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投稿:どうしたら自分が本当の幸せになれるか、考えてください。

前回の投稿時にたくさんのコメントを頂きありがとうございました。顔はわからなくても、共通の辛い体験をしたもの通しお互いを労れるとわかり、感謝で一杯です。

最近親鸞会の幹部会員とやり取りをしました。その人は、様々な親鸞会の問題(ネットの情報)をよく知っている人です。

その人がなぜ問題の多い親鸞会を続けるのか、考えてまとめてみました。これは、幹部会員や講師部等、親鸞会で熱心に求めている方共通しているのではないか、と思います。

その人の1番強い理由は、やはり後生の一大事でした。次のような考え方になっています。

○細かな教義的問題があっても、高森先生の説かれる後生の一大事は間違いない。

○私は親鸞会での求道を通して、悪しか出来ないのが自分だと強く思わずにおれない。そんな私だから死んだら一大事だ。

○仏教求めていてさえこんな心だから、仏教知らなかったら私はもっと醜くかった。尚更世間は酷いだろう。だから経典に明記されていなくても、一切衆生必堕無間は間違いない真実だ。

○そのもっとも重要な後生の一大事を抜きにして、仏教を説けるはずがない。1番大事な後生の一大事を抜かしていて、何が仏教だ、都合良くいろんな根拠を出したって、それでは仏教にならない。苦しい求道から逃げたい口実だ。

○後生の一大事と解決の道をハッキリ説いてくださる先生は、高森先生しかはおられないんだ。高森先生についていくしかない。

大まかにはこのように、思っておられると感じました。


こう思われているから、会長の言葉には無条件でイエス従うようになります。従わなければ法謗罪と思うように、なります。長く親鸞会に在籍する程、このような思考回路になりますが、顕真学院の研修を知って頂くと、尚更よくわかります。

顕真学院は、基本的に、挨拶、礼儀、整理整頓、約束(時間)を守る掃除、洗濯、アイロンがけ等の一般常識(と親鸞会で言われるもの)と、組織感覚を身につける研修施設です。

約束(時間)を例にあげると、「○時○○分から食事準備をするように」と指示があれば、その時間に1秒でも遅れたら、「ミス」とカウントされます。「ミス」をしたら、原因を考えて対策をたてるという内容です。

一般常識については普通ですが、顕真学院で異常なのは、「組織感覚」についてです。

組織感覚は、学院生正則(講師部と内容同じ)の中の2つをみれば、よくわかります。

○会長先生の御指示に無条件で従い、信心獲得を本と致します。

○上司の指示は、会長先生の命と心得ます。

これを徹底して叩き込むのが顕真学院の研修の1番の目的です。

「高森先生の深い深い御心から出ている御指示は絶対正しい、だから無条件で従います」「上司の指示は高森先生の御指示だから、その通り従います」この2つの思考回路が頭に刻み込まれたら、組織感覚が身に付いたことになります。それで顕真学院を卒業出来ます(特に講師部です)。

最近は顕真学院で研修を受ける講師部・親友部等の希望者も減っていて、平均10人くらいです。少ない時は、5・6人、どんなに多くても20人を越えることはありません。(5年前と比べてさえ、かなり減っています)

そのせいか、約3年前から会員で真生会病院に勤める人は、1ヶ月間学院研修を受ける事になったり、約2年前から学生等を対象にした、5日間の短期研修が始まったりしました。これら短期間の研修では、上のような異常な内容を徹底はしません。

顕真学院の研修で思考回路をインプットされた支部長が、会員をまとめるので、少しでも疑うことは法謗罪だ、高森会長の深い御心はすべて正しいと思わなくてはならないと、なっていきます。

その現役会員さんも、そんな思考になっています。だから明白におかしい最近の親鸞会の組織・活動も正当化されます。

○高森先生の深いお考えあって建てられた、正本堂や聞法ドメインは手段だ。どれだけ時間、体力、お金をかけても、真実の仏法をすべての人に伝える目的を果たせれば、無駄ではない。

○あんしん弁当やサンキューも直接仏法と関係なさそうでも、ゆくゆくは多くの方が親鸞会と縁を結ばれるようになる。深い御心の先生がされたのだから間違いない。

○破邪顕正や財施をするほど、すべての人の後生を心配される高森先生のお気持ちが痛切に感じられる。

○高森先生への不満や布教局長のスキャンダル等、親鸞会を非難する人は多い。なぜそんなに他人の事ばかり気にするのかが分からない。

○自分が地獄一定の極悪人と少しでも感じていたら、そんなに人を非難出来ない。批判ばかりして、1番大事な一大事がわかっていない。


大まかですが、まとめました。


教義的な矛盾も、組織的の問題も、活動の弊害も、無駄な施設も、後生の一大事だけは間違いないという思いから、すべて正当化しています。親鸞会に残っている熱心な会員さんは、皆さん似たような気持ちではないでしょうか?


後生の一大事、地獄行き間違いない極悪人が私の本性である。この2つがあるから、様々な疑問に目をつぶり、会長の言葉、方針に従うしかないとなられます。私もそうでした。


私が親鸞会に疑問を持ったのは、ある時親鸞会の教義に明らかに反する任務をせよと指示を受けたためです。

そこから、親鸞会に対する疑問から目を逸らしておれなくなり、初めてインターネットで親鸞会の情報を調べました。

さよなら親鸞会、私の白道清森問答苦笑の独り言等を見つけて読みました。

組織的問題(世襲や不倫の揉み消し)はすぐにわかっても、教義の矛盾はなかなか理解出来ませんでした。

後生の一大事、私は地獄行き間違いない極悪人である、この2つの間違いがわかり、初めて親鸞会の教義的な矛盾が理解出来るようになりました。

親鸞会は本願寺に本当に勝ったのか」というサイトがありますが、私は最近ようやくこの内容が理解出来ました。今も昔も、都合の良い根拠だけ強調する会長の教義は全く変わっていないことがわかりました。そういう意味では、60年間説法が全く変わっていません。稀代の詐欺師です。

一切衆生必墮間、機の真実、この会長の都合良い教義を思い込んでしまうと、根本が狂っているため、どんなに正しい教えを聞いても理解出来ません。

私がやりとりした現役会員さんも、この2つは間違いない。他は教義解釈の仕方が少し違うだけだ。後生の一大事が1番重要で、それ以外は些細なことだ。等と会話が成立しませんでした。


高森会長に人間の心はあるのか」を投稿された方と同じ気持ちおります。少しでも、親鸞会に関わった方に、何も知らずに不幸になってもらいたくない、と思い、今回投稿しました。

親鸞会の会員の皆さん、ぜひとも親鸞会でいわれる後生の一大事、また私の姿(機の真実)は本当に正しいのか、これだけに絞っても、山程教義的な矛盾がわかります。ぜひ苦笑の独り言や清森問答を読まれてください。私に騙されたと思ってでも、インターネットの間違いを自分が正してやると思われてでも、ぜひ読まれてください。理路整然と親鸞会の根本的な教義の間違いがわかります。

私は新しい道を幸せに向かって頑張っています。どうか親鸞会の会員の皆さんも、どうしたら自分が本当の幸せになれるか、考えられてください。

皆様、くれぐれも、くれぐれもお身体にはお気をつけください。

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高森会長が抱いた『歎異抄をひらく』の妄想

Photo
親鸞会講師部員のMakino Hiroshiさんの運営する「辛口!真宗時評」に珍妙な記事がアップされたのは7月16日のことでした。

曰く「平成20年3月『歎異抄をひらく』が発刊されてより、「歎異抄」の解説書は一冊も見ていません。それまでは年に10冊以上、発刊され続けた歎異抄解説本が、パタッと止まってしまいました。」ということ。

実際には、『歎異抄をひらく』以降の歎異抄本は、Amazonで取り扱っている書籍だけでもこれだけあります。

歎異抄 (ちくま学芸文庫) 阿満 利麿 (文庫 - 2009/5/11)
現代語 歎異抄 いま、親鸞に聞く 親鸞仏教センター (単行本 - 2008/7/18)
初めての歎異抄―親鸞との出会い 山崎 龍明 (単行本 - 2009/6)
現代語訳 歎異抄 水野 聡 (単行本(ソフトカバー) - 2008/8/26)
人生を豊かにする『歎異抄』 高城 俊郎 (文庫 - 2009/8/4)
歎異抄を歩む 渡辺 郁夫 (単行本 - 2009/7)
よきひとのおおせをかぶりて―(能邨英士選集) 能邨 英士 (単行本 - 2009/5)
ただ念仏して―親鸞・法然からの励まし 菱木 政晴 (単行本 - 2009/2)
『歎異抄』の唯円とその周辺―ひとつの唯円擁護論 杉浦 銀策 (単行本 - 2008/11)
歎異抄略註 多屋 頼俊 石橋義秀・菊池政和 (単行本 - 2008/6/30)
歎異抄講義 (信楽峻麿著作集) 信楽 峻麿 (単行本 - 2008/5)
新訳 歎異抄―わかりやすい現代語訳 松本 志郎 (単行本 - 2008/7)

このことは「辛口!真宗時評」コメント欄でも指摘されていたようなのですが、Makino Hiroshiさんは「ならば30冊以上あげてみろ」「『歎異抄をひらく』を真っ向批判した本がない、という意味だった」というほとんど誰も理解できない屁理屈を振りかざして反論し、結局答えに窮したのかエントリ自体を削除してしまいました。貼ってある画像はGoogleのキャッシュから取ってきたものです。

京大出身の賢い(はずの)Makinoさんが、10分も調べればわかるのにどうしてこんないい加減なことをブログに書いたのか不思議でしたが、元は高森会長の妄想から生じた話ということがわかってきました。

高森会長は「本願寺が異端者扱いした人間の出した解説本が歎異抄のテキストになりつつあるのを黙ってみているはずがない」「しかし月に1冊ペースで出ていた歎異抄の解説本が、『歎異抄をひらく』以降はピタッと出なくなった」などと語っていたとのこと。またその「お言葉」が各地の会合で紹介されているようです。

『歎異抄をひらく』が歎異抄のテキストになっているなんて親鸞会以外では聞いたことがないですし、解説本が出てない云々については先にあげたとおり。中には『歎異抄をひらく』以前に企画された本もあるかもしれませんが、「ピタッと出なくなった」と言わせるこの人の頭の中はどんな素敵なお花畑なのでしょうか。

この老人は外向きには「ひとりゆく毀誉褒貶はまかせたり」といって非難攻撃をものともしないような事をいっていますが、東本願寺派との一件もあるように、誰かに認めてもらい、褒めてもらいたくて仕方がないのでしょう。親鸞会を立ち上げて50年、どれだけ本願寺を意識してもまるでかまってもらえなかった哀れな人間のたそがれを思うと、少し切なくもありますね。

『なぜ生きる』を出版したときは、「SK作戦」と銘うって信者や職員を総動員して強引にベストセラー入りをさせましたが、そのときに買った本は在庫として山のように積みあがりいまだに行事のたびに記念品として配布されています。

歎異抄のテキストになりつつある(?)『歎異抄をひらく』も早速記念品として配布が始まっているようです。15万部売れたと宣伝されているようですが、果たして一般の人が買ったのはそのうちどの程度なのでしょうか。

それにしても脳内のお花畑を根拠に自慢話をして、それに付き合わされる会員はたまったものではないでしょう。しかし中にはMakinoHiroshiさんのように何も調べずに鵜呑みにしちゃう無邪気な人もいるので、お花畑は自分の妄想の中だけにしまっておいてもらいたいものです。

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投稿:20数年にも及ぶ間違った道を捨て

私は20年以上、親鸞会の幹部として求めてきました。

本願寺との論争の時から善の勧めはありまして、当時から疑問に思っていました。『本願寺なぜ答えぬ』を読んでも、本願寺の主張が正しいと思っていましたが、高森会長の自信に、本願寺の主張以上のものがあるのではないかと思い、友人関係も、親戚付合いも、家族の団欒も、趣味も、将来の夢も、マイホームも、貯蓄もすべて犠牲にして、活動に専念してきました。

そんな私でも最近の善の勧めはさすがにおかしいと思い始めました。善を実践して救われるわけではないといいながら、善をしなければ救われないと教え、完全に諸行往生になっています。支部長にも、他の講師の方にもそのことについて質問を何度も何度もしました。以前の高森先生は「一向専念無量寿仏」、真仮の水際をいつも説かれましたが、最近は善をせよ、善をせよ、ばかりです。支部長や講師の方から返ってくる答えの決まり文句は、「高森先生に間違いがある筈がない」でした。完全に善知識だのみの異安心です。

ネット上でも、親鸞会を諸行往生と非難する意見が多く見られ、それに対して親鸞会が聖教上の根拠に基づかない反論を展開していますが、支部長等が私に説明した内容と全く同じで、歴代の善知識方の仰っていない出鱈目な主張に呆れます。

教学的なことはここで述べませんが、「苦笑の独り言」に投稿として解説されていますので、そちらを読んで下さい。

【投稿】「諸行往生」の解説
【投稿】「諸行往生」の解説(2)
【投稿】「諸行往生」の解説(3)
【投稿】「諸行往生」の解説(4)

諸善の中でも、私が特に疑問を持ったのが、財施の強制です。

その例として、教学講義の受講資格が、すべての財施に参加することという条件がありました。但し、壁画の財施についてはその限りではなかったのですが、法輪閣の壁画について、参加者も集まった金額も少なかったようで、法輪閣の壁画の財施に参加しなければ、教学受講の資格を1年間失う、と嚇されて、しぶしぶお金を出した会員も多かったようです。私もお預かりしている会員に説明しましたが、反発される方もいました。この強引な金集めの手法は、ネットでもかなり非難されました。すると、6月の教学講義は、「どなたでも参加できます」と発表があり、突然の方針転換に驚愕しました。

このことは、またネット上でも話題となり、相当の非難がありました。私も支部長にそのことについて尋ねましたが、「先生の深い御心」としか答えは返ってきませんでした。その後ある人から聞いた話では、布教局長が、「教学講義の受講に制限を設けたことはない。もし受講制限について書いたものがあれば見せてみなさい、ある筈がない。」と平然と言い切ったそうです。それを聞いて、唖然です。法輪閣の壁画のときの嚇しや、誓約書を書かせたのは何のため?

ネットで非難されるとすぐに方針転換をして以前からそうであったように装う、絶対服従の教えの元、どこまでも会員を愚弄しています。

親鸞会で教えている財施がおかしいことも、「苦笑の独り言」で解説がありますので、そちらを読まれるとよいでしょう。

Q&A(15)財施の解説をお願いします。(その1)「三輪清浄」
Q&A(16)財施の解説をお願いします。(その2)宿善ポイントを貯めるために財施を勧める野郎は要注意!!
Q&A(17)財施の解説をお願いします。(その3)「餓死事件」が起きるような「財施」を勧める野郎は「本願の宮仕い」じゃね~んだよ!!

F館についての募財活動が間もなく始まります。では、F館について会員にどれくらいのことが知らされているでしょうか。

私は役所に行ったり、富山の建設業者に会ったりしてF館について調べました。

会員への公式発表では、F館は宿泊と信心の沙汰を目的に造られ、5階建てとなっています。しかしこれは明らかな嘘です。F館の6階に会長用の居住施設があることは、このブログでも既に書かれていますし、図面までも公開されています。役所で見てきた図面とこのブログに掲載されている図面は全く同じです。

嘘だと思われる方は役所に行って確認して下さい。お金を出す立場として詳細を知る権利があります。工事業者と発注金額は、業界新聞等に載っていましたそうです。

私が調べたF館の概要は以下の通りです。

1階 1,437.72m2
2階 1,201.05m2
3階 1,175.34m2
4階 1,175.34m2
5階 1,187.94m2
6階  265.04m2
合計 6,442.43m2
建坪  1,682.57m2
建物の最高高さ 26.4 m
施工会社 石黒建設
工事費 11億弱

こんな基本的なことさえも会員には一切発表されません。それどころか、講師部員にさえも6階の存在を知らせず、そこに会長夫婦が住むことも秘密にされています。6階の存在を知っているのは身内と建設関係者だけでしょう。

募財の目標額は、これまで建設費の倍位ですので、今回は20億位になると思われます。

ここで皆さんに質問です。

1.F館の6階について身内と関係者にしか知らされないのは、なぜでしょうか?

2.募財の目標を実際の工事費よりもかなり大目にするのはなぜでしょうか?

3.一方で、往生と全く関係がないと善知識方が仰る財施を、強引に募るのは、誰のためでしょうか?

ここまで読まれた方なら、答えは自ずと分かるでしょう。

それが分かりましたので、私は悩みに悩んだ末、20数年にも及ぶ間違った道を捨て、親鸞会を退会しました。

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投稿:間違いのない親鸞会の崩壊

高森会長に人間の心はあるのか」で投稿された方から、コメントに答える形で再び投稿をいただきました。

顕正新聞を見ると、F館建設について見開き4ページの漫画が掲載されています。「萌え系」のイラストであふれたこの媚びた漫画は、献金が思うように集まらない親鸞会の焦りを表しているように私には見えます。

F館の施工業者は石黒建設、請負金額は11億円弱です。しかし6階の会長御殿も含めて、この程度のことも会員には一切知らされていません。図面は高岡土木センターで閲覧できるのに、どこまで金を出す会員を馬鹿にしているのでしょうか。

高森会長の「末路」も近いように思います。
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1989年の秋から冬にかけて、東欧の旧体制は堰を切ったように崩れていきました。

ルーマニアもそのひとつです。20年前の事ですから、記憶している方も多いかと思います。チャウシェスク大統領とその妻エレナは、銃殺刑となり、その無残な死に顔は脳裏に焼きついています。刑執行者は、くじ引きでした。志願者を募ったところ、大変は数だったといいますから、国民の恨みの深さが窺えます。

このチャウシェスクとエレナは、ルーマニアという国を私物化したのです。多くの国民を餓死させても、この夫妻とその一族は贅沢三昧の日々を送っていました。その上、秘密警察と治安部隊を配置し、一般家庭にまで送りこんで反乱分子を探し出し、粛清しました。なんと6万人以上の国民が殺されたと言われています。

どこかの会と似てはいないでしょうか。

自分さえよければいい”我利我利”の末路はみな同じです。『因果の道理に狂いはない』どこかの会で教えて頂いた事です。

私は、親鸞会が崩壊すればいいとは決して思っておりません。むしろ、そこで働く方の為にも、生まれ変わって頂きたいと切に願っています。しかし、このままの体制を維持するのであれば、崩壊は間違いないでしょう。歴史が証明しています。

親鸞会は、高森会長とその一族の私物では、決してありません。ネット社会が浸透し、誰でもアクセスできるこの時代に、隠し通せるものではないのです。謝罪すべきところは、きちんと謝罪してやり直せばいいのではないかと思うのは私だけではないと思っています。

今回、投稿させて頂いて、多くのコメントを頂きました。驚いた事は、親鸞会の実態を知っても、尚、離れられず悩んでいる人が多くいることです。また、そのいう人達やまだ知らない人に対して、多くの人が何とか伝えたいという気持ちを持っている事でした。

こういう、情報を提供してくれるのは、何とか気付いて頂きたいという気持ち以外にないと思います。親鸞会は、ネットに書かれている事は便所の落書きなどと、とぼけた事を言っていますが書く者は、命がけです。ウソを書けば、どうなるのか分かっているからです。それだけ、真剣なのです。

だからこそ、実態を知っても尚、悩む人は事実を確認する行動を起こして頂きたいと心から念ずる思いです。

なかなか、決断出来ないのは、親鸞会を離れたら、信心決定出来ないというパラダイムに支配されているからでしょうか。しかし、本当によく考えて下さい。高森会長だけしか、真実を説くものがいないのかどうか。

学院長が「七高層の方々が現れた事でも分かるように、善知識は何百年に一度しか現れていないんですよ」と言った事がありますが、甚だ疑問です。それならば、善知識が現れなかった期間は、誰も仏教を伝えられなかった事になります。本当にそうならば、とっくに教えは消滅していたでしょう。

しかし、脈々と仏教、親鸞聖人の御教えは、教え継がれています。歴史上に、名を残さなくても伝えてくれてた誰かがいたから、何百年経っても現在に受け継がれているのではないでしょうか。

また、親鸞会でも、東条英機氏は信心決定した人として紹介していますが、彼を獲信まで導いた僧侶は善知識ではないのでしょうか。高森会長だけが、善知識というのは余りに無理があり過ぎると思います。

親鸞会の実態を知っても尚、離れていけない人はこういった事を客観的に考えて頂きたいのです。どうか、どうかあなた自身の頭で、心で真剣に考えて下さい。真実を説く人は、必ずおられます。それも、唯一絶対ではなく、複数でおられると思います。

元親友部員様の投稿には、本当に心を打たれました。「幸せにならないと、ホントにね、幸せにならないといけないよ」そうなのです。仏法を聞き求めている者が、求めている過程から、幸せになっていかなくてなんの仏法なのかと思います。

今、親鸞会で求めているあなたは、幸せですか?
過去は、幸せでしたか?
未来の幸せを、予見できますか?
過去も現在も幸せでない人が、これまでと同じ生き方をしていて、幸せになれるのでしょうか。

会長先生一人に、ご苦労させては申し訳ないと、純粋な気持ちで講師部に進んだ多くの講師部員の方がおられます。都合が悪くなると、除名にしたり、生活に困窮するほど、貧乏に落とし入れる事など普通の心を持っている人なら出来ますか?あなたは、出来ますか?

アニメ販売にもインセンティブが付き、”会長先生からお葉書が頂けます”と言われ必死にアニメを売りに歩いたものです。垂涎のお葉書でしたが、それも盗作の歌。こんなこと、普通の感覚を持っている人が出来ますか?あなたは出来ますか?

真夜中に、多人数でご本尊を返せと恫喝まがいの行為や、絶縁状を偽造して人間関係を破壊するなど一般常識を持っている人が出来ますか?あなたは出来ますか?

親鸞会を辞めた人達は、殆どの人が、実態に気付いていない方に、早く知ってもらいたい気持ちを持っています。実態を知って辞めるか、あるいは中から変えるのかは、夫々の判断にお任せ致しますが、騙され続ける人生にだけは、なって頂きたくありません。

人を騙すのは、本当に罪な事です。騙された人は、その後、人を信じられなくなります。傷が深いほど、恨む気持ちも強くなります。また、仏縁を切ってしまう事にもなるかもしれません。

私も、騙された事が分かった時はそうでした。しかし、今は親鸞会に対する恨みはありません。自業自得と心から思えるからです。因果の道理に間違いはないと思います。ただ、こうして親鸞会の実態を明らかにする行動をし続けていくのは恨みからでは、決してありません。会の実態を、総ての会員は知るべきだと思うからです。

恨み、妬み続けて幸せになった人なんて聞いた事がありません。騙されても、裏切られても、愛したり、信じたり出来る人が、幸せになれると思っています。投稿のコメントは、未だ親鸞会の実態を知らないでいる人、また迷っている人への愛のメッセージです。

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投稿:会長とは、一言も言葉を交わすことなく

元親友部員からの投稿です。
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私は親友部員を経験したことがある元親鸞会会員です。

親鸞会という組織に長く在籍して、様々な異常性を感じました。

親鸞会では、上司の指示には従いなさいと言われますが、もし上司に可笑しな言動(教えに反する言動、組織の私物化等)があれば、もっと上の上司に報告せよとも言われます。

顕真学院でも、そのように組織感覚に関する講義で教えられます。

ところが、実際に可笑しな上司の言動を報告すると、報告した当人が上司批判をする問題児だと、目をつけられてしまいます。

上の立場の人達の中であいつは指示に従わない問題児だと、有ること無いこと針小棒大に噂します。

立場が上になる程、過ちを犯さないことよりも、過ちを直ちに改めることを誇りにする気概は、なくなります。

ですから、親友部員を続けるためには、世間虚仮といわれるように、親鸞会の組織も虚仮だ、人格的に可笑しな人間は講師部でさえいるんだ。

しかし、高森会長の教えは他所では絶対に聞けない真実の教えだから、石にかじりついてでも、親鸞会の問題点には目を瞑り、後生の一大事だけを考えて、頑張ろうと思うしかありません。

私の白道に講師部について書かれてあったように、講師部と同じで、親友部員も、心が綺麗な人達、もしくは心を綺麗にしようという人達の集まりではありません。

噂や影口が大変多いです。何でそんな事あなた知ってるんですか?という事が多々あります。

また、この人だから信頼して相談した、という内容が、なぜか上司が知っているということも多々あります。だから不平・不満を言ったならば密告されるのではないかと、親友部にると一年と経たずに本音を言えなくなります。

親鸞会という組織の在り方が、最初は純粋に仏法のためお役に立ちたいと純粋に思って親友部になった人達の心を、真っ黒に変えてしまうんです。

どうして陰口・噂が絶えなくなるのか、これまで原因はわかりませんでした。しかし、親鸞会の教義が、高森会長の教えが間違っているのが原因だとわかりました。


教えが間違っている(原因)から、親鸞会という組織も間違っている(結果)、組織の動く方向性も間違っている(結果)とわかりました。

私は親友部を辞める前後と、親鸞会を辞める前後には、3日以上泣きました。

悲しくて、辛くて、親鸞会に裏切られた、親鸞会にいる良い人達を裏切てしまったと思って、涙が止まりませんでした。

講師部なら、退部するときは、会長にチラッとでも目通りが出来ますが、親友部はそんな事さえありません。親友部は、親友部になりたいと希望を出し、面接を受け、顕真学院で研修、そして親友部実習という流れですが、会長との接点は一度もありませんでした。

会長とは、一言も言葉を交わすことなく、親友部員になり、親友部を辞めていく、それが親鸞会親友部です。

どれだけの思いで親友部になったかは、会長は微塵も知らないでしょうし、騙された鴨が、葱しょってやってきた、せいぜいコキ使ってやろうぐらいにしか思ってないのでしょう。

もしも親鸞会を続けるかどうか迷う人がおられたら、親鸞会に10年以上関わっている人で、心から幸せになっている人(阿弥陀仏に救われた等の意味ではありません)がいるかどうか、確認して頂きたいと思います。

10年以上になると、誰もいないと思います。

私が親鸞会を辞める前後に相談した人から言われた言葉が心に残っています。「○○(私の名前)、幸せにならないと。ホントにね、幸せにならないといけないよ」と言われました。

親鸞会の人達は、上は会長をから末端の会員まで、仏縁、宿善、良い種まき、尊い御縁、等と口当たりの良い言葉をよく使います。

ところが、「幸せになってもらいたい」と、心から、本気で思い、相手に、こんな言葉を伝える事はほとんどないと思います。

親鸞会を辞めるかどうか迷われている方は、一度、仏縁だの、良い種まきだの、煩悩だの、欲だのという言葉に騙されず、私は今幸せかどうか、周りの人達は幸せかどうか、よく考えられて頂きたいと思います。

私はようやく親鸞会を卒業しました。これまで大変な迷惑をかけてきた、両親兄弟に少しでも安心してもらい、自分自身も幸せになれる道を、精一杯進みたいと思います。

これからが本当の意味での光に向かって幸せな道を進む人生だと思っています。

親鸞会の皆様、くれぐれも過労には気をつけられて、自分自身が幸せに向かう道を、もう一度考え直されてください。これまで、お世話になりありがとうございました。

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