる気もなかったから、ギャンブルして、金を稼ぎ、それをご報謝したかな。パチンコで5、6万かせいだかな。  
社会人になってもあったがそもそもアニメ頒布は副業だし、公務員はしてはいけない。というかバレたら解雇です。知りませんやすみませんじゃすまない。  なんでもかんでもしたらいいんじゃない。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 23時16分

学生にアニメ頒布をさせていた、という一件だけでも、すでに異常な団体ですよね。
それだけで、もう十分、終わりの団体ですよ。
それが分からないというのは、よほどカルトに麻痺しているんでしょう。
おそろしい団体です。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 23時16分

アニメ頒布を学生にさせるより、社会人にさせるのが大問題。マインドコントロール!か。

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 23時27分

主要大学の学生課に訴えて?大学の反対も多いからなあ!

投稿: | 2009年10月 1日 (木) 23時43分

さりげなくイニシャルトークになっていますが、そのご本人が平成6年頃(~数年間?)に金沢学生部を担当していた時は本当に異常でしたよ。早朝会合(その親鸞会講師が学生を叱りつける会合)の時に、怒りまかせに会合用のマイクが飛んできたり、ビンタを張られた先輩もいましたが、学生達はよく忍耐していたと思いますね。
でも、それって講師部会合でも似たり寄ったりですよね。
亡くなられた学生さんには本当にお気の毒で、親鸞会に殺されたと言っても過言ではありませね。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 01時01分

この日は汗ばむくらいのすごくいい天気でした。
最初は報恩講が行われるはずの日程だったんだよね。
金沢学生部ではそれまでの伏線がいろいろありまして、起こるべくして起こった事件でした。
しかしこの記事通り、思考停止せず誰かが正常な判断が出来ていれば防げたのかもしれません。悔やまれるばかりです。
 
Hのお通夜ではまともにお父さんの顔を見れませんでした。

最後にN田学生部長(当時)はみんなの前でこう言われました。
「私にとって今回の事故は一生忘れられない出来事です。
 毎年この日になると彼の事を思い出し、彼の死を無駄にしないよう一生かけて活動して償っていくのが自分の責任です・・・」

N田講師、ご自分の言葉覚えておられますか?
もうすぐ今年も事故当日の10月11日がやってきます・・・

投稿: t | 2009年10月 2日 (金) 02時09分

親鸞会関連の2ちゃんねるが見れなくなってるのは
何故ですか?
なにかご存知でしたら誰か教えてください。

投稿: 教えて | 2009年10月 2日 (金) 06時14分

2chはgimpo鯖が落ちているみたいです。昨日から繋がらない。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 06時27分

今になってわかりましたが、N田講師って性格まではしりませんでしたが、なかなか顔もいい講師やったな。だからO学生部長にかわったんか!       本来はというか当然だが、無期限活動停止は当たり前やが、涼しい顔して続けてるよな。 

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 07時20分

戦争体験から冷めないままに、「命は使い捨て」の戦時感覚のままで戦争を知らない無邪気で素直な若者をまんまと騙したのが高森さんですね。

投稿: まり | 2009年10月 2日 (金) 09時47分

2chのサーバ落ちみたいですね。
情報はこちら↓
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/operate/1254440575/l50

このまま復旧が12月まで遅れれば、s会の崩壊は加速的に速まるでしょうに。

この悪縁そのものの団体は一日も早くなくなるべきですね。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 10時00分

顧問弁護士や会計士何やっとるんだ!絶対服従やから法律違反したらいいのでさない。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 13時11分

会長をはじめとして、会の人達って自分の事しか考えない人が多いね!
親や家族が反対しても、お構いなし、振り切って富山に出かけていく
なぜなら、ただ、自分が地獄に行きたくないから
じゃ、家族はどうなってもいいの?

自分が可愛くて、担当の学生が亡くなっても、責任逃れする講師と同じ思考パターンだね!

そのうち呆れられて、皆、回りから離れていくよ。一人ぼっちになったときに何を思うのかな?杖にも柱にもしている会がその時まだ、存在していればいいけどね。崩壊は、時間の問題でしょ?困った事があっても、因果の道理と冷たく言い放ち、何もしてくれない会より、好き勝手しても、まだ見放さない身内を大事にしたほうがいいよ。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 20時17分

親鸞会はかつては、活動が厳しすぎて脱落した人が多かった。私も幾度か言ってますが、高森先生より年上の幹部が亡くなった(事務総長や最高顧問)ことや、富山に建物を集中しすぎたことがあげられる。   あげればキリがない。

投稿: | 2009年10月 2日 (金) 21時27分

同じ北陸の地区でこのゲームに参加したことがあります。
こんな大学生にもなってこんな子供だましのゲームに何が楽しいのだとその時は思いましたが、皆真剣にやっていました。
山から走って人を斬りつけケガをするような危険な遊びだと感じました。

このゲームを行うきっかけになったのが「北陸の学生は、純朴だから遊びでサークルに残る」というのが始まりです。
確かに中にはそういう人もいましたが他の学生部の人から「北陸の方は、遊びで続ける人がいるなんてすごいですねー」と言われて恥ずかしかったのを覚えています。

また、この事件後に頭を丸めただけでのうのうと生きていられる講師に頭にきたのを思い出しました。

投稿: | 2009年10月13日 (火) 20時38分

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