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親鸞会の偽装委任契約

先回のエントリーを縁に投稿をいただきました。
親鸞会が何を重視し、何を切り捨てているのかが良くわかる投稿です。

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親鸞会を離れて、ハローワーク、労働基準監督署、社労士の方と相談して判明した、親鸞会の委任契約偽装とそれに伴う残業代の不払い、解雇予告金の不払いについて投稿します。

平成13年末に講師部員は全体で「委任契約」という形に変わりました。それにともない、雇用契約について国家が事業者に義務としている雇用保険、労災保険、厚生年金、健康保険から外れ、国民年金、国民健康保険に加入しなければならなくなりました。

全国で活動する「支部長」は、支部長制度開始当初は「いつ起きても自由、どこで活動しようとも自由」といわれ親鸞会からの給与支給は一切なくなりました。これは役所に「委任契約」として提出した手前、そのように説明しなければ、行政から委任契約偽装という指導がはいるためでした。
一方、内勤講師は、親鸞会から給与も毎月支給され、指示系統もあり、上司の監督下にあり、時間管理もされる雇用関係にあり、委任契約の前後で労働環境は全く変わっていません。

「講師部は委任契約」と関係役所には申請をしていますが、委任契約というのは、一般的に指揮監督関係に入らず「事業主」として独立して仕事を処理することを指していいます。

一方、雇用関係とは会社から指揮監督関係あり、時間管理もされている状態を言います。この雇用関係は、書面上ではなく事実関係がそうであれば雇用に入ります。
雇用関係にある以上は、事業主は雇用保険に加入し、賃金等に労働基準法や、けがに対して労災保険法、失業などに雇用保険法を守らなければなりません。雇用者は、健康保険・厚生年金の被保険者になります。賃金、労働時間、休日、休暇などについて、労働基準法が適用されます。

では、現在の講師部と親鸞会の関係はどうでしょうか?
当初「布教は自由」といわれた支部長も、原則、講演会のみとなり高森会長のビデオを親鸞会から借用して上映するのがほとんどです。委任契約なら本来は「事業主」ですから、親鸞会との上下関係は存在しませんが、布教内容からはじめて、朝は起床から就寝時間、活動内容まで厳しい指示系統の管理下に置かれ、時間管理をされています。事実上委任契約とはいえない状態です。
総務局の内勤講師、布教局の講師は、先に述べた理由により、事実上の雇用関係で、委任契約ではありません。

親鸞会は講師部は委任契約だと主張するのですが、講師部と親鸞会の同意の問題ではなく、これは事業主としての親鸞会が行政に対しての義務を果たしていないということです。
職員との間で何を話し合おうが、事実上の雇用関係あれば、雇用保険に入り、残業代は支払わなければなりません。またいきなり除名だと解雇したうえで、解雇予告金も支払わないということは、国家で定められた義務を果たしていません。これを事業主が国家で定められた義務逃れるための、「委任契約偽装」といいます。

親友部の方にも最近、「残業代は請求しません」という確認書を書かせたという話を聞きましたが、これもまったく公序良俗に反し、労働基準法違反の行為です。

内部でのルールと、国家で定められた強制義務を守ると言うことの区別がなく、内部のルールが、国で定められた法律より優先するという考えのようです。それは親鸞会の中でしか通用しない考えであって、一般には通用しないことです。消費税と同様に「出したくないから出さない」は通りません。

では、なぜ親鸞会がこのようは委任契約偽装までしているのかというと、経済的な事情以外にありません。
講師部全体を委任契約扱いにすることで、支部長にかかる人件費をゼロにし、内勤講師に関しても、雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金の支払い義務を逃れています。加えて労災にも入らないのですから、仮に講師部員が親鸞会の活動中に死亡することがあっても、事業主が100%支払わねばならない労災も出さない理由にします。お金を出すつもりも、出すお金もないのでしょう。
親友部員に関しても、残業代を支払わずに雇用することが可能です。

特に親友部のみなさんは、残業代の不払いを労働基準監督署に訴えれば必ず行政の調査がはいります。それによって予告無く解雇、除名するようなことがあっても、解雇権の濫用となり、違法行為となり無効です。

親鸞会の職員は、一般的には労使関係にあり、法律によって労働者の権利は保護されています。親鸞会が何を言っても、当然守らねばならない義務は守られるので、安心して関係行政機関に申し出て下さい。親鸞会の常識は、世の中では通用しないのですから。

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サービス残業は高森一族へのお布施です

Sabizan ある方からこんな資料をいただきました。最近親友部(親鸞会の職員)に対して配られたものです。

「時間外の作業は、親鸞学徒の布施の活動として、自主的に行うものであって時間外手当の対象となる勤務ではないことを理解しております。」

こんな誓約書を書かせている時点で自主的と言えるのか甚だ疑問ですが、落し物を拾ったらちゃんと警察に届けるのを信条としている私は、この資料もちゃんと某監督官庁にお届けしましたので御安心ください。親鸞会さん、良かったね!

それにしても、親友部の中には毎日早朝、深夜まで残業している人がいるわけですが、どんなに忙しく働いても残業代は頂けないみたいです。お金のためだけに働いているのではないと思いますが、なんだかかわいそうですね。

射水市に5つある高森御殿の一つでも作るのをやめていれば、あるいはそこらじゅうにある「高森先生御専用廊下」や「御専用玄関、エレベーター」などの施設を建設中止にしていれば、もともと人件費の安い親友部の残業代くらい余裕で支払うことが出来ると思うのですが、どうしてもそういう発想にはならないようです。

ありとあらゆる所をケチって高森一族に献金しろという事なのでしょう。さすがは親鸞会ですね。その堅固でぶれない方針を見ると清清しさすら感じます。

ただ、単に残業代をケチりたいという気持ちはわかりますが、それを「布施の活動」とかいって仏法に絡めて、確認書まで書かせるのはやめてください。

こんなものは布施とは言いません。単なる搾取です。

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本館とF館の会長御殿

本館とF館の会長御殿の図面が手に入りました。現在、本館の会長御殿があったところは、幹部用の部屋に改装されています。またF館についてはご存じのとおりまだ出来ておりません。

講師部員や親友部員の人件費や布教にかかる活動費は徹底的に切り詰めている親鸞会ですが、実はこういう施設を作るためだったのですね。

高森会長の盗作がどうとか書くと、むちゃくちゃな論理を振り回して必死でそれを否定する人が出てきて香ばしい限りなのですが、そういう人が生活を切り詰めて財施したお金はちゃんとこういうところに有効に使われていますからご安心ください。

しかし、真生会病院に弘宣部ビル、本館に正本堂に法輪閣にF館。どこにいても高級マンション以上のお部屋が必要な高森先生。あと5つくらい作れば満足して頂けますかね?それはないか。だって、人間の欲望は無限だって教えていただきましたもんね。

Fkan Honkan

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みんな、知ってますよ。

高森顕徹氏の盗作問題というエントリでふれた、「そらごと、たわごと」という弘宣部のブログが消えてなくなっていました。

このブログ、高森会長の盗作問題について取り上げてから、最初にコメント欄を消去し、次に盗作を扱った記事を消去し、最後に全部消してしまったみたいです。

やはりどんな理屈をつけようと高森氏の盗作について触れるのはタブーだったようです。何しろ盗作元の大沼法竜の本を読んだだけで処分されたり、華光会と会合で言っただけで再研修になるような団体ですから。(○○さん、新聞の記事と違ってネット対策って難しいでしょ。これからはあとで消されなくて済むような記事をアップしましょうね)

最初に消された記事については、一部ここにスクリーンショットをアップしておきます。

Soratawa Soratawa_cult

上の記事にあるように高森会長のやったことが「盗作」でないのならば、堂々と会員に事実を見せたらいいのです。伊藤康善や大沼法竜の本を買ってきて高森会長の本と並べて読ませたらいいだけの話なのに、それは絶対にしません。盗作を指摘したインターネットのサイトへのリンクも張れません。(事実リンク先を記述したコメントがついたときに真っ先に消去されました)

それは実際に伊藤康善や大沼法竜の本を読めば、「会長先生の格調高い信仰の言葉」だと思っていたものがすべて伊藤氏のまる写しであり、「光に向かって」など大沼氏の「教訓」をまる写しにして、文体と順番を並び変えただけということが分かってしまいますから。だから結局はそれに関する情報はすべて隠すしかないのです。

最近よく、親鸞会の幹部は高森会長が次々と御殿を立てていることや、盗作の事実、長男の光晴氏の問題など知っているのか。知っているのならばなんとも思わないのかと聞かれます。

上層部は知っていますよ。みんな知っています。知っているけど一蓮托生ですから。統一教会でも摂理でもそうです。上の人は知っています。何もかも知っていて、加担しているのです。

こうした人たちが、いまさら親鸞会のやり方に疑問を持っても、もはや追い出されたら生きてゆく道はないですし、それなりの見返りも得ていますから。

多くの「何も知らない」親鸞会の講師部員が日々の糧にも事欠く生活を送っている中、「何もかも知っている」一部の幹部が新築のマイホームまで建てているのはなぜか。ちょっと考えればわかることでしょう。

そんな中でも自分の良心を信じて、私に連絡を取ってくる人もいます。そう考えると親鸞会もまだまだ捨てたものではありません。

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高森先生、頭がおかしくなったんじゃないですか?

高森先生、頭がおかしくなったんじゃないですか?
というブログを見つけました。面白い内容なので、関心のある方は是非読んでみて下さい。

そういえば、ある方から伺ったことですが、高森会長は平成17年ごろまで自分に出される料理にいちいち「点数」をつけていたのだそうです。料理人のO氏は「40年近くの料理人生活で、点数つけられたのは初めて」と言っていたとか。

「命がけのご説法」「壇上で死ぬ覚悟」とか言いながら、実際は浄財で作った巨大な厨房で料理人に自分への料理を競わせ、点数までつけていたというのですから聞いてあきれますね。というか、ヒマですね、この人。一体何をしに本部まで来てるんでしょう。

昔は親鸞会への批判は「本願寺の陰謀」で、今は「土蔵秘事の連中」がやっていることになっているそうですが、よくもこんなアホくさい説明をする気になるなぁと感心します。会員を馬鹿にしているのか、単に思考力が足りないだけなのか。

盗作問題にしてもそうですけど、こんな人をいつまでも無批判に「唯一無二の善知識」信じているから、「マインドコントロールされている」といわれるんですよ。いまさら苫米地英人の本とか出してきて「マインドコントロール」に反論するのは結構ですが、もっと本質的なところに目を向けてみては如何でしょ うか。

親鸞聖人も同行方の文章を引用していた」と主張し、「引用と剽窃の違いも分からないのか」と一撃で論破されると今度は盗作元の「大沼何某、伊藤何某の文章が彼らのオリジナルであると証明せよ」と平気で書いています。この人は親鸞会に入って数十年、一体何を見て、何を学んできたのでしょうか。

こうした行き当たりばったりの「反論」をするたびに「親鸞会批判」が更に燃え上がって、現在の状況を作っていることに誰か気づかないのでしょうか。気づいても声を上げる勇気が無いのでしょう。

※上でリンクしている弘宣部のブログ、コメント欄が閉鎖されていました。予想通りでしたが、今の親鸞会には正々堂々と議論するなど所詮無理なことなのでしょう。このブログを書いている人を私は良く知っていて、現役時代にはお世話になった方なので、ネット上でその凋落ぶりを見るのは心苦しくもあります。

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高森顕徹氏の盗作問題

そらごと。たわごと。という親鸞会弘宣部の運営するブログがあります。親鸞会内部向けにネットでの批判にたいする反論が掲載されていますが、残念ながら内容的にはほとんど見るべきものはありません。いちいち反論することもできますが、時間が勿体ないのでやめておきます。興味のある方はどうぞ読んでみてください。

ただ、ひとつだけ看過できない記事がありました。

盗作の大著?教行信証

道理で、類似箇所が多いわけである。
高森先生も、他の浄土真宗の先人達も、親鸞聖人・蓮如上人・覚如上人その他善知識方のお言葉や浄土真宗の歴史上の同行達の話ばかり述べられ、解説しておられるだけなのだから。
また、善知識方のお言葉なら引用元も明らかだが、同行達となると無名な人も多いから引用元が不明となるのも致し方あるまい。
それを盗作と呼ぶのなら、親鸞聖人の教行信証など「盗作の大著」である。
教行信証は、親鸞聖人ご自身の作文は非常に少なく、大部分が経典や七高僧方の御著書の引用だからだ。

このブログを見ている方ならば、別に書かなくても分かるとは思いますが、一応指摘しておきます。

親鸞聖人は教行信証で多数の引用をしておられますが、すべて引用元を明らかにしています。高森会長は大沼法竜や伊藤康善の文章を大量に使っていますが、一つも引用元を明らかにしていません。

また、高森会長が文章を盗んだのは「無名な同行たち」ではありません。高森会長のかつての師匠であり、多数の単著がある有名な人です。高森会長が引用元を知らなかったという事は100%あり得ません。(親鸞聖人がかつて師事した法然上人の文章を盗んで、それを引用元が不明として隠すことがあるでしょうか。)

親鸞聖人は引用元の聖教を読むことを弟子に禁じたという話は聞きませんが、高森会長は大沼法竜の本を読むことを禁じ、伊藤康善や華光会との関係を必死になって隠そうとしています。

高森会長は大沼法竜や伊藤康善の文章を盗作して書いた本を「自分が書いた」とウソをつき、「命がけで書かれた本」「現代の教行信証」と弟子に言わせています。そして盗作がネットで明らかになると突然理由もなく廃刊にしました。対して親鸞聖人は引用の部分と自著の部分をはっきりと分けられ、当然引用したところを「自分が書いた」とはおっしゃっていません。

そんな高森会長は弟子である講師部員に対して、過去に「文章講座」まで開いていました。盗作の事実を隠し、自分が文章上手と自惚れてそれを人にも教えようとしていたのですから、人間の程度が知れます。これだけボロが出ている人間にたいする批判に「高木は風に妬まる」とか書いてなぜ平気なのでしょうか。私は狂っているとしか思えません。

高森氏の盗作については他にも色々なサイトで触れられていますので、詳しく知りたい方は以下を参照してください。

高森顕徹氏の著書のルーツ
高森顕徹著『会報』に関する基礎知識
高森顕徹著「光に向かって100の花束」は大沼法龍の著作のパクリです
私の白道 4
大沼法龍師の言葉

今まで親鸞会に対する批判は、ねつ造だとか事実無根というものが多かったのですが、高森会長の盗作は逃げられようのない証拠がそろっておりさすがに「ねつ造」とまでは出来なかったのでしょう。

この記事を書いた人は、実際に盗作元の大沼法竜や伊藤康善の著作は読んでないのでしょう。読んだら絶対にこんなことは書けないはずだからです。結局、自分が長い間妄信してきた自称「善知識」の真実の姿を知りたくないが故に、真実から目をそむけているだけの話ではないですか。情けないとは思わないのでしょうか。

それにしても、親鸞聖人の教行信証を「盗作の大著」などと言って、こんな俗人の我欲に満ちた盗作の事実を正当化するのは如何なものでしょうか。親鸞聖人に対する畏敬の念は一体どこに行ってしまったのでしょうか。

私は別に、高森会長が自分の御殿を会員に隠して方々に建設しようと、講師部員に「やめたら1000万」という脅迫紛いの誓約書を書かせようと、息子の不倫疑惑を隠蔽しようと、お好きなようにやればいいと思います。

しかし、私の敬愛する親鸞聖人を利用し、冒とくしてまで、こんな下らない人間の自己顕示欲を守るのはやめてもらいたい。私は親鸞会は辞めたけれども、親鸞学徒は辞めていない。親鸞聖人の教えに生きる人間として、これだけは絶対に許すわけにはいかない。

自称「善知識」を守る為に「祖師」を裏切った人たちと末路をともにするも、目を覚まして袂を分かつも、ここを読むあなた次第です。

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投稿:本館建立の経緯

本館の設計にかかった業者の方からの投稿です。

みなさん、よく知っておいてください。これが「善のすすめ」を標榜する団体のやっていることです。結局「善のすすめ」といっても、親鸞会に献金することと人を集めることを言われるばかりで、おそらく親鸞会以外のところで誰がどんな不利益をこうむろうと知ったことではないのでしょう。あさましい団体です。

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私は本館の設計に途中まで携わった者でございます。途中までと申しますのは、途中で他の設計業者に業務を奪われてしまったからです。その経緯を御説明させて頂きます。

私どもの会社で、本部会館の造成から本館の設計、施工を請け負う約束になっておりました。私は設計部に所属しておりましたので、本館の設計を担当しておりました。当時の親鸞会幹部の方々だけでなく、高森会長とも何度も打合せをさせて頂きました。

高森会長が心を掛けられたところは、2つありまして、1つは講堂で、仏教を聞くのに最適な空間を設計してほしいということでした。もう1つは、高森会長の部屋でした。布教に支障のない部屋を造ってほしいと仰って、結構大きな部屋をいくつも御要望なされて、正直なところ、設計に関わった者は一様に驚いたものです。気持ちよく寛げる部屋ということで、広さと眺望については特に気にされていました。芳野の会館も見せて頂きましたが、高森会長関係の部屋は、格段にグレードアップされましたので、高森会長の気持ちを計りかねたものでした。

そして概ね設計がまとまった時に、親鸞会から突如、設計は他の業者にしてもらうことになった、といわれ、唖然としました。設計業務としては、かなり詰めたつもりでしたので、今更設計はしなくてもよいといわれても納得できる訳がありません。これまでの設計料の請求や今後親鸞会と縁を切るかどうかも含めて、会社としての対応について揉めに揉めましたが、結論は施工を請け負うことを条件に泣く泣くそれまでの設計を無にすることで引き下がりました。

私は設計だけでしたので、そこで親鸞会との関わりは終わりましたが、後日、竣工した会館を見てびっくりしました。細部はもちろん変わっていましたが、大まかには私どもの設計した通りであり、非常に裏切られた思いです。設計にも著作権がありますので、それを勝手に利用されたことに対する恨みは、今でも忘れることはできません。

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投稿:本館の会長専用施設

正本堂、F館のレポートに引き続き、本館の会長専用施設についてのレポートです。

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正本堂の会長施設についての、会員さんの反響が予想以上に大きかったので、会員さんも正常な感覚を持っておられたと少し安心しました。

ただ、これだけでは腑に落ちない部分もあります。それは正本堂で突然巨大な施設を造ったのかということです。正本堂という巨大事業を隠れ蓑にして、巨大な会長施設を造ることを思いついたのかということです。

それを知るには、正本堂の前の会長施設についても比較しなければならないと思いまして、本館の工事にも関わっていた人から教えてもらったことを説明したいと思います。

会長関係室は本館4階にありました。
会長専用の部屋が3室、家族室が1室です。
会長用和室は前室含めて13帖ですが、床の間縁側等を含めると28帖の広さです。
会長用洋室は24帖の広さです。会長用の便所と浴室が併設されています。
会長用応接室は26帖の広さです。
家族用和室が12.5帖で、床の間縁側合わせて20帖の広さで、便所とユニットバスが併設されています。
それ以外に、会長と家族用の配膳室がありました。
部屋数、構成も正本堂と同じです。

3階には、会長用の配膳室と会議室がありました。

2階には控え室がありました。

1階には、会長専用の玄関と19帖の会長用厨房がありました。

このことから、基本的には部屋構成は本館と正本堂は同じです。大きく変わったところといえば、厨房だけが、格段に大きくなっていることでしょうか。以前に誰かが投稿されていましたが、会長は、味にはかなりうるさいことがここでも分かりますね。

それに引き換え本館4階は、部屋と廊下も含めて160帖程ですから、正本堂では本館を一回り大きくした程度です。

会館の規模を考えれば、会長施設の工事費比率は、本館の方が正本堂より倍以上高いのではないでしょうか。

正本堂の工事中に本館との比較で、説明がありましたので、正本堂の会長施設は親鸞会では大した施設ではないとの錯覚をおこす人もありました。しかし冷静に考えれば、誰が見ても異常でした。

そういった意味では、会長施設について、正本堂は遠慮したと考えるべきか、本館が贅沢過ぎたと考えるべきか。私は、本館建設時点で、会長の自分の部屋に対する大きな欲望がすでにあり、その欲望を満足させることが当然のこととして考えていたと思います。正本堂建設では、本館の時の不満であった、味への欲望を満たすことに重きをおいた感じがします。

浄土真宗では煩悩を無くさなくてもよい教えと聞きますが、煩悩を露にするのは宗教指導者として如何なものでしょうか。

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