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投稿:高森顕徹会長の食生活

高森顕徹会長の食生活について、内部事情に詳しい人から投稿がありました。
私たちが伝えられている高森会長の姿と、真実の姿には実は相当な隔たりがあります。そのことをこのエントリを通じて知っていただければと思います。

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 布教に命を掛けているので、健康に誰よりも気を遣っていると宣伝されている会長でありますが実は極めて不健康な食生活をしていることは余り知られていません
 「君たちは味蕾(舌の味を感じとる部分)が破壊されている」と周りの者に会長自身のグルメぶりを自慢していたのは有名でありますが、実は味蕾が敏感ではなく、その逆であったのです。
 会長は懇親会が好きです。懇親会に使われる旅館は、以前は頻繁に変わっていました。その理由が、食事でありました。ところが何年もお気に入りの旅館があります。その旅館は、会長が食事にこだわりがあることを聞きつけて、会長好みの味を尋ね回ったと言います。塩辛い、濃い味が好みであることを料理長が知って、そこの旅館での懇親会では、会長の好みに合わせた塩辛い、濃い味の食事が出されるようになりました。もちろん会長が利用するときだけでありますが。そのことで会長の信頼を得て長年同じ旅館で懇親会が催されているのです。
 またレストラン祇園は、高森会長の親戚であるY山氏が料理長として始まりました。しかし、Y山氏は職人肌の人で、人間関係をうまくこなすことができず、経営的なこともあってY山氏に変わる別の人を探すことになりました。そこで、高森会長は会員でないお気に入りのある料理人を引っ張ってきて、祇園の板長としました。そして新たな体制で祇園が再スタートした訳です。会長が連れてきた板長でありましたが、味について会長と板長とが衝突することが度々ありました。会長は自分のいうことはすべて絶対であると思っていますので、自分に合わせない板長が疎ましくなっていきました。一般受けする味は会長には薄味としか思えず、結局板長以下職員をすべてを解雇したのです。この後暫く祇園は閉鎖となり、M本講師が女将として会長の許可が出るまで使うことができなかったのは、少し古い会員さんならご存知でしょう。
 現在では、祇園、法輪閣、サンキューに長年料理人として腕を振るってきた会員の新たな料理人が入ってきていますが、これらの人も会長の塩辛い、濃い味への厳しい"御指導"により、泣く泣く長年の味を変えざるを得なかったといいます。
 会館滞在時の食事は、会長専属の料理人が何人もいて、食事を用意していますが、当然塩辛く、甘く、脂っこく、濃い味の料理が作られています。
 自身の不健康は自因自果としても、会員や関係者にまで不健康を押しつけながら、「会長先生は、学徒の皆さんの健康まで気遣って下されている」といわせているのが会長であるのです。

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コメント

祇園のO島料理長時代、会長が入院。
S生会の食事が不味いからと、毎日祇園に食事のオーダーが入りました。
数日後、そんなわがまま言ってるから、病気が治らないんです、とS生会の医者に止められました。

投稿: | 2009年1月24日 (土) 22時35分

年をとると味蕾が欠落してくるので、味覚が鈍感になるため、濃い味でないと若いときのように味を感じることはできない。

S生会の医師が、「濃い味を好むのは老化現象なので、自分の味覚に頼って濃い味にすると健康を害します」と諫言するべきなのであるが、そんなことを行っても素直に聞くケンテツではなかろう。諫言した医師が除名されるだけ?

投稿: 確かな証拠 | 2009年1月24日 (土) 23時37分

ケンテツは京都に8年くらいいたはずであるが、上品な薄味は理解できず、所詮は田舎者ということですね。

三好義継が敗死したとき、坪内という名のある三好家の料理人が織田家の捕虜となった。このとき、信長は坪内に対して「料理がうまければ罪を許して料理人として雇う」と約束した。そして坪内が作った料理を信長は食したが、このとき「料理が水っぽい」として坪内を処刑しようとした。しかし坪内はもう1度だけ機会が欲しいと頼んだ。そして2度目に出された料理に対して、信長は「大変うまい」と認め、料理人として取り立てたという。後で坪内は、「最初から2度目の料理を出していたら良かったのではないか」と訊ねられると、「最初は京風の上品な料理、次は味の濃い田舎料理を作っただけです。しょせん信長公も田舎者ということですよ」と語った。

投稿: 確かな証拠 | 2009年1月24日 (土) 23時39分

S会は医師だからたとえ会長でも言わなければならないことは言わないといけない。除名になればMハルたちのバカ息子は使い物にならんからやつらも首になるのだ

投稿: | 2009年1月25日 (日) 00時07分

ようやく、高森会長が、善知識だとか慈悲の方だとか、学徒の幸せを常に考えている方だとかという情報が、実に飾られた虚像であるということが自分の中でハッキリしてきました。

ある人の書き込みにもありましたが、彼はお金と名誉が大好きなただの熊五郎だったのですね・・・

そんな人を崇拝していたなんて・・・完全に体を張ったギャグですよ(苦笑)

まだ会にドップリの仲間達は、明日もそんな俗人の他愛のない話を、苦労して聞きに行くのですね。早く気付いて欲しいものです。

投稿: | 2009年1月25日 (日) 01時05分

会長はグルメでも、自己管理ができてませんね。外食は味が濃いから、奥さんに栄養ある普通の食事にすれば問題ない。年なんだから味覚はおかしくなるんです。ですから親鸞会のサンキューなどはプロの料理人に任せたらいいんです。濃いものばかりだと高血圧で間違いなく倒れますよ。健康の心配してるんだから医師の言うことを聞かないといけない。

投稿: | 2009年1月25日 (日) 15時47分

うどんのドンブリひっくり返したらしいよ。

投稿: | 2009年1月26日 (月) 00時49分

どんどん犬鉄の真の姿が明らかにされていく
実は単なる熊五郎だった。
それも異安心で、自己顕示欲の強い極めて有害な熊五郎だった。

投稿: | 2009年1月26日 (月) 18時30分

私は高森さんより40歳も若いのですが、年々味の好みが濃くなっている気がしています。
健康診断の結果も年齢の割には高い血圧なので、気をつけないといけませんね。

(関係のないコメントで申し訳ありません。不適切でしたら削除してください)

投稿: | 2009年1月30日 (金) 00時34分

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