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本願寺の陰謀と唯一無二の善知識

また、被害家族の会の掲示板から、ピグレット氏の書き込みの拝借なのですが、

親鸞会は本願寺を敵視していて、内部では戦争をしているかのごとき様子であったことからして、いくら説明しても会員にとっては親鸞会が流している「本願寺の陰謀」説に翻弄されるものです。
つまり「親鸞会 vs 本願寺」の構図で見てしまうわけです。

それは戦時中の大本営発表に国民が翻弄されて何が事実かを知ることができ難くなっているのと同様な面があるかと思います。
宗教団体ではありますが、絶対的指導者による帝国主義を採用している面があるのが親鸞会だという点は否めません。

た とえば、親鸞会では「絶対無二の善知識」と呼ばれる高森会長に対する批判的な言動は重罪と見なされますが、これはいわば、絶対君主制での「不敬罪」のよう なもので、仏教的な味付けがされて「謗法罪」と呼ばれているものと考えることもでき、信じる対象としての尊い客体は異なってはいても問題はやはりあると思 います。

軍部に批判的な言動をとる者が「鬼畜米英の手先」呼ばわりされたのと同様に、親鸞会に批判的な言動をとる者が「仏敵本願寺の手先」呼ばわりされることがあるのです。
どう説明してみたところで、「親鸞会 vs 本願寺」という構図を適用することで問題の本質を見る眼が失われていくことが会員にはありがちなことです。

なので、親鸞会の情報に翻弄され、「被害家族の会」のサイトにあることも「本願寺の陰謀による事実無根の捏造」という見方をする会員が後を立たないですね。
距離を置いて親鸞会を見ている人には理解できないことでしょうが、中に入ってある程度まで育成されると、「本願寺の陰謀だ」「捏造記事だ」という親鸞会の主張に翻弄されていきがちなものなのです。

親鸞会の現役会員の方に聞いてみると、ネットでの批判は全て「本願寺の陰謀」、という事になっているそうです。実際にネット上でも親鸞会の作った「本願寺批判コンテンツ」が溢れかえっていますね。

昔親鸞会の会員だった頃、寺のことを「お寺」と言うとしかられた記憶があります。「お寺」とは何だ、「寺」といいなさい、という事らしいです。私も無用な衝突を避けたかったので、素直に「寺」と言い換えましたが。そうでも言っていないと団結が保てない組織なのでしょうか。

私の友人は、「寺に参詣する人なんて芋虫みたいな老人ばかりだ」と親鸞会会員から言われたとか。仏法を聞きに集った人を芋虫呼ばわり。親鸞聖人は泣いておられます。

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