今、学友部で活動している皆さんにぜひ読んでいただきたいと思い投稿させて頂きます。私は最近、学友部を辞めた者です。
一年の四月に声をかけられそのままストレートで学徒になり、学友部の主な活動に積極的に参加していきました。今、学友部で活動しているあなたもおそらく同様なものと思います。
私は東学友部でしたのでK学友部長をはじめ新勧当初から多くの講師、学友部で働く親友部、学顕クラブの方々にお世話になりました。
辞めたばかりなので時々後悔の念に苦しむと同時に学生時代の間で辞めることができ、このままずるずると会員を続けることをしなくて済んでホッとしています。
時々親鸞会時代の事を思い出しては、ある意味で人間的に成長させて貰ったなと恩を感ずることがあります。しかし、それには貴重な学生時代が代償となり、それはあまりにも大きなものでした。
辞めて気付いたことに、時間というものがあまりに貴重であったということです。皮肉なことに部会などで時間の貴重さ(無常観など)を何度も教えてもらいながら、それを強く実感したのは脱会してからでした。
学友部の活動で費やしたもので取り返しのつかないものは時間でしょう。お金と体力はいくらでもとはいいませんが取り返しがつくものです。しかし、時間、とくに学生時代という貴重な財産は取り返しがつきません。しかも、このことに気付くのが脱会した後でしたので後悔の念は強まるばかりでした。
学友部で活動しているあなたは、何馬鹿なことを言っているの?と思われるでしょう。親鸞会の活動(親鸞聖人の三願転入のお言葉を利用した人集め金集め。)は本当の幸福になるためのもので、とてもやりがいがあることであり幸せなことではないかと。
このような思考は、実は仮初めの信仰で作られた幸福感です。個人的な思想によってねじ曲げられた教義で叩き込まれた信仰であるならば、それは本来幸せだと思わないあなたも幸せなことだと感じ操作されてしまっているのです。いわゆるマインドコントロールです。
学友部では、親鸞会はマインドコントロールしていると外部から非難されていることに対策を取っています。k学友部長も声を高上げて親鸞会ではマインドコントロールはされていないと叫んでいました。
思えば、学友部長をはじめ、講師、先輩方が言うことにそれが是非関わらず自分で考えず服従していました。マインドコントロールかどうか自分でしっかり調べ考えた事なんて、果たしてあなたにはありますか?思考停止してませんか?学友部長などの高圧的な説法に心を縛り付けられていませんか?私は学友部であった頃は学友部長や幹部講師の使命感を与えられるような説法に魅力を感じていましたが、脱会して気付いたことは全て高圧的で会員を思考停止させるものであったことです。
一つの例にk学友部長の会合で、ネット上の親鸞会批判の中に高森会長の過去にスキャンダルがあり、ああだこうだと非難してくる輩がいると学友部長が言いました。私はすでにネットの批判は大体把握していたので、ああ華光会などのことかと思っていましたが、そういった具体的なことは言っていませんでした。ただスキャンダルがあると。
本来ならここで、そのスキャンダルが具体的にどういうもので、それに対して反論しなければならないと思います。ただ非難してくる者を明確に反論せずに罵倒しても何の意味もないですから。(親鸞会の本願寺批判のようなものです。)ところが学友部長はここで如何にも威圧的に声を高上げて言いました。
「そんな些細なことを考えるのは、後生の一大事の重さが分かっとらんからだ。後生の一大事が自分の中で真剣に問題になっていればそんなことはどうでもいいこと」
確かこのような旨趣だったと覚えています。私はこれを聞いたとき親鸞会の現状を知ったのと、今まで尊敬していた学友部長に対して失望しました。学友部長は確信犯だと私は思っています。おそらく思考停止させることを知っていて説法しています。罪深いことです。尊敬していたからこそ厳しく言わせてもらいます。
何が言いたいかと申しますと、会長の過去にスキャンダルがあるならば明確に検証しなければならないのに、それについては考えなくてよく無視して、後生の一大事の解決に全力を注ぎましょう(とは言ってても結局は人集め金集めに終着する。)と、話を無理矢理展開しているということ。そして、会長のスキャンダルに関して一切考えなくてもいいと思考停止させるよう意図的に操作していることです。
ハッキリ言いますが、会長のスキャンダルを徹底検証することはとても大事なことです。なぜか?あなたは善知識と思っている方の過去を知らなくていいのですか?と逆に問いたいと思います。親鸞聖人の生涯についてはあれだけ知識をお持ちでありながら、自分の師の生涯も知らないのですか。ましてや不出世の無二の善知識と崇めている高森会長様ですよ。なぜ知ろうとしないのですか?
もちろん、そのスキャンダルの根拠がデタラメなものなのか正しいものなのかしっかり検証しなければなりません。そして、そのスキャンダルからどういう結論が出るのかも考えなくてはなりません。もしかしたら、今までも思っていた善知識が化けの皮が剥がれた欲深爺さんになるかもしれません。
結論としては、過去の投稿と同じです。考えるのをやめるな、しっかり悩んで考えろ、ということです。今は本当にネットで貴重な情報が得られます。親鸞会を批判したサイトも充実しています。どうか、そういったサイトを一度じっくり読んでみて下さい。もちろん考えて悩んで。批判サイトを鵜呑みにするのもどうかと思いますし。学友部は東大をはじめ有名国立大学、私立大学に拠点を置いています。あなたのは頭は少なくとも世間一般よりはいいはずです。大丈夫です、自分でしっかり考え決断を踏めるはずです。今さら説明しても何なんですが代表的なものを紹介します。
親鸞会のマインドコントロールに関して
・なぜ私は親鸞会をやめたのか
・ジャンヌ
親鸞会の現状や組織に関して
・さよなら親鸞会
・私の白道
親鸞会の教義に関して
・清森問答
・苦笑の独り言
・高森先生の教学を検証する
・親鸞会教義の誤り
私はこういったアンチのサイトを初めはまともに読むことができませんでした。当然、厳しい求道に負けた人達の言い訳であり自分への慰めであると思っていました。会員の立場で反論しようと思えば反論できると思っていたのです。(もちろん、それは反論になっていませんでした。)しかし、中には完全に反論できないものがありました。一つの例として、伊藤康善氏と大沼法龍氏の著書からの盗作です。これはどうあがいても?反論できませんでしたし、高森会長の人格を疑うものとなりました。ちなみに、自分は両者の著書を自分で購入し盗作の事実が真実かどうか確認しました。これはかなりショックでした。
でも、次第にアンチ側の主張は根拠もしっかりしていてもっともで、逆に親鸞会の方が事実を隠蔽し根拠の暗い主張をしていると思うようになりました。最後の極めつけは、T社法論をキッカケとする親鸞会教学の不信でした。それから派生した「苦笑の独り言」は強烈でしたが迷いの目が覚めるようなものでした。
アンチのサイトを読んで、良かったことは自分で考える機会を与えてくれたことです。親鸞会側だけの一方的な情報で固められた思考ではまともに自分で価値判断を決定することは出来ませんでした。しかし、アンチ側の主張を取り込むことで、複眼的に自分を見つめることが出来、ようやく自分で考え価値判断を下すことが出来るようになったのです。そこで、ようやく親鸞会側の一方的な情報源から自分の人生を決めることの危険性を感じることとなりました。
以上から、たとえ親鸞会の姿が浮き彫りになり自己の信仰が崩れてどんなに苦しくともアンチ側のサイトを全部きちんと読んでみて下さい。そうすれば、親鸞会を去っていた人達の気持ちもきっと分かると思いますし、そっちの方が利口的な生き方だとハッキリすることでしょう。間違っても親鸞会を否定することが謗法罪だとか迷いの心だとか思ってはいけません。そう考えるよう徹底的に叩き込まれてきたのだから。
親鸞会学友部に所属しているあなたに言いたい。学生時代は本当に貴重な時間です。自由な時間がこんなにあるのは学生時代しかありません。たくさん本を読んだり映画を見たり海外へ行ったり人と会って話をしたりできるのは、この時期にほかありません。人生について考えるのも、もちろん今も大事なことだと思いますし、仏教思想というのも自分の人生観に取り入れるのに役立ちました。ただ、学生時代が親鸞会漬けになってよいのか、よく考えてみて下さい。
会費、交通費、御法礼、御報謝などを間に合わせるために体力と精神を疲弊させられているあなたの学生時代は本当に充実していますか?充実していると思わされていませんか?そう思いこんだことはある一定のプロセスを経た本当のあなたが絶対に思わないことではありませんか?御法謝の為のアルバイトも結局は時間も体力もお金も搾取されているのです。その時間、体力、お金をもっと他の大事なことに使ってみようと一度考えてみませんか?考えて、悩んで。
最後に私が共感を得たぶるうの氏の言葉を引用させて貰います。
B団体では脱会者を「厳しい求道に負け、欲に流された」と批判します。しかし、会を無批判に信ずるより、その本当の姿を見つめ、自分の信念の是非を考える方が、よほど苦しく勇気が必要であることは言うまでもありません。(『カルトからの脱会と回復のための手引き』から引用)
長文、駄文でしたが最後まで読んでいただき有り難うございました。
さよなら、親鸞会。
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