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悲願の法城(親鸞会の集金ビデオ)再掲

親鸞会のクレームによって消されてしまった「悲願の法城」(親鸞会の献金要請ビデオ)ですが、沢山の方から資料として欲しい、また閲覧できるようにして欲しい、という要望をいただきました。

高森会長が「家を売っても、アパートで生活すればいいのです。喜捨をしないのは親鸞学徒ではありません」と公言している映像を公開することは、親鸞会にとっても自分たちが「最もアピールしたいこと」を全世界に伝えるいい方法だと思うのですが、なかなか理解していただけなかったようです。

末端の講師部員は経済的に苦しい生活をしていても、幹部や一部の講師部員は、たとえ若くても「家を売って財施する」どころか「新築一戸建てを買っている」訳ですから、たぶん後ろめたくて出せなかったのでしょう。そんなことじゃ、ビデオの高森先生にしかられますよ!!

あ、そういえば高森会長自身も家を売って財施なんてしてませんでしたね。「みな人に 欲を捨てよと すすめつつ 後でひろうは 寺の上人」とは親鸞会のことだったみたいです。

親鸞会の「悲願の法城」はいろいろ探せば実は閲覧できるのですが、一応ここに再度公開します。高森会長とその息子さんの「献金要請」をじっくりお聞きください。

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コメント

再掲、有難うございます。

「一宗の繁昌と申すは人の多く集り威の大いなる事にてはなく候。一人なりとも人の信を取るが一宗の繁昌に候」御一代記聞書

上記のお言葉と、ビデオ内容と、こんなに違っているのに、当時は可笑しいとも思わなかった自分が情けない。

確かに、家を売ってアパートに生活すればと聞いた時のショックは、今でも鮮明に覚えている。

このビデオの画面を観て、今でも一生懸命に聞いている法友の姿が懐かしい。


投稿: | 2008年5月16日 (金) 19時27分

税金を例にして、喜捨の話をするなんて。


税金は国家、権力が無理矢理に奪い取っていく・・・。
仕方なしに出しているのが税金・・・。


こういう意識だから、きっと宗教法人にして、税金払いたくなかったのかも知れない。

冷静に考えて、聞いて見ると、

「それ国にあらば守護方ところにあらば地頭方においてわれは仏法をあがめ、信心をえたる身なりといいて粗略の儀ゆめゆめあるべからず、いよいよ公事をもっぱらにすべきものなり、かくのごとくこころえたる人をさして信心発得して後生をねがう念仏行者のふるまいの本とぞいうべし、これすなわち、仏法王法をむねとまもれる人となずくべきものなり」 御文章2-10

「仁義礼智信をまもりて王法をもてさきとし内心にはふかく本願他力の本とすべき」 御文章3-11

「王法をもて本とし、仁義をさきとして、世間通途の儀に順じて、当流安心をば内心にふかくたくはへて、外相法流のすがたを他流にみえぬようにふるまふべし」 御文章3-12

「王法を本とし、諸神諸仏菩薩をかろしめず、また諸宗諸法を謗ぜず、国ところにあらば、守護、地頭にむきては粗略なく、かぎりある年貢所当をつぶさに沙汰をいたし、そのほか仁義をもて本とし、また後生のためには内心に阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて自余の雑行雑善にこころをばとどめずして一念も疑心なく信じまいらせば、かならず真実の極楽浄土に往生すべし、このこころえのとおりをもてすなわち弥陀如来の他力の信心をえたる念仏行者のすがたとはいうべし」 御文章3-13

まるで、蓮如上人の御心と反対じゃない。

税金を払うことは、私達の義務じゃない。

僅かな税金でも、私は自分の義務を果たすことで、回りまわって、いつかは誰かが払ってくれた税金で、自分が助かる時が来るかも知れない。

それは、人間社会が生きていくための、人間が作ったルールだと思う。

それが常識だと思う。

その常識をこんな風に高森先生は思っていたなんて。

当時は蓮如上人以来の善知識と思っていたので、何度聞いてみても、今は本当に、信じこんでいた自分から脱却できたことが有り難い。


投稿: | 2008年5月16日 (金) 22時11分

 「家族の会」というサイトに、親鸞会1億5千万円を財施していた
 おばあさんのことが載っている。この方の存命中は病院まで押しかけて
 いた講師や会員が、亡くなられたが最後線香の一つもあげに来なかった
 らしい。単純に計算すると、あの新会館の100分の1以上の金額をこの
 おばあさんが出していたことになる。純真な年寄りを言いくるめて
 常識はずれな大金を出させた親鸞会は悪徳詐欺商法と何ら変わりがない。  
 1億5千万を親鸞会に騙し取られた遺族の心境は如何に。
ビデオの中で高森さんは、「(親鸞会に)財施して じぇったいに損は
無い、じぇったいに損は無い」と延々と繰り返している。せっかく
つかんだ金づる共を逃がしてなるものか、という下心が垣間見えて
実に浅ましい限りだ。

 

投稿: | 2008年5月16日 (金) 22時25分

「 税金は国家権力が無理やり奪っていくもの」だそうです。
 税金があるからこそ安全に道路を走れる、水道やガスが当たり前
 のように使える、110番で警察が飛んで来てくれる。人々が安心して
 暮らせるのは税金のおかげだ。そんな常識もこの強欲ジイサンは
 お解りではないらしいです。

投稿: | 2008年5月16日 (金) 22時45分

部外者が見ると首をかしげるような内容の話ですが、
注意すべきは、この座談会の話の中で、
会員の笑い声が聞こえるということです。

当時私も何の疑問も感じずに、この話を聞いていました。

投稿: | 2008年5月16日 (金) 23時53分

M春氏、自分の高級車のため・不倫費用のためと熱が入っているのかと思わずにおれません。彼に因果の通りを説明してほしくないですね。

投稿: | 2008年5月18日 (日) 01時11分

…な発言ばかりですね。
読んでみて、あんまり親鸞会を批判出来ないような低レベルな発言もあります。
いわゆる政治家や高級官僚等の一部の人間の方が、よっぽど甘い汁を吸ってますよ。暫定税率わかりますでしょうか?その時に、来年から道路公社等特定の企業に払っていた金額を半額にします、これで何十億円節約出来るとありました。すぐ節約出来るお金ならこれまでそのお金はゴミ箱に捨ててたのと変わらないですね。
だから、税金云々発言は、社会の構造がよくわかっている人程納得出来ますよ。
また、高級車云々も。
私の父は小さな会社の社長をしています。不景気だと言って自分の給与をいくらかカットしてます。
ところが、自分が仕事の時乗る車を会社の経費で最近買いました(五百万くらい?)
どうして安い車にしないのか聞くと、遠距離をよく運転するため、良い車でないと余計に疲れるし、危険だからと言っていました。
もっと政治にも興味を持たれて、物事の側面も考えられた方がいいと思います。
そうしないと、非難批判は出来ないと私は自分を戒めています。
別に誰を擁護してる訳でもありません。
ネットの情報は、話半分で読むべきですから。

投稿: はぁ… | 2008年5月23日 (金) 09時38分

>ネットの情報は、話半分で読むべきですから。

そうですね。

でも、話半分で読むより、確かな事は、自分で確認することだと思います。

私は、体験の上での発言です。

おかしいと思ったら、自分の目、足で確認するものだと思います。

私は、このような情報を与えられたお陰で、盲信していたものから解き放たれて、最高に幸せです。

でも、そのような道を歩んでこなければ行けない道だとも知らされましたので、親鸞会での体験は、それはそれで、今にして思えば、良かったと思います。

親鸞会で因果の道理を聞いてきたので、自分ながら、「和顔愛語」のできる自分で有りたいと努力したことも、これも親鸞会のお陰でしょう。

ただ、真実を見極める事の大事さも分かったので、貴方のご意見も、参考に聞けるこの身が有り難いです。

投稿: | 2008年5月23日 (金) 10時08分

「女人往生聞書」より

『諸有三千界、男子諸煩悩、合集為一人、女人之業障』

『女人大魔王、能食一切人、現世作纏縛、後生為怨敵』

『三世諸仏眼、堕落於大地、法界諸女人、永無成仏願』

『女人最為悪難一、縛着牽人、入罪門』

『一見於女人、能失眼功徳、縦雌見大蛇、不可見女人』

『一見於女人、永結三途業、何況於一犯、定堕無間業』

『女人地獄使、永断仏種子、外面似菩薩、内心如夜叉』

意味は、自分で調べてみて下さい。

私は、今の女人の姿が、とても有り難いと思えるのです。

どうしても、助ける縁、手がかりの無い女人(悪人も含め一切衆生)が、救われました。

しかし、今生で、救われるご縁の最初は、学校の先輩が、親鸞会の講師であったので、そのご縁で聞くようになりました。

親鸞会が、この先どのようになるかは知れませんが、

私の進むべき道程に、親鸞会の過去は、決して、私の心から離れるものでは有りません。

親鸞会から離れる縁も、謗る縁も、いつかは、一本の道に辿り着けるのだと思います。

今は、親鸞会で苦しんできたことを笑って話せる自分がいます。

本当に有り難いと思います。

ですから、弥陀に救われる道には、一つも無駄な事は無いのだと思います。

投稿: | 2008年5月23日 (金) 12時29分

私もかつて親鸞会にいました。
それ以来 後生の一大事について 何度も悩み
その後 会のルーツである会へ。
そこも行きつついろいろ探していたところ、
ついに信心決定の身となることが出来ました。

いろんな問題のある会ですし、二度と関わる事も無いでしょうし
これから会がどうなるのか、見えているような感じもしますが
自分にとっては避けて通れないご縁だったということでしょう。

今は良かったことにも悪かったことにも全て感謝したいと思います。
感謝しているからこそ会の皆さんも早く信心決定できるよう願います。

南无阿彌陀佛

投稿: いいじゃん。 | 2008年9月19日 (金) 02時09分

すみません。
悲願の法城が見れないのですが…

投稿: 常連さん | 2008年9月24日 (水) 00時03分

高森先生は税金を払うなとか
脱税をしろとは言ってませんよ。


聞き足らずです。


むしろ、喜んで税金を納めるのが
因果の道理でしょう。
国家権力が怖いのもそうですが
私には、因果の道理がわかっていれば
喜んで税金を納められるものです。
と言っているように聞こえます。

私は個人投資家をしていますが
これは、仏法の話ではなく、
投資の極意として聞いても
正論のように聞こえました。

喜捨するところさえ間違っていなければ
どんどん裕福になるのが投資ですから。

投稿: | 2008年10月23日 (木) 22時16分

RE:高森先生は税金を払うなとか
脱税をしろとは言ってませんよ。


同意します。

他人に脱税を勧めているわけではありません。高森先生ご自身が税金を払いたくないだけです。以前座談会でご自身が税金を払わなくて良い理由として、「御法礼は額があらかじめ決まっているわけではなく、相手の気持ちでわかってくるもの。月給取のように決まった金額がもらえるわけではないから」とへんてこな理由を言っていました。その理屈が通るなら農家方や漁師の方は税金を払わなくてもよいことになりますよね。

投稿: 確かな証拠 | 2008年10月25日 (土) 21時29分

相手の気持ちでわかってくるもの。

修正

相手の気持ちでかわってくるもの。

投稿: 確かな証拠 | 2008年10月25日 (土) 21時31分

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