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高森顕徹会長の所得申告

高森会長の所得申告について疑問が持ち上がっています。

私も親鸞会の中にいて、「○○会館は高森先生お一人で建てられた云々」という「美談」をしょっちゅう聞き、また地方の行事では御法礼の他に「お礼」と称して毎回数百万のお金が高森会長に渡されるのを見てきました。

その高森会長が、富山県の高額納税者名簿に全く載っていないというのです。多くのお金が現金で渡されていましたから、いくらでもごまかしようはあるのかもしれませんが、これらのお金は一体どこから来てどのように処理されているのでしょうか。

以下は2chに上がっていた書き込みです。尚、文中で触れられている富山県の高額納税者名簿は、富山県立図書館などで閲覧可能です。私が所持している資料は北日本新聞のそれぞれ2005/5/17、2004/5/18、2003/5/17、2002/5/17、2001/5/17、2000/5/17、1999/5/18発行のものです。
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私は会員のものですが、高森会長の所得申告に疑義があります。

1998年から2004年までに発表された高額納税者名簿を確認しました。
高額納税者の発表は、2006年より中止されておりますので、それ以前の分しか確認できませんが、過去の富山新聞に高岡税務から発表されたすべての高額納税者名簿が掲載されております。

大変驚いたことに、高森会長の名前は一切ありませんでした。

基本的に、概ね所得税額1000万円以上の人が高額納税者として公表されておりました。これは年間の所得にすると約3000万円ほどです。
高森会長は、まず親鸞会から、他の講師と同様に法領(給料)を受けとっています。布教局長が毎月200万ほど受け取っていたことから推測すると、ほぼ年収3000万近くは基本法領だけで、受領していたものとおもわれます。

さらに、毎月の法話の法礼が「現金で」高森会長に渡されていました。
本部の行事では、半分程度が会長に渡されていたと推測されますため少なく見積もっても2500円x2000人x月3回x12ヶ月=1億8000万円 が別途法礼として会長に現金として渡されていたとおもわれます。
当然、この法礼は親鸞会の収入ではありませんので、個人の事業収入となりますので、課税対象となるはずです。
正直に申告していたならば、少なくとも毎年6000万~7000万円の税申告がなされていたはずであり、高額納税者の上位に名を連ねていたはずとおもわれます。

かつて、顕真会館(11億)、高岡会館(8億)、滋賀会館(5億)顕真学院(5億)すべて、高森会長のポケットマネーで建築されたことが、会員には発表され、「先生のお慈悲」と宣伝されてきました。

ここで、留意すべきなのは、宗教法人親鸞会が建てたのではなく、高森会長個人が建てられた、という点です。

しかし、これだけの建物を即金で建築されるのは、当然相当の個人の所得がなければ到底ありえない話です。
となると、当然、合計で数十億をこえる大きな所得が発生していたはずであり高額納税者に名を連ねてしかるべきです。

過去の富山新聞を確認したとき、高額納税者名簿に名前はあるだろう、しかしどのくらいの金額なのだろうか、とおもっておりましたが、一切載っていなかった。衝撃でした。

同朋の里事業についても、高森会長がまず施設を買収して、会員から後付で、財施を集めている様子です。相当額の金をもっているのでしょう。

親鸞会の申告所得が毎年14億5千万円で、会費収入を差し引くと正本堂や地下道で集めた100億ほどの金の所得申告がなされていないことが読み取れます。

不思議なことに、2003年ころから、正本堂の財施の納入は銀行振込みではなく、できるだけ現金で、と指示が流れました。
これらの金も会長の個人所得になっている可能性さえありえます。

脱税の時効は、5年ほどといわれます。

マルサの女という映画では新興宗教の教祖が、脱税をしてつかまるシーンもありますが、親鸞会についても映画の中の話ではないというように感じます。

以上高森会長の所得申告についての疑義を申し上げます。

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明橋大二氏が役員を務める「有限会社高森顕徹事務所」に行ってきました

先日、明橋大二氏が役員を務める「有限会社高森顕徹事務所」に行って来ましたので、その写真を公開いたします。

Photo Photo_2 Photo_3


事務所は「ユニゾンビル」の3Fにあり、真生会病院や伏木の高森会長の自宅、弘宣部ビルや本部会館のちょうど中間点に位置しています。

大きな地図で見る

訪問した日は休日だったためか、事務所には明かりもついておらず誰もいないように見えました。また、役員の明橋大二氏の自宅にも行きましたが、「売家」になっており誰もいませんでした。

さてこの高森顕徹事務所、どんな目的で何の業務を行っているのでしょうか。現在は情報収集中でまだ踏み込んだレポートは出来ませんが、とりあえず今回は2chの書き込みを紹介します。(改行位置を一部変更しています)

46 :神も仏も名無しさん:2008/08/20(水) 19:39:09 ID:pDz97RQf
>43
整理しよう。
 
脱税疑惑があるのは、T社
 
T企画株式会社の信用情報についてです。 
 
売上 
2003年(6.3億)2004年(4.4億)2005年(3.8億)2006年(7.6億)2007年(8.2億) 
利益 
2003年(7千万)2004年(3千万)2005年(3千万赤字)2006年(4千万) 
2007年(3千万) 
 
となっています。I万年堂出版社は、T社の出版部門という位置づけであり本の売上はすべてT社のものとなります。アニメ販売がほとんどなくなっており、とどろきの売上も数百万円程度とおもわれますので、基本的にI万年堂の本の売上結果と考えてよいとおもわれます。 
 
T社の場合、関心の争点は、S会で数千万単位でアニメや書籍が出版されるたびに  布施として集められた公告宣伝費を会社法人であるT社が一体どのように会計計上 しているのかという点があげられます。 
 
また、高岡市内に有限会社T森K徹事務所という法人が2001年5月に設立登記されており、会社設立の目的が、1.著作権などの財産権の取得、譲渡、貸与、2.講演会などの企画となっており、I万年堂の出版物の版権はここで管理しているとおもわれます。 
しかし、その存在は一切会員に公表されておらず、別途コンサル料がこの有限会社に支払われているという見方もあり、非常に不思議な存在となっております。 
 
会員の皆さんは、こういったS会の実態を知る権利があると考えます。 
51 :神も仏も名無しさん:2008/08/20(水) 21:07:02 ID:pDz97RQf
>50
会計士や弁護士が何人いるから会計の問題がない、ならば
日本の大企業の不正など存在しない。
 
なぜ、領収書が、金額ではなく、福や、畳なのか
なぜ、急に財施の予約用紙を書かなくなったのか
なぜ、会員に有限会社高森顕徹事務所の存在を知らせないのか
 
最近は、不思議なことばかり。
 
法律に触れなくとも、財施で集めた金を、病院経営に回し、高森一家が
実質病院のオーナーとなり、自分の孫たちは、講師部を志すものもなく、
皆、病院で勤務(何してるかしらんが)だという現実。
 
それでも、親鸞会へ金を納めることが、仏法を広めるための布施である
と会員をだましつづけるのか?
 
だまされるほうが、悪いのか。

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T支部長、信心決定!!

「親鸞会批判の真実」という親鸞会の弘宣部が運営しているサイトがありますが、そこに「言うべきものでも、書くことでもない」という記事が掲載されていました。あまりに内容がすばらしかったので、ここに紹介します。

「○○さんは信心獲得していると思う」とか「△△君は信心決定しているから、彼に聞いたら良い」などと安易に言えるのは、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも分かられなかったことがハッキリ分かるとでも思っているのだろう。
たとえ善知識方が、ほぼ分かっていられても「言うべきことでも、書くべきことでもない」と自覚なされて、あえて仰らなかったとすれば、親鸞学徒は、なおさら使うべき言葉ではないのだ。
(中略)
他人の信心を、「あれは信心獲得している」「これも信心決定している」などと、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも仰らなかったことを平然と言えるのは、 人間の判断できる程度の信心だからであろうが、知識から信心を与えられた人を知っている土蔵秘事者らが、「あの人は、われわれと一味だ」と言っているのと 類似する、と思われても致しかたないだろう。

どうやら華光会を批判したつもりなのでしょうが、相変わらず「華光会」という名称はどこにも出てきません。色々、後ろめたいこともあるのでしょうから、お好きにしたら良いでしょう。

次に、親鸞会の発行物からの記事を紹介します。

昭和三十年代の頃、すでに十三歳で信心決定し、心は浄土に遊ぶTさんは、近所で針仕事にいそしむHさんに、弥陀如来の大悲を伝えんと願った。
(顕正新聞58年3月15日号)

「大人しく、人前に出るのを嫌っていた母が、獲信してからはガラッと変わりました。(中略)母は獲信した後、近所の人を集めて、五重の義を、ノートに書いて説明していました。」
(正定聚 平成4年5月号)

それから数日後です。母は、信心決定したのです。
驚きました。お世話になった方々に涙ながらに電話をかけ続けていた姿は今でも忘れられません。
(正定聚 平成4年5月号)

教義と人情の狭間に悩んでいた時、Tさんの実姉Hさんが、高森先生のお言葉の下に、信心決定の身となった。
(正定聚 平成4年3月号)

ところがその頃、付近の親鸞会法話会でビデオ「T氏獲信の記録」を観たS氏は、臨終直前に信心決定したT氏の姿に大感激したのである。
(顕正新聞63年3月15日号)

善知識高森先生に導かれ、臨終直前に信心決定した岐阜市のT氏も、その一人である。
(顕正新聞62年8月1日号)

T支部長、信心決定!!往生、ハッキリ、スッキリ 臨終に人生の目的達成!
(顕正新聞52年2月20日号)

この人はHさん(85才)32才の時信心決定してより今日まで健康そのもの。今も田んぼや畑の仕事等なんでもしているそうだ。
(顕正新聞46年6月15日号)

調べれば山のように出てくるので、この辺でやめときます。

とりあえず親鸞会で教える信心は、人間の判断できる程度の信心であり、土蔵秘事者が「一味だ」と言っているのに類似するという事が良くわかりました。親鸞会弘宣部の皆さん、本当にありがとうございました。

しかし「T氏獲信の記録」というビデオまで作って、会員に何度も見せておきながら、いまさら

他人の信心を、「あれは信心獲得している」「これも信心決定している」などと、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも仰らなかったことを平然と言えるのは、 人間の判断できる程度の信心だからであろうが…

という理由で他のグループを批判する訳ですから、記憶力に致命的な欠陥があるのか、あるいは会員が相当数流出して余程あせっているのか。今日の行事の参詣者も随分少なかったそうですが、こうした不誠実な態度も大いに影響しているような気がいたします。

それにしても今回色々調べて思いましたが、親鸞会で「救われた」って言っている人って、ホントに数人しか見当たりませんね。しかも親鸞会に入る前に救われていたり華光会に居たときに救われたりしてる人もいるので、純粋な意味で親鸞会に入って救われたのは「往生スッキリ!ハッキリ!」のビデオの方以外に誰か居るのでしょうか。あ、でも親鸞会の説明によればこの方の信心も「人間の判断できる程度の信心」になりそうですが…

何れにせよ親鸞会は、親鸞学徒が「使うべきではない」言葉を使いまくった事を認めて、早く謝罪して下さいね。

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人生を奪われる人たち

前のエントリで親鸞会の信用情報というのをアップしました。その後コメントで補足情報がいろいろ付いてますがすべて事実です。わずかなお金で調べることができるので疑問に思う人は調べたらいいと思います。

この情報がアップされた2chのスレッドには、何者かによって親鸞会の宣伝文章が昼夜を分かたず数千回にわたって書き込まれ、2ch運営側によるアクセス制限が行われるまで完全に機能を失いました。

これだけではありません。親鸞会の教義的な問題点が明らかになると、即座に元会員を装って問題点のごまかしと論点ずらしの書き込みを行う人。Wikipediaの1万年堂出版や高森顕徹明橋大二などの項目を常に監視し、親鸞会に都合の悪い記述が入るとすぐに削除する人。「徹底検証」と称して、法論の負けをごまかす為の記事を延々と投稿し続ける人。親鸞会を宣伝するページに手当たり次第にソーシャルブックマークを付ける人。華光会や上田氏、清森氏への印象操作のコメントや記事をひたすら作っている人…一体どれだけの人がこの愚かな工作に関わっているのか想像も付きません。

彼らは誰のためにこんな事を延々とし続けているのでしょうか。仮に自分のためだとしたら、一体これらの行為が彼らに何の利益をもたらしてくれるのでしょうか。

親鸞会の末端の講師部員や職員は驚くほどの薄給で休日もろくにとらず親鸞会のために働き、さらにその中から骨身を削って親鸞会に献金をしています。その献金の使い道の不透明さを必死に隠しているのが他ならぬ彼らだとしたら、これ以上の茶番があるでしょうか。

彼らの人生を縛り親鸞会から離れられなくしている教義の矛盾点を、必死に隠しているのが縛られている当事者の彼らだとしたら、これ以上の悲劇はあるでしょうか。

そうやって愚直に親鸞会に尽くした人でも、親鸞会は邪魔になったら本人にも言えない様な理由で次々と除名処分にしてきました。その時、ネットに張り付いて工作していた経験やスキルなど何の生活の足しにもなりません。

一方、高森会長の孫たちは布教も活動もロクにせず、高森一族が保有する「真生会富山病院」にさっさと就職して将来は安泰です。病院が赤字でも親鸞会から補填されますし、仮につぶれても特専部の医師や弁護士が債務保証しているので自分たちは痛くも痒くもありません。

工作員の皆さん、自分たちのやっていることを自分の親や子供に堂々と説明できますか?自分の仕事に誇りはもてますか?これからもずっとそんなことをし続けるのですか?

ある元エホバの証人の信者は、こう語っています。

「エホバの証人は長くやればやるほどやめられません。他のカルトもそうなんでしょうが、やめるということは立ち直れないほどの自己否定につながるんです。いままでの私の人生って何だったんだろう。やめれば、仲間たちは自分を卑怯で情けない人間だと見るだろう。そんな恐怖感が自分の気持ちを縛っているんです。人間の心の弱さ、防衛本能だと思います。ただ、わたし、エホバの証人の体験をしてよかったことがあるんです。それは自分だけは洗脳されない人間だと自負していたのに、あっさりとマインドコントロールにかかってしまった自分の愚かさに気づいたことです。

彼らが自分の愚かさに気づくのは、果たしていつの事なのでしょうか。

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