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急激に進む精神の劣化

未だ顕正新聞でしつこいくらいに毎回取り上げられているF館ですが、かつて当ブログでも「F館の会長専用施設」「本館とF館の会長御殿」という記事で、会員に隠されている6階の「会長御殿」について報じてきました。

しつこく会員からお金だけ取りながら、未だに建物の全容すら説明する気のない親鸞会ですが、最近になってF館の模型を会員に公開したらしく、その写真が話題になっています。

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これがその模型の写真です。6階の会長専用施設が完全に削り取られており、機械室も屋上への出入り口もないきわめて不自然な模型です。

下に並べてあるのが、過去に発表されたパースです。


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これを見ると、6階の会長専用施設や屋上庭園がはっきりとわかります。この部分をあえて削り取って会員に見せなければならなかった理由は何でしょうか。

会長の専用施設が会員の理解を得られないものならばやめたら良いし、作る必然性のあるものならしっかりと説明したら良いでしょう。しかし参詣者数も会員数も減り続けている今の親鸞会には、とてもできない相談なのかもしれません。それにしても、こんな姑息なやり方までして会長御殿の存在が隠され、それでいて金だけむしりとられる会員の皆さんはもう少し怒っても良いのではないでしょうか。

かつて親鸞会にはプライドがありました。自分たちを批判する勢力に対しては容赦なく反撃し、法論を持ちかけられれば応じて、法論のやり方には問題があるものの、その記録は書籍で公開されました。親鸞会を批判するサイトが出来れば程なくして反論サイトが立ち上がり、反論の内容は稚拙ながらも自らの存在意義をかけて必死に戦う姿がそこにはありました。

しかし最近の親鸞会にはかつてのそうした姿は全く見られません。「苦笑の独り言」や「親鸞会教義の誤り」といった教義を批判するブログの存在になすすべもなく、会長の贅沢施設や会の運営を批判する内容にも沈黙したままで、やったことといえばくだらないマンガを新聞に連載し、6階を削り取ったウソの模型を会員に見せたくらいです。

反論サイトの代わりに講師部員や職員が作った他愛のないブログが乱立し、一部の会員が教義について質問しても回答を避けるばかり。「歎異抄をひらく」については権威付けのために嘘をつき、あまりの情けなさにあきれて自ら脱会する人も出始めています。

もう親鸞会には教義などどうでもよく、大きな建物を建てるくらいしか関心はないのでしょう。こうも会員の減少より先に精神の劣化が急激に進んでいるのを見ると、自分が親鸞会にささげた青春はいったい何だったのかと切なく思います。

なぜ親鸞会はこうも急激に精神を劣化させてしまったのでしょうか。内部では誰も声をあげる人はいないのでしょうか。あげたくてもあげられないのか、あげるつもりもないのか…

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投稿:考えることを辞めないで下さい。

最初にお礼を言わせて下さい。

私は講師部に進みたかったのですが、親の反対があり、結局は退会しました。しかし、親の反対だけでは「真実知らない者の戯言だ」くらいにしか思わず、今頃は講師になっていたかも知れません。考えるだけでもゾッとします。

ぶるうのさんを始め、苦笑さんや、清森さん、また多くの方のサイトで勉強して、親鸞会の教義のおかしさ、組織の腐敗っぷりを知ることが出来ました。おかげさまで、自分の中できっちり納得して退会することが出来ました。ありがとうございました。

最近では、これらのサイトのおかげで退会できる人が多くなってきたと感じます。ついこの間にも、親鸞会時代の友人2人と一緒に会う機会がありました。2人とも割と最近、退会したようですが、やはりサイトの力が大きいようです。

親鸞会時代の異常さを話題に、異常に盛り上がりました。周りの人に変な目で見られていた気もしましたが・・・

退会したとはいえ、親鸞会で苦楽を共にした友人のことは非常に気がかりです。いつか、また、笑って話せる日が来るのを信じて、おかしさに気付く日を待ちたいと思います。

話はそれましたが、以下、『投稿:どうしたら自分が本当の幸せになれるか、考えてください。』を読んで感じたことです。

非常に懐かしい気持ちになりました。自分も会員だった頃は、この幹部の方とほぼ同じ考えだったと思います。

親鸞会に在籍していた当初から、親鸞会のおかしさはうすうす感じていました。私が感じた疑問を少し列挙したいと思います。

○あれだけ褒め称えられる会報はなぜ廃刊になったのだろう。
 →なるほど、盗作でしたか。

○なぜ会計報告がないのだろう。多くの人が批判しているのだから、改善すればいいのに。
 →しないんじゃなくて、できない事情があるようです。

○会長から種々の言葉(短かい歌など)が会員に伝えられることがあるけど、その言葉を印刷して配布することが禁止されているのはなぜだろう。なぜ、講師から口頭で聞き取り、ノートに手書きで書かなきゃならんのだろう。縄文時代じゃないんだから・・・
 →印刷しちゃうと、盗作がバレタ時に、誤魔化しにくいからなのかな?

○名号を取り返しちゃダメって、御聖教にあるのに、なぜ取り返すのか。
○名号に「親鸞」って書いちゃダメって、御聖教にあるのに、なぜ書くのか。
 →これらの疑問を、ある時に、有名な講師に尋ねてみました。その答えは、「難しいところだね。でも、大丈夫。親鸞会は間違いなく正しい教えを説いているから。」というものでした。全く答えになっていません・・・完全にギャグです。

○細かいですが、古典文法の間違い。
→私は古典など、からっきし出来ませんが、そんな私でも「え?違うよね?」という珍解釈を会長が教学講義で披露。休み時間に友人と緊急会議を招集。友人もおかしいと思ったそうですが、会長が言うからという理由で、会長の解釈を採用。しかし、次の教学講義で、会長は同じ文章を今度は正しい古典文法で解釈。気分によって、解釈が異なるようです。

しかし、これらのことは些細な問題で、必堕無間の後生の一大事は間違いない。会長についていくしかない。親を泣かせてでも、異常な生活になろうとも、やるしかない。それ以外、考えられませんでした。

完全なる思考停止でした。

自分の知り合いの会員を見ても、辞めないで残る人は、親鸞会に入る前から、死に対して漠然とした恐怖心を持っていた人が多かったと思います。

そういう人にとっては、親鸞会の教義は単純で受け入れやすかったでしょうし、受け入れたら最後、その思考からはなかなか解放されにくくなってしまったのだと思います。

辞めてから、マインドコントロールの本を数冊読んだのですが、このように恐怖で自分では何も考えられなくなる症状を、恐怖症と言ったりするそうで、カルトには共通したやり方みたいですね。

そんな自分が疑問を持ったキッカケは「若不生者」の「生まれる」の解釈に関する法論を読んでからです。

最初は、会長の勝利を疑いなく読んでたのですが、途中からどっちが正しいのか分からなくなり、最後には会長は屁理屈しか言ってないんじゃないかと思うようになりました。

そして、ちょうどその頃、「親鸞会は本願寺に本当に勝ったのか」というサイトを見つけました。

それを読むと、「なぜ答えぬ」も、どうやら会長の勝ちとは言えないことが分かってきましたし、いかに会長の法論のやり方が汚ないかも分かってきました。

それまでは、多少の疑問が出ようとも、批判することは法謗罪だと思っていましたし、そんなちっぽけな疑問で動揺するようでは、情けない、と見て見ぬふりをしていました。そのくらいの疑問ではぐらつかない、俺の信仰は厚いのだ、と見栄を張っていました。

しかし、これらの問題は、「本願文」「宿善」のことですから、見ないようには出来ません。それからは、貪るように、「さよなら親鸞会」「清森問答」「苦笑の独り言」「私の白道」などを片っ端から読み続けました。

最終的には、親鸞会は教義もおかしい、組織もおかしい、ただ親鸞聖人の名前を悪用したカルトだったと分かり、退会しました。

しかし、必堕無間という思い込みを取り払うのには、苦労しましたし、時間がかかりました。退会した何人かの知り合いにも話を聞きましたが、やはり、そこがネックでなかなか辞められなかった、という人が多いです。

けれども、最近は「高森先生の親鸞会教学を検証する」というサイトも出来ましたし、時間をかけてしっかり理解していけば、必堕無間という脅し文句がいかにおかしいか、ということも、やがて分かります。

私も、多くの時間とお金をかけた分、辞める時には本当に悩みました。私以上に、時間やお金を費やされた方は、なお大変だと思います。

しかし、これ以上、親鸞会にいて何が得られるのでしょうか。

人間関係など居心地がいいと言われる方もいらっしゃるかもしれません。私も確かに、居心地の良さを感じることは多かったです。そういう方には、とにかく、お金だけは出さないで欲しいと強く思います。ご家族の為にも。これから親鸞会に勧誘されるであろう方の為にも。

しかし、結局、誰がなんと言おうと、自分自身でおかしさに気付く以外に、親鸞会を辞める方法はありません。

考えることを辞めないで下さい。何が正しくて、何がおかしいのか、自分自身で徹底的に調べ、考えて下さい。親鸞会の奴隷にはならないで下さい。

そして、親鸞聖人の教えというのは、親鸞会の専売特許ではありません。親鸞会を離れても、学びたければ、いくらでも学ぶことが出来ます。

最後に、親鸞会で共に過ごした友人は、本当にかけがえのないものです。いつか、また、楽しく皆で集まれる日を、心待ちにしています。

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