チューリップ企画と田中一憲氏の法論
親鸞会に入会してまもなく、「本願寺なぜ答えぬ」「どちらがウソか」「法戦」と言った法論本を読みました。
感想は、なんとひどいものだろうか、と言うものでした。もちろん感心できるものも少なくありませんでしたが、殆どは相手の質問をはぐらかして逆に質問攻めにして勝手に勝利宣言したり、相手の主張を故意に歪曲した上で論破して勝利宣言したり、質問に内容とは直接関係のない組織や人格を攻撃して印象操作したり、というものでした。こんなものをどうして本にして出しているのか全く理解が出来ず、疑問をぶつけても「教学力がないから分からないだけ」という一点張りでした。
しかし恐ろしいことですが、周りは親鸞会の会員ばかりで組織や教義への批判は禁じられ、周囲の人が「素晴らしい本だ」と繰り返す環境にしばらくいると、次第に「おかしいと思っている自分がおかしいのではないか」と思うようになるのです。私もそのうち、すばらしさが分かってきた、高森先生は本願寺の学者を論破したすごい方だ、と思うようになりました。
そして親鸞会をやめて冷静に読み直したときに、自分が当初こうした「法論本」を読んで感じた疑問が全くなくなっていないことに気付きました。つまり理解もしていないのに「理解した」と思い込んでいたのです。自分だけ理解できていないと思われたくない、周りの人がみんな素晴らしいと言うのだから素晴らしくないはずがない、自分が選んだ宗教団体が間違いのはずがない、という思い込みがそうさせたのでしょう。
私と同様の疑問を持った人が他にもいるらしく「親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか」というブログが公開されています。反論サイト作りに熱心な親鸞会もこのサイトには何の反論もしていません。事実親鸞会の会員にこのサイトにあるような疑問をぶつけても何も答えられないことが殆どです。
あまりに強く「高森先生が間違っておられるはずがない」と思い込んでいるがゆえに、その思い込みに根拠がないことに気付かないのです。親鸞会をやめてその影響カから離れて、ようやくそのことに気付きます。そして、親鸞会の言う「法論」が、如何に議論のセオリーから外れた、稚拙で身勝手なものであるかに気付くのです。
さて、田中一憲という方が、親鸞会の関連会社であるチューリップ企画との法論をブログにしています。チューリップ企画は田中氏からの質問には何一つ答えられず、救われたら分かるのだと言わんばかりに見下した態度を取り続けています。
全く持って酷い法論であり、よくもこんな常識のない会社に田中氏は辛抱強く付き合っているなと同情を禁じえませんが、もっとも驚くべきことは、チューリップ企画のサイトからこの法論のブログにリンクが貼られていることです。
誰が見てもこんなブログにリンクを貼ったらチューリップ企画の会社としての品格が疑われると思うのですが、そんなことすら分からない位にこの会社は感覚が麻痺してしまったのでしょうか。ちょうど私が親鸞会にいた時に、あまりに強く親鸞会は正しいと思い込むがゆえにその思い込みに何の根拠もないことを気付かなかったように、また、疑問が消えてもいないのにあたかも疑問が消えたかのように思い込んでいたように。
この会社も自分たちの信奉する親鸞会と高森顕徹の教義が正しいと思い込むばかりに、自分たちのしている議論がいかに非常識で品格を欠いたものであるか、そしてそれを見た一般の人がどう感じるか、考えることも想像することも出来なくなってしまったのでしょう。
学友部の偽装勧誘が何度批判され苦情が出ようと、その是非を考える事すら出来なくなってしまったのと一緒です。つまり親鸞会の内部の尺度でしか物事を測ることが出来なくなってしまったのです。
親鸞会の悲惨な「法論本」は、ある意味親鸞会を脱会した人への貴重なカウンセリング本になっていますが、このチューリップ企画の法論も、脱会者のカウンセリングとこれから脱会する人への後押しにはきっと役立ってくれると思います。
そういう意味においてなら、このブログは実に意義があると言えるでしょう。
※この法論のブログはチューリップ企画のサイトからリンクで訪問できますが、そのリンクには解析が仕込まれてありクリックした人のIPアドレスが抜かれる仕組みになっています。親鸞会はこうした情報を管理しある程度は人物を特定できるようにしているので、会員の人はチューリップ企画のサイトからではなく、このブログのリンクから訪問したほうがいいでしょう。
※チューリップ企画側で法論している山田氏は信心決定していると文中で告白しています。しかしこの山田氏を良く知る人の話によると、氏は親鸞会の活動にはあまり参加していないし、今まで「信心決定した」などと本人から聞いたこともないそうです。親鸞会では信心を獲たらその喜びを叫ばずにおれないと教えられていますが、少なくとも山田氏に関しては例外らしいです。まあ、親鸞会には良くある信心詐称でしょうけど。
※親鸞会の法論については、あまり知られていませんが「親鸞会の本尊論に対する疑問」と言うのもあります。主に2ちゃんねるで行われた議論を集めたものですが、親鸞会の法論のやり方がどこでも変わらないことに驚くばかりです。
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