2006年の大晦日にはじめたこのブログも、早いものでもう3度目の正月を迎えることとなりました。今年もよろしくお願いします。
正月といえばカレンダーですが、私の手元に親鸞会発行の「一日一訓カレンダー」があります。親鸞会の会員(学徒)全員に渡されるもので、その中の26日の頁にこんな言葉が書いてあります。
「蒔かぬタネは生えぬ。刈りとらねばならぬ一切のものは、自分のまいたものばかり。 」
高森家では先月26日、このカレンダーをどのような気持ちで眺めていたのでしょうか。
2002年夏、親鸞会を揺るがす大きな事件がおきました。「M晴をあまりいじめないでくれ事件」と題されたその事件で、それまで高森光晴局長に不満を持っていた多くの会員や講師部員の手によって、彼の不倫疑惑の「証拠写真」とされたホテルでの密会の写真や動画が撮影され、檄文と共に関係者に送られました。
この事件はすでに「私の白道」によっても仔細に述べられているのでここで詳しい説明は省きますが、最終的には高森光晴局長以外の講師部員が高森顕徹会長の下3日間集められ、不倫疑惑は「事実無根」とされ、写真や動画はそれを撮った経緯や手段を詳しく問い詰められたにも関わらず「捏造」とされたのです。勿論、事件の中心人物である光晴局長自身は何の処分も釈明も無いどころか、事件に関わった講師部員は「執行猶予付きの除名処分」とされ、その後長く組織の中で冷遇されることとなります。
あれから6年半、まさかこの事件がこのような形で再燃するとは思っても見なかったことでしょう。疑惑の相手とされる女性の義理の父親がネットでこの事件を見て、高森光晴局長、高森顕徹会長に送った書簡とその顛末をネットで公開したのです。
「捏造」と捏造された不倫事件の真実
http://blog.goo.ne.jp/furins/
私がこれを見て思ったのは、結局6年前も今も高森光晴という人物は何も変わっていないのだということです。あの時も何の説明も釈明も無く事件は「捏造」とされてしまった。本当に無実ならばなぜ姿を見せて顛末を話し、疑いを持たれた自分の行為について謝罪しなかったのか。事実ならばどうして自分の非を認め悔い改めないのか。
親鸞会の講師部員を養成する「顕真学院」という施設がありますが、そこでは「誤魔化しは因果の道理を無視し、仏法者として恥ずべき言動である。因果の道理を否定するものは、外道、邪教の輩であることを、肝に銘ずること」「1のことを10に言われても、1のことに問題があったことを反省してゆかなければならない」とあります。高森光晴氏はこの学院の教授ではなかったのか。一体今まで何を教えてきたのでしょう。
私は高森光晴氏が部下に当たる講師部員を厳しく指摘する現場を数多く見てきました。彼は人の過ちを厳しく追及する事は出来ても、自分の事については逃げることしか出来ない。6年前は疑惑の張本人であったにも関わらず「腰痛」を理由に一切人前に姿を見せず、今度は疑惑を問う書簡には一切答えず、電話でも「ネットなどたわけたことばかりです。」というばかりで、何の回答も説明もなし。相手の気持ちを思いやるどころか、一片の誠意も感じる事が出来ない。
私も6年前に「証拠写真」を見せてもらいましたが、彼の不倫疑惑が事実かどうかという事については何の関心もありません。煩悩具足の人間なのですから過ちを犯すこともあるでしょう。問題は、自分の言動が原因で多くの人に迷惑をかけ悲しませ傷つけたにも関わらず、逃げ回るばかりで何の責任も取らないその態度なのです。
今回ブログを立ち上げたR.S氏にしても、本来ならばこんなに辛く苦しい経緯をネットで公になどしたくなかった筈です。R.S氏に公開を決断させたのも不倫疑惑そのものではなく、それを問いただす経緯において見せた高森親子の不誠実極まる対応ではなかったか。
すでにブログの存在は広くメールで講師部員や学徒のもとに送られ、転送が盛んになされていると聞きます。まさに「蒔かぬタネは生えぬ。刈りとらねばならぬ一切のものは、自分のまいたものばかり。 」の言葉の通りです。本願寺の陰謀ではないよ、念のため。
このカレンダーを作った高森顕徹氏にしても、ネットで自らの著作の剽窃を指摘された後、「現代の教行信証」とまで言われた(言わせていた?)その著作を何の説明も無く廃刊にしました。この親にしてこの子あり。自分の非を改め、部下の講師部員に対して求めるような謝罪と説明を自ら行わなければ、これからも絶えることなく親鸞会と彼らの暗部が広く明らかにされることでしょう。
30日の一日一訓にもあるではないですか。
「誤りを犯さないことを誇りとするよりも、誤りを直ちに改めることを誇りとしよう。」と。
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