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有名人か金を積んだ人限定

随分私の知り合いも親鸞会をやめましたが、その中の一人が面白い事を言っていました。

親鸞会に疑問を持ったきっかけはなんだったかと聞いたところ、トップ(高森会長)と会員との接触の浅さだと言うのです。

従業員数が何万人もいるような会社でも、トップは積極的に末端の社員と会話し、ひとりひとりの事を出来るだけ知ろうとする。

しかし会員ひとりひとりの後生を念ずる団体のトップである高森会長が、末端の会員と話をしたことなど見たことが無いし、自分自身も全く無かった。わずか7000人にも満たない会なのに。

こんな団体、何かおかしいのではないかと思った、と言うのです。

そういえば、10月1日号の顕正新聞に高森会長と、著名な翻訳家であるサイデンステッカー氏との握手の写真が載っていました。

サイデンステッカー氏の存命中には殆ど公にせず、亡くなられてから会の宣伝に使うのはどうしたものかと思いますが、何しろたった一回正本堂に来ただけで会長と握手できるのですから、会長も利用価値のある人物だと思ったのでしょう。

一方十数年、数十年親鸞会で活動している人たちにとっては、会長は雲の上の人物。握手も無ければ話をすることも出来ません。ボディーガードに守られて壇上に上がり、話が終わると直ぐに自分の専用フロアに帰ってゆく高森会長しか知りません。

昔は握手をする方法はありました。会長の法話のときに数十万円の献金をして「代表施主」になると、運がよく会長が法話を休まなければ、一度だけ握手できるのです。その後、秘書が書いた「会長先生のお歌」(実は大沼法龍のパクリ)入りのハガキももらえます。

あ、今も77000円払って「懇親会」に参加すれば、一緒に食事をするくらいは出来ますよ。数百人との相席ですけど。

会員ひとりひとりの後生を念ずる高森会長は、利用価値のある有名人か、もしくは金を積んだ人じゃないとお近づきにはならないと言うことです。わかりやすい人ですね。

俗人よりも遥かに俗な「善知識」ではないですか。実に浅ましい。

会員との接触の浅さから親鸞会に疑問を抱いた件の彼は、高森会長の本質を実によく見ていたと言えるでしょうね。

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コメント

7万7千円の懇親会って何なんだ。半分は高森さんのポケットに
納まるわけか。

投稿: | 2007年10月10日 (水) 21時56分

 元講師部員の者です。
 講師部員でも、高森先生と会話らしい会話をしたことが無い人が沢山います。
 講師部員にとっても「雲の上」の存在が高森先生です。
 昔は、もっと講師部員には接して下さっていたようなこともお聞きしたことがありますが・・・
 わずか200人足らずの講師部員でさえ話ができないのですから、一般学徒となると絶望的です。

投稿: 元講師部員 | 2007年10月10日 (水) 23時16分

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