親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかける(完全版)

親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかける、というタイトルでYoutubeの動画を紹介しましたが、ある方が親鸞会に電話で問い合わせても事を否定するばかりで、「調査中」の一言も聞かれなかったそうです。内部関係者に事情を聞いても、どうも会では「捏造」という事になっているそうです。

豊田商事事件のときに親鸞会は、マスコミから豊田商事の永野会長との関係を問われたとき「永野会長は親鸞聖人の教えに反する雑行をしていた」「永野氏の顔も知らなければ、会ったこともない。もち論、話をしたこともまったくない」と言い、更には親鸞会の講師が豊田商事で説法をしていたことについては「極重の悪人に近づいて仏縁を与え、真実に導いてこそ阿弥陀如来の本願に叶うというものである。」と完全に開き直っています。

そこには社会的問題を起こした所から献金を受けていたことについての反省はまったくなく、ただ「デマ」と断ずるばかりでした。豊田商事から金を騙し取られたお年よりは、親鸞会のこの姿勢をどう思ったことでしょうか。

ある最高幹部の不倫疑惑事件のときも、高森会長は三日間の合宿で首謀者をあぶり出し、徹底的に相互批判させ粛清しました。一方疑惑自体は「捏造」と決め付けられ、疑惑の張本人は何の処分も受けずに元の地位に返り咲きました。

他にも、ネットで何か親鸞会にとって都合の悪いことが明らかにされるたびに、捏造だの本願寺の陰謀だのという言葉が飛び交い、その一方で「著作権侵害」という理由での削除要請。大学での偽装サークル活動は「学生が勝手にやったこと」。

親鸞会に自浄能力はありません。あればこんな無責任な団体にはならなかったでしょう。人の批判は一人前に出来ても、自分を正すことはまったく出来ないのですから。

さて、Youtubeの動画は10分しか出せませんので、ここに親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかけるの完全版の録音を置いておきます(39分)。本当にこんなものが捏造できるのかどうか、よく考えてみたら良いでしょう。

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やはり太陽は西からはのぼらない

浄土真宗東本願寺派から高森顕徹会長に「執筆依頼」が届いたそうです。10月10日号の「東本願寺報」に掲載したいということ。最初は冷やかしかと思った高森会長も、後日文書で正式に依頼が来たので、執筆を承諾したとか。

このことは親鸞会の会内でも宣伝され、「一大方向転換」とか本願寺との共存とか、高森会長も会員もおおはしゃぎ。「親鸞会に法論で負け続けて(?)きた本願寺が、ついに高森先生を認めざるを得なくなった」と痛い勘違いな話までされていたとの事です。(ちなみにこの浄土真宗東本願寺派とは、真宗大谷派から分派した宗派で、高森会長が法論した本派本願寺とは全く別の団体です)

ところが10月9日、速達で高森会長に届いた通知は「編集上の都合で掲載できない」というもの。親鸞会も高森会長も完全に振り回されただけで終わったのでした。

今まで散々に本願寺を馬鹿にし、見下し、ことあるごとに批判し続けてきた高森会長と親鸞会。新聞に正本堂の写真を載せれば「これで本願も親鸞会を脅威に思うだろう」とご満悦。記事を載せたいと本願寺(から分派した団体)から依頼がきたら子供のようにおおはしゃぎで「方針転換」まで言い出す始末。

しかし本願寺は親鸞会に対して、脅威に思うどころか全くの無関心。この一連の掲載をめぐる騒動も、高森氏のことを良く知らない編集者の単なる勇み足だったようですし、本当に残念でしたね。

こんな落ち着きのないリーダーの一喜一憂に振り回される会員はたまったものではないでしょう。脱会者が増えているのも頷けます。

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親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかける

「親鸞会が夜中に脱会者の家に押しかける」というタイトルで、以下の動画がYoutubeにあがっていました。

http://jp.youtube.com/watch?v=7YOzsFg2ZQk

この出来事については、以下に詳しく説明されています。

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-68.htm

夜中に脱会者や会員の家に押しかけて説得をするというのは、他にも同様のケースを聞いたことがありますし、恥ずかしながら私自身も会員時代に、深夜にアパートの前で待ち伏せするなどのことをしたことがあります。

それにしても、親鸞聖人がはっきりと「取り返さなくてもいい」と仰っているものを、どうして深夜に大勢で待ち伏せしてまで取り返す必要があるのでしょうか。

こんな非常識で脅迫まがいのことをしてまで本尊を取り返すことが、親鸞聖人の心にかなうことなのでしょうか。ほんの少し考えれば分かることなのに、なぜ自分で考えられないのでしょうか。

完全に、マインドコントロールされているのでしょう。こんなことをさせるから、脱会したときに罪悪感に苛まれ、苦しむ人が後を立たないのです。

問題の動画はここにも貼っておきます。親鸞会の人はくれぐれもこの動画を削除しようなどと思わないように。これはあなた方の自業自得なのだから。

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統一協会も親鸞会も一緒ですね

最近、有田芳生氏のブログにこんな記事を見つけました。

福本修也〈統一教会信者〉弁護士からの削除要請を嗤(わら)う

統一協会さんはWikipediaやブログで都合の悪い記事が出ると、削除するのに必死なようです。親鸞会と全く一緒ですね。ご苦労様です。

親鸞会でも、例えば明橋大二氏と親鸞会の関係、1万年堂出版と親鸞会の関係などがWikipediaに書かれると、間髪いれずに消去してくるマメな人がいらっしゃいます。よほど知られたくないことなのでしょう。

親鸞会自体が社会的に問題のない団体になれば隠す必要など何もないと思いますが、そういう発想は思い浮かばないみたいです。親鸞会は過去犯罪に問われたことは一度もないとか胸を張って主張する割には、ネット対策やらWikipedia対策やら偽装サークルやらすばらしく熱心な方々ばかりで本当に頭が下がります。

最近の顕正新聞を見ても華光会への批判や聞法ドメインの記事ばかり。高森会長の孫たちは「人間として一番大事なことを教える」顕真学院には行かずに、真生会病院に就職。その真生会病院は特専部員が自分の財産投げ打つ契約をしてその将来を保障しています。

なんで病院なのか?決まっているじゃないですか。高森会長にとって一番大事なのは、親鸞会でもなく親鸞聖人の教えでもありません。聞法ドメインや真生会に代表される事業や建物の財産であり、自分たち一族の繁栄なのです。

活動費や布教の最前線に立つ講師部員の給与を削り、会員にひっきりなしに財施をせびり疲弊させ、その一方でせっせせっせと病院や事業に金を集めているのはなぜか。大量の建物を本部周辺に配置し、地方には顕正室ひとつ作らないのはなぜか。孫たちが「最高の道」に全く進む気配もないのはなぜか。ほんの少し考えれば分かることばかりです。

親鸞会の人は、なんで統一協会の信者が文鮮明をメシアと崇めるのか理解できないでしょう。ほんの少し考えれば分かることなのに、と。

親鸞会も一緒ですよ。同じやり方で勧誘・育成されて、同じようなことを盲信しているわけですから。マインドコントロールが不毛とか言っている暇があったら少しは自分の頭で考えてみては如何でしょうか。

最近高森会長は、自分は蓮如上人のやり方をまねてきた、と豪語しているそうです。著作の盗作や建物を建てまくることのいい訳だとしたら実に小さい人物です。蓮如上人が人の著作を丸々パクリして書いた本があったら是非教えてください。

こんなくだらない言い訳に蓮師のお名前を使うくらいですから、最初から親鸞、蓮如上人に対する想いなどないのでしょう。会員の皆さんは早く眼を覚ましたほうが良いですよ。もうずいぶん目が覚めた人もいるみたいですけど。

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われわれは動物として生きるよりも、むしろ人間として死にたい

バートランド・ラッセルの『幸福論』より。

趣味や生き甲斐とは何か、ということを語っています。

酒を飲むことは、一時的な自殺にほかならない。
いかなる形においてでも、陶酔を求める人間は、忘却以外の希望はすべて投げ捨ててしまっている。
趣味や生き甲斐は、多くの場合、いや、おそらく十中八、九まで根本的な幸福の源泉ではなくして、むしろ現実からの逃避の方法であり、直面するのにはあまりにも困難な何かの苦痛を忘れるための手段にすぎないだろう。

親鸞会ではこの言葉が良く使われ、だから親鸞会でないと本当の幸せにはなれないんだと説きます。しかし私は親鸞会こそが「一時的な自殺」であり「現実からの逃避の方法」に他ならないと思います。

私は親鸞会で趣味や生きがいを超えた本当の幸せになった人など、誰一人として知りません。それどころか、長年親鸞会で「救われたー」と体験談を書いていた人が、実はそれは華光会で救われた体験であったりとか、またそれ以外の人もその内容にはかなり怪しく不可解な点が多く信心に対する会の見解もコロコロ変わっている上に、高森会長の救済体験でさえ怪しい点が多いからです。

それなのに会員は「趣味や生きがいは現実からの逃避、親鸞会で求道すれば本当の幸せになれる」と「思い込んで」布教や財施に一生懸命です。保障も見込みもないものを本当の幸せと信じ込んで、現実の苦痛から逃避しているという点では、ラッセルの言う「趣味や生きがい」と何のかわりもありません。

親鸞会の人と接していると、そのあまりにステレオタイプな人生観に驚く人も少なくありません。勧誘のときは「一緒に人生について考えよう」「人生に疑問を持つのは大事」といいながら、実際に会に入ってみると、決まった答えを盲信するだけの活動で、善知識の言うことに無条件服従せよ、自分の腐った頭で考えるな、親鸞会以外の仏教書を読むな、親鸞会を批判するサイトや見るなと徹頭徹尾「考えること」を放棄させているのですから、当然といえます。

ラッセルはクルーチ氏の次の言葉を引用しています。

「われわれは動物として生きるよりも、むしろ人間として死にたい」

疑問を持つことも批判することも禁じられ、一方的に「真実」を押し付けられ、一方では財施や布教という形でとことん搾り取られるその姿は、家畜と何が違うのでしょうか。

考えるのも悩むのも苦労を伴うことです。その苦しみを放棄して捻じ曲がった「真実」とやらを信じ込み、ラッセルなどの識者を言葉を子供のように振り回して「真実知らない人」を見下す様は、滑稽としか言いようがありません。

最近長年親鸞会で活動してきた幹部の脱会が相次いでいます。彼らもまた、動物として生きるよりも、人間として死にたいと考えたのでしょう。

誰しも、自分が騙されていたと認めたくありません。しかし、実際には人間は騙される存在です。騙された自分を認めたくないがゆえに考えることを放棄してはなりません。

勇気を持って自分の進む道を再考し、方向転換を成し遂げた人たちに、心から敬意を表したいと思います。

私もまた動物として生きるよりも、人間として死にたいものです。

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カビの生えた学者の造語

マインドコントロール研究で有名な静岡県立大学の西田准教授が、NHKの「視点・論点」で語った内容が話題になっています。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/13235.html

マインドコントロールが「カビの生えた学者の造語だ※」と言っている人もいるようですが、そういう方には是非読んで欲しい内容です。もっとも、これを自分のこととして捉えることの出来る思考力をお持ちかどうか怪しいものですが。

※しかしこういうことを書く人はいったい何の根拠があって言っているのでしょう。社会心理学の雑誌や研究書を十分お読みになって判断しているのでしょうか。おそらくこういう人にとっては、自分が目にすることが少なければそれだけで「カビが生えた」になってしまうのでしょう。親鸞会という閉鎖された世界に長くいると、どんなに知性の乏しい視野の狭い人間になるのかという典型的な例のように思います。「造語」というのも面白いですね。世の中にもともと「造語」でないものがひとつでもあるならば是非教えていただきたいものです。

最近では布教の最前線に立っていた古参の講師部員が、「講師部をやめることに何の悔いもない」と言って退部したそうです。退部前にその講師に「親鸞会をやめたい」と相談した人は「君の気持ちも分かる」と殆どとめられなかったとか。他にも各地で活動意欲の低下や脱会者数の増加が見られています。

親鸞会は余程空気を読めてないのか、脱会者に「近づくな」という指示を出す一方、また新しい壁画に総額1億円の財施を募っているそうです。まったく、親鸞会とは愉快な団体です。

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 実際、みなさんが考えておられる以上に、多くの方々が、詐欺や悪質商法の騙しにあって大金を奪われています。なかには老後の蓄えをすべて奪われたような 悲惨な方もおられます。それから、かつてには、一般には理性的で教養も高いと目される人々が、親鸞会の高森教祖に騙されて、マインドコントロールされた状態に陥り、その意義もわからず、経典に書かれていない「必堕無間」という言葉を信じ、他人のパクリだらけの著作を「高森先生が命がけで書いてくださった」と信じ、弁当屋や風呂、壁画と次から次へと金を搾り取られても「親鸞聖人のみ教えを伝えるため」と信じきっています。これらは別物と思われ るかも知れませんが、私は、騙しの心理的な仕組みはとても似ていると分析しています。

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高森写楽

最近更新がないというご指摘をよくいただきます。ここしばらく本当に忙しいので、なかなか記事をアップする時間がないのです。申し訳ありません。

結局高森会長は人の体験を自分の体験のように語り、人の著書を自分の著書だと言って読ませ、それがバレそうになると信者を使ってなりふり構わぬ隠蔽工作をする、ただの俗人に過ぎなかった。それだけで十分だと思うようになりました。

高森顕徹氏の昔を知る人の話によると、彼の枕元にあるとき親鸞聖人が現れ説法して、それで信心決定したんだと熱一杯に語っていたんだそうな。まあ、勝手にしてくださいとしか言いようがありませんね。

以下、2ちゃんねるから、内容的にとてもよくまとまっている書き込みをアップしておきます。私は個人的には「回想 メンタルヘルス友の会」の文中に出てくる「高森写楽」という言葉が心に残りました。そうだな、写楽だよな、ただの恥知らずのパクリ魔なんだと。


719 :神も仏も名無しさん:2008/10/22(水) 21:05:44 ID:b+9eQlR2
>>707
ここにいる人たちの頭はフツーじゃないからねぇ・・・
 
http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-85.html
 
もっと厳しいことを言うならば、高森先生が漢訳原文を引用していながら、実際には漢訳原文は
読んでおらず、親鸞聖人の読み方を採用している浄土真宗系の「書き下し」に基づいて論じているから、
このような初歩的な誤りをしてしまうのではないかと思います。
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-103.html
 
 
このように比較してみると、高森氏は『横から見た赤穂義士』を正しく引用してはいませんでしたが、 
『歎異抄入門』 からは忠実に引いていて作文しているのがわかります。 
ですので、タイトルも本多氏の本から忠実に引いてきたので「赤穂義士」ではなく「赤穂浪士」になっていたわけです。 
http://hpcgi2.nifty.com/nonsect/spict/smallpict.cgi?mode=view&key=3767_3766
 
 
「会報」などの著書には大沼法龍氏の著書の文章を大量に貼り合わせるようにして使っていて、
善知識と言いながら己証(伝統教学を元にした独自の教義解釈)がない
(写すのが上手なので高森写楽と皮肉られました)。
http://aggott.at.infoseek.co.jp/page/037.htm
 
 
… 一字一句同じと言ってもいいでしょう。こんなことをするというのは何もわかっていない証拠でもある。 
ただ伊藤氏が法然の念仏と親鸞の信心を対比させてしまっているもんだから、 
それを何も考えずに写してしまう。伊藤氏の言うことが本当かどうかなど問題ではない。 
こんな態度で、人にはこれを書いたのは俺様だと言う。 しかも病気のときも一日も休まず頑張って書いたんだと言ってたらしい。 
その裏では、ただ書き写していたわけだ。これこそ詐欺ではないか。 しかも本にするつもりでいたんだが、インターネットで剽窃が公にバラされると、 
途端に取りやめにする。なんと分かりやすい馬鹿なんだろうか。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019920&tid=betezbfbfbda1a4rcfbf4a4k&sid=552019920&mid=1206 
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019920&tid=betezbfbfbda1a4rcfbf4a4k&sid=552019920&mid=1224 

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高森顕徹会長の所得申告

高森会長の所得申告について疑問が持ち上がっています。

私も親鸞会の中にいて、「○○会館は高森先生お一人で建てられた云々」という「美談」をしょっちゅう聞き、また地方の行事では御法礼の他に「お礼」と称して毎回数百万のお金が高森会長に渡されるのを見てきました。

その高森会長が、富山県の高額納税者名簿に全く載っていないというのです。多くのお金が現金で渡されていましたから、いくらでもごまかしようはあるのかもしれませんが、これらのお金は一体どこから来てどのように処理されているのでしょうか。

以下は2chに上がっていた書き込みです。尚、文中で触れられている富山県の高額納税者名簿は、富山県立図書館などで閲覧可能です。私が所持している資料は北日本新聞のそれぞれ2005/5/17、2004/5/18、2003/5/17、2002/5/17、2001/5/17、2000/5/17、1999/5/18発行のものです。
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私は会員のものですが、高森会長の所得申告に疑義があります。

1998年から2004年までに発表された高額納税者名簿を確認しました。
高額納税者の発表は、2006年より中止されておりますので、それ以前の分しか確認できませんが、過去の富山新聞に高岡税務から発表されたすべての高額納税者名簿が掲載されております。

大変驚いたことに、高森会長の名前は一切ありませんでした。

基本的に、概ね所得税額1000万円以上の人が高額納税者として公表されておりました。これは年間の所得にすると約3000万円ほどです。
高森会長は、まず親鸞会から、他の講師と同様に法領(給料)を受けとっています。布教局長が毎月200万ほど受け取っていたことから推測すると、ほぼ年収3000万近くは基本法領だけで、受領していたものとおもわれます。

さらに、毎月の法話の法礼が「現金で」高森会長に渡されていました。
本部の行事では、半分程度が会長に渡されていたと推測されますため少なく見積もっても2500円x2000人x月3回x12ヶ月=1億8000万円 が別途法礼として会長に現金として渡されていたとおもわれます。
当然、この法礼は親鸞会の収入ではありませんので、個人の事業収入となりますので、課税対象となるはずです。
正直に申告していたならば、少なくとも毎年6000万~7000万円の税申告がなされていたはずであり、高額納税者の上位に名を連ねていたはずとおもわれます。

かつて、顕真会館(11億)、高岡会館(8億)、滋賀会館(5億)顕真学院(5億)すべて、高森会長のポケットマネーで建築されたことが、会員には発表され、「先生のお慈悲」と宣伝されてきました。

ここで、留意すべきなのは、宗教法人親鸞会が建てたのではなく、高森会長個人が建てられた、という点です。

しかし、これだけの建物を即金で建築されるのは、当然相当の個人の所得がなければ到底ありえない話です。
となると、当然、合計で数十億をこえる大きな所得が発生していたはずであり高額納税者に名を連ねてしかるべきです。

過去の富山新聞を確認したとき、高額納税者名簿に名前はあるだろう、しかしどのくらいの金額なのだろうか、とおもっておりましたが、一切載っていなかった。衝撃でした。

同朋の里事業についても、高森会長がまず施設を買収して、会員から後付で、財施を集めている様子です。相当額の金をもっているのでしょう。

親鸞会の申告所得が毎年14億5千万円で、会費収入を差し引くと正本堂や地下道で集めた100億ほどの金の所得申告がなされていないことが読み取れます。

不思議なことに、2003年ころから、正本堂の財施の納入は銀行振込みではなく、できるだけ現金で、と指示が流れました。
これらの金も会長の個人所得になっている可能性さえありえます。

脱税の時効は、5年ほどといわれます。

マルサの女という映画では新興宗教の教祖が、脱税をしてつかまるシーンもありますが、親鸞会についても映画の中の話ではないというように感じます。

以上高森会長の所得申告についての疑義を申し上げます。

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明橋大二氏が役員を務める「有限会社高森顕徹事務所」に行ってきました

先日、明橋大二氏が役員を務める「有限会社高森顕徹事務所」に行って来ましたので、その写真を公開いたします。

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事務所は「ユニゾンビル」の3Fにあり、真生会病院や伏木の高森会長の自宅、弘宣部ビルや本部会館のちょうど中間点に位置しています。

大きな地図で見る

訪問した日は休日だったためか、事務所には明かりもついておらず誰もいないように見えました。また、役員の明橋大二氏の自宅にも行きましたが、「売家」になっており誰もいませんでした。

さてこの高森顕徹事務所、どんな目的で何の業務を行っているのでしょうか。現在は情報収集中でまだ踏み込んだレポートは出来ませんが、とりあえず今回は2chの書き込みを紹介します。(改行位置を一部変更しています)

46 :神も仏も名無しさん:2008/08/20(水) 19:39:09 ID:pDz97RQf
>43
整理しよう。
 
脱税疑惑があるのは、T社
 
T企画株式会社の信用情報についてです。 
 
売上 
2003年(6.3億)2004年(4.4億)2005年(3.8億)2006年(7.6億)2007年(8.2億) 
利益 
2003年(7千万)2004年(3千万)2005年(3千万赤字)2006年(4千万) 
2007年(3千万) 
 
となっています。I万年堂出版社は、T社の出版部門という位置づけであり本の売上はすべてT社のものとなります。アニメ販売がほとんどなくなっており、とどろきの売上も数百万円程度とおもわれますので、基本的にI万年堂の本の売上結果と考えてよいとおもわれます。 
 
T社の場合、関心の争点は、S会で数千万単位でアニメや書籍が出版されるたびに  布施として集められた公告宣伝費を会社法人であるT社が一体どのように会計計上 しているのかという点があげられます。 
 
また、高岡市内に有限会社T森K徹事務所という法人が2001年5月に設立登記されており、会社設立の目的が、1.著作権などの財産権の取得、譲渡、貸与、2.講演会などの企画となっており、I万年堂の出版物の版権はここで管理しているとおもわれます。 
しかし、その存在は一切会員に公表されておらず、別途コンサル料がこの有限会社に支払われているという見方もあり、非常に不思議な存在となっております。 
 
会員の皆さんは、こういったS会の実態を知る権利があると考えます。 
51 :神も仏も名無しさん:2008/08/20(水) 21:07:02 ID:pDz97RQf
>50
会計士や弁護士が何人いるから会計の問題がない、ならば
日本の大企業の不正など存在しない。
 
なぜ、領収書が、金額ではなく、福や、畳なのか
なぜ、急に財施の予約用紙を書かなくなったのか
なぜ、会員に有限会社高森顕徹事務所の存在を知らせないのか
 
最近は、不思議なことばかり。
 
法律に触れなくとも、財施で集めた金を、病院経営に回し、高森一家が
実質病院のオーナーとなり、自分の孫たちは、講師部を志すものもなく、
皆、病院で勤務(何してるかしらんが)だという現実。
 
それでも、親鸞会へ金を納めることが、仏法を広めるための布施である
と会員をだましつづけるのか?
 
だまされるほうが、悪いのか。

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T支部長、信心決定!!

「親鸞会批判の真実」という親鸞会の弘宣部が運営しているサイトがありますが、そこに「言うべきものでも、書くことでもない」という記事が掲載されていました。あまりに内容がすばらしかったので、ここに紹介します。

「○○さんは信心獲得していると思う」とか「△△君は信心決定しているから、彼に聞いたら良い」などと安易に言えるのは、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも分かられなかったことがハッキリ分かるとでも思っているのだろう。
たとえ善知識方が、ほぼ分かっていられても「言うべきことでも、書くべきことでもない」と自覚なされて、あえて仰らなかったとすれば、親鸞学徒は、なおさら使うべき言葉ではないのだ。
(中略)
他人の信心を、「あれは信心獲得している」「これも信心決定している」などと、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも仰らなかったことを平然と言えるのは、 人間の判断できる程度の信心だからであろうが、知識から信心を与えられた人を知っている土蔵秘事者らが、「あの人は、われわれと一味だ」と言っているのと 類似する、と思われても致しかたないだろう。

どうやら華光会を批判したつもりなのでしょうが、相変わらず「華光会」という名称はどこにも出てきません。色々、後ろめたいこともあるのでしょうから、お好きにしたら良いでしょう。

次に、親鸞会の発行物からの記事を紹介します。

昭和三十年代の頃、すでに十三歳で信心決定し、心は浄土に遊ぶTさんは、近所で針仕事にいそしむHさんに、弥陀如来の大悲を伝えんと願った。
(顕正新聞58年3月15日号)

「大人しく、人前に出るのを嫌っていた母が、獲信してからはガラッと変わりました。(中略)母は獲信した後、近所の人を集めて、五重の義を、ノートに書いて説明していました。」
(正定聚 平成4年5月号)

それから数日後です。母は、信心決定したのです。
驚きました。お世話になった方々に涙ながらに電話をかけ続けていた姿は今でも忘れられません。
(正定聚 平成4年5月号)

教義と人情の狭間に悩んでいた時、Tさんの実姉Hさんが、高森先生のお言葉の下に、信心決定の身となった。
(正定聚 平成4年3月号)

ところがその頃、付近の親鸞会法話会でビデオ「T氏獲信の記録」を観たS氏は、臨終直前に信心決定したT氏の姿に大感激したのである。
(顕正新聞63年3月15日号)

善知識高森先生に導かれ、臨終直前に信心決定した岐阜市のT氏も、その一人である。
(顕正新聞62年8月1日号)

T支部長、信心決定!!往生、ハッキリ、スッキリ 臨終に人生の目的達成!
(顕正新聞52年2月20日号)

この人はHさん(85才)32才の時信心決定してより今日まで健康そのもの。今も田んぼや畑の仕事等なんでもしているそうだ。
(顕正新聞46年6月15日号)

調べれば山のように出てくるので、この辺でやめときます。

とりあえず親鸞会で教える信心は、人間の判断できる程度の信心であり、土蔵秘事者が「一味だ」と言っているのに類似するという事が良くわかりました。親鸞会弘宣部の皆さん、本当にありがとうございました。

しかし「T氏獲信の記録」というビデオまで作って、会員に何度も見せておきながら、いまさら

他人の信心を、「あれは信心獲得している」「これも信心決定している」などと、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方でも仰らなかったことを平然と言えるのは、 人間の判断できる程度の信心だからであろうが…

という理由で他のグループを批判する訳ですから、記憶力に致命的な欠陥があるのか、あるいは会員が相当数流出して余程あせっているのか。今日の行事の参詣者も随分少なかったそうですが、こうした不誠実な態度も大いに影響しているような気がいたします。

それにしても今回色々調べて思いましたが、親鸞会で「救われた」って言っている人って、ホントに数人しか見当たりませんね。しかも親鸞会に入る前に救われていたり華光会に居たときに救われたりしてる人もいるので、純粋な意味で親鸞会に入って救われたのは「往生スッキリ!ハッキリ!」のビデオの方以外に誰か居るのでしょうか。あ、でも親鸞会の説明によればこの方の信心も「人間の判断できる程度の信心」になりそうですが…

何れにせよ親鸞会は、親鸞学徒が「使うべきではない」言葉を使いまくった事を認めて、早く謝罪して下さいね。

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