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浄土真宗親鸞会親友部員の規律

親友部員がした新しい誓約の内容が送られてきました。内容は従来の誓約に加えて、以下の「規律」が加わったもの。誓約の相手は講師部員の誓約書と同じく、高森会長ではなく「浄土真宗親鸞会」となっています。同様の誓約への署名が特専部員にも予定されており、これらの誓約への署名が完了した時点で会長職が高森光晴氏に移ることになります。

「浄土真宗親鸞会親友部員は、親鸞聖人の教えを疑謗破滅せんとする者、それらに同調したり荷担する者あらば決して黙視せず、それらの言動を許してはならない。」

だそうです。「親鸞聖人の教えを疑謗破滅せんとする者」は「高森一族に対して都合の悪いもの」とするところを間違えたのでしょう。講師部でも親友部でも特専部でももう組織に忠誠を尽くしている人ばかりではありません。この誓約の内容が流出していることが何よりの証拠でしょうが。

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(1)規律

○浄土真宗親鸞会親友部員の規律

(1)浄土真宗親鸞会親友部員は、親友部の和を乱さず、正しい親鸞聖人の教えを聞法精進し、片時も急いで真心撤到を本とすべきである。
(2)浄土真宗親鸞会親友部員は、親鸞聖人の教えを疑謗破滅せんとする者、それらに同調したり荷担する者あらば決して黙視せず、それらの言動を許してはならない。
(3)浄土真宗親鸞会親友部員は、親鸞学徒としての人徳を身につけ、礼儀、身なり、言葉使い、身の回りの整理整頓に努めなければならない。

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児玉学友部長よ、恥を知れ

かつて太平洋戦争のころ、富永恭次という将校がいました。「君らだけを行かせはしない。最後の一戦で本官も特攻する」と言って特攻隊の出撃命令を出し多くの将兵を死なせながら、戦況が不利になるとウィスキーと芸者と共に敵前逃亡した有名な人です。

親鸞会はかつて「中隊」や「総参謀」など軍隊風の組織を持っていました。組織名は今は変わりましたが、どうやら都合が悪くなると逃亡する旧軍の伝統は今日まで受け継いでいるようです。

若不生者の「生」は、なぜ「信楽に生まれる」なのかというブログが公開されています。現在親鸞会の学友部(学生組織)部長をつとめる児玉英志氏と、親鸞会の教義に疑問を持つ学友部員との法論の記録なのですが、児玉氏の対応が実に分かりやすく、親鸞会という団体の特性を知るのにとても参考になるブログです。

最初は完全に上から目線で「そんな姿勢だからいつまでたっても正しい理解ができないのです」「これが君の一番わかっていない焦点なのです」「求道姿勢を反省しなければいけません!!!!!」と学友部員にメールを書いていた元気な児玉学友部長でしたが、

議論に負け始め一切のやり取りがインターネットに公開されると、突如一切の返答を拒み、「 ★山中君に話しがあるので来週で都合のよい時間を知らせてください」と弱気の返答。結局、親鸞会の幹部は大衆の目前では法論できない事を公言してしまいました。

親鸞会の発行する書籍「法戦」では、勝手に文書法論を仕掛け失礼千万な手紙を送りつけ、相手があきれて返答しないと「勝った勝った!」と勝手に勝利宣言をする馬鹿馬鹿しい法論が多数収録されていますが、逆に法論を仕掛けられ自分が負けたり都合が悪くなったりするとこの有様。講師部会合で威勢よく「よくこのままで黙っておれるな!!」とか叫んでいた彼は一体どこに行ってしまったのでしょうか。

そして自分たちが発行するメルマガには、

注意しなければならないのは、たわいのないウワサ話だけではありません。日々、洪水のように流れてくるテレビやインターネットからの情報にも、確かな目を持ちたいものです。

と書いた上で、「あのブログは学生がやっているのではなく背後には○○や××がいるのだ」という出処不明の噂を流すにも余念が無いようです。児玉さんって分かりやすい人ですね。

高森布教局長など自分より立場が上の人にはペコペコと頭を下げる一方、講師部総会では他を圧倒するような声で叫び、学生や自分の部下には偉そうに叱ったり高説をたれる。そして法論で負けそうになると逃げの一手。

私は児玉氏は親鸞会講師部の中でも真面目な人だと思っていましたが、完全に幻滅しました。「巧言令色、鮮矣仁」というのは彼のためにあるような言葉ですね。

そういえばメルマガにはこんな言葉もありました。

「授かりし 使命ひたすら 果たすのみ」

他人からの非難にびくびくしているようでは何もできない。
どんな悪辣なデマ飛ばされても、真実はびくともしない。
全国の新聞が反対したとしてもびくともしない。
眼中ではない。
心配するのは、
「どうしたら使命果たせるか。」
この一点だ。

また口だけですね。親鸞会って本当に分かりやすい。

他人からの非難にびくびくし、負けそうになったら敵前逃亡し、「どうやったら使命果たせるか」ではなく「どうやったら保身を果たせるか」ばかり考えているのが親鸞会ではないですか。

そうでないというならば、自分の部下や内輪の講師部員の前だけで叫ぶのではなく、大衆の前で堂々と逃げずに法論したらいい。それが出来なければ逃げているといわれても仕方が無いでしょう。

最近になって親鸞会の支部長が次々とブログを立ち上げ、その数は数十個にも及びます。ここで紹介するだけの価値のある内容ではないから、興味のある人はGoogleのブログ検索でも使って調べてください。

目くらましのブログをいくら大量に作ったところで、真実はいつか伝わります。親鸞会を見放し、去ってゆく人が減ることは無いでしょう。

かつて児玉氏の担当地域である関東の学友部員が富山の本部に行くのに、4~5台のバスがチャーターされ補助席まで使って深夜の関越道を走りました。

今は1~2台がさびしく走るのみです。これを自業自得と言わずになんと言うのでしょうか。

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投稿:機相を説くな

昨日に引き続いて投稿文です。
前々から私は、「親鸞会に一貫した教義なんて無い。その時々で都合の良いように変えているだけだ」と主張してきましたが、それを裏付ける証言だと思います。
高森会長は皆さんの後生なんてどうでもいいと思っていますよ。その事に早く気づいてください。

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 昨年秋から「機相を説くな」との御指示が突如出されました。

理由は、機相を語る華光会へ流れる会員が多いことを防ぐためであるようです。
 しかしここで戸惑う人も多いと思います。かつては親鸞会でも機相を明らかに説いてきたからです。それは過去の親鸞会発行の機関誌や会長の著書を見ても明らかです

 数年前、ある会員さんが病気で余命数箇月となり、

その家族が支部長を通して会長にどんな話をその人にしたらよいかを尋ねたことがありました。その人に不治の病で死の近いことを告げない前提で会長は、「アニメの親鸞聖人、イダイケ夫人の獲信の場面を繰り返し見せてあげなさい」と答えたといいます。それを聞いた人がある疑問を持ちました。救われた体験を聞くこと、あるいはその場面を見ることが、求道の近道ではないのか、それをなぜ会長は一般の人にも教えないのかと。
 会長の獲信は、華光会の創始者である伊藤康善氏の「佛敵」を読んだことによると、会長自身が語っているし、文章にも残しています。「佛敵」は、伊藤康善氏の獲信までの記録が記されたものです。しかも、会長はこの「佛敵」を多くの人に手渡して、「この本を読んで、早く獲信してくれ」と語っているではありませんか。このことから、会長は獲信への近道は、救われた人の体験、つまり機相を説くことという認識が一貫しているのではないかと思われます。

 ところが途中から機相を積極的に説かなくなったのは、

敢て遠回りをさせようという意図があったのでしょうか。
 ちなみに、教学講義でも臨終間近の人に対して、機相を説くように勧めるのはなぜか、という質問に会長は、「臨終間近の人の心は、親鸞聖人、イダイケ夫人の獲信直前の心と同じだから」と答えています。自分が死ぬと分かっていない臨終間近の人が親鸞聖人やイダイケ夫人の獲信直前の心と同じということも引っ掛かりますが、最近まで隠してはいても、機相を説くことを肯定してきたのは間違いありません。
 親鸞会の反社会的な言動から、親鸞会を去る人は昔からいました。ところが、最近はこの一貫性のない教義に憤りを感じて、親鸞会を去って行く人もだんだん出てきています。
 会長は、会員さんの後生を念じているといいながら、できるだけ遠回りをさせることで、金集め、人集めを企てているとしか考えられません。

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投稿:高森顕徹会長の食生活

高森顕徹会長の食生活について、内部事情に詳しい人から投稿がありました。
私たちが伝えられている高森会長の姿と、真実の姿には実は相当な隔たりがあります。そのことをこのエントリを通じて知っていただければと思います。

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 布教に命を掛けているので、健康に誰よりも気を遣っていると宣伝されている会長でありますが実は極めて不健康な食生活をしていることは余り知られていません
 「君たちは味蕾(舌の味を感じとる部分)が破壊されている」と周りの者に会長自身のグルメぶりを自慢していたのは有名でありますが、実は味蕾が敏感ではなく、その逆であったのです。
 会長は懇親会が好きです。懇親会に使われる旅館は、以前は頻繁に変わっていました。その理由が、食事でありました。ところが何年もお気に入りの旅館があります。その旅館は、会長が食事にこだわりがあることを聞きつけて、会長好みの味を尋ね回ったと言います。塩辛い、濃い味が好みであることを料理長が知って、そこの旅館での懇親会では、会長の好みに合わせた塩辛い、濃い味の食事が出されるようになりました。もちろん会長が利用するときだけでありますが。そのことで会長の信頼を得て長年同じ旅館で懇親会が催されているのです。
 またレストラン祇園は、高森会長の親戚であるY山氏が料理長として始まりました。しかし、Y山氏は職人肌の人で、人間関係をうまくこなすことができず、経営的なこともあってY山氏に変わる別の人を探すことになりました。そこで、高森会長は会員でないお気に入りのある料理人を引っ張ってきて、祇園の板長としました。そして新たな体制で祇園が再スタートした訳です。会長が連れてきた板長でありましたが、味について会長と板長とが衝突することが度々ありました。会長は自分のいうことはすべて絶対であると思っていますので、自分に合わせない板長が疎ましくなっていきました。一般受けする味は会長には薄味としか思えず、結局板長以下職員をすべてを解雇したのです。この後暫く祇園は閉鎖となり、M本講師が女将として会長の許可が出るまで使うことができなかったのは、少し古い会員さんならご存知でしょう。
 現在では、祇園、法輪閣、サンキューに長年料理人として腕を振るってきた会員の新たな料理人が入ってきていますが、これらの人も会長の塩辛い、濃い味への厳しい"御指導"により、泣く泣く長年の味を変えざるを得なかったといいます。
 会館滞在時の食事は、会長専属の料理人が何人もいて、食事を用意していますが、当然塩辛く、甘く、脂っこく、濃い味の料理が作られています。
 自身の不健康は自因自果としても、会員や関係者にまで不健康を押しつけながら、「会長先生は、学徒の皆さんの健康まで気遣って下されている」といわせているのが会長であるのです。

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顕正新聞のお笑い論説

平成21年1月15日号の顕正新聞に「切り刻みても飽くかよ」という論説が載っていました。親鸞会を辞めるときは1000万円の違約金(関連記事1関連記事2)で報じた会合の内容を受けてのことでしょう。実に笑える論説で、書いた人の「心にも思ってないことだが書かなきゃなんないから仕方なく書いた」感が漂ってきてほほえましさすら感じます。

「いつの世にも、真実はたった一つしかなく、真実に背く一切の邪悪を破り、正法を顕示することは我ら親鸞学徒の使命である」「裏切り者は斬り捨てて、卑怯者よ去れば去れ」「真実の勝利に向かって我らは驀進するのみである」という感じのいつもの通りの勇ましい文章が並んでいます。そして、口で勇ましくても親鸞会の内輪で叫んでいるだけで、実際には何もしないのもいつもの通り。

「裏切り者」が許せなくて、「邪悪を破る」のが使命なのに、だーれも親鸞会を「裏切った」清森氏や近藤氏に法論を挑む人はいません(負けて責任を取るのが恐ろしいのでしょう)。彼らが実名でブログを書いているのを見て「完全になめられている!!」と勇ましく叫んだ人は、弘宣部ビルの3階の奥に引っ込んでちまちま下らない文章を内輪の機関紙に書いているだけで、いつまでたっても実名でブログなんて書きません(書く勇気が無いのでしょう)。もちろん、親鸞会という安全地帯の中から適当に叫んでいるだけで、誰も独立して親鸞聖人の教えをお伝えしようなんていう勇気のある人はいません(やってゆく自信が無いのでしょう)。

「裏切り者は許せないっ」と会合で叫んでいる講師部員も、本心からそう思っているのではなく言わなきゃ叱られるから言ってるだけ。その証拠に自分の担当区域にその「裏切り者」がいても何も出来ません(心の中は真実なんてどうでも良くて、問題になりたくない、再研修になりたくないということくらいしかありませんから)。

華光会にいたっては相手を名指しで批判することすら出来ません(会長の盗作疑惑がばれるのが怖いのでしょう)。次期会長の不倫疑惑を糾弾するブログが作られても、「ネットなどたわけたことばかりです」というのが精一杯で、何の抗議も釈明も出来ません(本当の事が明らかになるのが都合が悪いのでしょう)。

最近親鸞会がやったことといえば、本願寺の関係者のフリをしてブログを書いた事くらいでしょうか。それすらも当の本願寺には親鸞会がやっている事がすぐにバレてしまい、いまだに続けているのは引っ込みがつかないのかあるいはバレて無いと思い込んでいるのか。

ああ、そういえば親鸞会に都合の悪い映像や資料を「著作権侵害だ」と消去し、関係者を除名にし、会員には「捏造だ」と説明するくらいはやってましたね。有志が親鸞会の疑問点をメールで大量に送ったら、「不審なメールが来るからメールアドレスを変えるように」という連絡も流しました。反論は苦手だけど隠蔽は大得意。実に素晴らしい「親鸞学徒の使命」の果たし方ですね。立派立派。

そんなことしている間にも親鸞会批判サイドは学生ですら実名でブログを立ち上げています。「邪悪を破る」意欲においては、講師部員は学生にも負ける程度のものしかないのでしょう。実に哀れ。

こんな状況の最近の親鸞会。トップの会長はすでに教えとかどうでもいいのか、F館という会員にとっては殆ど必要が無い(でも会長専用の玄関やエレベーターやフロアは勿論作るよ!)建物を建てるのに頭がいっぱい。会員はすでに「また金集めか」とすっかり心は離れています。

見事なまでにすべてが崩れ始めている親鸞会。「真実に驀進」とか100年早いから、少しは自分たちの足元を見たほうがいいのでは?今年も彼らの活動から目が離せませんね(心配で)。

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講師部を辞めるときは1000万の違約金 再掲

昨年末、講師部を辞めるときは1000万円の違約金を払う、という講師部総会の音声ファイルをアップしました。

親鸞会の内部では「捏造」という説明がされていたそうなのですが、なぜか「著作権侵害」で削除されてしまいました。捏造ならなぜ著作権が発生するのかわかりませんが、何があっても削除したい動画だったのでしょう。

再掲して欲しいという要望が多数寄せられましたので、ご用意しました。今回はWMVファイルですので配布もしやすいかと思います。ダウンロードした人は出来るだけ多くの人にこのファイルを配布していただきたいと思います。

他にも、今回ファイルに含まれていない会合の録音も聞かせて欲しいという要望もありました。これは現在用意している最中です。

ただもっとも大事なポイントは、すでに親鸞会が「信仰の力ではなく金や誓約書でしか講師部員をつなぎ止める事が出来なくなっている」という事ですから、多くの人に見ていただくのはこのファイルで十分だと考えています。

この手の誓約は講師部員だけに予定されているものではありません。特専部、親友部の方は十分に気をつけて経緯を見守ってください。

私のメールアドレスは些か分かりにくい所に書いているのですが、年末から年始にかけて多くの方からメールをいただきました。中には相当の幹部の方もあり、親鸞会の中枢で高森会長の言動を長年見てきた立場の方も、このたび除名された講師のところに行っているそうです。

高森一族はその身勝手な行動と我侭で多くの人の信頼を失い続けています。やがて次々と周りの人が自分を見放している事実に気づくでしょう。すべては彼らの自業自得です。

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再燃した高森光晴新会長の疑惑

2006年の大晦日にはじめたこのブログも、早いものでもう3度目の正月を迎えることとなりました。今年もよろしくお願いします。

正月といえばカレンダーですが、私の手元に親鸞会発行の「一日一訓カレンダー」があります。親鸞会の会員(学徒)全員に渡されるもので、その中の26日の頁にこんな言葉が書いてあります。

「蒔かぬタネは生えぬ。刈りとらねばならぬ一切のものは、自分のまいたものばかり。 」

高森家では先月26日、このカレンダーをどのような気持ちで眺めていたのでしょうか。

2002年夏、親鸞会を揺るがす大きな事件がおきました。「M晴をあまりいじめないでくれ事件」と題されたその事件で、それまで高森光晴局長に不満を持っていた多くの会員や講師部員の手によって、彼の不倫疑惑の「証拠写真」とされたホテルでの密会の写真や動画が撮影され、檄文と共に関係者に送られました。

この事件はすでに「私の白道」によっても仔細に述べられているのでここで詳しい説明は省きますが、最終的には高森光晴局長以外の講師部員が高森顕徹会長の下3日間集められ、不倫疑惑は「事実無根」とされ、写真や動画はそれを撮った経緯や手段を詳しく問い詰められたにも関わらず「捏造」とされたのです。勿論、事件の中心人物である光晴局長自身は何の処分も釈明も無いどころか、事件に関わった講師部員は「執行猶予付きの除名処分」とされ、その後長く組織の中で冷遇されることとなります。

あれから6年半、まさかこの事件がこのような形で再燃するとは思っても見なかったことでしょう。疑惑の相手とされる女性の義理の父親がネットでこの事件を見て、高森光晴局長、高森顕徹会長に送った書簡とその顛末をネットで公開したのです。

「捏造」と捏造された不倫事件の真実
http://blog.goo.ne.jp/furins/

私がこれを見て思ったのは、結局6年前も今も高森光晴という人物は何も変わっていないのだということです。あの時も何の説明も釈明も無く事件は「捏造」とされてしまった。本当に無実ならばなぜ姿を見せて顛末を話し、疑いを持たれた自分の行為について謝罪しなかったのか。事実ならばどうして自分の非を認め悔い改めないのか。

親鸞会の講師部員を養成する「顕真学院」という施設がありますが、そこでは「誤魔化しは因果の道理を無視し、仏法者として恥ずべき言動である。因果の道理を否定するものは、外道、邪教の輩であることを、肝に銘ずること」「1のことを10に言われても、1のことに問題があったことを反省してゆかなければならない」とあります。高森光晴氏はこの学院の教授ではなかったのか。一体今まで何を教えてきたのでしょう。

私は高森光晴氏が部下に当たる講師部員を厳しく指摘する現場を数多く見てきました。彼は人の過ちを厳しく追及する事は出来ても、自分の事については逃げることしか出来ない。6年前は疑惑の張本人であったにも関わらず「腰痛」を理由に一切人前に姿を見せず、今度は疑惑を問う書簡には一切答えず、電話でも「ネットなどたわけたことばかりです。」というばかりで、何の回答も説明もなし。相手の気持ちを思いやるどころか、一片の誠意も感じる事が出来ない。

私も6年前に「証拠写真」を見せてもらいましたが、彼の不倫疑惑が事実かどうかという事については何の関心もありません。煩悩具足の人間なのですから過ちを犯すこともあるでしょう。問題は、自分の言動が原因で多くの人に迷惑をかけ悲しませ傷つけたにも関わらず、逃げ回るばかりで何の責任も取らないその態度なのです。

今回ブログを立ち上げたR.S氏にしても、本来ならばこんなに辛く苦しい経緯をネットで公になどしたくなかった筈です。R.S氏に公開を決断させたのも不倫疑惑そのものではなく、それを問いただす経緯において見せた高森親子の不誠実極まる対応ではなかったか。

すでにブログの存在は広くメールで講師部員や学徒のもとに送られ、転送が盛んになされていると聞きます。まさに「蒔かぬタネは生えぬ。刈りとらねばならぬ一切のものは、自分のまいたものばかり。 」の言葉の通りです。本願寺の陰謀ではないよ、念のため。

このカレンダーを作った高森顕徹氏にしても、ネットで自らの著作の剽窃を指摘された後、「現代の教行信証」とまで言われた(言わせていた?)その著作を何の説明も無く廃刊にしました。この親にしてこの子あり。自分の非を改め、部下の講師部員に対して求めるような謝罪と説明を自ら行わなければ、これからも絶えることなく親鸞会と彼らの暗部が広く明らかにされることでしょう。

30日の一日一訓にもあるではないですか。

「誤りを犯さないことを誇りとするよりも、誤りを直ちに改めることを誇りとしよう。」と。

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